大好きな人とキスをした。
俺は、眠っている圭人にキスをした。
こういうのを、きっと魔が差したというのだろう。
しまった、と思った時には圭人の瞳に俺が映っているのを見つけてしまった。
圭人はまるでオーロラ姫や白雪姫のように、キスで目を覚ましていた。
全てが終わったと思い、それでもなんとか誤魔化せないかと言い訳をしようとする俺を、圭人は抱き締めてくれた。
それどころか「大丈夫」と優しい声で囁き、キスを返してくれた。
圭人はオーロラ姫でも白雪姫でもない。
その可愛らしい外見からは想像もできないくらいかっこいい、俺の憧れの人。
そんな人だから、好きになってしまった。
入学式で初めて圭人を見た時、正直な話、女の子だと思った。
整った顔立ち、特に大きな瞳が印象的だった。
学ランを着ていて、あれ?と思い、「よろしく」と声をかけられて、思いのほか低い声に戸惑った。
反射的に「こちらこそ」と返して、しばらくして男子生徒だと理解した。
顔に似合わず、入学式の最中に初対面の俺の肩によりかかって寝てしまうほど豪快で、人懐こく話しかけて来る。
可愛らしく天真爛漫。
それが第一印象。
当たり障りなく、付かず離れずの付き合いをするにはいい人選かもと思った。
そんな時、俺の容姿を褒められた。
多くの人はそれでいい気分になるのかもしれない。けれど俺にとって、それはコンプレックスそのものだった。
実際それが原因で人間関係が拗れたり、ありもしない噂をされたりと苦々しい経験が少なからずある。
だからつい皮肉を込めて可愛い顔をしていると圭人に向かって言ってしまった。
例えばこれで友達付き合いができなくなってもそれでいいやと思った。それが態度や口調に出ていたと思う。
けれど圭人は、自分が可愛いのを知っていると言い、イケメンになりたかったと言いながらも、それは否定しても仕方のないことだと言い切った。ちゃんと自分の中に落とし所を見つけている。
そして俺の嫌味に気づいていながらも、気にする素振りを見せない。
見かけによらず、大人なのかもしれない。
俺はこの人のことをもっと知りたいと思った。
しばらく圭人を観察していると、その人となりがわかってきた。
入学式同様、授業中に寝てしまうのは当たり前。それでいて、当てられた問題はなんでもないように解いてしまう。
だらしのないヤツかと思わせて、実は周りのことも良く見ている。
ペンケースを丸ごと忘れたクラスメイトに自分から筆記用具を貸していたり、女子に嫌らしい絡み方をしている男子生徒にさりげなく声をかけて気を逸らせたりしている。
あまりやる気がないように見せかけて、実は何でもできて、そしてきっと凄く気を遣っている。
時々俺に持ってきてくれるお弁当にしてもそうだ。
圭人手作りのお弁当はいつも美味しい。
そしていつの間にか、お弁当のおかずが俺の好きなものばかりになっている。
俺のことを気にして見ていてくれるんだと幸せな気持ちになる。
きっと家族もみんな仲良くて幸せな環境で真っ直ぐ育ったのだろう。
俺と正反対の、無邪気で清廉な身も心も美しい人。守りたいとさえ思う。
圭人はいつのまにか俺にとって特別な人になっていた。
5月4日。
俺の16回目の誕生日。
3年前から、俺の好きなチョコレートケーキは用意されなくなってしまった。
5歳になる弟の碧は、チョコは苦手だからショートケーキしか食べられない。
誰の誕生日?
