僕らのノイズ ※最後の願いは、よく考えたうえで送信してください。



 高校三年、九月一日、火曜日。

「えー、君達はここ、私立芝原学院高校の生徒として、その名に恥じぬ行動を心がけるように。特に! 三年生は今学期から本格化する受験に向けて、引き続き頑張ってもらいたい」

 校長先生の話長くね?
 俺ら暑すぎて死にそうなんだけどー。
 そんな悪態をついている小さな声が後ろから聞こえてくる。言うならいっそ、堂々と言って怒られればいいのに。そのほうが、刺激的でまだこの暑さに耐えられる気さえする。
 いや、でも、暑いから、教室に置いてあるタブレットで生中継してほしい。冷たい水で喉を潤しながらそれを鑑賞するほうが、よほど充実した時間になるはず。

 未だ、昼間の平均気温は三十五度を維持し続けている今日この頃。全身は体育館の熱気に包まれ、みんな汗をかいていた。
 夏服のYシャツは、ベストを着ているせいで背中は汗でびっしょりになっている。
 早く教室に行って、クーラーで涼みたい。私はポケットから水色と白色のボーダー柄をしたハンカチを取り出して、首筋に伝う汗を拭った。

 今日から、二学期が始まった。
 世間一般的には一番、中だるみが発生しやすい時期といわれている、あの「魔の二学期」が、遂に。
 夏なんてもうすぐ終わるというのに、連日猛暑。それがこうも長く続くと微妙に腹が立つ。こんなことでイライラしても体温が上がってしまうだけだから、私は、頭の中でかき氷を食べるのを想像してやり過ごそうとしていた。
 とにかく涼しいことをイメージすれば、これ以上、汗をかかずに済みそうだから。

 校長先生の退屈な長話のあと、校歌を歌い終え、私たちは解散の合図で自分の教室へと向かった。

 ホームルームが終わり全員解散すると、クラスの中でも特に目立つ朋美のいるグループが、私の席の両隣と目の前を囲んできた。
 悪夢が再び始まるのか……。

 前学期はトイレで水をかけてきたり、移動教室から戻ると私の机を廊下に出していたり、絵に描いたような暴言暴力、ととにかく暇そうで羨ましささえ覚えた。
私たちは進路を決めなければいけない年齢、時期ではないのか、と。
 それでも、(まあよくも、奇数人数で仲間割れしないな)と呆れ、ため息や馬鹿にしたような笑いが漏れ出てしまう。
 心の中でクスっと笑ったのが相手方にバレたのか、三人組の一人、桜木朋美(さくらぎともみ)が、私の机の柱を軽く蹴った。

 私は、蹴られた衝撃で、全身に雷が走り、瞬間的に目を閉じて身震いした。

「あんたさ、いつになったら芝学辞めんの? ……目障りなんだけど」

 朋美が私のバッグの口を逆さまにして中身を全て落とした。そして、片足でぎしぎしと強く踏みつけている。ああ、もう汚れているからいいけれど……というか、お母さんもお父さんもこれを見て、何も気にかけてくれていないし、私って一体……。
 踏まれた教科書やノートが上履きの汚れでいっぱいになってしまったのを、私はぼうっと見つめていた。

(もう何度目だろう)

 いちいち数えなくなった。
 見つめた先にある、散乱したバッグの中身を慣れた手つきでバッグに戻している間に、三人ともどこかへ行ってしまった。そのうしろ姿が、どこか懐かしくて、羨ましくて、誰にも見つからないように、下唇を静かに噛んだ。

 幼稚園の頃から、お互いの家の向かい側という関係で仲良しだったはずの幼馴染、朋美。小さい頃から、全体的に鋭い雰囲気で他人をむやみに寄せ付けない。
 私は昔から、あの明るくて大人らしい凛とした茶髪のショートヘアーを羨ましく思っていた。
 小学生の頃はその風貌で、平穏を一番に望む他の女子たちから敬遠されていた。だから、ニ人で固まって、一緒に浮いていた。

 それで良かった。それだけで、良かったのに。

 そして、高校から関わるようになった、普段は軽々しい雰囲気を身にまとってチャラくさいのに、なぜか合唱のことになると真面目になる河原陸(かわら りく)と、ふにゃっとした顔でよく笑う犬っぽく、アッシュブラウンに勝手に染めて怒られたまま直していないマッシュショートヘアーの井原那月(いはらなつき)
 二人はいつも、金魚のフンのように朋美の後ろにくっついている。スクールカーストでいう一軍である朋美のステータスだけを、自身の唯一の心の拠り所にしているような、残念な奴ら。心底、くだらなすぎて。

 私とこの三人は、中学時代の実績を買われ、高校入学時から芝学の有力合唱部員として「エース組」と呼ばれていた。
 今は――あの三人だけが、エース組。

 ≪芝学(しばがく)≫の愛称で親しまれているこの高校は、他校・地域住民たちから、別名「音楽の芝学」と呼ばれている。毎年のように吹奏楽や合唱、箏曲(そうきょく)といった音楽系部活が、全国大会に勝ち進むほどの強豪校だから。
 かつてはその三部とも、学校の「強化指定部」だった。
 でも、高校一年の冬、私が事故に遭った日。
 合唱部が大会を棄権したのをきっかけに、合唱部のみ、その名を外された。

 朋美や陸、那月の三人以外は、棄権に賛成したらしい。三人だけは――違った。
 自身の成績と将来の進路を考えて、強化指定部の有力部員「エース組」としての実績を重視していた。だから、大会を棄権するきっかけになった私を憎んでいるのか、無視し始めるようになった。
 朋美に「あんたがいなければ、芝学は全国まで行けたはずなのに!」と泣き叫ばれた日を境に、私と朋美の関係性は音を立てる間もなく、すぐに壊れた。
 それからだった、この悪夢が始まったのは。