キミはいつもフレームの中

翌朝。

登校して席に着く。

カメラのモニターには、昨日撮ったブレブレの写真が残ったままだった。

削除しようとして操作したものの、『削除しますか?』の表示を見て、やめる。


「あれ?」


不意に頭上から声が降ってきた。


「まだ消してないんだ?」


顔を上げると、森永くんがいた。


「お、おはよう……」

「おはよ、カメラマン」


当然みたいに言われて、一瞬言葉に詰まる。

昨日だって何度も呼ばれたはずなのに。

教室で聞くと、なんだか違った。


「別に……消すの忘れてただけ」

「へぇ」


絶対信じていない顔だった。

森永くんは俺の机に軽く手をついて、モニターを覗き込む。


「昨日も見たけど、やっぱりブレてるな」

「だから失敗作なんだって」

「でも消してない……って事は、ブレてても気に入ってるとか?」


気に入った……というか、人を撮るのにためらっていた自分が、森永くんのおかげで撮る事ができたのだ。

記念すべき一枚、というのは大げさすぎるかもしれないけれど、失敗作とはいえ、大事な写真である。

何も言い返せずにいると、森永くんが笑う。


「じゃあ今日の放課後、リベンジな」

「え?」

「昨日言っただろ」


当たり前みたいな口調だった。

社交辞令じゃなかったんだ。

そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなる。

森永くんにそう聞かれ、俺は少し迷ってから、小さく頷いた。


「……行く」


俺の答えに、森永くんは笑ってうなずいた。



「メグ、昨日どうだった?」


昼休み。

購買に向かっていたところ、瀬川に声をかけられた。

瀬川も購買に行くところだったらしく、並んで歩く。


「え?」

「だから、バスケ部の写真」

「……ああ。失敗した」

「失敗~?」


俺の答えに瀬川が大げさに驚いた。


「メグが写真で失敗って珍しくない?」

「人を撮るのが久しぶりだったから、感覚つかめなかった」

「まあ、そうだよな。森永とか動き速そうだし」

「え?」


瀬川がピンポイントで森永くんの名前を出してきたから、一瞬言葉に詰まる。


「メグ、森永と同じクラスじゃん。バスケ部と言えば森永だろ?県選抜にも選ばれてるじゃん」

「そうなの?」

「え、有名じゃん。メグ知らなかったのかよ」

「全然知らなかった……」


森永くん、ただのイケメンじゃなくてしっかり有名人だったんだ。

自分がいかに他人に興味がないのか思い知らされた。


「メグは写真の事ばかりだからな、気持ちはわかるけど」


ケラケラ笑う瀬川に何も言い返せない。


「お、噂をすれば何とやら」

「え?」


瀬川が前方から歩いてくる森永くんを見つけてそう言った。

立ち止まると、森永くんも俺に気が付いて片手を上げる。


「よう、カメラマン」

「あ、どうも……」

「購買行くの?」

「あ、うん。焼きそばパンが好きなんだ」

「焼きそばパン?!俺も好きで、買ってきたとこ。でも、売り切れたかも」

「……ああ、マジか」


購買の焼きそばパンが大好きで、週に3回は食べている。

森永くんも好きっていうのは意外だったけれど、割と人気があるパンで売り切れるのは珍しくない。

これは乗り遅れたな。


「俺、二個買ったから一個やるよ」

「……え?」


森永くんの申し出に驚いて、彼を見上げてしまう。


「昨日、モデルやった報酬」

「報酬って……失敗したし、俺が報酬払う側じゃないの?」

「まあまあ。細かいこと気にすんなって」


そう言って焼きそばパンを押し付けられる。


「それ食って放課後頑張れ、カメラマン」

「ありがとう……」


焼きそばパンを受け取りながら、小さく礼を言う。

放課後が少しだけ楽しみだと思ってしまった。


「メグ、教室戻るだろ?俺、行って来るわ」

「あ、うん。瀬川また放課後、部室で」

「おう」


目的の焼きそばパンが手に入った事で、購買に行く必要がなくなった。

それを察した瀬川がそう言って、購買に向かって歩いていく。


「カメラマン、メグって呼ばれてんの?」


瀬川の後ろ姿を見送っていたら、不意に問いかけられた。


「ああ、うん。中学の時に俺と同じ名前の人がもう一人いたんだ。目黒川が長いから、メグに略されて、高校に来てもそう呼ばれてる」

「へえ、お前に合ってんじゃん、メグって」


今では慣れたけど、中学の時は女の子みたいな呼び方だと思っていた。

だから、そんなふうに言われたのは初めてだった。


「俺も呼んでいい?メグって」

「……えっ?!」

「そんなに驚く事?」

「ま、まあ……森永くんからそんな事言われると思ってなかったし」

「えー、だって焼きそばパンが好きだっていう共通点あるし、俺の事も、海琉って呼んでいいからさ、な?」


森永くんは満足そうに笑った。

いやいやいやいや、無理無理無理!

クラスの人気者をいきなり名前呼びとか無理だろ!


「や、俺は、森永くんと呼ばせてもらうんで」

「遠慮しなくていいのに。でも俺は、メグって呼んでいいって事だよな?」

「それは、はい……」


森永くんに、メグって呼ばれる日がくるとは夢にも思ってなかった。

そもそも認知されてないと思ってたし。


「んじゃ、改めて。よろしくな、メグ」


キラキラとした笑顔を俺に向ける森永くん。

なんとなく視線を逸らした。

……できれば、ファインダー越しで見たいかもしれない。