二〇二六年十一月。
「どうだった? 推薦入試の合格発表」
「え、それ聞く?」
私と朋美は、学期初めの席替えで、前後どうしになった。
音楽室で二人で話したあの日以来、たまにこうやって話す。
本当は、昔みたいに冗談を言い合って、バカやって、素直に大笑いしたいくらいだけれど、もっと時間が必要なのかもしれない、そうなるまでに。
朋美はお父さんの後を継ぐと決めていて、ゲーム制作を専門学校で学ぶことにしてその進路に一直線らしい。
「やっぱ事故で休んでた分、影響が大きかったのかも」
私は昨日の合格発表で、スマホの画面に写し出された「残念ながら、不合格です。」の一言で、夢を揉みくちゃにされたような気がして、少しやつれた気分でいた。
前の席に座っている朋美は、一度立ち上がって、私と向き合う形になるよう、椅子の向きを変えた。
「夕夏の進路、なんだっけ、児童……なんちゃらって」
「児童心理司になって児童相談所で働きたい、かな」
先月行われた都内の大学での推薦入試。そこでの小論文も、面接でも、同じことを訴えた。
でも、タツさんとのことがあったから、とは書けないし、言えない。
私にとって、いくら大きな出来事だったとしても、私以外の人間からしたら、ありえないことだと思うから。
だから、校長先生の話を受けて、という形にした。嘘をついたとは思っていないけれど、本当でもない、そのあいまいさを、いとも簡単に見破られてしまった、それが敗因だろうと分析した。
助けたい、助けたかった、助けられなかった。
その思いが消えることはなく、むしろ、私のなかで強く濃くなって、やがて、私に夢をくれた。
私で良いのかな、と悩むことはあるけれど、タツさんはそんな私をどこかで許してくれているんじゃないかと思うこともあって。
タツさんのことだ。きっと今の私のことも知っているだろうけれど……会えないのは、心細い。
「夕夏はすごいよね、うちは好きなことしかできないや」
朋美はけらけらと笑いながら、私の肩をばしばし叩く。
「傷口が痛くなるから、もう少し優しくして」
「ごめんごめん、でも、ほんとすごいと思うわ、夕夏って」
「すごいのかな」
朋美はお笑いのように、上半身をこけさせた。
「大事なところをちゃんとはわかっていないのが、夕夏らしくていいけどさ。わかんないと面接突破できないよ」
痛いところを二度も突かれて、どんよりする。けれど、「まあ朋美だからいっか」と思える余裕が、私の中で育っていることが、少し誇らしかった。
「次どこの入試受けるの? そろそろ決めないと親や先生たち、うるさくない? 特に夕夏ママは厳しいじゃん」
「うるさいけれど、夢だけは譲りたくないし」
「頑固だねぇ。で、いつよ、次は」
「もう、冬の一般入試に賭けるしかないと思っているよ。推薦受けられるところ、もうないし。受験勉強、しんどいけれど」
「うちも卒業までは頑張るかなー」
朋美は後方に少し背中を逸らして、両手を後頭部に回し、天を仰いだ。
「何を頑張るの?」
「勉強」
「え?」
私は自分の耳を疑った。
朋美はもう進路決定して、専門学校への進学が確定している。それなのに、どうして。
「あのさぁ、知らないかもしれないけど、ゲーム制作も立派な理系のお仕事だからね? ……うちは今、文系だからそっち方面の知識を蓄えないと、専門でついていけなくなるし」
はぁー、と朋美は私の机に上半身をなだれ込ませてきた。
あの日以来、朋美はそれまでの鋭さを、どうやってかは分からないけれど、丸めて穏やかな雰囲気へと姿を変えた。穏やかというより、少しおちゃらけたような、昔の朋美が戻ってきたような気もする。
「夕夏さ、一緒に勉強しない?」
何年かぶりに、朋美に誘われた。私は胸の高鳴りが朋美に伝わらないよう、でも少し口角は上がってしまったまま、頷いた。
「朋美は確か、分析するのが得意だったよね?」
「どうだか」
「だから、その能力を、まずは私がこの前受けた模試の結果分析で発揮してほしいな」
「まぁ、うちのほうが学業成績"は"上だもんね」
少し誇らしげに言う朋美が、どこか可愛く思える。
「じゃあ、これから毎日、放課後は学校の図書館に集合ね」
私がそう言うと、朋美は「うげぇ」と言いながらもスマホにスケジュールを追加しているようだった。
それと……もう、私は、みんなで歌うことはできないんだろうか。
心のどこかで、『もう一度だけ、あの事故の日にちゃんと歌うはずだった曲を、みんなで歌いたい』と思ってしまう。
卒業式の翌日にある定期演奏会、例年通りなら引退した三年生も一緒に出ることになるけれど、私は退部した身だし……。
そもそも、まともに復帰すらせず、私のわがままに付き合わせる、それが私に許されているとは思えない。
けれど、朋美はどう考えているのだろう。
今でこそ、普通には話せるようになったけれど。今は高校三年は一時的な引退をしている状態で、後輩たちとは連絡を取り合っているだろうか。
受験が終わり次第、顧問の先生に相談に行くしかないか。
私はぐるぐると考えながら、窓の外を眺める。遠くへ飛んでいく二羽の白鷺を見送った。
