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離れへ行って確認すると、絵巳里から咲き誇っていた花々は消え、絵巳里は息を引き取っていた。好きな人と共に散る。実に絵巳里らしい最期であった。
生い茂る木々をかき分け、詩乃は、花人と花神家の一族と共に、ひたすらに山道を歩いていた。
巳貴の死体は隠したが、他の御三家の者たちが目覚めれば、すぐにでも大捜索が始まるだろう。そして彼を殺したのが花人だと分かれば、国中が花神家を追ってくる。もはや一刻の猶予もなかった。
山肌を駆ける花人の手は、詩乃の手を片時も離さず、力強く握りしめている。けれど、その掌は先ほど巳貴を刎ねた際の返り血でぬめりと濡れていて、ひどく冷たかった。
「まさか駆け落ちすることになるとはね」
月明かりに照らされた花人は、お尋ね者になった我が身を嘆く風でもなく、どこか楽しげに唇を綻ばせた。その背を追う泉が、どこか呆れたような声をあげる。
「これからどうするんですか、花人様」
「財だけなら持ってきてるし、どうにでもなるでしょ。遠くの村にでも行って、しーちゃんと幸せな結婚生活を送るよ」
帝都での栄華も爵位も、全てを捨て去った男の言葉とは思えないほど無邪気で純粋な、未来の展望だった。
花人はふと足を止め、木漏れ日のなかで詩乃を振り返った。その美しい瞳に、ほんのわずかに、不安そうな色が過ぎる。
「……でも、本当に俺に付いてきてよかったの? 正直俺、しーちゃんに嫌われると思ってた」
「……どうして?」
「俺はしーちゃんの母親を殺したんだよ。それに、自分の家族だって……」
血塗られた真実を自ら曝け出す花人の声はひどく脆く、まるで咎められるのを待つ子供のようだった。詩乃は、自分を握る血濡れた手をそっと握り返し、首を振った。
「……そうせざるを得ない理由があったことは承知してるよ。花神家の立場上、お母様を放置できなかったんでしょう」
先代の花の神として暴走し、帝都に災厄を撒き散らした自分の母。花人の下した決断が、帝都の民を守るため、責任を一身に背負うものであったことは、今なら痛いほどに理解している。
「……でも、お兄様がたは何故?」
それだけが、詩乃の胸に小さな疑問として残っていた。実の兄を二人も手にかけるなど、いくら名家の家族関係が複雑になりやすいとはいえ、合点がいかない。
詩乃の問いに花人は一瞬だけ動きを止め、少し悲しげな微笑みを浮かべた。
「――当主でないと、しーちゃんと結婚できないと思ったからだよ」
花の神の血を引く娘が嫁ぐのは、代々、花神家の当主に限られる。それがこの花神家の、絶対の法だったらしい。
「初恋だったんだ。しーちゃんの歌を聞いた時、この人だ、と思ったんだ。そのためなら、兄たちなんてどうでもよかった」
自分を当主の座に就けるための踏み台として、実の兄たちの命を奪った。全ては、詩乃という一人の少女を己の腕に抱く、そのためだけに。
それを聞き、詩乃は微笑んだ。この人は確かに、自分を愛しているのだ。崇拝と言っても過言ではないほどに。
「……私もだよ。私も、花人お兄ちゃんが初恋の相手だった」
「……うん。知ってる」
花人が少し照れたように目をそらす。
そして恍惚とした表情を浮かべ、花人は詩乃の華奢な身体を壊れんばかりに強く抱きしめた。
「ああ、しーちゃん、しーちゃん、俺のしーちゃん。ようやく俺のものになった」
抱き合う自分たちの衣服が、巳貴や、花人がこれまで殺してきた他の者の返り血で、どす黒く染まっているように思えた。
けれど、その地獄のような赤こそが心地いい。まるで、美しく呪われた一輪の花のようだと思った。
詩乃は花人の手のひらだけを信じて、暗闇の先へと歩みを進めていく。
全てを失っても、あなたがそこにいればそれでいいと感じながら。
【完結】