そう思うけれど、可愛い弟が喜んでくれるならそれでいいかと思い直す。
一生懸命描いてくれる似顔絵も手紙も、愛おしくてたまらないから。
「翠君、誕生日おめでとう。少ないけど、これ」
お義父さんにそっと封筒を渡される。
開けてみると一万円札が入っていた。
「いいんですか?ありがとうございます」
「プレゼント、何がいいかわからなくて。現金でごめんね。友達と遊びに行く足しにでもしてね」
頭を掻きながら照れたように話す。
俺が小学校3年の時、母さんが再婚した。
お義父さんの第一印象は穏やかで優しそうな人だった。
実際、お義父さんは優しい。
でもただ甘やかすような優しさじゃなく、いけない事はいけないと叱ってくれる。困っていれば惜しみなく手を差し伸べてくれる人だ。
血のつながりはないけれど、突然できた俺という子供の父親であろうと努力してくれているのがわかる。
だから弟が生まれた時、俺はすごく嬉しかったのと同時に、良くしてくれるお義父さんにひどく申し訳なく思った。
これから新しい家族を築いていくのに、俺というおまけがいるから。
それでもお義父さんは、「お兄ちゃんが翠と書いてみどりだから、弟は碧と書いてあおいがいいな」と、弟に名をつけた。
俺はそれがすごく嬉しくて、誇らしい気持ちになった。
けれど弟が生まれ、弟中心の生活となってくると、だんだんと自分だけが家族の中で部外者のような気がしてきた。
弟は可愛いし、別に俺のことも蔑ろにされてるわけじゃない。誰も俺を追い出そうとしているわけじゃないのに、今では自分だけが本当の家族じゃない気がしている。
チョコレートケーキが食べたいと言えなくなったのはいつから?
「翠、誕生日おめでとう。ほら、早く蝋燭消して。碧くんが待ってるでしょ」
母さんのセリフで我に返る。
慌てて16本の蝋燭に息を吹きかけた。
俺は不幸じゃないけど、幸せじゃない。
なんだかひどく淋しくなって、そして圭人に会いたくなった。
そう、圭人は寄る辺ない俺の心の灯火なのだ。証拠にほら、圭人のことを考えると心が少し暖かくなった気がする。
観たい映画があったのは本当。
でも一番の目的は圭人に会うことだった。
自分への誕生日プレゼント。
昨日勇気を出してラインして良かった。
そう思いながら改札近くの壁際に立って辺りを見回す。
5月初旬というのに、日差しが強く気温が高い。自分を含め半袖姿の人も少なくない。
「遅くなってごめん!」
小走りで駆け寄って来る圭人に手を振った。
思わず顔が綻んでしまう。
「大丈夫。俺が早く着いちゃっただけ」
私服姿の圭人は初めてだ。
シンプルなTシャツにオーバーサイズのカーディガンを羽織っている。
ゆるっとした感じが可愛くてよく似合っていた。
連休でいつもより混雑した中を、雑談しながら圭人の案内で進んでいく。
すると突然、圭人に手首を掴まれて引き寄せられた。
「はぐれちゃうから」
そう言って手を繋がれて、伝わる体温に気持ちが昂る。
エレベータに乗り込んで、繋いでいた手を緩められて、咄嗟に指を絡めて握り返した。
「降りてもはぐれないように繋いでて」
耳元で囁いた。
理由はなんでも良くて、ただ繋がっていたかった。指を絡めたのもただ自分がそうしたかったから。
圭人を惑わせるのを承知で繋いだ。
ほんの一瞬戸惑うように固まりながらも、すぐに受け入れてくれたのが嬉しかった。
俺は圭人に惹かれている。
自分が圭人とどうなりたいのかはわからないけれど、この感情は友達という枠にはもう収まらない。
俺の手と重なった圭人の手は、小さいけれどちゃんと男らしく固く骨ばっているのに。
映画を観終わって、感想を言いながらフードコートで食事する。
まるでデートみたいだ。
「スピード感えぐい!マジ面白かった!」
圭人の人形のように整った顔は表情豊かで、そのアンバランスさに目を離せない。
「面白かったね!圭人も楽しめたみたいで良かった!」
気に入ってもらえたようで安心する。
「マジで良かった。帰ったら動画の方も見てみる。映画名で検索すればいけるかな?」
「確かリンクから行けるはず。後でラインしとくよ」
「サンキュ!あ、ラインといえば、昨日翠からラインもらったじゃん?あの時ちょうど翠のこと考えてたんだよね」
「え?」
驚いて、コーラのストローから口を離す。
圭人は心なしか頬を赤らめているように見えた。
「何となくカレンダー見たら、みどりの日で。翠どうしてるかなって」
嬉しかった。
俺が会いたいと願っていた時に、圭人も俺のことを考えていてくれた。
きっかけはカレンダーの表記だけれど、それでも良かった。
大袈裟かもしれないけれど、運命を感じた。
「あはは、そうだね。昨日みどりの日だった。俺の誕生日」
気持ちを誤魔化すようにわざと笑いながら言った。
「マジか!」
「マジだよ。元から名前は考えてあったし、予定日も違ってたらしいけど」
「翠がみどりの日を選んで生まれてきたんじゃん?」
「あはは、そうかも!」
圭人と2人、のんびりと休日を過ごす。
俺は、それだけで幸せだった。
それなのに!
