生暖かい空気が口の中の上顎を通り抜け喉に入り込むと同時に、両目を大きく開いた。強く見開いたまぶたは、ぴくぴくと小刻みに震え、すぐに止まる。
両腕にはカラッとした暑さが膜を張り、後頭部の首の付け根から全身にかけて、ほんのりのぼせている気がした。
汗で濡れたような湿り気のある髪の毛、少し肌が透けて見える半袖のTシャツ、紺色ベルトで締められた黒色のパンツ、この後ろ姿、どこかで見たことがある気がする。
辺りを見渡すと、暑さで頭頂部からうっすら湯気がのぼっていたり、うとうとしては目覚めを繰り返したりする人、隣同士で小声でおしゃべりを楽しむ人、真面目そうにまっすぐ前を見ている人、みんな、同じような制服を着ていた。耳には、私がどこかで聞いたことがある話をマイク越しに話す校長先生の声が入ってきた。
「えー、君達はここ、私立芝原学院高校の生徒としてその名に恥じぬ行動を心がけ、特に、三年生は受験に向けて引き続き頑張ってもらいたい」
校長先生の話長くね? 俺ら暑すぎて死にそうなんだけどー。そんな悪態をついている声が後ろから聞こえてきた。
何が起きているのか分からない。
聞こえてくる言葉が、会話が、目に入る何もかもが、時間が戻る前――二〇二六年、九月一日――と同じだ。
戻ったんだ。戻れたんだ――――
最後に願ったことが、叶い始めている。
そのことに気がついたとき、私は、やたら固く握りしめている右手の存在と、その中にあるざらついた感触に眉をしかめた。
胸の前に右手を持ってきて、恐る恐る手を広げる。手のひらには、黒色と茶色、灰色、そして透明な結晶のようなものが無数に混ざった砂がついていた。
何これ……。
頭の片隅ではその砂の正体が何であるか、分かりかけてはいる。それなのに、完全には近づいてはいけない気がして、これといって深く考えずに、汚れを両手ではたいてその場に砂を落とした。
きっと運動部がいつものように練習前に掃除してくれるだろう。私が気にすることではないけれど……もやもやしながらもそう自分に言い聞かせて、前を向いて、校長先生の話に耳を傾けた。
「さて、皆さんはこの夏休みに起こった事件のうち、何か一つでも今思い出せるものがあるかな」
校長先生、なんか急にキレてね?
やばいって、暑くて脳みそやられたか?
あの校長が?
ねぇねぇ、事件ってなんかあった?
ウチらに関係あること、何かあった?
校長の声色に、普段聞かないような怒りが滲んだことに、体育館に集められた生徒や先生達がざわめいた。
何もこの夏休みに限らなくても、年中、いろんな事件が起きている。にもかかわらず、どうして今、それも今年の夏休みに起きた事件について思い出せるか問われたのか、理解できない。
「静かに」
ざわめきが数秒間収まらないままでいたからか、校長が咳ばらいをした。
「確かに、君たちに関係があるかどうかまでは私には分からない。関係があれば、私も責任者として情報は知っておかないといけないだろうから。ただ、今から話すことは、ここにいる全員とは無関係というより、心のどこかにでもいいから、忘れないでいてほしいことだ」
見たことがない校長の訴えかけてくるような目と、厚く深い声に、体育館にはマイクの機械音だけが静かに響いた。
「今から、ある記事を読み上げる。もし、途中で気分が悪くなったり、そもそも聞きたくないということであれば、教室に戻っても構わない。一分待つから、各自で判断してほしい」
校長先生の合図で、体育館の後方にある出入り口の扉が音を立てて開かれた。
一気に外の熱気が入り込んできて、体育館の中の熱気と混ざって少し気持ち悪く感じる。ポケットからハンカチを取り出して、首に流れる汗を拭いていると、規則正しく並んだ生徒の列から、一人、また一人と列から離れて、扉から出て行くのが見えた。
ただごとではない雰囲気に、さっきまでだるそうにしていた生徒や楽しそうに話していた生徒が口を閉ざしている。
校長先生の腕時計からだろうか、アラームが小さく鳴り響き、マイクに再び電源が入る音が聞こえた。
「時間です。今から長い話をするかもしれないから、全員座って」
