僕らのノイズ ※最後の願いは、よく考えたうえで送信してください。

 二〇二七年、二月某日。

 気温が氷点下ギリギリを記録したらしい。
 私は一人、黒色のコートを制服の上に羽織ったまま、歩くのをやめて俯いていた。もう目の前には、合格者の受験番号が掲示板に貼りだされて発表されている。

 受験当日は、散々だった。
 前日は大雪が降って、電車も本数を大幅に減らしたうえで、ギリギリなんとか運転をしているようだったから。それに、駅に着いてすぐ、改札を通る直前で財布を忘れたことに気がついて、一度家に戻ったから、到着が開始直前五分前になってしまっていた。

 受験中も最悪だった。
 何度も繰り返し解いて、慣れていたはずの傾向は、今年からなぜか大幅に変更されていた。選択問題のみのはずが、記述式の問題も増えていて、時間の配分がめちゃくちゃになってしまった。途中から、頭の中がパニックを起こし始めたのか、泣きながら問題を解いたような、その薄らとした曖昧な記憶だけが残っている。

 隣と、目の前の席には、中学三年生の頃に第一志望として決めていた高校の制服を着ている人が座っていた。休み時間もお昼休みも、一緒に過ごしていて、楽しそうに問題の答え合わせをしていたから、おそらく、友達同士なんだろうな、と思う。
 まるで、私と朋美みたいだった。

 私は、コートの裾が邪魔だなと思いながら、何度かガサゴソと腕を前後させてから、バッグバッグから縦長の受験票を取り出した。

 55251、それが私の受験番号。
 考えすぎかもしれないけれど、語呂合わせが合格を予感させてくる。
 あんな出来だったのに、手ごたえがないのに。

「ここに、こい、か」

 もし受かれば、朋美とは滅多に会えなくなるんだろうな。
 お互い、都内にある学校に進学できたとしても、まず、区が離れすぎている。乗り換えの駅までなら一緒かもしれないけれど、学年が上がれば、きっと、時間割が合わなくなって、会わない時間のほうが長くなる。
 
 寂しくなるな……。

 毎日、放課後は一緒に、というか、私の受験勉強に付き合ってくれた。
 那月や陸たちは、不思議なものを見るような目で、いつも私たちを陰でこそこそ話していた。
 何を話していたのかは知らない。知る必要なんてない。
 目の前にいる、隣にいてくれる、朋美の存在がすべての答えだと思っていたから。

 素直な気持ちをぶつけあったあの日、心がふわりと軽くなった。
 ひとつ、大人になれた気がして、けれど、どこかまだ子どもで。
 そんな未熟なままの私たちを、誰かが、遠くから見守ってくれているような、そんな気がして。

「合格された方は、書類を受け取りに来てください!」

 係員の声がどこからか聞こえて、我に返った。

 結果、見に行かなきゃ――

 私は、顔を上げ、歩き出した。
 受験した児童心理学科の受験番号と、掲示板に貼りだされている合格番号を一つずつ照らし合わせ探し始める。


 55001 55003 55004 55010 55011 55012
55022 55025 55028 55030 55046 55055
55068 55071 55073 55082 55088 55094
55101 55105 55111 55120 55122 55125
55130 55131 55132 55133 55140 55152
55155 55163 55170 55174 55181 55189
55190 55191 55198 55200 55201 55209
 55211 55213 55220 55223 55224 55230
55233 55240 55248 552…………

「あ、」

 私は、何度も、受験票と掲示板の番号を照らし合わせて、顔を行き来させた。

「あっ、た……あった!」

 ぶわっとこみ上げてくる涙で、視界が揺れる。

「受かった……」

 体の中を酸素がゆっくり流れていく。
 だんだんと、周囲から、同じように合格した人たちの黄色い声が聞こえてくる。

 そうだ、書類。
 受け取りに行かないと。

 やけに冷静になった頭で人混みをかきわけて、係員の案内に従い、職員さんから「合格おめでとうございます」という声と共に、分厚くてとても重い封筒を渡された。

 私は大学構内にあるベンチに腰を掛けて、さっきの人混みを遠くに見ながら、スマホで朋美を呼び出した。
 親でも、先生でもなく、朋美に一番に報告したい理由は、ただ一つ。

「朋美、私、私ね!」

 早く結果を言いたいのに、口がもつれてうまく言い出せない。

『落ち着きなって、全部聞くから』

 私を慰める朋美の声が、すごく優しくて、だけどやっぱり少しだけ鋭くて、くすっと笑みがこぼれる。
 私、朋美の声が大好きだ。

「私、受かったよ!」

 ベンチから立ち上がって、膝の上に置いていた封筒が、地面に重い音をさせて滑り落ちた。

「受かったけど、落ちた」
『え?』
「あぁ、えっと、受かったんだけど、落ちちゃって、ちょっと待って」

 朋美の『大丈夫?』がスピーカーから微かに聞こえる。
 私はしゃがんで、地面に落ちてしまった封筒を広い、バッグにしまった。

 再びスマホを耳に当てる。

「あの、大学、受かった。で、落ちたっていうのは、書類で」
『……驚かせないでよね』

 もう、とため息交じりの朋美の声に、少しばかり、罪悪感を覚える。

『おめでと、夕夏』
 
 一番に言いたかった、言われたかった。

「ありがとう、朋美」

 その場に一緒にいるわけではないのに、隣で手を取り合って喜びあっている、そんな気がして口が緩む。

『そうそう、夕夏』

 朋美が何かを思い出したようで、電話の向こうで何やらガサゴソと紙を取り出しているような音が聞こえてくる。

『卒業式の次の日、今年も吹奏楽部と筝曲部、合唱部で合同定期演奏会やるんだけど、参加しない?』
「でも、私、退部した身だよ、それに」
『それに?』
「私、歌えないかもしれない」

 仮想空間で、大会に出られたのに、ソロを歌えなくて、那月が代わりに歌ってくれたことを思い出していた。

『また一緒に歌えばいいじゃん? それに、あのときの事故のあと、代わりを立てていなかった理由、うち、先生に聞いてみたんだよね』
「え?」

 朋美の話が理解できない。

「理由があったの?」
『らしいよ、それ聞いて納得したわ。てか、せざるをえなかった。だから、他のみんなにも伝えてある』
「みんなって」
『合唱部、全員』
「みんなはなんて言ってるの」

 私はそれ以上聞きたくなくて、電話を切りたくなった。

『一緒に歌いたいって』

 さっきまで空を覆っていた雲の隙間から、一筋の光が差し込む。

 天使のはしごと呼ばれるそれが、空から地上にかけてかかっていた。