GW明けにお揃いのプレゼントを貰って、嬉しくてどうにかなりそうだった。
あのあとわざわざ用意してくれたのかと思うと、泣きそうだった。
もう認めるしかない。
俺は圭人に恋をしている。
だって、こんなに嬉しいのだ。色んな感情や考えが渦巻いて、平静を保つのが精一杯で。
休み明け久しぶりに会ったのに坂井くんや森本くんへの挨拶もなんか適当になってしまって、お揃いのプレゼントを茶化されてもうまく言葉が出てこない。
「ううん。まだ友達以上、恋人未満の関係だから」
圭人の返答を聞いて、友達以上だと思ってくれていることが嬉しかった。
でも恋人以上にはどうしたらなれるのだろう。
自分の気持ちに気がついてからは、前よりももっと一緒にいられるように気をつけた。
圭人に恋愛的な気持ちはないのは承知の上で、それでも坂井くんや森本くんよりも優先してくれているのが嬉しかった。
勉強会の参加だって、英語が苦手なのは嘘じゃないけれど、勉強目的というよりは少しでも圭人と一緒にいるためというのが本心だった。
だから圭人の家に行くことに決まった時はすごく嬉しくて、すごく緊張した。
夜の散歩も圭人の日常を知れて嬉しかった。何気ないふりをしてそっと手を繋ぎ、月が綺麗だと告白をする。
「2人で一緒に見てるから綺麗なんだよ」
返ってきた言葉に胸が痛む。
これから何度一緒に月を見られるだろう?
圭人が俺の気持ちを知った未来でも、同じ答えが返ってきたらいいのに。
でも俺は知っている。
例えば手を握った時、頭を撫でた時、圭人は少しだけ構えるように固まる。俺の過度なスキンシップを不自然だと気づいている。
『友達以上』では耐えられなくて、衝動的に気持ちを伝えてしまいたくなる。
俺はどうしたらいいんだろう?
