キミはいつもフレームの中

「学校紹介用のパンフレットに掲載する部活動の写真を頼まれた。全部の部活動の写真は掲載できるかわからないが、各部には写真部が撮りに行くという事は伝えているから、今週はそれぞれ各部活動の写真を撮ってきて欲しい」


いつもと変わらない日々を送っていた、ある日の部活で、顧問がそう言った。

我が校の部活動数は30近くある。

写真部の部員数は7人。

割り振れば、単純計算で一人当たり4~5になるだろう。


「一年生の二人はこういうのは初めてだし、三年生とペアを組んで行動した方がいいかな。二年生三人は単独で」


顧問の言葉に一年生二人はホッとしたように顔を見合わせた。

二年生は単独か。

まあ、確かに、何か行事があればこんな風に駆り出されたわけで、すでに慣れているから単独で動ける事は動けるけど……。


「担当の部活を割り振った。各自、活動の邪魔にならないよう撮影を頼む」


そう言って顧問は持っていたプリントを配る。

配られたプリントの右上には、『二年 目黒川優弥(めぐろがわゆうや)』と、自分の名前が印刷されている。

自分が割り当てられた部活動を見て、思わずため息が漏れた。

園芸部・美術部、写真部、野球部、そして……バスケ部。

園芸部や美術部なら気が楽だった。

花や作品は、カメラを向けてもこちらを意識したりしないから。

野球部はグラウンドが広い。

誰か一人を追わなくても、それらしい写真は撮れるだろう。

何より、あの開放感が好きだ。

けれど、バスケ部は違う。

体育館競技は距離が近い。

被写体との距離も、その視線も。

カメラを向けた瞬間、相手に気づかれる気がする。

その光景を想像したら、またため息をついてしまった。


「メグ、担当どこだった?」


隣に座っていた瀬川(せがわ)がプリントをひらひらさせながら聞いてくる。

瀬川にプリントを見せると、瀬川の隣からそれを覗き込む長浜(ながはま)

この二人と俺で写真部の二年生は三人。

クラスは違うけれど、写真が趣味という共通点があるから仲が良い。


「やっぱり似たような割り振りだよな。写真部が入ってる分、担当箇所が1個多いけど」

「瀬川と長浜はどうなの?」

「俺はサッカー部と卓球部と将棋部と文芸部」

「多くね?」

「でも今日やってないの多いし、実質サッカーだけだな」

「じゃあ、瀬川は今日、サッカー部一択だな。俺はバレー部、バドミントン部、柔道部、科学部」

「いや、今日雨だからサッカー部も無理」

「確かに。校内で筋トレしてる姿撮っても何部かわかんないな」

「瀬川、初日から運が悪いな」


長浜の言葉に俺も肩をすくめて笑った。

瀬川がムッとした顔で俺にプリントを返してくる。


「メグはバスケ部一択だな」

「え?」


そう言われてドキッとする。

苦手だと思っていた矢先に、まさかの選択肢がない?!


