『明日の取材、楽しみにしてるね』
そろそろベッドに入ろうとしたところで、スマホにメッセージが届いた。
三鷹先輩からだ。
僕は思わず笑顔になる。
なんて返信しよう。
僕は少し悩んでからメッセージを入れた。
『こちらこそ楽しみにしてます。よろしくお願いします』
もっと気の利いたことを送りたいけれど、メッセージだといつもより緊張して言葉が出てこない。
『取材だけじゃなく、図書館も一緒に行こうね。おやすみ!』
『是非!おやすみなさい』
今日、思いがけず三鷹先輩と図書館で再会して、一緒に過ごすことができた。それどころか、これからも図書館に一緒に行こうと誘ってくれている。
スマホのRENという表示が、未だに本物なのかと疑ってしまうくらい、僕には夢のような出来事だった。
憧れだった三鷹先輩と今はスマホで繋がっている。
三鷹先輩はどうしてこんなに良くしてくれるんだろう?
軽音部の三鷹先輩といえばちょっとした有名人だ。今は高校3年生と言うこともあり自粛しているが、時々ライブハウスでも演奏しているとクラスの女子が話しているのを聞いたことがある。
そんな人が、2度も僕のために時間を作ってくれて、しかもこれからも図書館に一緒に行こうと誘ってくれている。
僕はベッドの上でクッションを抱きしめながら、さっきのメッセージ画面を繰り返し見てしまう。
気持ちが昂って、今夜はなかなか寝付けそうにない。
文芸部部室の扉をノックして中に入る。
「こんにちは」
中に入ると佐々木部長が本棚の整理をしていた。
「おー、相澤か。今日取材だったよな?三鷹から聞いてるよ」
「はい。部室お借りします。この前は取材のセッティングもありがとうございました!」
僕は部長に向かって一言お礼を言ってから、リュックを棚に置く。
「ああ、別に気にしなくていいよ。俺すぐ帰るから戸締りだけしといてー」
「はい」
部室の鍵がいつものキーフックにかけてあるのを目線で確認してから、取材しやすいように机と椅子を並び替える。質問をまとめたルーズリーフもリュックから出した。
準備万端だ。
一息ついていると、佐々木部長から声をかけられた。
「そういえば相澤、昨日も三鷹に会えたんだな。よかったよ」
「え?」
「いや、昨日三鷹に相澤の居場所聞かれてさ。お前にラインしようとしたら『それは違う』とか言い出して。面倒だから適当に図書館じゃね?って伝えたんだよ」
「三鷹先輩、わざわざ僕を探してくれたんですか?…どうして?」
思わず笑みがこぼれそうになって、部長に顔を見られたくなくて僕は少し俯いた。
わざわざ僕を探して会いに来てくれたのが嬉しかった。
「そりゃ、相澤に会いたかったんでしょって、…あ、えーと、取材の残りとかあるし?」
その台詞を聞いて、思わず勢いよく顔を上げる。
「え?本来なら僕からお願いするものなのに…」
「あいつ、相澤の強火担だし」
「…つよびたん?」
「ああ、こっちの話だから気にすんな!三鷹、変な拘りあるけどいい奴だし大丈夫だから。じゃあ俺、三鷹が来る前に退散するわ!さっきの話はオフレコで!じゃあな!」
何か良くわからないまま、いつの間にか会話が強制終了されてしまった。
慌ただしく部長が去っていき、僕は部長が整理することによって散らかった本棚を片付けながら、昨晩考えた質問を反芻していた。
あと10分程で約束の時間だ。
そう思って時計を見たと同時に、扉がノックされた。
「はい!どうぞ!」
僕はいつもより大きな声で声をかける。
「こんにちはー。ちょっと早いけど、いいかなあ?」
三鷹先輩の透明感のある柔らかな声に、思わず笑みがこぼれる。
「大丈夫です!来ていただいてありがとうございます。そちらの椅子にどうぞ」
僕は勢いで片付けていた本を持ったまま三鷹先輩の向かいに座った。
「あ、それ。去年のかさねだね」
意識せずに持っていた右手のそれは、まさしく去年発行の文芸部部誌のかさねだった。
「表紙だけでわかるんですね!文芸部員として感動しちゃいました」
「あはは。感動なんて大袈裟だなあ。でも、その表紙のかさねは俺にとって特別なものなんだよ?」
そう言いながら、三鷹先輩は上を向いて大きく息を吐いた。
「特別…ですか?」
「うん。俺、去年の今頃、進路やバンドのこととか、将来全般について悩んでて。バンド、高校でやめようと思ってたんだよね」
僕は三鷹先輩の突然の告白に息を呑んだ。
「…そんな」
「この前話した兄貴も同じタイミングでバンドやめててさ。俺は兄貴に憧れてバンド始めたから、なんかそういうのもあって思い出すとナーバスになっちゃうんだけど」