散歩を終え家に着く。
花火大会もきっと今日のメンバーと一緒に見ることになるだろう。
坂井くんも森本くんもいい人たちで、きっとみんなで見る花火は楽しいのに、やっぱり圭人と2人で見たいと思う。
圭人がシプレとコフレの体を拭いている間に、溶けぬようにと託されたアイスを手に和室の襖を開けた。
「ただいま、アイス買ってきたよ」
「サンキュー!みちるさんもここで一緒に食べましょう!」
相変わらず坂井くんはお姉さんにデレデレで、こんなで勉強できたのかなと心配になる。
「ありがと!圭人の分、冷凍庫入れとかないと」
お姉さんが立ち上がってこっちに来る。
俺はついでに洗面室の場所を聞いた。
「あ、そうか。手、洗いたいよね」
案内されて洗面室へ向かいながら小声で話しかけられた。
「みどりくん?だよね?7月31日、圭人の誕生日なの。夏休み中だけどもしよかったらお祝いしてあげて」
「え?」
「家で学校の話をする時、みどりくんのことばかり話してるの。きっと圭人は君のことを特別に思ってるから」
「……!ありがとうございます?」
予想外のことに、なんと答えていいかわからなくて疑問形のお礼になる。
でも、もしお姉さんの言う通りに俺のことを例えどんな形でも特別に思ってくれているなら、嬉しくて気が狂ってしまいそうだ。
花火大会は意図せず2人きりで、そうなると逆に自分の理性との戦いで、いつものメンバーが恋しくなる。
圭人はきっと俺の様子がおかしいと気づいてる。
それでも圭人が俺に対して親密に接してくれて、それに甘えて俺は圭人に触れている。
重くなりすぎないように、でも使ってもらえるようにと選んだプレゼントも、理由をつけて頑張ってクッキーを作ったのも、今までの自分からは考えられないものだ。
他人のことなんて割とどうでもよかった俺が、圭人のことばかり考えている。
ただその外見だけなら、圭人のお姉さんだっていいはずなのに、やっぱり絶対圭人がいい。
多分どんな見た目だったとしても、俺はきっと圭人を探し出して絶対に好きになる。
だからこそ、この気持ちは大切にしまっておくべきなのだ。
安全にそばにいるために。
『友達以上、恋人未満』という魔法の言葉に守られているのだから。
なのに、魔が差してしまった。
微睡む圭人に触れたくなった。気がついたらキスしていた。
自分がその時何を思って、何を考えてそうしたのか覚えていない。
覚えているのは大きな瞳に映る自分の姿。
圭人はパニックを起こした無様な俺を抱きしめてキスをくれた。
嬉しかった。
でも、圭人は何を思ってそうしたの?
俺を落ち着けるためだけに、抱きしめてキスをくれたの?
恋人以上になれる日はくるの?
いくつもの疑問がやまない雨のように降り注ぐ。
抱き合って眠り、目覚めた朝は、幸せだけど残酷だった。
俺はこれからどんなふうに圭人に接していけばいいのだろう?
俺は、眠っている圭人にキスをした。
こういうのを、きっと魔が差したというのだろう。
しまった、と思った時には圭人の瞳に俺が映っているのを見つけてしまった。
圭人はまるでオーロラ姫や白雪姫のように、キスで目を覚ましていた。
全てが終わったと思い、それでもなんとか誤魔化せないかと言い訳をしようとする俺を、圭人は抱き締めてくれた。
それどころか「大丈夫」と優しい声で囁き、キスを返してくれた。
圭人はオーロラ姫でも白雪姫でもない。
その可愛らしい外見からは想像もできないくらいかっこいい、俺の憧れの人。
そんな人だから、好きになってしまった。
入学式で初めて圭人を見た時、正直な話、女の子だと思った。
整った顔立ち、特に大きな瞳が印象的だった。
学ランを着ていて、あれ?と思い、「よろしく」と声をかけられて、思いのほか低い声に戸惑った。
反射的に「こちらこそ」と返して、しばらくして男子生徒だと理解した。
顔に似合わず、入学式の最中に初対面の俺の肩によりかかって寝てしまうほど豪快で、人懐こく話しかけて来る。