全員着席、と司会担当の先生がマイクを使わずに声を張り上げて指示し、私はその場にお尻からスカートの生地を両手で太ももにくっつけて座った。
両腕にはカラッとした暑さが膜を張り、後頭部の首の付け根から全身にかけて、ほんのりのぼせている気がした。
汗で濡れたような湿り気のある髪の毛、少し肌が透けて見える半袖のTシャツ、紺色ベルトで締められた黒色のパンツ、この後ろ姿、どこかで見たことがある気がする。
辺りを見渡すと、暑さで頭頂部からうっすら湯気がのぼっていたり、うとうとしては目覚めを繰り返したりする人、隣同士で小声でおしゃべりを楽しむ人、真面目そうにまっすぐ前を見ている人、みんな、同じような制服を着ていた。耳には、私がどこかで聞いたことがある話をマイク越しに話す校長先生の声が入ってきた。
「えー、君達はここ、私立芝原学院高校の生徒としてその名に恥じぬ行動を心がけ、特に、三年生は受験に向けて引き続き頑張ってもらいたい」
校長先生の話長くね? 俺ら暑すぎて死にそうなんだけどー。そんな悪態をついている声が後ろから聞こえてきた。
何が起きているのか分からない。
聞こえてくる言葉が、会話が、目に入る何もかもが、時間が戻る前――二〇二六年、九月一日――と同じだ。
戻ったんだ。戻れたんだ――――
最後に願ったことが、叶い始めている。
そのことに気がついたとき、私は、やたら固く握りしめている右手の存在と、その中にあるざらついた感触に眉をしかめた。
胸の前に右手を持ってきて、恐る恐る手を広げる。手のひらには、黒色と茶色、灰色、そして透明な結晶のようなものが無数に混ざった砂がついていた。
何これ……。
頭の片隅ではその砂の正体が何であるか、分かりかけてはいる。それなのに、完全には近づいてはいけない気がして、これといって深く考えずに、汚れを両手ではたいてその場に砂を落とした。
きっと運動部がいつものように練習前に掃除してくれるだろう。私が気にすることではないけれど……もやもやしながらもそう自分に言い聞かせて、前を向いて、校長先生の話に耳を傾けた。
「さて、皆さんはこの夏休みに起こった事件のうち、何か一つでも今思い出せるものがあるかな」
校長先生、なんか急にキレてね?
やばいって、暑くて脳みそやられたか?
あの校長が?
ねぇねぇ、事件ってなんかあった?
ウチらに関係あること、何かあった?
校長の声色に、普段聞かないような怒りが滲んだことに、体育館に集められた生徒や先生達がざわめいた。
何もこの夏休みに限らなくても、年中、いろんな事件が起きている。にもかかわらず、どうして今、それも今年の夏休みに起きた事件について思い出せるか問われたのか、理解できない。
「静かに」
ざわめきが数秒間収まらないままでいたからか、校長が咳ばらいをした。
「確かに、君たちに関係があるかどうかまでは私には分からない。関係があれば、私も責任者として情報は知っておかないといけないだろうから。ただ、今から話すことは、ここにいる全員とは無関係というより、心のどこかにでもいいから、忘れないでいてほしいことだ」
見たことがない校長の訴えかけてくるような目と、厚く深い声に、体育館にはマイクの機械音だけが静かに響いた。
「今から、ある記事を読み上げる。もし、途中で気分が悪くなったり、そもそも聞きたくないということであれば、教室に戻っても構わない。一分待つから、各自で判断してほしい」
校長先生の合図で、体育館の後方にある出入り口の扉が音を立てて開かれた。
一気に外の熱気が入り込んできて、体育館の中の熱気と混ざって少し気持ち悪く感じる。ポケットからハンカチを取り出して、首に流れる汗を拭いていると、規則正しく並んだ生徒の列から、一人、また一人と列から離れて、扉から出て行くのが見えた。
ただごとではない雰囲気に、さっきまでだるそうにしていた生徒や楽しそうに話していた生徒が口を閉ざしている。
校長先生の腕時計からだろうか、アラームが小さく鳴り響き、マイクに再び電源が入る音が聞こえた。
「時間です。今から長い話をするかもしれないから、全員座って」
全員着席、と司会担当の先生がマイクを使わずに声を張り上げて指示し、私はその場にお尻からスカートの生地を両手で太ももにくっつけて座った。

