僕らのノイズ ※最後の願いは、よく考えたうえで送信してください。


 ――――三月。

 昨日、卒業式を終えたばかりなのに、変に浮いている。
 この感情の名前はなんていうんだろう。

 この制服に腕を通すのは、今日が最後。

 今日で、最後。

「っっ……」

 目の奥が熱くなって、瞬時に目を閉じた。
 まだ、こらえていないと、ここは泣くところじゃない。

 全身が映る鏡の前で、私は、私に言い聞かせる。

「大丈夫」

 部活に復帰して、たった一ヶ月だけれど、みんなと一緒にずっと練習してきた。
 進路を確定させたから、朋美と二人で部室で遅くまで居残って、練習を続けてきた。

 そのうち、那月や陸、しだいに他の部員まで一緒に居残り練習に付き合ってくれるようになった。

 私の都合にみんなを巻き込んでしまっていた罪悪感はありつつ、みんなの好意に甘えようと思って何も言わず、そのまま練習を続ける毎日だった。

 欲を言えば――――

 スマホのアラームが部屋中に響く。
 アラームのラベルには" 合同定期演奏会 "と書いてある。

 椅子の上からバッグを手に取り、肩にかけ、部屋を出た。


 玄関を出たとき、ちょうど、朋美も同じように、向かい側の家から出てきた。

「おはよ!」

 私たちは同じタイミングで、お互いに向けて挨拶を交わし、ハイタッチした。

「今日で終わっちゃうね」

 歩き出すなり、朋美が元気なさげに呟いて、私もその声に引っ張られそうになる。

「でもさ」

 私の声で、朋美が立ち止まる。
 私は数歩歩いて、朋美のほうを振り返り、口角を上げた。そして、バッグのミニポーチからのど飴を取り出して、それを朋美に投げ渡した。

「私たちは、終わらないよ。これからも、ずっと」

 ね、と付け足して、私はのど飴を口に入れた。

「これって」

 朋美が両手で受け取ったのど飴を見るなり、何かを思い出しているように見えて、私は、作戦成功、と思った。

「懐かしくない? 一昨日、コンビニで見つけて、つい買っちゃった」
「こののど飴、まだ開発中だったんじゃ」
「と思っているうちに、いつの間にか、発売開始されたみたい」

 中学三年生の秋頃、全国大会前日、部活の練習中に外部講師から配られた、のど飴。あの頃はまだ、音楽大学で声楽を専攻する大学生や、私たちのように合唱に関わる人間が、自分の喉を保護することを主な目的としたのど飴の開発途中だった。
 外部講師いわく、「開発中だから、味はまぁ……いいから食べて感想言ってみて」と。私たちは効果を疑いながらも、恐る恐る口に入れ、案の定、ティッシュに吐き出した。

「味は大丈夫なんでしょうね」
 
 朋美が眉を寄せて、のど飴を嫌そうに見つめる。

「今の私が普通に食べられている時点で、保証はするよ」

 なんなら朋美の分も食べてあげようか、と言いかけたところで、朋美はのど飴を袋から出して口に放り込んでいた。

「また先に行こうとするんだから、夕夏は」

 ふっと口角を上げた朋美を背に、私は追いつかれないように、会場に向かって走り出した。