友達以上。恋人以上になりたくて。

 待ちに待ったゴールデンウィークがやってきた。学校は楽しいけれど、やっぱり長期の休みは嬉しい。
 中学時代の友達と会って、お互いの近況を話しながらカラオケで馬鹿騒ぎしたり、家でアニメやドラマをまとめて観たりと休みを満喫しまくっていた。
 ただ、後半になるとやりたいこともだいたいやり尽くして暇になってくる。
 明日は何をしよう。ゲームでもして過ごそうか。

「5月4日、みどりの日か…」 

 なんとなくカレンダーを見て、ふと目についた。
 翠の顔が思い浮かんだ。
 いつものメンバーとは特に会う約束はしていない。
 坂井と森本が部活で連休はほぼアウト。特に坂井はスポーツ推薦で入学したため、部活がハードだといつも嘆いている。
 そんなこともありなんとなく翠とも約束できずに終わっていた。

「会いたいなぁ」

 誰に言うともなく呟く。
 坂井や森本にももちろん会いたい。けれど一番会いたいのは翠だった。
 翠といると、居心地がいい。
 たった1ヶ月の付き合いだけど、俺の中でだいぶ大きな存在になっていた。
 仲の良い友達は他にもいるし、1人でいるのも嫌いじゃない。
 でも、ふとした時にどうしてるのかと気になってしまう。
 親友とかそういうのとも多分違って。上手く説明できないけれど。
 そんなことを考えていると、ラインにメッセージが入った。

『観たい映画があるんだけど、もしよかったら明日一緒に行かない?』

 翠からだ。

「マジか!」

 思わず声が出る。急いで返信する。

『映画行きたい!』
『良かった! うちの近所じゃ上映してなくて。定期あるしそっちへ1人で行くかちょっと迷ってたんだ。ありがと』 
『暇だったからマジ嬉しい! 待ち合わせどうする?』
『駅の改札に10時とかどうかな? あと他にも行きたいとこあるんだけど』
『いいよ。翠この辺わかんないだろ? 俺が案内する。明日、駅の改札に10時ね!』

 最後にお互いスタンプを送り合う。

「何このスタンプ、かわいい。猫好きなんかな?」

 翠から送られてきた、最近よく見かける猫のキャラクターのスタンプを、そっとひと撫でしてからスマホをベッドに放り投げる。
 何を着て行こう。
 俺はクローゼットの中を見ながら明日に思いを巡らせた。
 
 
 
 待ち合わせの5分前に駅に着くと、そこには既に改札の手前、壁を背にして立つ翠がいた。
 手を振って慌てて近づく。

「遅くなってごめん!」
「大丈夫。俺が早く着いちゃっただけ」

 ふわっと優しく微笑むのを見て、なんだか安心する。

「久しぶり。連休何してた?」

 他愛のない会話をしながら映画館を目指して歩く。
 映画館は駅からそう遠くはない。ゆっくり歩いてもせいぜい5分くらいの距離だ。
 私服の翠は制服と違った雰囲気で新鮮だった。
 長身なのもあって何でもないシンプルなTシャツとデニムでも格好よく見える。
 背が高いっていいなと思う。
 そうこうしているうちに映画館の入った大型商業施設に到着した。

「やっぱりゴールデンウィークは混んでるね」
「それな。あ、映画館は8階だよ」

 いつもより混雑した中を進み、エレベーターを目指す。俺は少し後ろを歩く翠の手首を掴んで引き寄せた。

「はぐれちゃうから」

 そう言って手を繋いだ。
 無事エレベーターに乗り込んで、繋いでいた手を緩める。
 離そうとしたところで翠から指を絡めて握り返された。
 恋人繋ぎじゃん。

「降りてもはぐれないように繋いでて」

 耳元で囁かれてドキッとする。混み合ったエレベーター内はいつもより距離が近くて変に意識してしまう。
 いつもの翠とはちょっと違う気がする。
 俺は平静を装って咳払いをした。
 無事に映画館フロアに辿り着いてエレベーターを降り、人混みから少しだけ解放される。
 歩きながらいくつも掲示されている上映作品のポスターを見て回った。

「どんな映画なの?」

 手の繋ぎ方とか、いつまで繋ぐのかとか、そういうのを聞こうかと思ったけどやめた。
 嫌じゃないし、このままでも良かった。

「前に動画巡りで見つけた短編アニメの続編なんだけどさ。映画化したの昨日たまたま知って。圭人も好きだといいんだけど」
「いいね! 俺もアニメ好き。翠がどんなの好きかも気になるし」

