〇秋之橋家の客室・昼
広い和室、テーブルなし。
きちんとした和装で正座をする十八歳の花野(盲目のためずっと目を瞑っている)、その向かいに額が畳につくほどお辞儀する二十歳の時雨(体の一部が龍になっていることはなく、見た目は普通の人間。しかし左腕全体にぐるりと龍の姿が、薄い墨で入っている)。軍服には階級が上であることの証の章がきらびやかについている。
時雨「この度、軍の命令により貴方様の護衛を務めることになりました。特異獣人警護隊の大尉、特級獣人の時雨と申します。結婚をされるめでたき日まで精一杯お守りさせて頂きますので、どうぞよろしくお願いいたします」
花野「こ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
花野は慌てて、時雨と同じく頭を下げる。
(盲目のため、花野は時雨の姿が見えていない。気配で察知している)
花野(これが噂に聞く、嫁入り前の護衛。本当に獣人の方が来られたんだわ……っ)
モノ『古来から人間と動物は住処を奪い、長年に渡り争いを繰り返した。
その過程で動物は形態を変え、いつしか人型の獣人となる。
獣人は「獣力」を使い、人間の脅威となった。
そして人間もまた「異能」を得て、獣人に対抗する術を持った。
しかし大正時代、ついに決着がつく。
人間に負けた獣人は、国が獣力を抑止することを目的に、軍に入ることが絶対となる。
彼らの主な仕事は「結婚前の名家の令嬢の護衛」。人間と獣人の争いが終わった頃合いを見計らったように現れ始めたアヤカシから、令嬢を命を賭して守るべし、と厳しく言われている』
花野(――とは聞いていたけど、まさか「特級獣人」の方が来られるなんて……っ)
モノ『獣人は獣力、財力、功績によって細かくランク分けされている。
獣力が高く、財力を持ち、今まで国へ尽くした功績が多い獣人は「特級獣人」と呼ばれ、国に二人しかいない』
花野(その内の一人が、私の護衛をしてくださる。目の見えない私なんかに……とても名誉なことだわ)
花野は目を瞑ったまま頭を上げる。
花野「顔をあげてください。今からあなたのお部屋を案内させて頂きます」
時雨「ありがとうございます」
時雨が花野の前に立つ。
盲目の彼女を先導しようと、花野の手に触れる。
花野「きゃっ」
時雨「!」
少し触れただけなのに花野が顔を赤らめたため、時雨は驚く。
時雨「……お手を引こうと思ったのですが、すみません。先に一声かけるべきでした」
花野「い、いえ……大丈夫です。それに家の中は慣れているので、一人で歩けますよ」
未だ顔を赤くした花野が、時雨に優しく諭す。気丈に振る舞う花野を見て、時雨はしばし呆気にとられる。
時雨「……かしこまりました」
花野を先頭に歩く。使用人から話しかけられる彼女を、時雨が見守る。そこから和やかな雰囲気を前に、しばし目を閉じた。
〇時雨の血生臭い過去回想
軍に押さえつけられる時雨や、牢の中に入る時雨がダイジェストで流れる。
時雨「(何か叫んでいるが、言葉は不明)」
〇現在に戻る
花野「あの、どうかされましたか……?」
花野は時雨の寂し気な雰囲気に気づき、振り向く。
時雨は目を見開いて、一瞬驚く。
時雨(この娘、気配を察知できるのか)
時雨「……いいえ、何でもありません」
即答しなかった時雨に引っかかりを覚える花野。
だけど「どうかしましたか」と言葉にできないまま、二人は縦に並んで廊下を歩く。
花野(この方は護衛でそばにいて下さるだけで、私と馴れ合いたくないでしょうし)
花野回想『――令嬢』という声が頭に響く。
花野は頭を小さく振る。そのまま無言で廊下を歩く。
〇翌朝。秋之橋家、花野の部屋
花野「ふー……」
花野(気が重いわ)
部屋の外の廊下で控える時雨が、花野の吐息に気づく。
時雨「いかがされましたか」
花野「い、いえっ。何も」
気丈に答える花野。落ち着いた、だけど華やかな着物を身にまとい襖を開ける。
花野「もうお見えになられる頃ね。いきましょう」
時雨「はい」
昨日と同じく、花野が先頭に立ち廊下を歩く。
目指すは客室。
中庭に植えられた松の木、その周りを飛ぶ真っ黒な不気味なカラスを見て、花野は眉を下げる。
花野(縁談相手が挨拶に来られるということだけど、今回はどうかしら)
肩が下がり、何やら落ち込んでいる花野に時雨は気づいているが、何も問わない。
時雨「……」
昨日に続き、両者の間に会話がないまま客室に到着する。
〇秋之橋家、客室
立派な分厚いテーブルを挟み、秋之橋家で花野の両親と、花野の嫁ぎ先である窪田(くぼた)家に使わされた仲人が一人、向かい合って座っている。
花野の父「あなた一人だけ寄こしたということは、窪田家のご当主は……」
花野の母「っ」
