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歌える日が、事故の日を境に、二ヶ月近くも空いてしまった。
私は、大好きな合唱曲のソロパートを軽やかに口ずさみながら、学校の昇降口で白色の上履きに履き替える。
一通り歌い終わっても「やっと、やっと部活に復帰できる!」と想像しては、つい、にんまりと口角が上がって、うふふと目尻が下がってしまう。けれど、はたからみたら気味が悪い人間に見えていてもおかしくないな、と我に返った。
でも、何はともあれ……合唱部のエースとして、一人の部員として、またステージに立って歌いたい。
入院中はずっとそればかりを考えて、ベッドの上で楽譜を読みながら、退屈な毎日を過ごしていた。
まだ少し、肩や手足が痛む。けれど、今月末――卒業式翌日に行われる定期演奏会に間に合うならば、みんなと一緒に歌いたい。
自分だけ大会に出られなかったせいで、今でもぎゅっと何かに首を掴まれたように苦しくなる。……それを消したくもあって、部活に復帰したい。
今はとにかく、みんなより一足遅れをとってしまっている。きっとそうだ。間違いない。だから、早く、みんなに追いつかなきゃ。そうしないと、合唱部のエースとして、酷い赤っ恥をかいてしまう。
それに、私がいないときっと――ソロパートを全て他のメンバーに譲らないといけなくなる。
それだけは絶対に、嫌。
退院後「部活に復帰したい」と顧問の先生に相談しに行ったとき、先生からすぐ許可をもらえた。同時に「卒業式後からゴールデンウィークにかけて、定期演奏会と依頼演奏が多いから、無理せず頑張ろうな」と、肩をポンと優しく叩かれながら励まされた。
そのときのことが脳裏によぎり、(本当に戻ってもいいのか)と別の自分が呟いた気がして、後ろのほうに半分だけ振り向いた。
階段を昇りきり、校舎の最上階にある部室の目の前で深呼吸を二度する。右手でドアをそっと開けた途端、先にいた後輩部員たちが一斉に私を見つめてきて、目が合ってしまった。
ああ、気まずい。
あれ、でも待って、……今って部内が各コンクール前に決まって殺伐としてしまうような、そういう種類の本番はないはずじゃ……。
――いつもの、みんなじゃ、ない。
今までの――私が知っている、大会の時期以外はわりと穏やかなはずの――部室の空気とは思えず、体が固まる。自由に身動きが取れない。少しでも動かせば、後頭部から首伝いに冷や汗が垂れていきそうな予感がした。
視界には、まるで大会本番を直前にしたような、冷たくギスギスした空気をまとう部員たちしかいない。
今出演が決まっているステージは、定期演奏会とかの楽しむことが一番になるようなステージだけ。先生もそう言っていた。
後輩の一人は、私を見るなりサァーっと血が引いたような顔をして、青ざめていた。そして、手に持っていた楽譜を近くの机に置き、準備室の方へと駆け込んで行った。
私は不思議に思いながらもバッグを床に置き、みんなの方を向いて「おはよう!」と明るく挨拶した。けれど、誰一人として返事をしてくれなかった。
「きっと、みんな私が急に復帰したから、驚いてるんだよね! そりゃそうだよね! みんなとはもう、二ヶ月も顔を合わせていなかったし!」
自分の眼球が横へ、上へ、下へとあちこちに動き回る感覚がする。気持ち悪くなってきたのを飲み込んで離し続けることしかできなかった。
「あ! もしかして、幽霊と思われてるとか? でも、両足はね、ほら! 物理的に存在しているし!」
と、けらけらと乾いた声で笑いながら、私は自分の手で足を触って見せる。
「で、でもね! エースの一人がいないって事態にさせてしまった期間は申し訳なかったと思ってて」
私は、視界に映るみんなと自分の目をうまく合わせられないまま、笑い続けた。自分ではもう何を言っているのか分からない。
口任せに話すほど、みんながお互いの顔を見合わせ、目配せして、バツが悪そうな表情に変わっていく。
もうダメか。もう、ここまでかもしれない。
きっと私は、何かやらかしてしまった。
でも、後戻りするには遅すぎたんだろうな……。
諦めていつもの立ち位置に行こうとバッグに手を伸ばしかけたとき、準備室のドアが勢いよく音を立てた。私はすぐにその音の持ち主へ視線を飛ばした。
準備室のドアから、さっき入っていった後輩と他のエース組の三人――朋美、陸、那月――が出てくる。
朋美だけ私のもとへとまっすぐ歩いてきて、目の前で、大きな壁のように立ちはだかった。
「朋美、あのっ――」
全てを言い終わる前に、朋美は片手で私の頬を強く叩いた。
私は、痛いと感じるよりも、状況を飲み込めずにいた。びくびくした気持ちが朋美に気づかれないようにと、穏やかに口角を上げて微笑み返した。そうしたら、朋美の顔が鬼のように歪んで、今度はもう片方の頬を叩かれた。頬に広がるじわじわとした痛みと、熱。
私は最後に叩かれた右頬を手で抑えて朋美を睨んだ。