 手は繋いだまま、映画のチケットを購入する。
 翠は繋いだ方とは別の手でスマホを出し時間を見た。

「上映まで30分か、結構あるね」
「あ、俺ポップコーン買いたい!」
「いいね、買お!」

 翠の昂揚した感じが伝わってきて、俺もさらに楽しくなる。
 俺たちはポップコーンとドリンクを買って上映を待った。
 
 
 
「スピード感えぐい! マジで面白かった!」

 疾走感と躍動感があり、飽きのこない展開で、映画はあっという間に終わってしまった。
 フードコートで昼食をとりながら、とりとめもなく雑談する。
 翠と過ごす、この何でもない時間が本当に楽しい。

「面白かったね! 圭人も楽しめたみたいで良かった!」
「マジで良かった。帰ったら動画の方も見てみる。映画名で検索すればいけるかな?」
「うん。確かリンクあって、そこから行けるはず。後でラインしとくよ」
「サンキュ! あ、ラインといえば、昨日翠からラインもらったじゃん? あの時ちょうど翠のこと考えてたんだよね」

 ちょっと気恥ずかしい気もしたけれど、あの時、運命的に感じたから話したかった。

「え?」

 翠は驚いた顔をして、コーラのストローから口を離す。

「なんとなくカレンダー見たら、みどりの日でさ。翠、どうしてるかなって」
「あはは、そうだね。昨日みどりの日だった。俺の誕生日」
「マジか!」 

 驚いて翠の顔を見た。翠はいたずらっぽい笑みを浮かべて、俺をじっと見ていた。

「マジだよ。元から名前は考えてあったし、予定日も違ってたらしいけど」
「翠がみどりの日を選んで生まれてきたんじゃん?」
「あはは、そうかも!」

 笑って話しながら、少しだけ残念な気持ちになる。
 誕生日だと知っていたらプレゼントを用意しておいたのに。
 気を取り直して翠に聞く。

「あ、この後行きたいとこってどこ?」
「そうそう! 部活用のエプロン買おうと思って。付き合ってくれる?」
「そういえば次回からは料理に参加って言ってたしな。俺も買おうかな」


 俺達は料理部に入った。
 翠と一緒に、いくつかの運動部やロボット研究部などの生産部も見学してみたが、思った以上にガチすぎて二の足を踏んでしまった。
 そんな中、なんとなく見学した料理部の、のんびりと仲良さそうに活動してるのが気に入って、俺はすぐに入部を決めた。
 料理好きだし、弁当のレパートリー増やしたいし。週2回というのも魅力的だった。
 ただ、翠まで入部するとは思わなかった。

「翠、本当に料理部で良かったの? バスケ部とか割と乗り気だったじゃん」
「中学の時やってたしね。でもバイトしたいのもあるし、毎日は無理だから。料理部は圭人いるのもだけど、1人暮らしする時に料理できたらいいなと思って」
「なるほど。でもさ、先輩たちの翠を見る目、すごかったよな」

 工業高校ゆえに女子の人数は少ないが、もちろん何人かは在籍している。
 そしてやはり女子は料理部や茶華道部などに集まりやすい。

「そうかな? 圭人を見てたんじゃない? 可愛いから」

 そう言って頭を撫でられる。
 どうせならイケメンになりたかったけれど、翠が俺の外見を気に入ってるならそれでいいのかもしれない。
 一瞬そんなふうに思ってしまったのを慌てて否定した。

「そんなわけないじゃん。うーん、エプロンかあ……、それならあの店にあるかな」

 俺たちはトレイを片づけ、生活雑貨を扱う店のあるフロアに移動する。

「圭人待って」

 すっと手が伸びてきて、自然に繋ぐ。

「3階だよ、行こ」

 大きな手を握り返して、少し見上げて翠に言った。
 
 
 
