朋美がこんなことをするなんて、信じられない。
いつもだったら、今までの朋美だったら、"おかえり!"って抱きしめて優しく出迎えてくれるはずなのに、……酷い。
朋美の後方ですべて見ていた那月が、朋美に駆け寄り、朋美の肩をさすり始めた。私はその様子を、ただただ見つめることしかできない、何も言ってはいけない、そんな空気だったから。
「あんたが……あんたが……」
朋美が片手で那月を退けて、血走った目で私を睨んでくる。私は息がしにくくなるくらい、襟をぎゅっと強く掴まれた。
こんな朋美、一度も見たことがない。血走った目も、今みたいに襟を掴むところも。
「あんたがいなければ、本番で歌えたはずなのに! エース組がいれば大丈夫って、あれだけ言われてきて、練習もずっとしてきたのに……。で、この有様? 事故に遭って、エースが欠けました。歌えませんでした。で? はい、終わり? ふざけんじゃねえ!」
まるで、リトルクレッシェンドで操られたように少しずつ大きくなっていった朋美の声に、周りは肩を震わせたり、互いに寄り添って怯えていた。私は、自分の両手両足が小刻みに震えるのを見られないよう、とにかく全身に力を入れてその場に立っているので精一杯だった。
そもそも、"歌えませんでした"とは何のことだろうか。コンクールには出たはずなのに、" 歌えなかった "?
身体の震えが止まらない。その震えを隠そうとして、思わず、クスっと笑いながら言ってしまった。
「まさか、緊張してたから歌えなかったの? でも、それって練習不足が招いていることでしょ? なんで私がここまで責められないといけないの?」
陸が私のすぐ近くの椅子に座り、大きなため息をつきながら頬杖をついた。
「夕夏、お前、マジで何も知らないの? 先生から聞かされてないの?」
「何も……何かあったの?」
「何か、って……芝学は、お前が事故に遭ったから、ソロが一人いなくなっただろ? でも、本番で代理を立てていなかったから、練習もできていないから、自由曲をフルで歌い通せない、と先生が判断して、リハーサル直前で棄権したんだよ。俺ら全員、あのステージで、大会で歌えずに今、ここにいるんだよ」
「なんで……? 一緒に練習してきて、自分のパートしか音を覚えてなかったってこと?……それって変だよ。みんなの音を聴いて歌うのが合唱じゃないの? 普段からそういう練習してたよね、"互いの音を覚えることも練習の一つだから"って。だから、みんな歌えるはずじゃん……。代理がいないくらい、なんとかなったはずじゃ……」
私がそう言うと、陸は呆れたように大きなため息をまた一つついて椅子から立ち上がり、部室からぶっきらぼうに出ていった。
朋美は肩で呼吸をしながら私から離れると、ピアノのほうに歩いていった。
「あんたはほんと、そういうところ無知。エース組としての恥晒しもいいとこよ。本当は代理を正式に立てて、別の出場申請書に書かないといけない決まりでしょ。今年はエース組に全ソロを任せていたから、代理は必要ないと先生が判断して、出場申請書に書かなかった。そういう意味では、先生にも責任はあるけれど……」
朋美は退部届と大きく書かれた書類を私の胸に押しつけてきた。
「元々、あんたもあんたで、時間ギリギリまで学校で練習して、挙句に走って間に合わせようとしてたんでしょ? しかも、交通事故に巻き込まれた。馬鹿じゃないの? あんたはいつもそう。大事なところで、周りを巻き込んで失敗する。もう、金輪際、ここの合唱部員を名乗らないで。……顔も見たくない」
私の頭の中は真っ白になった。何も考えられなくなっていた。
朋美は、後輩に「今日は外で全体練習だから」と指示を出して、那月たちと部室から出ていってしまった。
一人、静まりかえった部室に取り残されて、緊張の糸が解けて、膝から崩れ落ちた。
事故で負った全身の痛みなどどうでもいいと感じるくらい、心が張り裂けてしまいそうで、涙がとめどなく溢れる。嗚咽を漏らしてしまうくらい苦しかった。
このままどうにかなってしまうのではないか。そう思いながら、声が枯れてもずっと、小さい子どもみたいに泣き続けた。
音楽室の反響版が、虚しく私の声を余計に響かせてきた。
どれくらいの時間が経ったんだろう。いつの間にか、顧問の先生が部室に様子を見に来たらしく、私の背中をゆっくりさすりながら、いろんな言葉で慰めてくれた。けれど、どんな言葉もはね退けてしまうくらい、頭も心も何もかも、滅茶苦茶だった。
こんなに声を上げて泣いたのは、いつ以来だろう。
その日を境に、私は責任をとるように部活を辞め、合唱部員と自分から関わることもやめてしまった。
* * *
いつもだったら、今までの朋美だったら、"おかえり!"って抱きしめて優しく出迎えてくれるはずなのに、……酷い。
朋美の後方ですべて見ていた那月が、朋美に駆け寄り、朋美の肩をさすり始めた。私はその様子を、ただただ見つめることしかできない、何も言ってはいけない、そんな空気だったから。
「あんたが……あんたが……」
朋美が片手で那月を退けて、血走った目で私を睨んでくる。私は息がしにくくなるくらい、襟をぎゅっと強く掴まれた。
こんな朋美、一度も見たことがない。血走った目も、今みたいに襟を掴むところも。
「あんたがいなければ、本番で歌えたはずなのに! エース組がいれば大丈夫って、あれだけ言われてきて、練習もずっとしてきたのに……。で、この有様? 事故に遭って、エースが欠けました。歌えませんでした。で? はい、終わり? ふざけんじゃねえ!」
まるで、リトルクレッシェンドで操られたように少しずつ大きくなっていった朋美の声に、周りは肩を震わせたり、互いに寄り添って怯えていた。私は、自分の両手両足が小刻みに震えるのを見られないよう、とにかく全身に力を入れてその場に立っているので精一杯だった。
そもそも、"歌えませんでした"とは何のことだろうか。コンクールには出たはずなのに、" 歌えなかった "?
