私の護衛だった特級獣人と送る、慎ましやかな夫婦生活―ただし契約結婚です―【マンガシナリオ】

〇町の往来で、枯元忠司と対峙する花野
仰向けで地面に倒され、胸ぐらを掴まれている。

忠司「お前のせいで俺の家も、俺の人生も何もかも終わった!」

依然として、忠司は花野に詰め寄り、押し倒し、馬乗りになっている。
花野は何が何だか分からず、ただされるがままの状態。

花野モノ『それでも幸運だった。さっき殴られるかと思っけど、それは忠司さんの狙った先がずれたおかげで、私に拳が当たらずに済んだ』

モノ『しかしホッと息つく暇はない。忠司は尚も、すごい剣幕で言い寄る』

忠司は胸ぐらを掴んだまま、グイと自分の方に引っ張る。
二人の顔が近くに寄る。

忠司「お前なんかいなければよかったんだ! お前なんか、お前なんか!!」
花野「!」

モノ『それは初めて聞く、敵意むき出しの言葉だった』

花野は目を見開く。
(心臓が「ズキン」と鳴る)

花野モノ『今の気持ちに比べたら、周りから同情されるなんて可愛いものだった。私は今まで、恵まれていたんだ』

尚も忠司から「お前なんか!」と罵られる。
花野は耳を塞いだ。

花野(私の目が見えないせいで、秋之橋家だけじゃなく、色んな人を不幸にしているのだわ……っ)

花野の目から涙が零れる。
同時に忠司の拳が、花野に向かって振り下ろされる。

忠司「盲目の不完全な異能者はいなくなってしまえ!」
花野(殴られる!)

花野がギュッと目をつむる。
しかし痛みは襲ってこない。
代わりに「う」と、忠司の呻き声が聞こえる。

花野「何が、起こったの……?」

目が見えないため花野は見えない。
彼女の前には、何かに巻き付かれたように、ねじ曲がって四肢を固定され、宙に浮く忠司の姿がある。

忠司「なん、だこれ……。苦しい!」
花野「た、忠司さん? 一体何がっ?」

花野は手探りで忠司を掴もうとする。
しかし横から、腕を握られた。

時雨「ご無事ですか、お嬢様」
花野「この声……時雨さん?」
時雨(良かった、無事だな)

時雨はホッと安堵の息を漏らす。
花野を瞬時に確認し、怪我がないことを悟る。

時雨「獣力で枯元忠司を捕らえています。このまま警察に突き出しましょう」
花野「ま、待って!」

花野は時雨の腕に触る。

花野「忠司さんは悪くないの、私が縁談の相手だったから、それでっ」
時雨「……そのお言葉は、ご自分でご自分を貶めているものと気づいておいでですか?」

花野は時雨に顔を向けたまま、強く頷く。

花野「それでも、私との縁談がなければ、忠司さんはいつも通り、真っ当に生きることができたのです。
枯元家との縁談はお断りします。これで全て丸く納まる。だから警察は必要ありません」
時雨「……また他人のため、ですか」

時雨は呆れてため息をつく。
花野はその声に怯え、ビクリと肩を震わせる。

時雨(水落少佐からの任務を遂行するためには、縁談は継続であった方が動きやすい。目的は「枯元家が何を企んでいるかの偵察」だからな。ただ……)

時雨は花野を見る。
彼女は生気のない、青い顔をしている。

時雨(これ以上に事を荒立てると、彼女の心に癒えぬ傷が出来るやもしれん。それは、避けるべきか)

時雨は獣力を解除する。
忠司は「うっ」と呻きながら地面に伏す。

時雨「彼女の懐の深さに感謝しろ。縁談の話は、追ってこちらから沙汰を出させてもらう」

時雨は花野の手を取り立ち上がらせる。
忠司は地面に突っ伏したまま、顔だけ起こして険のある顔をする。

忠司「縁談なんて、こっちから願い下げだ!
異能の力も弱くて、盲目で……。将来は名家であることも危ぶまれるような秋之橋家の女に、何を期待できる!」
花野「っ!」

花野は顔を俯ける。
隣に立つ時雨の眉根がキュッと寄る。

忠司「お前みたいな女はこちらから願い下げだ、とっとと失せろ!」
時雨「……ほう」

時雨は一歩、忠司に近づく。
そうしてさっき花野にしたように、強引に胸倉を掴む。

時雨「ならば私がもらってもいいのだな?」
忠司「……は?」
時雨「秋之橋花野を、私がもらってもいいのだな? と聞いている」

時雨の言葉には忠司だけでなく、花野もビックリ仰天。

花野(私を、もらう?時雨さんが?)