眉間にシワを寄せる父と、そんな父と仲人を交互に見る母。
両親の横で花野は背筋を伸ばして座り、その後ろに時雨が立って控えている。
仲人「今回は、お断りさせていただきます、とのことで……」
その言葉を聞いた両親は項垂れる。花野は眉を下げ、両親に手を伸ばす。
花野「また私のせいで……。ごめんなさい、お父さまお母さま」
目を瞑ったままの花野を前に、両親は顔を合わせる。そのまま悔しそうに、花野の両肩へそれぞれが触れる。
花野の父「お前が悪いわけじゃない。ご縁がなかったということだ」
花野の母「そうよ。花野が気に止むことではないから、笑ってちょうだい」
花野「……えぇ」
時雨「……」
花野は笑う。かなり無理をしている笑みは、彼女の横顔を見ていた時雨にも充分に伝わる。しかし時雨は表情を変えず、慰めることもせず、ただ静観する。
まず仲人が部屋を出て、次に花野の両親が退室する。
誰もいないのに、いつまでも座ったまま花野を時雨が見る。
時雨モノ『本当に目が見えないんだなというより、変な女だなという気持ちの方が大きい』
時雨は、動かない花野の後ろ姿を黙って見続ける。
時雨モノ『使用人の前では優しいお嬢様、両親の前では気丈な娘。仲人一人寄こして縁談を断る無礼な窪田家にも悪態をつかない。表面上は穏やかだが、この娘の腹の中、どれほどのものが溜まっているか』
花野がふと後ろを向き、時雨と目が合う。
花野は弱った笑みでなく、普通の笑みを浮かべる。
花野「私は目が見えないから……代わりに見てくださりますか? 今日の私のお着物を」
時雨「……かしこまりました」
花野「何色ですか? 描かれている模様まで教えて下さると、嬉しいです」
時雨「目をひく赤色に、大柄の牡丹の花が咲いています」
花野「そうですか……。前の物とお着物が違うから、両親が張り切って準備をしてくれたんですね。それなのに、私が不甲斐ないばかりに……」
花野は自分の着物に触れる。そのまま顔を下げた。
時雨(泣くのか? 面倒だな。どう慰めていいのやら)
しかし花野はパッと顔をあげる。彼女が笑っていることに、時雨は驚く。
花野「次に使うため、大事に取っておかなければ。着替えるので、自室に戻ります」
時雨「……かしこまりました」
花野が先頭、時雨が後ろを歩く。
時雨(ビックリした。まさか、あそこで笑うとは)
しゃんと伸びた背中を、時雨はずっと見ていた。
広い和室、テーブルなし。
きちんとした和装で正座をする十八歳の花野(盲目のためずっと目を瞑っている)、その向かいに額が畳につくほどお辞儀する二十歳の時雨(体の一部が龍になっていることはなく、見た目は普通の人間。しかし左腕全体にぐるりと龍の姿が、薄い墨で入っている)。軍服には階級が上であることの証の章がきらびやかについている。
時雨「この度、軍の命令により貴方様の護衛を務めることになりました。特異獣人警護隊の大尉、特級獣人の時雨と申します。結婚をされるめでたき日まで精一杯お守りさせて頂きますので、どうぞよろしくお願いいたします」
花野「こ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
花野は慌てて、時雨と同じく頭を下げる。
(盲目のため、花野は時雨の姿が見えていない。気配で察知している)
花野(これが噂に聞く、嫁入り前の護衛。本当に獣人の方が来られたんだわ……っ)
モノ『古来から人間と動物は住処を奪い、長年に渡り争いを繰り返した。
その過程で動物は形態を変え、いつしか人型の獣人となる。
獣人は「獣力」を使い、人間の脅威となった。
そして人間もまた「異能」を得て、獣人に対抗する術を持った。
しかし大正時代、ついに決着がつく。
人間に負けた獣人は、国が獣力を抑止することを目的に、軍に入ることが絶対となる。
彼らの主な仕事は「結婚前の名家の令嬢の護衛」。人間と獣人の争いが終わった頃合いを見計らったように現れ始めたアヤカシから、令嬢を命を賭して守るべし、と厳しく言われている』
花野(――とは聞いていたけど、まさか「特級獣人」の方が来られるなんて……っ)
モノ『獣人は獣力、財力、功績によって細かくランク分けされている。
獣力が高く、財力を持ち、今まで国へ尽くした功績が多い獣人は「特級獣人」と呼ばれ、国に二人しかいない』
花野(その内の一人が、私の護衛をしてくださる。目の見えない私なんかに……とても名誉なことだわ)
花野は目を瞑ったまま頭を上げる。
花野「顔をあげてください。今からあなたのお部屋を案内させて頂きます」
時雨「ありがとうございます」
時雨が花野の前に立つ。
盲目の彼女を先導しようと、花野の手に触れる。
花野「きゃっ」
時雨「!」
少し触れただけなのに花野が顔を赤らめたため、時雨は驚く。
