午後1時。
昼時でも上着が必要なくらいの気温と、心地のいい日差しの元で黒縁のメガネをうっすらと光らせる。
いつもの散歩バックを肩にかけ、今日の気分で選んでもらった花柄のリードを少し軽めに握る。
今日は休日だからと少し車を走らせ広く走れるドッグランに来てみたはいいものの、思った以上に人が多い。
すれ違う人のざわめきの中、視線は自分ではなく足元に集まっていた。
「ブラン、いい天気だね」
少し振り返り、こちらを向き口を開けて微笑むような顔を見せるのは、愛犬である2歳のボルゾイの男の子、ブランだ。
ブランは特に視線を気にする様子もなく、何度か行ったことのあるドッグランに歩幅を合わせながら向かっていた。
「今日こそお友達、できるといいね」
ブランは社交的とは言いがたく、ドッグランに来てもただ、気ままに走り回り、満足したら帰るだけの日がほとんどだ。
嫌いというわけではない。ただ、誰かと群れることに興味が薄いだけなのだろう。
お互い風を感じ長い毛をなびかせながら目的のドッグランに向かう。
「い、いっぱいいるね…ブラン、大丈夫?」
お目当ての中型大型犬エリアには休日のせいかたくさんの犬と飼い主がいた。
少し心配もあり、しゃがんで視線を合わせながら眉を下げてブランの頭を優しく撫でる。
当の本人は気にすることなく早く開けろと言わんばかりに扉を長い前足でカシャカシャと引っかいていた。
気にすることでもないかと扉を開けて、いつもの習慣であるおすわりをさせてからリードを外す。
「楽しんでおいで」
ブランの背中をひと押しすると、待ってましたと言わんばかりに大またで走り出す。
周りは珍しい犬種とその速さに小さな歓声をあげた。
やはり予想通り周りを全力ダッシュして遊びたそうに着いてきている犬を置き去りにして走っていた。
自分はある程度は追いかけるも人も多いこともあり最小限の移動しかできなかった。
数分もするとだんだんスピードも落ちてきて周りの匂いを嗅ぎながら散策していた。
あまりグイグイ来る子は居ないせいか、自分も安心して眺めていた時だった。
急に背中に衝撃が走り、気付いた時には地面が着いておりメガネが落ちたせいか視界がぼやける。
「いてて……」
起き上がる前に手探りで眼鏡を探していたら視界が少し暗くなり人が目の前でしゃがんできた。
「だっ、大丈夫ですか?!すいませんうちの子がぶつかってしまって、怪我はないですか?!」
肩に手を置かれのぞき込まれるもぼやけた視界と肩の感覚だけでは男だということしか分からない。
「め、眼鏡…」
ここに…と包むように優しく手を掴み手のひらに眼鏡を置いてくれたので慣れた手つきで眼鏡をかけ目の前の人物の顔を見る。
「っ………」
少し茶色がかった短髪で爽やかな青年は何かを言いかけて言葉を飲み込むも、視線を逸らそうとせず、みるみる顔を赤くさせる。
その沈黙が妙で、そんなに怪我が酷いのだろうかと顔を触ってみるも、痛みも特になかった。
「あ、あの…どうかされましたか?」
「っ?!失礼、うちの子が背中にぶつかってしまって、大丈夫でしょうか?本当にすみません。」
固まっている青年に声をかけると、我に返ったのか慌てたように再び体の隅々まで見渡してくる。
横からは茶色のドーベルマンが自分がしてしまったことを反省するように耳を伏せて寄ってくる。
恐らく青年の愛犬で、背中に当たってきた張本人だろう。
「いえ、僕もぼーっとしてたので、気にしないでください。特に怪我もしてませんし」
「ですが…」
青年は申し訳なさそうに眉を下げたまま、視線をこちらに向けたまま、肩に添えた手を離せずにいた。
周りの飼い主たちが大丈夫かとチラチラとこちらを見る中、自分の愛犬は少しだけこちらを確認したあとくん活に戻っていた。
薄情なヤツめと思いながら青年に手を貸され立ち上がる。
「ありがとうございます」
手を貸してくれたお礼を告げるとそろそろと低姿勢のままドーベルマンが寄ってきて体を擦り付けてくれた。
「お名前なんて言うんですか?」
「冬弥って言います!」
食い気味に言われた自己紹介、瞬きを早め少しだけ固まるも微笑みを浮かべてすぐに頭を撫で名前を呼んでみる。
「冬弥くんって言うんだ…可愛いね」
すると上からえ゛っ?!と地を這うような声が聞こえて不思議がるように見上げると先程より顔の赤くなった青年がいた。
「す、すいません…冬弥は俺の名前で…この子は大和って言います…」