確かに僕も2年になって、将来について考える時間を嫌でも取らされている。
「…そうなんですね。でも、そういう言い方をするってことは、バンドを続ける決心をされたってことですか?」
「うん。そんな時にね、佐々木からこのかさね渡されて。これくらいの気持ちでバンドやればいいじゃんって、このページ見せられたの」
僕の手からそっとかさねを取り、半ばくらいのところで開く。
…これは。
『目まぐるしく変わりゆく時の中で、自分自身も絶えず変化を求められるけれど、軸となるものは失いたくない。
だから僕は、文章を書き続ける。
たとえ誰にも読まれなくとも、ずっと』
「…僕の、エッセイだ…」
そこには拙く青臭い文章が紙面を飾っていて、僕は気恥ずかしくもあり、それでも三鷹先輩の役に立てていたのかと誇らしくもあり、なんともいえない気持ちでいた。
「1年前から、紬くんのこと、知ってるんだよ?びっくりした?」
「…ちょっと、今、思考が追いつかなくて」
僕は驚いて、言葉を失った。
僕が去年の文化祭で三鷹先輩のライブを観て惹かれた時、三鷹先輩も僕のエッセイを読んで音楽を続けることを選んでいた。
初対面から好意的で、取材に協力的だったのも、昨日、図書館まで探しに来てくれたのも、きっと僕のことを見ていてくれたから…。
「…三鷹先輩、わざわざ僕のこと探してくれたんですね」
「うん。やっと俺が紬くんの役に立てる時が来たんだって思って」
「そこまでしてもらわなくても、取材できるだけで僕は十分嬉しいのに」
「俺が探したかったの。スマホなんてなくても、運命だったらきっと会えるでしょう?そう信じたくて」
「運命だなんて」
「俺は紬くんのエッセイに背中を押されて音楽を続ける決心したの。その紬くんが、俺の歌をいいと思って取材してくれるなんて想像もしていなくて。俺は、ずっと紬くんと話してみたかったから、舞い上がってるんだよ」
思ってもみなかった三鷹先輩の言葉に、僕は頭がいっぱいだった。
嬉しいのに、どんな言葉を返したらいいのかわからない。
「僕も、舞い上がっています。ただ僕は三鷹先輩に憧れていただけだったから、だからまさかこんなふうに思ってもらえてたなんて…」
失礼だとは思いながらも、僕は机に突っ伏した。すると、三鷹先輩が僕の頭を優しく撫でた。大きくて指先の硬い、色とりどりの音を奏でる手だ。
僕はますますどうしたらいいかわからなくなって、嬉しくて泣きたくなる。
「紬くん、びっくりさせてごめんね。取材になってないね」
申し訳なさそうに呟く声さえも僕を優しく包み込む。
「大丈夫です。影響を受けたものとか、あとちょっと聞きたかっただけですから…」
「影響受けたものは、紬くんのエッセイだね」
「あらためて聞くと恥ずかしくて死にそうです…」
「ねえ、顔上げて?」
勇気を出して顔を上げると、三鷹先輩の優しい笑顔が目の前にあった。
「取材、本当にもう大丈夫?」
「はい、なんとか…」
「もうー、嘘つかないの。それ、取材のリストなんでしょう?じゃあ、これは俺の宿題にするから、素敵なエッセイ書いてね?約束」
三鷹先輩は机の隅に置いてあったルーズリーフをすっと手に取り、軽く目を通すと自分のスクバにしまった。
「そんな、忙しいのに悪いです!」
「いいよ。脱線させたのは俺なんだから。あ、じゃあその代わり、文化祭のライブ観に来てね?紬くんに絶対に聴いてほしい曲があるんだ」
「はい、それはもちろん!絶対行きます」
言われなくたって絶対に行くに決まってる。僕はもう、三鷹先輩の音楽だけじゃなく、人柄にも惹かれているのだから。
そろそろベッドに入ろうとしたところで、スマホにメッセージが届いた。
三鷹先輩からだ。
僕は思わず笑顔になる。
なんて返信しよう。
僕は少し悩んでからメッセージを入れた。
『こちらこそ楽しみにしてます。よろしくお願いします』
もっと気の利いたことを送りたいけれど、メッセージだといつもより緊張して言葉が出てこない。
『取材だけじゃなく、図書館も一緒に行こうね。おやすみ!』
『是非!おやすみなさい』
今日、思いがけず三鷹先輩と図書館で再会して、一緒に過ごすことができた。それどころか、これからも図書館に一緒に行こうと誘ってくれている。
スマホのRENという表示が、未だに本物なのかと疑ってしまうくらい、僕には夢のような出来事だった。
憧れだった三鷹先輩と今はスマホで繋がっている。
三鷹先輩はどうしてこんなに良くしてくれるんだろう?