時雨「……お手を引こうと思ったのですが、すみません。先に一声かけるべきでした」
花野「い、いえ……大丈夫です。それに家の中は慣れているので、一人で歩けますよ」
未だ顔を赤くした花野が、時雨に優しく諭す。気丈に振る舞う花野を見て、時雨はしばし呆気にとられる。
時雨「……かしこまりました」
花野を先頭に歩く。使用人から話しかけられる彼女を、時雨が見守る。そこから和やかな雰囲気を前に、しばし目を閉じた。
〇時雨の血生臭い過去回想
軍に押さえつけられる時雨や、牢の中に入る時雨がダイジェストで流れる。
時雨「(何か叫んでいるが、言葉は不明)」
〇現在に戻る
花野「あの、どうかされましたか……?」
花野は時雨の寂し気な雰囲気に気づき、振り向く。
時雨は目を見開いて、一瞬驚く。
時雨(この娘、気配を察知できるのか)
時雨「……いいえ、何でもありません」
即答しなかった時雨に引っかかりを覚える花野。
だけど「どうかしましたか」と言葉にできないまま、二人は縦に並んで廊下を歩く。
花野(この方は護衛でそばにいて下さるだけで、私と馴れ合いたくないでしょうし)
花野回想『――令嬢』という声が頭に響く。
花野は頭を小さく振る。そのまま無言で廊下を歩く。
〇翌朝。秋之橋家、花野の部屋
花野「ふー……」
花野(気が重いわ)
部屋の外の廊下で控える時雨が、花野の吐息に気づく。
時雨「いかがされましたか」
花野「い、いえっ。何も」
気丈に答える花野。落ち着いた、だけど華やかな着物を身にまとい襖を開ける。
花野「もうお見えになられる頃ね。いきましょう」
時雨「はい」
昨日と同じく、花野が先頭に立ち廊下を歩く。
目指すは客室。
中庭に植えられた松の木、その周りを飛ぶ真っ黒な不気味なカラスを見て、花野は眉を下げる。
花野(縁談相手が挨拶に来られるということだけど、今回はどうかしら)
肩が下がり、何やら落ち込んでいる花野に時雨は気づいているが、何も問わない。
時雨「……」
昨日に続き、両者の間に会話がないまま客室に到着する。
〇秋之橋家、客室
立派な分厚いテーブルを挟み、秋之橋家で花野の両親と、花野の嫁ぎ先である窪田(くぼた)家に使わされた仲人が一人、向かい合って座っている。
花野の父「あなた一人だけ寄こしたということは、窪田家のご当主は……」
花野の母「っ」
眉間にシワを寄せる父と、そんな父と仲人を交互に見る母。
両親の横で花野は背筋を伸ばして座り、その後ろに時雨が立って控えている。
仲人「今回は、お断りさせていただきます、とのことで……」
その言葉を聞いた両親は項垂れる。花野は眉を下げ、両親に手を伸ばす。
花野「また私のせいで……。ごめんなさい、お父さまお母さま」
目を瞑ったままの花野を前に、両親は顔を合わせる。そのまま悔しそうに、花野の両肩へそれぞれが触れる。
花野の父「お前が悪いわけじゃない。ご縁がなかったということだ」
花野の母「そうよ。花野が気に止むことではないから、笑ってちょうだい」
花野「……えぇ」
時雨「……」
花野は笑う。かなり無理をしている笑みは、彼女の横顔を見ていた時雨にも充分に伝わる。しかし時雨は表情を変えず、慰めることもせず、ただ静観する。
まず仲人が部屋を出て、次に花野の両親が退室する。
誰もいないのに、いつまでも座ったまま花野を時雨が見る。
時雨モノ『本当に目が見えないんだなというより、変な女だなという気持ちの方が大きい』
時雨は、動かない花野の後ろ姿を黙って見続ける。
時雨モノ『使用人の前では優しいお嬢様、両親の前では気丈な娘。仲人一人寄こして縁談を断る無礼な窪田家にも悪態をつかない。表面上は穏やかだが、この娘の腹の中、どれほどのものが溜まっているか』
花野がふと後ろを向き、時雨と目が合う。
花野は弱った笑みでなく、普通の笑みを浮かべる。
花野「私は目が見えないから……代わりに見てくださりますか? 今日の私のお着物を」
時雨「……かしこまりました」
花野「何色ですか? 描かれている模様まで教えて下さると、嬉しいです」
時雨「目をひく赤色に、大柄の牡丹の花が咲いています」
花野「そうですか……。前の物とお着物が違うから、両親が張り切って準備をしてくれたんですね。それなのに、私が不甲斐ないばかりに……」
花野は自分の着物に触れる。そのまま顔を下げた。
時雨(泣くのか? 面倒だな。どう慰めていいのやら)
しかし花野はパッと顔をあげる。彼女が笑っていることに、時雨は驚く。
花野「次に使うため、大事に取っておかなければ。着替えるので、自室に戻ります」
時雨「……かしこまりました」
花野が先頭、時雨が後ろを歩く。
時雨(ビックリした。まさか、あそこで笑うとは)
しゃんと伸びた背中を、時雨はずっと見ていた。