青年は恥ずかしそうに頭を掻きながら俯くと、言っていることを理解してこちらも顔から首にかけて赤く染まる。
この青年のことを犬の前と勘違いして君つけで読んでしまい、あまりの恥ずかしすぎて撫でていた手が止まった。
「ご、ご、ごめんなさいっ!!君なんてつけちゃって…や、大和くんですね…す、素敵な名前です。」
誤魔化すようにわしゃわしゃと両手で大和と顔を撫で回すと、口を開けへっへと嬉しそうに目を細めた。
青年の後ろから突然ブランが近づいてきて冬弥の股の間に顔を突っ込む。
「なっ?!」
冬弥は体制を崩すとこちらにバランスを崩してしまったため、胸に飛び込んでくる所を支えてやる。
「大丈夫ですか?」
冬弥は突然のことに驚きながらも顔をあげると至近距離に少し生気のないじとりとした瞳が飛び込んできて慌てて距離を置く。
「あ、あの!あなたの…名前は…」
「僕は桜庭夏樹です。そっちの子が僕の愛犬でボルゾイのブランです。」
指さした方向には何事も無かったように、ドッグランに生えた草の匂いを優雅に嗅いでいた。
「すいませんなんか、あれ小さい頃からの癖になっちゃってて」
「人懐っこい子なんですね」
「あ、いや、普段はしないんです…家族とか友達とかにはするんですけど…珍しくて」
現に今も触ろうとしてくるほかの飼い主を可憐に避けてスルーして自分の世界を作っている。
冬弥はその事実に目を見開いて自然に口角が上がってしまう。
犬好きは人見知りな子と触れ合えただけで嬉しさで舞い上がってしまうのだ。
「めっちゃ嬉しいです。俺の子は基本誰でもウェルカムタイプで…誘惑が多くて困っちゃうくらいですよ」
冬弥が横に並んで犬を見守りながら優しく微笑み話していると特に移動する訳でもなく同じ方向を見て話す。
「冬弥さんに似てるんですね…」
冬弥は自然な流れで下の名前を呼ばれどきりと心臓が高鳴りうるさくなる。
横を見ても下の名前で呼んだと言う自覚がないのか気にしていないのか表情は変わらないまま愛犬を見つめている。
ふと視線の先で互いの愛犬が近づき匂いを嗅ぎあってる。
ブランは匂いを嗅ぐことができれば満足なのかそのまま歩き出すが、大和はブランのことを気に入ったのか遊ぼう遊ぼうと煽り始める。
その姿に冬弥は決意を固め夏樹に向き直る。
「あの!改めてですけど秋ヶ瀬冬弥って言います…そのまま冬弥って呼んでください。」
どきどきと手遊びをしながら思い切ってちゃんと自己紹介をするも、夏樹は違うほうを見て指を指す。
「あ、大和くんうんちしてますよ」
あの野郎!と内心叱りつけながら袋を散歩バッグから取り出し、小走りで向かう。
大和はスッキリした顔でまたブランの方へ向かいだる絡みを続けている。しかしブランに嫌がる様子はなかった。というか興味があまり無さそうだった。
「大和め、いい所だったのに…」
いい所と言っても名前を言っただけであるが個人的にはだいぶ進歩であったのだ。
そのまま夏樹の隣に戻るのも変かなと思いながらも話たい欲が強すぎでそろそろと距離を近づけて行く。
「教えてくれてありがとうございます。」
もう1回自己紹介したら引かれるよなと少し悲しい気持ちになりながらも笑顔で感謝を伝える。
「いえ……あの…秋ヶ瀬冬弥さん…って言うんですね。」
再び心臓が鐘を鳴らして頭に天使が舞い踊る。
スルーされたと思っていたがしっかりと覚えてくれたのだ。
それだけで1ヶ月は生きられると天にも登る気持ちでニヤつかせながら頭を搔く。
「はい!ぜひ冬弥って呼んでください。」
「よろしくお願いします、冬弥さん…またあったらぜひまたうちのブランと遊んであげてください。」
ブランがドッグランに飽きてきたのか夏樹の元へ帰ってきてリードをつつくとそのままリードをつけて会釈をする。
「ではまた」
冬弥が返事をする先もなく去ってしまい静寂が訪れる。
大和もお気に入りの子がいなくなってしまいしょぼくれながらこちらへ戻ってくる。
「大和……今日の晩飯、肉入れような」
今日のMVPは完璧に大和だ。
愛しい人を見つけてしまった大事な日になり満足の行く休日になった。
大和は肉ときき手のひらを返して飛びつき衝撃で倒される。
あの時、目が合いながら名前を呼んでくれただけで胸が苦しくなるほど嬉しかった。
またもし会えたら、今度はもう少し近づけるだろうかと考え腰に少しの痛みを感じながら土埃に隠れた空を見あげた。