可愛らしく天真爛漫。
それが第一印象。
当たり障りなく、付かず離れずの付き合いをするにはいい人選かもと思った。
そんな時、俺の容姿を褒められた。
多くの人はそれでいい気分になるのかもしれない。けれど俺にとって、それはコンプレックスそのものだった。
実際それが原因で人間関係が拗れたり、ありもしない噂をされたりと苦々しい経験が少なからずある。
だからつい皮肉を込めて可愛い顔をしていると圭人に向かって言ってしまった。
例えばこれで友達付き合いができなくなってもそれでいいやと思った。それが態度や口調に出ていたと思う。
けれど圭人は、自分が可愛いのを知っていると言い、イケメンになりたかったと言いながらも、それは否定しても仕方のないことだと言い切った。ちゃんと自分の中に落とし所を見つけている。
そして俺の嫌味に気づいていながらも、気にする素振りを見せない。
見かけによらず、大人なのかもしれない。
俺はこの人のことをもっと知りたいと思った。
しばらく圭人を観察していると、その人となりがわかってきた。
入学式同様、授業中に寝てしまうのは当たり前。それでいて、当てられた問題はなんでもないように解いてしまう。
だらしのないヤツかと思わせて、実は周りのことも良く見ている。
ペンケースを丸ごと忘れたクラスメイトに自分から筆記用具を貸していたり、女子に嫌らしい絡み方をしている男子生徒にさりげなく声をかけて気を逸らせたりしている。
あまりやる気がないように見せかけて、実は何でもできて、そしてきっと凄く気を遣っている。
時々俺に持ってきてくれるお弁当にしてもそうだ。
圭人手作りのお弁当はいつも美味しい。
そしていつの間にか、お弁当のおかずが俺の好きなものばかりになっている。
俺のことを気にして見ていてくれるんだと幸せな気持ちになる。
きっと家族もみんな仲良くて幸せな環境で真っ直ぐ育ったのだろう。
俺と正反対の、無邪気で清廉な身も心も美しい人。守りたいとさえ思う。
圭人はいつのまにか俺にとって特別な人になっていた。
5月4日。
俺の16回目の誕生日。
3年前から、俺の好きなチョコレートケーキは用意されなくなってしまった。
5歳になる弟の碧は、チョコは苦手だからショートケーキしか食べられない。
誰の誕生日?
そう思うけれど、可愛い弟が喜んでくれるならそれでいいかと思い直す。
一生懸命描いてくれる似顔絵も手紙も、愛おしくてたまらないから。
「翠君、誕生日おめでとう。少ないけど、これ」
お義父さんにそっと封筒を渡される。
開けてみると一万円札が入っていた。
「いいんですか?ありがとうございます」
「プレゼント、何がいいかわからなくて。現金でごめんね。友達と遊びに行く足しにでもしてね」
頭を掻きながら照れたように話す。
俺が小学校3年の時、母さんが再婚した。
お義父さんの第一印象は穏やかで優しそうな人だった。
実際、お義父さんは優しい。
でもただ甘やかすような優しさじゃなく、いけない事はいけないと叱ってくれる。困っていれば惜しみなく手を差し伸べてくれる人だ。
血のつながりはないけれど、突然できた俺という子供の父親であろうと努力してくれているのがわかる。
だから弟が生まれた時、俺はすごく嬉しかったのと同時に、良くしてくれるお義父さんにひどく申し訳なく思った。
これから新しい家族を築いていくのに、俺というおまけがいるから。
それでもお義父さんは、「お兄ちゃんが翠と書いてみどりだから、弟は碧と書いてあおいがいいな」と、弟に名をつけた。
俺はそれがすごく嬉しくて、誇らしい気持ちになった。
けれど弟が生まれ、弟中心の生活となってくると、だんだんと自分だけが家族の中で部外者のような気がしてきた。
弟は可愛いし、別に俺のことも蔑ろにされてるわけじゃない。誰も俺を追い出そうとしているわけじゃないのに、今では自分だけが本当の家族じゃない気がしている。
チョコレートケーキが食べたいと言えなくなったのはいつから?