身体の震えが止まらない。その震えを隠そうとして、思わず、クスっと笑いながら言ってしまった。
「まさか、緊張してたから歌えなかったの? でも、それって練習不足が招いていることでしょ? なんで私がここまで責められないといけないの?」
陸が私のすぐ近くの椅子に座り、大きなため息をつきながら頬杖をついた。
「夕夏、お前、マジで何も知らないの? 先生から聞かされてないの?」
「何も……何かあったの?」
「何か、って……芝学は、お前が事故に遭ったから、ソロが一人いなくなっただろ? でも、本番で代理を立てていなかったから、練習もできていないから、自由曲をフルで歌い通せない、と先生が判断して、リハーサル直前で棄権したんだよ。俺ら全員、あのステージで、大会で歌えずに今、ここにいるんだよ」
「なんで……? 一緒に練習してきて、自分のパートしか音を覚えてなかったってこと?……それって変だよ。みんなの音を聴いて歌うのが合唱じゃないの? 普段からそういう練習してたよね、"互いの音を覚えることも練習の一つだから"って。だから、みんな歌えるはずじゃん……。代理がいないくらい、なんとかなったはずじゃ……」
私がそう言うと、陸は呆れたように大きなため息をまた一つついて椅子から立ち上がり、部室からぶっきらぼうに出ていった。
朋美は肩で呼吸をしながら私から離れると、ピアノのほうに歩いていった。
「あんたはほんと、そういうところ無知。エース組としての恥晒しもいいとこよ。本当は代理を正式に立てて、別の出場申請書に書かないといけない決まりでしょ。今年はエース組に全ソロを任せていたから、代理は必要ないと先生が判断して、出場申請書に書かなかった。そういう意味では、先生にも責任はあるけれど……」
朋美は退部届と大きく書かれた書類を私の胸に押しつけてきた。
「元々、あんたもあんたで、時間ギリギリまで学校で練習して、挙句に走って間に合わせようとしてたんでしょ? しかも、交通事故に巻き込まれた。馬鹿じゃないの? あんたはいつもそう。大事なところで、周りを巻き込んで失敗する。もう、金輪際、ここの合唱部員を名乗らないで。……顔も見たくない」
私の頭の中は真っ白になった。何も考えられなくなっていた。
朋美は、後輩に「今日は外で全体練習だから」と指示を出して、那月たちと部室から出ていってしまった。
一人、静まりかえった部室に取り残されて、緊張の糸が解けて、膝から崩れ落ちた。
事故で負った全身の痛みなどどうでもいいと感じるくらい、心が張り裂けてしまいそうで、涙がとめどなく溢れる。嗚咽を漏らしてしまうくらい苦しかった。
このままどうにかなってしまうのではないか。そう思いながら、声が枯れてもずっと、小さい子どもみたいに泣き続けた。
音楽室の反響版が、虚しく私の声を余計に響かせてきた。
どれくらいの時間が経ったんだろう。いつの間にか、顧問の先生が部室に様子を見に来たらしく、私の背中をゆっくりさすりながら、いろんな言葉で慰めてくれた。けれど、どんな言葉もはね退けてしまうくらい、頭も心も何もかも、滅茶苦茶だった。
こんなに声を上げて泣いたのは、いつ以来だろう。
その日を境に、私は責任をとるように部活を辞め、合唱部員と自分から関わることもやめてしまった。
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