軽音部の三鷹先輩といえばちょっとした有名人だ。今は高校3年生と言うこともあり自粛しているが、時々ライブハウスでも演奏しているとクラスの女子が話しているのを聞いたことがある。
そんな人が、2度も僕のために時間を作ってくれて、しかもこれからも図書館に一緒に行こうと誘ってくれている。
僕はベッドの上でクッションを抱きしめながら、さっきのメッセージ画面を繰り返し見てしまう。
気持ちが昂って、今夜はなかなか寝付けそうにない。
文芸部部室の扉をノックして中に入る。
「こんにちは」
中に入ると佐々木部長が本棚の整理をしていた。
「おー、相澤か。今日取材だったよな?三鷹から聞いてるよ」
「はい。部室お借りします。この前は取材のセッティングもありがとうございました!」
僕は部長に向かって一言お礼を言ってから、リュックを棚に置く。
「ああ、別に気にしなくていいよ。俺すぐ帰るから戸締りだけしといてー」
「はい」
部室の鍵がいつものキーフックにかけてあるのを目線で確認してから、取材しやすいように机と椅子を並び替える。質問をまとめたルーズリーフもリュックから出した。
準備万端だ。
一息ついていると、佐々木部長から声をかけられた。
「そういえば相澤、昨日も三鷹に会えたんだな。よかったよ」
「え?」
「いや、昨日三鷹に相澤の居場所聞かれてさ。お前にラインしようとしたら『それは違う』とか言い出して。面倒だから適当に図書館じゃね?って伝えたんだよ」
「三鷹先輩、わざわざ僕を探してくれたんですか?…どうして?」
思わず笑みがこぼれそうになって、部長に顔を見られたくなくて僕は少し俯いた。
わざわざ僕を探して会いに来てくれたのが嬉しかった。
「そりゃ、相澤に会いたかったんでしょって、…あ、えーと、取材の残りとかあるし?」
その台詞を聞いて、思わず勢いよく顔を上げる。
「え?本来なら僕からお願いするものなのに…」
「あいつ、相澤の強火担だし」
「…つよびたん?」
「ああ、こっちの話だから気にすんな!三鷹、変な拘りあるけどいい奴だし大丈夫だから。じゃあ俺、三鷹が来る前に退散するわ!さっきの話はオフレコで!じゃあな!」
何か良くわからないまま、いつの間にか会話が強制終了されてしまった。
慌ただしく部長が去っていき、僕は部長が整理することによって散らかった本棚を片付けながら、昨晩考えた質問を反芻していた。
あと10分程で約束の時間だ。
そう思って時計を見たと同時に、扉がノックされた。
「はい!どうぞ!」
僕はいつもより大きな声で声をかける。
「こんにちはー。ちょっと早いけど、いいかなあ?」
三鷹先輩の透明感のある柔らかな声に、思わず笑みがこぼれる。
「大丈夫です!来ていただいてありがとうございます。そちらの椅子にどうぞ」
僕は勢いで片付けていた本を持ったまま三鷹先輩の向かいに座った。
「あ、それ。去年のかさねだね」
意識せずに持っていた右手のそれは、まさしく去年発行の文芸部部誌のかさねだった。
「表紙だけでわかるんですね!文芸部員として感動しちゃいました」
「あはは。感動なんて大袈裟だなあ。でも、その表紙のかさねは俺にとって特別なものなんだよ?」
そう言いながら、三鷹先輩は上を向いて大きく息を吐いた。
「特別…ですか?」
「うん。俺、去年の今頃、進路やバンドのこととか、将来全般について悩んでて。バンド、高校でやめようと思ってたんだよね」
僕は三鷹先輩の突然の告白に息を呑んだ。
「…そんな」
「この前話した兄貴も同じタイミングでバンドやめててさ。俺は兄貴に憧れてバンド始めたから、なんかそういうのもあって思い出すとナーバスになっちゃうんだけど」
