ステージの天井に吊るされているライトが、私たちをまぶしく照らしている。その光は、綺麗に磨かれたステージの床で、仄かに反射しているように見えた。
最後の一曲は、私と朋美、那月、陸の四人――エース組――のソロがある。
やっと、ちゃんと、歌える。
最初で最後の――いや、私たちが悩んで、もがいて、出した答えを歌う。
先生は指揮台に立って、右手を静かに振り上げる。人差し指が一拍目を爪弾くように。
私は、一番前の列のセンターで大きく口を開け、喉の奥に冷たい空気があたるのを感じた。その空気を体中に行き渡らせていく。
まわりの部員たちも同じように息を吸い、その音が耳に入る。
ステージ上にいる全員の呼吸が合わさり、一つになる。
バラバラになっても、どこかで手を取り合い、声が同じ高さで重なり合う。
調和された空気を、四人の歌声で、まるでリボン結びをするように包み込んでいく。
最後の一音であるピアノの音がホール全体に響き、ふわりとどこかへ、霞んで消えていった。
余韻から目覚め、観客席から拍手の雨が降り注いでくる。
止むことを知らない、いや、止まないでほしいと、切に願う心を私はそっと撫で、一度、まばたきをした。
先生が指揮台から降りて、ピアノ伴奏者の部員と聴衆に向けて共に一礼し、さらに拍手の音が大きくなる。
私と朋美は、生徒代表として、この合同定期演奏会を締めくくる言葉を考えてくるよう、先生に頼み込まれていた。
拍手の音に圧倒されている私とは反対に、自分を貫くことを恐れない朋美は、ステージの床から出てきたマイク越しに話し始めていた。
「本日はお足元の悪い中、芝原学院高等学校合同定期演奏会にお越しくださり、ありがとうございます。……何から何を、どう話したらいいのかわかりません。この三年間、良くも悪くも、充実していたから。だから、今回は部長の私からではなく、芝学合唱部のエース組を代表し、佐々木夕夏にバトンタッチします」
それではどうぞ! 朋美はそう言いながら私のほうを振り向き、左腕を伸ばして、手を差し出してくる。
二、三メートルくらいは距離があるはず。それなのに、私が朋美の手に向かって自分の手を伸ばせば、すぐに届いてしまうような近さに思えた。
朋美がにこりと微笑んで、「ゆ」「か」と口パクで訴えてくる。
それにつられて、気がつけば、私はマイクの前に立っていた。
マイクに電源が入ったままだからか、空調の音と、マイクのノイズが響く。
私は、マイクから顔をそらして、一度深呼吸をした。
私なら、大丈夫。
制服のポケットから、複数枚の便せんが入った封筒を取り出して、封を開けた。
一枚目を読み上げようと、マイクに顔を近づける。
「皆さん、本日はお越しくださり、ありがとうございます。元、芝原学院高校合唱部の部員だった、佐々木夕夏です。合唱に詳しい方は、もしかしたら、私や朋美、何名かの他の部員の顔だけはご存じかもしれません。数年越しにまた、こうして、形は違っても、皆さんの前に立って歌うことができたこと、心の底から感謝申し上げます。」
中学時代に出場した全国大会は、テレビを介して生中継が行われた。
この会場ではないけれど、それでも、規模はほぼ同じようなものだから、どこか、重ねてしまう部分がある。
「私は、去年の今ごろに事故に遭い、その後いろいろあって、合唱部をやめました」
いじめ、退部を迫られてやむをえず、やめたこと。
今思えば、少し救われるように、逃げた部分もあったように思う。
観客席がざわつく。
私はざわめきに構わず、話を続ける。
「高校三年になってから、ずっと、空っぽな毎日を過ごしていました。
大好きだったものをすべて、手放したから。
あのころは " 奪われた " とばかり思い込んでいたけれど、今は、それは違うかもしれないなと思い始めました。」
そこまで読み上げて顔を上げると、いないはずなのに、タツさんがどこかに座っていて、聞いてくれているような、見守ってくれているような温かさが、胸いっぱいにじわりと広がっていく感覚になる。
「長くなるかもしれませんが、聞いていただけると幸いです。
私事にはなりますが……。
奪われたと思うことで、私は、他の誰でもない " 自分自身 " を必死に守り抜こうとしました。
自分を守るため。
そのために、私は昔から、親に、先生に、友達に、数えきれないくらい、たくさんの嘘をついて生きてきました。親や先生ならまだしも、大好きで大切で、かけがえのない存在のはずだった、幼馴染にまで。
その行為が、自分にさえも嘘をつき続けることが、間違っていることだと、気づけなかった。
あまりに、残酷なくらいに、幼かった。
けれど、だからといって、私がついた嘘の一つひとつが許されるとは、決して思ってはいません。
たくさん傷つけて、困らせて、迷惑をかけたというのは事実だから。
ただ、嘘をつくことでしか守れなくなっていた、脆くて弱くて、幼すぎた自分を、これからは、赦したい。
私が、私の罪を赦して、癒していくことでしか、赦すことはできないんだと思います。
そのために、これからは自分を偽ることなく、素直に生きていくと、決めました。
子どもでも、大人でもない、今はまだ十七歳の私ですが、明日、三月十五日。
十八歳になります。
大人にならざるをえなくなります。
法律で決められているから、成人年齢が引き下げられたから。
明日から、私は、どれだけ抵抗したって、大人になってしまう。
まだ、未熟な子どもの部分を多く残したまま、強制的に大人にされることが、とても怖いです。
けれど、そのことを理由に、今までの私がしてきたように、また嘘に嘘を塗り重ねていくことは、できることならしたくありません。
とはいえ、どうしてもつかなければいけない嘘も、世の中にはたくさん溢れてやまないことを、頭のどこかでわかってはいるつもりです。
だから、きっとまた、嘘をつく日が来てしまう。
けれど、せめて、誰のための、何の嘘かは考えて、それでも常に、自分に対して「その嘘は本当に必要か」を問い続けていかなければいけないと考えています。
それが、今の私にできる、精一杯の」
そこで、便せんに書き記した二文字を見つめた。
償い? ――違う。
償いなんて言葉じゃない。
私は便せんを一度折り畳み、両手で包み込む。
「今の私が出した、" " です」
自分の声が聞こえなかった。
私は、何を伝えたかったんだろう。
最後の願いを、願いではなく、宣言としたかったような気もする。
「未来の私が、今の私を見たときにどう思うか、どんな答えを出すのか、今出した答えをどう書き換えてしまうのか、全く想像できません」
声が震える。私は顔が俯きそうになったから、その衝動を堪えるように奥歯を噛みしめ、観客席をまっすぐ見つめた。
「だから、私はいつか死んでしまうその瞬間に『私になれて良かった』って思えるように、私を愛して、自由に生きていきたい」
作りもの、あるいは、誰かから借りた正解、答えじゃなくて。
「自由って、正解を何回でも、どんな風にでも書き換えられる、魔法みたいなものだと思います。
そして、生きていくことは、きっと――自由に書き換えていく" 自分にとって "の正解を、何度も作り直していくということ。
そのことを、たとえ、いつか忘れてしまっても思い出したタイミングが、思い出す必要がある時なんだということ。
今はこれを結びとし、一度筆を置きたいと思います。
最後にはなりますが、今後、芝原学院高等学校合唱部をはじめ、関わってくださる皆様全員に対し、益々のご多幸、ご健勝をお祈り申し上げます。
本日は、本当に、本当に、ありがとうございました」
そう締めくくり、マイクから一歩下がって、一礼した。

