あなたとつむぐ恋のうた

 ファミレスに入って、席に座る。
 週末の夕食時で混み合っていたものの、タイミング良くそれほど待たずに案内された。
 偶然にもあの時と同じ席で、思い出が脳裏をよぎる。
「同じ席ですね」
「そうだねー。なんか嬉しいねえ」
 それぞれ注文して、ドリンクバーに向かった。
 家族連れが多くて落ち着かないが、多少の会話なら周りに溶け込んで逆にいいかもしれない。
 程なくして運ばれてきた料理を見て、そういえば蓮先輩はトマトが好きだったなとか、逆に甘いものは苦手だとか不意に思い出す。
 こうして一緒にいられるのもあと何回あるだろう。目の前のこの人は、もうすぐ卒業してしまう。
 ずっと一緒にいたいというわがままを吐き出してしまいたくなる。
 そんな考えを振り払うようにして、蓮先輩との会話を楽しんだ。
「紬くん、デザートにチーズケーキ頼んだ?」
「あはは。今日はもうお腹いっぱいです。それにしても、よく覚えてますね」
「紬くんのことならなんでも覚えてるよ」
 思わせぶりな台詞を聞くのは何度目だろう?でも僕はそれに慣れることができない。
 いつもいつも、それが本当でありますようにと祈ってた。
「そんなことばかり言ってからかうのやめてください」
「からかってないよ」
 じっと見つめられて、思わず目を逸らした。
 今日の蓮先輩は、いつもと少し違う気がする。何か緊張しているようにも見えた。
 食事を終えて食器を下げられたテーブルはドリンクバーのコップだけでは広すぎる気がした。
 もうすぐこの楽しい時間も終わってしまう。
 僕は名残惜しい気持ちを感じながら、荷物を確認する。
「蓮先輩……」
 僕が話しかけたのと同時に、蓮先輩はバッグの中から小さな包みを出した。
「これ、お守りのお礼。紬くんのお守りの力で無事に合格したからねー」
 蓮先輩はすっと机の上を滑らせるように僕の前に置いた。
「そんなつもりでお守り渡したわけじゃないですよ!……でも実は僕も合格祝いにプレゼントがあるんです」
 バッグから、そっと紙袋を取り出して蓮先輩の前に置いた。
「え?本当に?嬉しい……。プレゼント交換だね」
「……ふふ、そうですね」
「開けてみて?」
 目の前の綺麗にラッピングされた包みを開ける。そこにはスマホ用のイヤホンがあった。
「ありがとうございます。でもこれ、……結構しますよね?申し訳ないです」
「返品不可だよ?俺とお揃いだから大事にしてね」
 僕の目を見て微笑んだあと、蓮先輩は続けて言った。
「じゃあ俺も開けようかなー、楽しみ。……ブックカバーとしおりか!ありがとう」
「蓮先輩、よく本を読んでいたので。音楽に関するものも考えたけど、僕には何がいいかわからなくて」
「紬くんから貰えるものなら何でも嬉しいから!俺のために色々考えてくれてありがとね?」
 花が咲いたような笑顔だった。
 この笑顔もきっといつか僕じゃない他の人に向けられるんだろう。
 見ていたいのに、見ていられなくて下を向いた。
「紬くん」
 突然、声のトーンが変わった。
 僕は慌てて顔を上げた。
 蓮先輩の笑顔が消えた。
 ライブの前のような真剣で、少し間を置いたあと続けて言った。
「……実は、もう一つプレゼントがあって。曲を作ったんだ。前にタイトルつけてって言ったの覚えてる?」
「……はい」
 そういえば、出会ったばかりの頃そんな話をした。元部長が手伝っていたと知って、羨ましく思ったのを覚えている。
「紬くんのために作ったんだ。今から送るから、そのイヤホンで聴いて、タイトルつけてよ」
 僕はプレゼントのイヤホンを丁寧に箱から出し、スマホに繋ぐ。
 鼓動が早くなる。
 そして蓮先輩から送られた曲を再生した。