「美術部の活動はないし、園芸部と野球部は雨だから撮れない。じゃあバスケ部しかないだろ。写真部は散り散りになるしな」


……詰んだ。



「失礼しまーす……」


誰にも届かないほど小さな声でそっと体育館へ入る俺。

時間を無駄にできないので、意を決してバスケ部の写真を撮りに来た。

体育館内に大きな声が響き渡り、ボールが弾む音やバッシュのきしむ音が混ざっている。

男子校という環境にも、少しずつ慣れてきたはずなのに。

体育館の熱気は、それとは別物だった。

入った瞬間、空気の熱さに少し気圧(けお)される。

このまま圧で外に押し出されそうな気がした。

——完全に気持ちで負けている。

ここはさっさと撮って戻ろう。

メガネをずり上げ、「よし」と心の中で呟くと、邪魔にならないよう、なるべく目立たないよう、移動する。

話が通っているのか、思っていたより視線は集まらなかった。

注目されるのが得意ではないから、人の視線がないだけで、だいぶ楽になる。

とりあえず俺は、使われていないバスケットゴールやボールをカメラにおさめていく。

……バスケ部なのに、躍動感が全く感じられない。

やっぱり、ゴールやボールじゃなく、人を撮らないとバスケ部は成立しないよな……。

撮った写真を確認していると、足元にボールが転がってきた。

軽く跳ねて、靴に当たり、思わず顔を上げた。


「あ、すいません!」


声と共にコートの向こうから、誰かが走ってくるのが見えた。

向かってくるその姿が、やけに目に残った。

光を受けて、汗が一瞬だけ跳ねる。


「……あれ?目黒川じゃん。写真撮りに来る写真部ってお前だったんだ?」


転がったボールを拾い上げて、イケメンは俺の名を口にした。

視線を合わせたまま、一拍遅れて思い出す。

同じクラスの、森永海琉(もりながかいる)、だ。


「森永くん、バスケ部だったんだ……?」

「うん、そう。俺、次期キャプテンらしいよ」

「え、そうなの?」

「噂だけど」


森永くんはボールを軽く回し、そのまま指先で止めて笑った。

そんなことを、当たり前みたいにやってしまう。

俺は不覚にも見とれてしまった。


「で、いい写真は撮れた?」

「え?」


森永くんが俺のカメラを指さしながら聞いてきた。


「え?って……いや、写真部なんだろ?」

「あー……」


思わずカメラのモニターを見る。

そこに並んでいるのは、使われていないゴールとボールの写真ばかりだった。

バスケ部を撮りに来たはずなのに。


「ちょっと見せて」

「あ、いや……!」


森永くんは俺の返事も待たず、ひょいとカメラを手に取った。

ジャンプして手を伸ばしても、背の高い森永くんに敵うわけもなく……。


「バスケ部撮りに来たのに、いいの?誰も使ってないゴールとかボールで」

「人を撮るの、あんまり得意じゃなくて……」

「ふーん?じゃあ、じゃあ俺撮れば?」

「……え?」

「ほら、写真のモデルがいい男なら、いい写真撮れるんじゃね?これは名案」


俺が森永くんを撮る……?

彼の提案に困惑していたら、カメラを差し出された。


「ほら」

「え?」

「練習台くらいにはなれるだろ」


そう言って森永くんは笑う。

まるで大したことじゃないみたいに。

カメラを持つ手に力が入る。

さっきまで重かったはずなのに、不思議とシャッターを切ってみたくなった。


「じゃ、じゃあ、撮ってみる」

「おう。頑張れ、カメラマン」


俺の返事を聞くと、森永くんは満足そうに手を上げ、そのまま練習へ戻っていった。

ボールの弾む音が、再び体育館に響いた。

俺は手の中のカメラを見下ろす。

撮る。

そう言ったのは自分なのに。


「……無理かも」


小さく呟いてみても、誰にも聞こえない。


『頑張れカメラマン』


ふと、さっきの言葉を思い出す。

その言葉が妙に引っかかった。

意気地のない写真部の俺に、『カメラマン』なんて言ってくれたからだろうか。

森永くんにとっては何気ない一言だったのかもしれないけど。

メガネを押し上げ、恐る恐るファインダーを覗く。

四角い枠の中を、バスケ部員たちが走っていく。

その中に森永くんを探している自分に気づいて、少しだけ驚いた。

――見つけた。

ドリブルしながら走る森永くんが、一瞬こちらを向く。

心臓が跳ねた。

反射的にシャッターを切る。

カシャッ。



「おーい、カメラマン」


練習が終わった頃、不意に声をかけられた。

顔を上げると、タオルを肩に掛けた森永くんがこちらへ歩いてくる。


「どうだった?」

「え?」

「写真」


そう言って当たり前みたいに俺の隣へしゃがみ込む。

距離が近い。

近すぎる。


「み、見る?」

「見る見る」


逃げる暇もなく、モニターを向けた。

森永くんは覗き込み――。

数秒後。


「ぶはっ!」


盛大に吹き出した。


「え?」

「いや、ごめん」


全然悪いと思っていない顔で肩を震わせている。


「めちゃくちゃブレてる」

「……やっぱり」


自分でも分かっていた。

あの瞬間、手が震えたのだ。


「ブレたらいい男が台無しだろ」

「うるさい」


思わず言い返すと、森永くんはまた笑った。

その笑い方が嫌じゃないのが悔しい。


「でもさ」


森永くんはモニターを見たまま言った。


「ちゃんと俺の事、撮ろうとしてたじゃん」

「え?」

「追えてるのなら大丈夫じゃね?次はちゃんとカッコいい俺を撮れるよ」


そう言って立ち上がる。

そしてボールを脇に抱えたまま、振り返った。


「だから、もっかいリベンジしに来いよ」


体育館の窓から差し込む夕陽が、森永くんの背中を照らしていた。

それが妙に眩しく見えた。


「……うん」


小さく返事をすると、

森永くんは満足そうに笑って手を振った。

その背中が体育館の出口へ消えていく。

俺はカメラを胸の前で抱えた。

失敗は、した。

バスケ部の写真は、全然うまく撮れなかった。

それなのに。

なぜだろう。

もう一度、体育館へ行きたいと思った。