確かに僕も2年になって、将来について考える時間を嫌でも取らされている。
「…そうなんですね。でも、そういう言い方をするってことは、バンドを続ける決心をされたってことですか?」
「うん。そんな時にね、佐々木からこのかさね渡されて。これくらいの気持ちでバンドやればいいじゃんって、このページ見せられたの」
僕の手からそっとかさねを取り、半ばくらいのところで開く。
…これは。
『目まぐるしく変わりゆく時の中で、自分自身も絶えず変化を求められるけれど、軸となるものは失いたくない。
だから僕は、文章を書き続ける。
たとえ誰にも読まれなくとも、ずっと』
「…僕の、エッセイだ…」
そこには拙く青臭い文章が紙面を飾っていて、僕は気恥ずかしくもあり、それでも三鷹先輩の役に立てていたのかと誇らしくもあり、なんともいえない気持ちでいた。
「1年前から、紬くんのこと、知ってるんだよ?びっくりした?」
「…ちょっと、今、思考が追いつかなくて」
僕は驚いて、言葉を失った。
僕が去年の文化祭で三鷹先輩のライブを観て惹かれた時、三鷹先輩も僕のエッセイを読んで音楽を続けることを選んでいた。
初対面から好意的で、取材に協力的だったのも、昨日、図書館まで探しに来てくれたのも、きっと僕のことを見ていてくれたから…。
「…三鷹先輩、わざわざ僕のこと探してくれたんですね」
「うん。やっと俺が紬くんの役に立てる時が来たんだって思って」
「そこまでしてもらわなくても、取材できるだけで僕は十分嬉しいのに」
「俺が探したかったの。スマホなんてなくても、運命だったらきっと会えるでしょう?そう信じたくて」
「運命だなんて」
「俺は紬くんのエッセイに背中を押されて音楽を続ける決心したの。その紬くんが、俺の歌をいいと思って取材してくれるなんて想像もしていなくて。俺は、ずっと紬くんと話してみたかったから、舞い上がってるんだよ」
思ってもみなかった三鷹先輩の言葉に、僕は頭がいっぱいだった。
嬉しいのに、どんな言葉を返したらいいのかわからない。
「僕も、舞い上がっています。ただ僕は三鷹先輩に憧れていただけだったから、だからまさかこんなふうに思ってもらえてたなんて…」
失礼だとは思いながらも、僕は机に突っ伏した。すると、三鷹先輩が僕の頭を優しく撫でた。大きくて指先の硬い、色とりどりの音を奏でる手だ。
僕はますますどうしたらいいかわからなくなって、嬉しくて泣きたくなる。
「紬くん、びっくりさせてごめんね。取材になってないね」
申し訳なさそうに呟く声さえも僕を優しく包み込む。
「大丈夫です。影響を受けたものとか、あとちょっと聞きたかっただけですから…」
「影響受けたものは、紬くんのエッセイだね」
「あらためて聞くと恥ずかしくて死にそうです…」
「ねえ、顔上げて?」
勇気を出して顔を上げると、三鷹先輩の優しい笑顔が目の前にあった。
「取材、本当にもう大丈夫?」
「はい、なんとか…」
「もうー、嘘つかないの。それ、取材のリストなんでしょう?じゃあ、これは俺の宿題にするから、素敵なエッセイ書いてね?約束」
三鷹先輩は机の隅に置いてあったルーズリーフをすっと手に取り、軽く目を通すと自分のスクバにしまった。
「そんな、忙しいのに悪いです!」
「いいよ。脱線させたのは俺なんだから。あ、じゃあその代わり、文化祭のライブ観に来てね?紬くんに絶対に聴いてほしい曲があるんだ」
「はい、それはもちろん!絶対行きます」
言われなくたって絶対に行くに決まってる。僕はもう、三鷹先輩の音楽だけじゃなく、人柄にも惹かれているのだから。