「翠、誕生日おめでとう。ほら、早く蝋燭消して。碧くんが待ってるでしょ」
母さんのセリフで我に返る。
慌てて16本の蝋燭に息を吹きかけた。
俺は不幸じゃないけど、幸せじゃない。
なんだかひどく淋しくなって、そして圭人に会いたくなった。
そう、圭人は寄る辺ない俺の心の灯火なのだ。証拠にほら、圭人のことを考えると心が少し暖かくなった気がする。
観たい映画があったのは本当。
でも一番の目的は圭人に会うことだった。
自分への誕生日プレゼント。
昨日勇気を出してラインして良かった。
そう思いながら改札近くの壁際に立って辺りを見回す。
5月初旬というのに、日差しが強く気温が高い。自分を含め半袖姿の人も少なくない。
「遅くなってごめん!」
小走りで駆け寄って来る圭人に手を振った。
思わず顔が綻んでしまう。
「大丈夫。俺が早く着いちゃっただけ」
私服姿の圭人は初めてだ。
シンプルなTシャツにオーバーサイズのカーディガンを羽織っている。
ゆるっとした感じが可愛くてよく似合っていた。
連休でいつもより混雑した中を、雑談しながら圭人の案内で進んでいく。
すると突然、圭人に手首を掴まれて引き寄せられた。
「はぐれちゃうから」
そう言って手を繋がれて、伝わる体温に気持ちが昂る。
エレベータに乗り込んで、繋いでいた手を緩められて、咄嗟に指を絡めて握り返した。
「降りてもはぐれないように繋いでて」
耳元で囁いた。
理由はなんでも良くて、ただ繋がっていたかった。指を絡めたのもただ自分がそうしたかったから。
圭人を惑わせるのを承知で繋いだ。
ほんの一瞬戸惑うように固まりながらも、すぐに受け入れてくれたのが嬉しかった。
俺は圭人に惹かれている。
自分が圭人とどうなりたいのかはわからないけれど、この感情は友達という枠にはもう収まらない。
俺の手と重なった圭人の手は、小さいけれどちゃんと男らしく固く骨ばっているのに。
映画を観終わって、感想を言いながらフードコートで食事する。
まるでデートみたいだ。
「スピード感えぐい!マジ面白かった!」
圭人の人形のように整った顔は表情豊かで、そのアンバランスさに目を離せない。
「面白かったね!圭人も楽しめたみたいで良かった!」
気に入ってもらえたようで安心する。
「マジで良かった。帰ったら動画の方も見てみる。映画名で検索すればいけるかな?」
「確かリンクから行けるはず。後でラインしとくよ」
「サンキュ!あ、ラインといえば、昨日翠からラインもらったじゃん?あの時ちょうど翠のこと考えてたんだよね」
「え?」
驚いて、コーラのストローから口を離す。
圭人は心なしか頬を赤らめているように見えた。
「何となくカレンダー見たら、みどりの日で。翠どうしてるかなって」
嬉しかった。
俺が会いたいと願っていた時に、圭人も俺のことを考えていてくれた。
きっかけはカレンダーの表記だけれど、それでも良かった。
大袈裟かもしれないけれど、運命を感じた。
「あはは、そうだね。昨日みどりの日だった。俺の誕生日」
気持ちを誤魔化すようにわざと笑いながら言った。
「マジか!」
「マジだよ。元から名前は考えてあったし、予定日も違ってたらしいけど」
「翠がみどりの日を選んで生まれてきたんじゃん?」
「あはは、そうかも!」
圭人と2人、のんびりと休日を過ごす。
俺は、それだけで幸せだった。
それなのに!
GW明けにお揃いのプレゼントを貰って、嬉しくてどうにかなりそうだった。
あのあとわざわざ用意してくれたのかと思うと、泣きそうだった。
もう認めるしかない。
俺は圭人に恋をしている。
だって、こんなに嬉しいのだ。色んな感情や考えが渦巻いて、平静を保つのが精一杯で。
休み明け久しぶりに会ったのに坂井くんや森本くんへの挨拶もなんか適当になってしまって、お揃いのプレゼントを茶化されてもうまく言葉が出てこない。
「ううん。まだ友達以上、恋人未満の関係だから」
圭人の返答を聞いて、友達以上だと思ってくれていることが嬉しかった。
でも恋人以上にはどうしたらなれるのだろう。
自分の気持ちに気がついてからは、前よりももっと一緒にいられるように気をつけた。
圭人に恋愛的な気持ちはないのは承知の上で、それでも坂井くんや森本くんよりも優先してくれているのが嬉しかった。
勉強会の参加だって、英語が苦手なのは嘘じゃないけれど、勉強目的というよりは少しでも圭人と一緒にいるためというのが本心だった。
だから圭人の家に行くことに決まった時はすごく嬉しくて、すごく緊張した。
夜の散歩も圭人の日常を知れて嬉しかった。何気ないふりをしてそっと手を繋ぎ、月が綺麗だと告白をする。
「2人で一緒に見てるから綺麗なんだよ」
返ってきた言葉に胸が痛む。
これから何度一緒に月を見られるだろう?