忠司「お前……ほ、本気で言ってるのか? 秋之橋家は、将来は衰退するだろうが今でこそ名家中の名家だ。そんな家の一人娘と獣人のお前が、婚姻の儀を行えるわけないだろう。身の程を知れ」
時雨「確かに、人間と獣人の婚姻は例を見ない。しかし禁止されているわけでもない」

時雨はパッと、乱暴に忠司を放す。
その代わり、隣の花野の肩を、優しく抱き留める。

時雨「せいぜい後悔しないことだな。――行きますよ」
花野「え、あの……っ」

花野は何が何やらという雰囲気で、終始ワタワタしている。
しかしこの場を去る直前に、忠司に向き直る。

花野「ご迷惑をおかけしてすみませんでした。両親は、枯元家と縁談を結べると聞き、とても嬉しそうにしていました。少しの間でしたがこうして関わらせていただき、ありがとうございました」
忠司「あ……」
花野「それでは、失礼いたします」

令嬢として今まで勉学に励んでいた花野はキレイにお辞儀をする。
忠司は少しの間、花野に目を奪われる。
しかし花野は時雨に手を引かれ、この場を去った。

忠司「なんで、あんなこと言うんだよ」

忠司回想『少しの間でしたがこうして関わらせていただき、ありがとうございました』

忠司「散々ひどいこと言ったのに……」

忠司は仰向けに転がる。
心配した近隣住民が、「大丈夫ですか?」と声をかける。
腕で目を隠した忠司は、口を真一文字に結んだ。

忠司「くそ……っ」


〇それからすぐ秋之橋家に戻った花野と時雨、花野の部屋

花野モノ『あっという間の帰還だった。
忠司さんに別れを告げるとすぐに「痛い所は?」と時雨さんに聞かれた。
「ありません」と答えるも、私の着物が乱れていたのか直してくれた。

そうして「飛んで帰ってもいいですか?」と言った。言葉のあやかな?と思っていると、なんと時雨さんは本当に飛んで帰った。
龍の姿になって――』

花野「空を飛ぶって、すごく気持ちがいいんですねっ」
時雨「……」

キラキラした瞳の花野。
そんな彼女をジト目で見る時雨。

時雨「第一声がそれですか。もっと他にあるでしょう』
花野「時雨さんが龍の化身だったとは知らなかったので、ビックリしました。表面は鱗ですか? 鉄のように硬くて、まるで鎧ですね、素敵ですっ」
時雨「……」

時雨は「はぁ」とため息をつく。

時雨「そうではなくて。腕を見せてください、手当しましょう。擦りむいてらしたので」
花野「あ、特に痛くはないので、これくらいなら別に」
時雨「いけません、ほら」

花野は観念して腕を差し出す。
着物をまくると恥ずかしくなり、赤くなった顔を逸らした。

時雨「消毒します。少ししみますよ」
花野「は、はい」

ゴツゴツした男性の手を感じ、花野はさらに顔を赤くする。

花野(こうして男性と触れ合うのは、幼い頃に父と遊んだのが最後かもしれないわ)

時雨「…………」
花野「…………」

静かな時が流れる。
先に口を開いたのは時雨。
「あの」と言われ、花野はピャッと肩を上げて驚く。

時雨「さっきの私の言葉ですが」
花野「えっと、あの」
時雨「私が、あなたを貰います、という話です」
花野「は、はい……」

花野(この気持ちをどう処理していいか分からないから、思い出さないようにしていたのに……っ)

消毒が終わり、時雨が花野の手から離れる。
花野は、着物の袖を元の位置に戻した。

時雨「正直なところ『勢いで言った』というのが本当です。あなたがあまりにも自分を顧みず、人の事ばかり気にされるのがもどかしくて。あの男に、意趣返しをしてやりたかったんです」
花野「い、意趣返し……」

モノ『それが「結婚しないなら私がもらう」というのは、正直なところ、どうかと思うが』

しかし花野は「よかった」と息を吐く。

花野「『勢いで言った』のであれば本音ではありませんね。時雨さんに、私のような荷物を背負わせたくはないと思っていたので」
時雨「分かっていただけたなら良かったです」
花野「……いえ」

花野モノ『所詮、私を本気で好きと思ってくれる方はいないし、一緒になりたいと思ってくれる方もいない』

花野(だけど、それでいい。そうすれば傷つくのは秋之橋家だけになるから。お父さまとお母さまには、申し訳ないけれど……)

花野は弱々しい笑みを浮かべる。
すると時雨が「しかし」と、顎に手をやる。

時雨「困ったことに、『本当に添い遂げてもいい』と思っているのも本音です」
花野「……へ?」

花野が時雨に顔を向ける。
時雨もまた、花野を見る。

花野(この方は一体、何を考えておられるの……?)

花野は自分の胸元に手をやり、着物をギュッと握った。