瞳の奥から高く大きな波が押し寄せてきて、我慢できなかった。
口を押えていた右手は腕と共に、誰かの肩に回され、自分の体がふわりと浮いた。膝の裏は、私の汗か、相手の汗かは分からないもので湿っていて、気持ち悪くて離れようと、私は足をじたばたさせた。
「こらっ、静かにしなさい、危ないから」
「いやっ、はなしてっ!!!!」
先生は私の体をゆっくりと白いベッドに体を降ろした。先生は同行してきた保健室の先生に「あとはお願いします」とだけ伝えて、教官室を出て行ってしまった。
ざわめきがドアの向こうから聞こえてくる。
高校三年間のなかで、体育の授業を見学する日に見学時の専用フォントのレポート用紙を貰いに来る、そういうときくらいしか入室したことがないこの部屋。ベッドなんてあったこと、今まで知らなかった。
数分経って、涙が止まり始めた気がして、私はただ、横になったまま、傾いた視界の先にいる白衣を着ている保健室の先生――神田先生――が、肩あたりまでの少し長く黒い髪を、茶色のヘアゴムで一つ結びにしているのを見つめていた。
白衣の袖から出ている白くて細長い腕がとても綺麗な人だな、と空っぽになった心が呟く。
「あ、落ち着いた?」
神田先生はにこりとして、椅子から立ち上がる。棚からコップを取り出すなり、ペットボトルに入った半透明の液体を注いでいた。私は、その様子が気になって、ベッドに横になっていた体を、時間をかけて起き上がらせた。
「はい、これはスポーツドリンク。さっき、いっぱい泣いていたから。脱水には水分とミネラルの補給が最優先」
ほっとするような顔で微笑まれ、知らない間に強く縛っていた紐をゆっくり解かれるような感覚がした。
そっか、体が先に緩んで、初めて、心も緩むんだ。でも、
「冷たくない……」
自分でも驚くくらい正直に呟いたその言葉は、神田先生を笑わせた。
「あのねぇ、みんなそう言うんだけど」
私は黙って、説教とはまた違う、優しい大人が子どもに何かを教え諭すような声の行先を追った。
「こういうとき、素早く体に水分を行き渡らせるには、五度から十五度の間が一番良いの。つべこべ言わず、とりあえず、そこに入っている分は飲んじゃいな」
ほらほらと煽られ、私は仕方なくもう一口飲んだ。
やっぱり、生ぬるい。でも、スポーツドリンクなのに、しょっぱさとか、変な甘みが全くない。
「脱水症状が出てるときに飲むと、味がしないの。つまり、ただの水を飲んでいる感覚になるって覚えときなー」
神田先生は少し離れた椅子に座り直し、何やらパソコンのキーボードをカタカタ鳴らし始めた。
「佐々木さんって三年何組何番だっけー」
「三年、二組だったかな……多分十八番くらい?」
「担任に確認しておくわ、あとで」
「覚えてなくてすみません」
「いいのいいの。あとでちょっと気になることあるから、落ち着いたら声かけて」
「わかりました」
私は、壁に背中を預けながら、コップの水面に浮かんだ、ひどくやつれた自分の顔を見つめる。
さっきより処理速度が落ちた頭で、あの夢でのことやタツさんに言われたこと、自分が最後に願ったことを、思い返していた。
口を押えていた右手は腕と共に、誰かの肩に回され、自分の体がふわりと浮いた。膝の裏は、私の汗か、相手の汗かは分からないもので湿っていて、気持ち悪くて離れようと、私は足をじたばたさせた。
「こらっ、静かにしなさい、危ないから」
「いやっ、はなしてっ!!!!」
先生は私の体をゆっくりと白いベッドに体を降ろした。先生は同行してきた保健室の先生に「あとはお願いします」とだけ伝えて、教官室を出て行ってしまった。
ざわめきがドアの向こうから聞こえてくる。
高校三年間のなかで、体育の授業を見学する日に見学時の専用フォントのレポート用紙を貰いに来る、そういうときくらいしか入室したことがないこの部屋。ベッドなんてあったこと、今まで知らなかった。
数分経って、涙が止まり始めた気がして、私はただ、横になったまま、傾いた視界の先にいる白衣を着ている保健室の先生――神田先生――が、肩あたりまでの少し長く黒い髪を、茶色のヘアゴムで一つ結びにしているのを見つめていた。
白衣の袖から出ている白くて細長い腕がとても綺麗な人だな、と空っぽになった心が呟く。
「あ、落ち着いた?」
神田先生はにこりとして、椅子から立ち上がる。棚からコップを取り出すなり、ペットボトルに入った半透明の液体を注いでいた。私は、その様子が気になって、ベッドに横になっていた体を、時間をかけて起き上がらせた。
「はい、これはスポーツドリンク。さっき、いっぱい泣いていたから。脱水には水分とミネラルの補給が最優先」
ほっとするような顔で微笑まれ、知らない間に強く縛っていた紐をゆっくり解かれるような感覚がした。
そっか、体が先に緩んで、初めて、心も緩むんだ。でも、
「冷たくない……」
自分でも驚くくらい正直に呟いたその言葉は、神田先生を笑わせた。
「あのねぇ、みんなそう言うんだけど」
私は黙って、説教とはまた違う、優しい大人が子どもに何かを教え諭すような声の行先を追った。
「こういうとき、素早く体に水分を行き渡らせるには、五度から十五度の間が一番良いの。つべこべ言わず、とりあえず、そこに入っている分は飲んじゃいな」
ほらほらと煽られ、私は仕方なくもう一口飲んだ。
やっぱり、生ぬるい。でも、スポーツドリンクなのに、しょっぱさとか、変な甘みが全くない。
「脱水症状が出てるときに飲むと、味がしないの。つまり、ただの水を飲んでいる感覚になるって覚えときなー」
神田先生は少し離れた椅子に座り直し、何やらパソコンのキーボードをカタカタ鳴らし始めた。
「佐々木さんって三年何組何番だっけー」
「三年、二組だったかな……多分十八番くらい?」
「担任に確認しておくわ、あとで」
「覚えてなくてすみません」
「いいのいいの。あとでちょっと気になることあるから、落ち着いたら声かけて」
「わかりました」
私は、壁に背中を預けながら、コップの水面に浮かんだ、ひどくやつれた自分の顔を見つめる。
さっきより処理速度が落ちた頭で、あの夢でのことやタツさんに言われたこと、自分が最後に願ったことを、思い返していた。