圭人が俺の気持ちを知った未来でも、同じ答えが返ってきたらいいのに。
でも俺は知っている。
例えば手を握った時、頭を撫でた時、圭人は少しだけ構えるように固まる。俺の過度なスキンシップを不自然だと気づいている。
『友達以上』では耐えられなくて、衝動的に気持ちを伝えてしまいたくなる。
俺はどうしたらいいんだろう?
散歩を終え家に着く。
花火大会もきっと今日のメンバーと一緒に見ることになるだろう。
坂井くんも森本くんもいい人たちで、きっとみんなで見る花火は楽しいのに、やっぱり圭人と2人で見たいと思う。
圭人がシプレとコフレの体を拭いている間に、溶けぬようにと託されたアイスを手に和室の襖を開けた。
「ただいま、アイス買ってきたよ」
「サンキュー!みちるさんもここで一緒に食べましょう!」
相変わらず坂井くんはお姉さんにデレデレで、こんなで勉強できたのかなと心配になる。
「ありがと!圭人の分、冷凍庫入れとかないと」
お姉さんが立ち上がってこっちに来る。
俺はついでに洗面室の場所を聞いた。
「あ、そうか。手、洗いたいよね」
案内されて洗面室へ向かいながら小声で話しかけられた。
「みどりくん?だよね?7月31日、圭人の誕生日なの。夏休み中だけどもしよかったらお祝いしてあげて」
「え?」
「家で学校の話をする時、みどりくんのことばかり話してるの。きっと圭人は君のことを特別に思ってるから」
「……!ありがとうございます?」
予想外のことに、なんと答えていいかわからなくて疑問形のお礼になる。
でも、もしお姉さんの言う通りに俺のことを例えどんな形でも特別に思ってくれているなら、嬉しくて気が狂ってしまいそうだ。
花火大会は意図せず2人きりで、そうなると逆に自分の理性との戦いで、いつものメンバーが恋しくなる。
圭人はきっと俺の様子がおかしいと気づいてる。
それでも圭人が俺に対して親密に接してくれて、それに甘えて俺は圭人に触れている。
重くなりすぎないように、でも使ってもらえるようにと選んだプレゼントも、理由をつけて頑張ってクッキーを作ったのも、今までの自分からは考えられないものだ。
他人のことなんて割とどうでもよかった俺が、圭人のことばかり考えている。
ただその外見だけなら、圭人のお姉さんだっていいはずなのに、やっぱり絶対圭人がいい。
多分どんな見た目だったとしても、俺はきっと圭人を探し出して絶対に好きになる。
だからこそ、この気持ちは大切にしまっておくべきなのだ。
安全にそばにいるために。
『友達以上、恋人未満』という魔法の言葉に守られているのだから。
なのに、魔が差してしまった。
微睡む圭人に触れたくなった。気がついたらキスしていた。
自分がその時何を思って、何を考えてそうしたのか覚えていない。
覚えているのは大きな瞳に映る自分の姿。
圭人はパニックを起こした無様な俺を抱きしめてキスをくれた。
嬉しかった。
でも、圭人は何を思ってそうしたの?
俺を落ち着けるためだけに、抱きしめてキスをくれたの?
恋人以上になれる日はくるの?
いくつもの疑問がやまない雨のように降り注ぐ。
抱き合って眠り、目覚めた朝は、幸せだけど残酷だった。
俺はこれからどんなふうに圭人に接していけばいいのだろう?

