友達以上。恋人以上になりたくて。

 入学から1週間が過ぎ、高校生活にもようやく慣れ始めてきた。
 翠の他にも、同じ中学だった坂井と森本とも親しくなり、それなりに楽しい毎日を過ごしている。
 入学式のHR終了後、すぐに坂井から話しかけられて、それ以来何かと4人でいることが多くなった。
 今日も昼休みにいつものメンバーで集まっていた。
 翠の机を後ろに向けて俺の机とくっつける。そして坂井と森本は適当にその辺から椅子を借りてきてそれぞれの弁当を広げる。
 これがここ数日で定着した昼食スタイルだ。
 机の上には弁当の包みが3つとコンビニの袋。袋の中身はサンドウィッチとチョココロネだった。

「ねぇ翠、前から思ってたんだけどさあ、昼飯それだけで足りんの?」

 俺は気になっていたことを質問する。
 前から、とは言っても数日しか経っていないが、翠はいつもコンビニのパンかおにぎりのどちらかで食事を済ませていた。

「正直言うと足りない。でも母さん妊娠中で弟もまだ小さいから作ってもらうの大変そうでさ。かといって自分で作るのもキツくて」

 そう言って、小さくため息をつく。

「綾瀬くん、確か家遠かったよね? 自分で作るの自体面倒なのに、さらに早起きして作るとか厳しいよね」

 森本が弁当の包みをほどきながら言った。隣の坂井も頷いている。
 翠のことだから、遠慮して自分で買う方が好きな物選べていいとか言って断っていそうだ。でも、たまにコンビニとかならともかく、毎日は辛いと思う。
 まあでも、今日はお腹いっぱい食べてもらうんだけど。

「じゃあそんなお腹を空かせた翠くんに、お弁当を授けよう!」 

 そう言いながら、俺はおもむろに弁当の包みをもう1つ取り出した。
 みんなが驚いて2つ目の弁当を見る。

「え?圭人が作ったの?」 
「は? なんで2つ持ってんの? 綾瀬のために弁当作っちゃったの?」

 翠のセリフと坂井のセリフが重なる。森本はむせて咳き込んでいる。

「ううん、俺は作ってない」
「「「どういうこと?」」」

 みんなの声が重なった。

「母さんが、姉ちゃんの弁当いらないの忘れて2個作っちゃったんだって。母さんも友達とランチに行くから食べないし、とりあえず持ってけって渡されたんだよね」

 弁当を前に、少し首を傾げて翠は言う。

「だからって、本当にもらっちゃっていいの?」
「俺1人で2つ食うのは厳しいし、むしろ食べてくれると助かる。……あ、そうだ。味見してみる?」

 ちょっとしたいたずら心で、弁当を開けて、箸で卵焼きをつまんで翠の口元に持っていった。

「はい、お口開けてー、あーん」

 翠は困り顔で小さく首を振る。

「圭人、いいよ。自分で食べられるから」
「俺の卵焼きが食えないっていうの? え……、けーくん悲しい……泣きそう……」 

 目元に左手を持っていき、わざとらしく泣き真似をした。

「わがまま言わないでパクッといっちゃいな!」
「早くしないとけーくん泣いちゃうよ? 綾瀬くん、食べてあげなよ」

 その光景を面白がって坂井と森本が囃し立てる。
 観念をしたのか、照れた様子で翠が口を開けた。
 すごくいけないことをしている気分になる。
 こっちも照れくさい気持ちになったところで、卵焼きは半分になった。

「どう? 美味しい?」

 照れ隠しに、わざと顔を覗き込むようにして感想を聞いた。
 翠は少しだけ赤らめた顔を逸らして、ゆっくり咀嚼する。

「うん。美味しい。甘い卵焼き、好きなんだよね。あとはありがたく自分で食べるよ」

 その台詞を聞いて自分が作ったわけでもないのに安心した。

「口にあったようでよかった!」

 まだ包みを解いていない弁当を渡そうとして、右手が塞がっているのが煩わしく感じて残りの卵焼きを自分の口に放り込んだ。

「え、それ食べちゃうの?」
「だって持ったままでいるのうざったいじゃん」 

 自分でも半ば無意識に食べてしまったのでそう言うより他はなかった。
 変に意識しだすと止まらなくなりそうで、何か言いたげにしていた翠を遮るようにして弁当を渡した。

「はい、どうぞ」
「あ、ありがと。また今度何かお礼するね」

 その一連の様子を見ていた坂井と森本が揶揄うように言った。

「ほら、2人ともイチャついてないで早く昼飯食べな。綾瀬、お礼はそのパンあげればいいじゃん?」
「それで今度は綾瀬くんがパンを食べさせてあげるとかどう?」

 その言葉を受けて、俺は応える。

「それ良いかも。姉ちゃん用の弁当は女子仕様だからちょっと少ないんだよね。甘いの食べたいし、チョココロネ半分食べさせて?」

 もうこの際ここは照れてないで思い切りいこう。全部ネタにしてしまえばいい。
 翠の方を向いて、大きく口を開ける。

「え、まさかの乗り気!?」

 翠のツッコミにみんなで爆笑する。
 そして俺の口の中に甘いチョココロネが投下された。
 そろそろ昼休みも終わりに近づいて、俺たちは名残惜しくも解散する。

「冗談抜きで、たまにおかずだけでも余分に持ってこようか?」

 机を元に戻そうと立ち上がる翠に声をかける。
 美味しそうに食べてくれたのが嬉しくて、またその顔が見たかった。

「いいよ。圭人のお母さんにも迷惑かけちゃうし。気持ちだけ貰っとく。ありがと。美味しかったって伝えといて!」

 言いながら机を戻して、そして翠は振り返った。

「……それとも圭人が作ってくれる?」

 翠は覗き込むように首を傾げると、俺の目を見て言った。
 これ絶対俺が料理できないと思ってるやつじゃん。

「あれ?俺の手料理希望? じゃあ自分で作るときは翠の分も作ってくるから楽しみにしてて!」
「え? 作れるの?」

 驚いた様子の翠に、俺はムキになって反論する。

「やっぱり料理できないと思ってる! 料理できます! 得意です!」
「本当に? すごい」

 そんな中、予鈴が鳴った。

「あー、次現国じゃん。あの先生うるさいから早く準備しよ!」

 机の位置を整えて、弁当箱をバッグにしまった。
 教科書を準備しながら、俺は今度の弁当は何を作ろうかと思いを巡らせた。