 3階はフロアの約半分が全国展開の生活雑貨店だ。
 カテゴリ別に陳列されていて、食料品からステーショナリー、バス用品など様々な商品が売られている。

「広いね。エプロンってどこだろ? やっぱりキッチン用品とか?」

 翠は周りを眺めてそう言った。
 俺は天井に吊り下げられた案内板を見る。右手前あたりに[ホーム・キッチン]の表記を見つけた。

「翠、あっちの方にありそうじゃね? 行ってみよ」

 棚の間をすり抜けていく。
 フライパンとか鍋とかのキッチン用品が見えてきて立ち止まる。

「この辺にありそうだね」

 手を離して2人で手分けして近辺を探して歩く。
 繋いでいた手が自由になって、少し淋しい気がする。

「圭人、あったよ」

 右の方で翠が手招きしている。
 俺はそちらに向かって歩いて行った。

「予想はしてたけど、女性向けのが多いね」

 エプロンを手に取りながら翠が言った。
 デザインや色や柄もなんとなく可愛らしいものが多い。

「あ!」

 翠はピンクのエプロンを手に取ってじっと見ている。昨日のラインスタンプのキャラクターがポケットに刺繍されていた。

「翠、まさかそれにするの?」
「違う違う。このキャラ、うちの猫に似てるからつい手に取っちゃうんだよね」
「猫飼ってるんだ。似てると愛着湧くよな」
「わかる?」
「俺んちは犬だけどペットいるからさ、わかるよ! やっぱ可愛いし」

 他愛のない話をしながらエプロンを選ぶ。選ぶと言っても、男性向けなのはパッと見たところ数種類しかない。

「迷うほどもないな」
「だね」

 同じデザインで俺はグレー、翠はカーキを手に取った。

「じゃあレジ行こ」
 
 
 
 そのあとはゲーセンに行ったり服を見たりであっという間に時間が経ってしまった。
 飼っている猫の名前がちくわだとか、5歳の弟がいてもうすぐ兄弟が増えるとか、色々と翠から話を聞いた。

「もう6時か、そろそろ帰らなきゃ」
「マジか。最近明るいから気づかなかった。駅まで一緒に行くよ」
「楽しかった! また学校で!」

 名残惜しいけど仕方ない。また学校で会えるし。それに俺にはもう1つ用事がある。
 手を振って改札に消えた翠を見送ったあと、先ほどの商業施設に戻った。
 
 
 
 ゴールデンウィークが明けて、眠い目をこすりながら登校する。早起きは嫌だけど、みんなに会えるのは悪くない。
 そう考えながら教室に向かっていると、後ろから声をかけられた。

「圭人、おはよ」
「おはよー、おとといぶり!」

 言葉を返しながら声の方を向く。いつもどおりの綺麗な笑顔がちょうど隣に並んだ。

「え? これ買ったの?」

 俺のスクールバッグについたキーホルダを手に、翠が声を上げる。
 翠の飼っている猫に似ているというキャラクターのぬいぐるみキーホルダだ。

「翠、はいこれ。遅れたけどプレゼント」

 俺は翠に袋を渡す。
 渡したその手で教室の扉を開けた。

「え! ありがと。あのあと買ってくれたの?」
「うん。俺も気に入ったしお揃いにしちゃった」
「いいね。じゃあ俺も圭人の誕生日にはお揃いで何かプレゼントするね」

 席について袋を開ける。

「やっぱりちくわに似てる! ありがと!」

 そして翠は早速スクールバッグにキーホルダをつけた。
 それとほぼ同時に朝練が終わった坂井と森本が教室に入ってくる。
 それぞれの席に一旦荷物を置いた後、すぐにこちらに向かってきた。

「お疲れ!」
「おはよう。久しぶりだね!」

 俺たちは向かってくる2人を目で追いながら挨拶をする。

「うっす、結局ゴールデンウィークもずっと学校きてたわ」
「久しぶり! 本当、部活嫌いじゃないけど、やっぱりゆっくり休みたいね」

 2人とも部活疲れが見えている。料理部で正解だったかも。
 そう思いながらなんとなくぬいぐるみの尻尾を指に巻きつけた。

「あれ? なになに? お揃いじゃん」

 坂井が目ざとく見つけて言った。

「あ、本当だ」

 森本はぬいぐるみを見比べている。

「圭人がプレゼントしてくれたんだ」

 俺の方を見てにっこり笑って翠が言う。
 俺も同じように笑って見つめてみる。

「何見つめ合ってんの? お前らもう何なの? 付き合ってるの?」

 頭を抱えて坂井は言った。
 少し考えてから俺は返答する。

「ううん。まだ友達以上、恋人未満の関係だから」

 我ながら、なかなかいい返しができたな、と思った。