 かさねられた言葉に
 見つけたメッセージ
 あなたは 僕を照らす灯
 
 二人の時間は 苦くて甘い
 手に入ると思うたびに
 すり抜けてしまうのはなぜ?
 手を伸ばしても届かない

 早く僕に 落ちてきてよ
 悲しい顔をしないで
 僕を見て そばにきて
 あなたを思って 言葉をつむぎ
 あなたのために 僕は歌うから


 言葉が出ない。
 歌詞に出てくる僕の名前『つむぎ』
 かさね。
 なかなか落ちてこないと言った蓮先輩の悲しそうな顔。
 そしてFalling Star。
 様々な記憶が僕を巡って、まるでパズルのようにピースが嵌ってゆく。
 この曲は……
 涙が自然と溢れた。
 ああ、僕は本当に馬鹿だ……
 僕は好きだと言いながら、ちゃんと蓮先輩を見ていなかった。
 Falling Starも、この曲も……
「……全部、僕のこと……」
「やっとわかってくれた?」
 蓮先輩の硬い指が僕の頬を伝う涙を拭う。
 僕はまだうまく話すことができない。
 蓮先輩は、うなずく僕の手をそっと握った。
「ゆっくりでいいよ」
「……は……い……」
 胸がいっぱいで熱くて苦しいけど嫌じゃない、不思議な感覚。
「この曲に、名前をつけてあげて」
 優しく促す蓮先輩がぼやけて見えた。
 上を向いて息を整えてから、そっと伝えた。
「あなたとつむぐ恋のうた、です」
「……素敵なタイトルだね。……ねえ、俺と一緒に恋をつむいでくれる?」
 そう問いかける蓮先輩の声は、今まで聞いたことがないくらい甘やかで優しかった。
「つむぎたいです。あなたと」
 蓮先輩が囁いた。
「好きだよ」
 これは、僕のためだけの蓮先輩の言葉……。
「僕も」
 僕は蓮先輩に手を伸ばして、そっと大きな手のひらに僕の手を重ねた。
「ああ、やっと落ちてきてくれたね」
「蓮先輩。僕、ずっと前から、落ちていたんです」
 静かに、でも絶対に聞こえるように蓮先輩の目を見て伝えた。
 今までずっと気づかなかった、愚かな僕の思いの全てを。
 


 名残惜しくて帰りたくないけれど、時間が僕たちをそうさせてくれなかった。
 会計を済ませてファミレスを出る。
「結構降ってるね。俺、傘持ってないや。紬くんは?」
 ファミレスを出ると、いつの間にか傘がないといられないくらいの雨が降っていた。
 窓から離れた席だったこともあり全然気づかなかった。
「あ、僕、折りたたみなら持ってますよ。夜の予報雨だったから、念のためで。ちょっと小さいけど」
 バッグから取り出した傘を蓮先輩に渡す。
「じゃあ二人で差して帰ろうか。濡れちゃうからこっちおいで」
 肩に手を回されて、近づいた温もりが幸せだった。もう蓮先輩は誰のところにも行かない。僕の大切な人だ。
 けれど小さな傘ではどんなに近づいたところで濡れてしまう。
「その傘、蓮先輩が使ってください」
「え、そんなのダメだよ。紬くんが濡れちゃうじゃない」
「大丈夫なんです」
「ひどい雨だよ?」
「あの……言いにくいんですが、僕の家、ここのマンションなんです」
 そう言って蓮先輩を見る。
 何故かひどく驚いた顔をする蓮先輩に、僕は声をかけた。
「どうしたんですか?」
「待って。紬くん、お家ここなの?」
「はい。このマンションです」
 エントランスには入らず、入口の柱の影で二人、少し雨宿りをする。
 蓮先輩には言ったことがなかった。
「じゃあ、紬くん、なんで俺と帰る時、いつも駅まで来てたの?家の前、通り過ぎて……」
「え?それは蓮先輩と話したいし、見送りたくて。それにたいした距離じゃないから……」
 言ったら駅の手前で離れなきゃいけなくなるから。僕はずっと一緒に帰る時黙ってた。
「……俺、ずっと駅からバスで帰るんだと思ってた……」
「ああ、バスターミナル、反対側ですもんね」
「いや、それはそうだけど、そうじゃなくて」
「?」
「紬くん……、俺のこと大好きじゃん……」
「はい。ずっと前から、大好きでしたよ」
 泣き笑いのような顔をする蓮先輩がすごく可愛く見えて、僕は思わず抱きしめた。
「キミって子は……本当にもう……」
 僕の背中に腕が添えられて。
 伝わってくる蓮先輩の体温が温かくて泣きそうになる。
 街灯の灯が反射して雨粒が星のように煌めいた。
 ああ、僕のところにも、星が落ちてきた。
 僕はぎゅっと腕に力を込めた。
 逃してしまわないように。