「どうだった? 推薦入試の合格発表」
「え、それ聞く?」
私と朋美は、学期初めの席替えで、前後どうしになった。
音楽室で二人で話したあの日以来、たまにこうやって話す。
本当は、昔みたいに冗談を言い合って、バカやって、素直に大笑いしたいくらいだけれど、もっと時間が必要なのかもしれない、そうなるまでに。
朋美はお父さんの後を継ぐと決めていて、ゲーム制作を専門学校で学ぶことにしてその進路に一直線らしい。
「やっぱ事故で休んでた分、影響が大きかったのかも」
私は昨日の合格発表で、スマホの画面に写し出された「残念ながら、不合格です。」の一言で、夢を揉みくちゃにされたような気がして、少しやつれた気分でいた。
前の席に座っている朋美は、一度立ち上がって、私と向き合う形になるよう、椅子の向きを変えた。
「夕夏の進路、なんだっけ、児童……なんちゃらって」
「児童心理司になって児童相談所で働きたい、かな」
先月行われた都内の大学での推薦入試。そこでの小論文も、面接でも、同じことを訴えた。
でも、タツさんとのことがあったから、とは書けないし、言えない。
私にとって、いくら大きな出来事だったとしても、私以外の人間からしたら、ありえないことだと思うから。
だから、校長先生の話を受けて、という形にした。嘘をついたとは思っていないけれど、本当でもない、そのあいまいさを、いとも簡単に見破られてしまった、それが敗因だろうと分析した。
助けたい、助けたかった、助けられなかった。
その思いが消えることはなく、むしろ、私のなかで強く濃くなって、やがて、私に夢をくれた。
私で良いのかな、と悩むことはあるけれど、タツさんはそんな私をどこかで許してくれているんじゃないかと思うこともあって。
タツさんのことだ。きっと今の私のことも知っているだろうけれど……会えないのは、心細い。
「夕夏はすごいよね、うちは好きなことしかできないや」
朋美はけらけらと笑いながら、私の肩をばしばし叩く。
「傷口が痛くなるから、もう少し優しくして」
「ごめんごめん、でも、ほんとすごいと思うわ、夕夏って」
「すごいのかな」
朋美はお笑いのように、上半身をこけさせた。
「大事なところをちゃんとはわかっていないのが、夕夏らしくていいけどさ。わかんないと面接突破できないよ」
痛いところを二度も突かれて、どんよりする。けれど、「まあ朋美だからいっか」と思える余裕が、私の中で育っていることが、少し誇らしかった。
「次どこの入試受けるの? そろそろ決めないと親や先生たち、うるさくない? 特に夕夏ママは厳しいじゃん」
「うるさいけれど、夢だけは譲りたくないし」
「頑固だねぇ。で、いつよ、次は」
「もう、冬の一般入試に賭けるしかないと思っているよ。推薦受けられるところ、もうないし。受験勉強、しんどいけれど」
「うちも卒業までは頑張るかなー」
朋美は後方に少し背中を逸らして、両手を後頭部に回し、天を仰いだ。
「何を頑張るの?」
「勉強」
「え?」
私は自分の耳を疑った。
朋美はもう進路決定して、専門学校への進学が確定している。それなのに、どうして。
「あのさぁ、知らないかもしれないけど、ゲーム制作も立派な理系のお仕事だからね? ……うちは今、文系だからそっち方面の知識を蓄えないと、専門でついていけなくなるし」
はぁー、と朋美は私の机に上半身をなだれ込ませてきた。
あの日以来、朋美はそれまでの鋭さを、どうやってかは分からないけれど、丸めて穏やかな雰囲気へと姿を変えた。穏やかというより、少しおちゃらけたような、昔の朋美が戻ってきたような気もする。
「夕夏さ、一緒に勉強しない?」
何年かぶりに、朋美に誘われた。私は胸の高鳴りが朋美に伝わらないよう、でも少し口角は上がってしまったまま、頷いた。
「朋美は確か、分析するのが得意だったよね?」
「どうだか」
「だから、その能力を、まずは私がこの前受けた模試の結果分析で発揮してほしいな」
「まぁ、うちのほうが学業成績"は"上だもんね」
少し誇らしげに言う朋美が、どこか可愛く思える。
「じゃあ、これから毎日、放課後は学校の図書館に集合ね」
私がそう言うと、朋美は「うげぇ」と言いながらもスマホにスケジュールを追加しているようだった。
それと……もう、私は、みんなで歌うことはできないんだろうか。
心のどこかで、『もう一度だけ、あの事故の日にちゃんと歌うはずだった曲を、みんなで歌いたい』と思ってしまう。
卒業式の翌日にある定期演奏会、例年通りなら引退した三年生も一緒に出ることになるけれど、私は退部した身だし……。
そもそも、まともに復帰すらせず、私のわがままに付き合わせる、それが私に許されているとは思えない。
けれど、朋美はどう考えているのだろう。
今でこそ、普通には話せるようになったけれど。今は高校三年は一時的な引退をしている状態で、後輩たちとは連絡を取り合っているだろうか。
受験が終わり次第、顧問の先生に相談に行くしかないか。
私はぐるぐると考えながら、窓の外を眺める。遠くへ飛んでいく二羽の白鷺を見送った。

