僕らのノイズ ※最後の願いは、よく考えたうえで送信してください。

 私は立ち上がってスカートの埃を両手ではたいた。
 教室を見渡すと、周囲の視線を浴びていることに気がついた。だんだんと喉の奥がぎゅっと締められる気がして、逃げるように早歩きで学校を出た。

 学校から離れたくて、走って駅に向かい、乱れた呼吸を整えながら改札口を通り、電車に乗った。

 空席に座ってバッグを膝の上に置くと、いじめで染まった学校生活から逃げられた、という安堵感が全身にじんと広がった。そして、背もたれに体を預け、ため息をついた。
 やっと十分に酸素を吸えるようになった。視界にかかっていた(もや)が晴れ、目の前がはっきりとしてきた。
 ふと、顔を上げて、車内の中吊り広告を見ていた。

(あなたの願いを、叶えます……?)

 もやっとした違和感を覚え、夢中になってその言葉をスマホで検索した。すると、「あなたの願いを、叶えます」とだけ書かれたサイト名が、偶然にも、一件目に出てきた。
 他にはよくある占いサイトの広告ばかりが出てきて、(ここだけ怪しいサイトかもしれないし、今はアクセスしないでおこう)と思ってスマホをバッグにしまった。

 家の最寄り駅につき、電車を降りると、学校では感じなかった別の苦しさが、両足から上半身に伝わってきた。
 帰っても、家には私を穏やかに理解してくれて、温かく包み込んでくれるような人間などいない。それなのに、なんで、あの場所が私の家なんだろう。

 家って、もっと、こう、心が休まるとかのイメージなのに。

 始業式のみの早帰りのせいでまだ明るい住宅街を歩いているうちに、自宅の玄関が見えた。
 お父さんは、表向きは会社の敏腕営業マン。でも、家では飲酒して一人で勝手に暴れている。お母さんは、看護師。朋美のお母さんとは職場が同じみたいで、昔からとても仲良し。だけど、家では、私と朋美を比較して「なんでこんな出来損ないが私から生まれたの?」が口癖で……。
 世間一般的には、この二人には毒親気質がある、とでもいうんだろうか。
 確かに、私の成績は落ちこぼれで、帰宅部、授業中は上の空、家で手伝いなんてしない、最低な娘なんだろうな……。
 鬱々と考えながら家に入ると、どうしても「ただいま」を言えなくて、すぐに二階の自分の部屋に向かった。

 居場所、そう言える唯一のこの一人部屋。ベッド、学習机、ベランダまである。けれど、本棚には、かつての私が熱中した合唱の楽譜ばかりが並んでいる。だから、もう二度と見なくて済むよう、夏休みの間に、本棚に小さな黒色のカーテンを付けた。
 楽譜を見ると、今でも事件当時のことがフラッシュバックして、全身が固まってその場から動けなくなる。

 なんで、音楽なんて、合唱なんてやっていたんだろう。最後は、辛くて苦しくて、悔しい、それだけが残っただけ。それだけ、なのに。

 あの日の事故の後遺症は、身体よりも、私の心を蝕んで、壊した。そんなこと、誰も気づかない。気づこうとすらしない。
 去年の今頃とは大違いだ。誰とでも話す、明るい自分ではなくなった、他人と関われなくなった。拒んでいる。体がいざとなると動かなくなる。