昼時でも上着が必要なくらいの気温と、心地のいい日差しの元で黒縁のメガネをうっすらと光らせる。
いつもの散歩バックを肩にかけ、今日の気分で選んでもらった花柄のリードを少し軽めに握る。
今日は休日だからと少し車を走らせ広く走れるドッグランに来てみたはいいものの、思った以上に人が多い。
すれ違う人のざわめきの中、視線は自分ではなく足元に集まっていた。
「ブラン、いい天気だね」
少し振り返り、こちらを向き口を開けて微笑むような顔を見せるのは、愛犬である2歳のボルゾイの男の子、ブランだ。
ブランは特に視線を気にする様子もなく、何度か行ったことのあるドッグランに歩幅を合わせながら向かっていた。
「今日こそお友達、できるといいね」
ブランは社交的とは言いがたく、ドッグランに来てもただ、気ままに走り回り、満足したら帰るだけの日がほとんどだ。
嫌いというわけではない。ただ、誰かと群れることに興味が薄いだけなのだろう。
お互い風を感じ長い毛をなびかせながら目的のドッグランに向かう。
「い、いっぱいいるね…ブラン、大丈夫?」
お目当ての中型大型犬エリアには休日のせいかたくさんの犬と飼い主がいた。
少し心配もあり、しゃがんで視線を合わせながら眉を下げてブランの頭を優しく撫でる。
当の本人は気にすることなく早く開けろと言わんばかりに扉を長い前足でカシャカシャと引っかいていた。
気にすることでもないかと扉を開けて、いつもの習慣であるおすわりをさせてからリードを外す。
「楽しんでおいで」
ブランの背中をひと押しすると、待ってましたと言わんばかりに大またで走り出す。
周りは珍しい犬種とその速さに小さな歓声をあげた。
やはり予想通り周りを全力ダッシュして遊びたそうに着いてきている犬を置き去りにして走っていた。
自分はある程度は追いかけるも人も多いこともあり最小限の移動しかできなかった。
数分もするとだんだんスピードも落ちてきて周りの匂いを嗅ぎながら散策していた。
あまりグイグイ来る子は居ないせいか、自分も安心して眺めていた時だった。
急に背中に衝撃が走り、気付いた時には地面が着いておりメガネが落ちたせいか視界がぼやける。
「いてて……」
起き上がる前に手探りで眼鏡を探していたら視界が少し暗くなり人が目の前でしゃがんできた。
「だっ、大丈夫ですか?!すいませんうちの子がぶつかってしまって、怪我はないですか?!」
肩に手を置かれのぞき込まれるもぼやけた視界と肩の感覚だけでは男だということしか分からない。
「め、眼鏡…」
ここに…と包むように優しく手を掴み手のひらに眼鏡を置いてくれたので慣れた手つきで眼鏡をかけ目の前の人物の顔を見る。
「っ………」
少し茶色がかった短髪で爽やかな青年は何かを言いかけて言葉を飲み込むも、視線を逸らそうとせず、みるみる顔を赤くさせる。
その沈黙が妙で、そんなに怪我が酷いのだろうかと顔を触ってみるも、痛みも特になかった。
「あ、あの…どうかされましたか?」
「っ?!失礼、うちの子が背中にぶつかってしまって、大丈夫でしょうか?本当にすみません。」
固まっている青年に声をかけると、我に返ったのか慌てたように再び体の隅々まで見渡してくる。
横からは茶色のドーベルマンが自分がしてしまったことを反省するように耳を伏せて寄ってくる。
恐らく青年の愛犬で、背中に当たってきた張本人だろう。
「いえ、僕もぼーっとしてたので、気にしないでください。特に怪我もしてませんし」
「ですが…」
青年は申し訳なさそうに眉を下げたまま、視線をこちらに向けたまま、肩に添えた手を離せずにいた。
周りの飼い主たちが大丈夫かとチラチラとこちらを見る中、自分の愛犬は少しだけこちらを確認したあとくん活に戻っていた。
薄情なヤツめと思いながら青年に手を貸され立ち上がる。
「ありがとうございます」
手を貸してくれたお礼を告げるとそろそろと低姿勢のままドーベルマンが寄ってきて体を擦り付けてくれた。
「お名前なんて言うんですか?」
「冬弥って言います!」
食い気味に言われた自己紹介、瞬きを早め少しだけ固まるも微笑みを浮かべてすぐに頭を撫で名前を呼んでみる。
「冬弥くんって言うんだ…可愛いね」
すると上からえ゛っ?!と地を這うような声が聞こえて不思議がるように見上げると先程より顔の赤くなった青年がいた。
「す、すいません…冬弥は俺の名前で…この子は大和って言います…」
青年は恥ずかしそうに頭を掻きながら俯くと、言っていることを理解してこちらも顔から首にかけて赤く染まる。
この青年のことを犬の前と勘違いして君つけで読んでしまい、あまりの恥ずかしすぎて撫でていた手が止まった。
「ご、ご、ごめんなさいっ!!君なんてつけちゃって…や、大和くんですね…す、素敵な名前です。」
誤魔化すようにわしゃわしゃと両手で大和と顔を撫で回すと、口を開けへっへと嬉しそうに目を細めた。
青年の後ろから突然ブランが近づいてきて冬弥の股の間に顔を突っ込む。
「なっ?!」
冬弥は体制を崩すとこちらにバランスを崩してしまったため、胸に飛び込んでくる所を支えてやる。
「大丈夫ですか?」
冬弥は突然のことに驚きながらも顔をあげると至近距離に少し生気のないじとりとした瞳が飛び込んできて慌てて距離を置く。
「あ、あの!あなたの…名前は…」
「僕は桜庭夏樹です。そっちの子が僕の愛犬でボルゾイのブランです。」
指さした方向には何事も無かったように、ドッグランに生えた草の匂いを優雅に嗅いでいた。
「すいませんなんか、あれ小さい頃からの癖になっちゃってて」
「人懐っこい子なんですね」
「あ、いや、普段はしないんです…家族とか友達とかにはするんですけど…珍しくて」
現に今も触ろうとしてくるほかの飼い主を可憐に避けてスルーして自分の世界を作っている。
冬弥はその事実に目を見開いて自然に口角が上がってしまう。
犬好きは人見知りな子と触れ合えただけで嬉しさで舞い上がってしまうのだ。
「めっちゃ嬉しいです。俺の子は基本誰でもウェルカムタイプで…誘惑が多くて困っちゃうくらいですよ」
冬弥が横に並んで犬を見守りながら優しく微笑み話していると特に移動する訳でもなく同じ方向を見て話す。
「冬弥さんに似てるんですね…」
冬弥は自然な流れで下の名前を呼ばれどきりと心臓が高鳴りうるさくなる。
横を見ても下の名前で呼んだと言う自覚がないのか気にしていないのか表情は変わらないまま愛犬を見つめている。
ふと視線の先で互いの愛犬が近づき匂いを嗅ぎあってる。
ブランは匂いを嗅ぐことができれば満足なのかそのまま歩き出すが、大和はブランのことを気に入ったのか遊ぼう遊ぼうと煽り始める。
その姿に冬弥は決意を固め夏樹に向き直る。
「あの!改めてですけど秋ヶ瀬冬弥って言います…そのまま冬弥って呼んでください。」
どきどきと手遊びをしながら思い切ってちゃんと自己紹介をするも、夏樹は違うほうを見て指を指す。
「あ、大和くんうんちしてますよ」
あの野郎!と内心叱りつけながら袋を散歩バッグから取り出し、小走りで向かう。
大和はスッキリした顔でまたブランの方へ向かいだる絡みを続けている。しかしブランに嫌がる様子はなかった。というか興味があまり無さそうだった。
「大和め、いい所だったのに…」
いい所と言っても名前を言っただけであるが個人的にはだいぶ進歩であったのだ。
そのまま夏樹の隣に戻るのも変かなと思いながらも話たい欲が強すぎでそろそろと距離を近づけて行く。
「教えてくれてありがとうございます。」
もう1回自己紹介したら引かれるよなと少し悲しい気持ちになりながらも笑顔で感謝を伝える。
「いえ……あの…秋ヶ瀬冬弥さん…って言うんですね。」
再び心臓が鐘を鳴らして頭に天使が舞い踊る。
スルーされたと思っていたがしっかりと覚えてくれたのだ。
それだけで1ヶ月は生きられると天にも登る気持ちでニヤつかせながら頭を搔く。
「はい!ぜひ冬弥って呼んでください。」
「よろしくお願いします、冬弥さん…またあったらぜひまたうちのブランと遊んであげてください。」
ブランがドッグランに飽きてきたのか夏樹の元へ帰ってきてリードをつつくとそのままリードをつけて会釈をする。
「ではまた」
冬弥が返事をする先もなく去ってしまい静寂が訪れる。
大和もお気に入りの子がいなくなってしまいしょぼくれながらこちらへ戻ってくる。
「大和……今日の晩飯、肉入れような」
今日のMVPは完璧に大和だ。
愛しい人を見つけてしまった大事な日になり満足の行く休日になった。
大和は肉ときき手のひらを返して飛びつき衝撃で倒される。
あの時、目が合いながら名前を呼んでくれただけで胸が苦しくなるほど嬉しかった。
またもし会えたら、今度はもう少し近づけるだろうかと考え腰に少しの痛みを感じながら土埃に隠れた空を見あげた。
