*
私が夢で見たことをすべて話し終えた頃。
タツさんはつたない単語を繋ぎ合わせながら話す私をじっと見つめながら、ときどき頷いて、まるでウサギの目のように自身の目を赤くしていた。
「……ごめ、ん、なさ……い……」
震える涙声でしゃくりあげながらやっとの思いで言い終わると、タツさんは私を抱きしめてきた。
その感触はないけれど、タツさんが私に身を乗り出して、細長い両腕で私の肩から背中を覆ったから、きっと抱きしめられたんだと思う。
その温もりに、体が緩んでいく。私は、自分の体が知らない間に強ばっていたんだ、と気づかされた。
タツさんが私の頭をそっと撫でたあと、私から離れる。そして、座り直して微笑む。
「夕夏さんが初めてです。夢であったとしても、そうやって助けようと、必死になってくれた人は」
タツさんは儚げに微笑んだまま、そうぽつりとこぼした。
「夢の話を聞いている最中、ふと夕夏さんの最後の願いはこれじゃないか、と思ってしまいました。」
私は何か言い当てられた感覚で、ごくりと一瞬、息を飲みこむ。
「夕夏さんは今、最後の願いを「タツを助ける」にしようと考えているのでは?」
それまで微かに聞こえていた、風で木々がさわさわと揺れる音が、とたんに聞こえなくなる。
私は図星を突かれたせいで、言葉を失っていた。
それ以上は何も言えなくなり、スカートの裾をぎゅっと強く握る。
「私はもう死んでいます。でも、私は、夕夏さんが私が置いてきてしまった忘れ物を届けてくれた、と思いました。それと同時に、教えてもらったこともあります」
「え……?」
タツさんの言葉が、頭の中を当てもなく泳ぎ回る。
「私は何もできなかった、助けられなかったのに? だいたい、教えた、って何を……」
私は困って、理解できないあまりに半ばパニックになる頭を抱えて、必死に思い当たる節を探す。でも、どれも、違う。
タツさんが何を言っているのか、わからない。
「私は、夕夏さんに助けてもらったことで、誰かに大切にされること、そして、守られること……それが愛されている証なんだと知りました」
曇り空の片隅に、太陽が優しく差し込みはじめている。
「今までは、助けを求められたら全力で助ける、願いを叶えて幸せにする。それだけが私の存在理由で、愛の証明になるんだと思い込んでいました」
「それで十分じゃ「でも充たされなかった!」
タツさんが初めて私の言葉に被せてきて、声を大きく荒げた。
その目には、滲むどころか、もうすぐ溢れ出してしまいそうな涙がたまっている。それなのに、鋭い矢で目の前の的を射抜くように、タツさんの眼差しは私の背中を突き刺し、貫通してしまいそう。
「どれだけ助けても、叶えても……」
タツさんは声を震わせながら俯いた。タツさんの目から何粒も涙が落ちて、地面を濡らす。
そこには、小さな水たまりができていた。
「だけど……」
タツさんは顔をゆっくり上げて、右手の親指で左目から流れる涙を一度拭う。
「そんな日々の中で、夕夏さんと出会いました。夢の中だろうがなんだろうが、必死になって、私を助けようとしてくれた。その話を今ここで聞いて、分かりました。今まで満たされなかった気持ちの正体を」
そのとき、オレンジ色の夕焼けがタツさんを照らし始めた。
タツさんの足元をよく見ると、うっすら透け始めている。
私は、失うのが嫌でたまらなくて、タツさんをこの場に引き留めようと手を伸ばしかけた。でも、そうしてはいけない気がして、すぐに自分の腕を引いた。
もう、これ以上はどうにもできないことを、私は、頭の片隅で気がつき始めているのに。
「夕夏さんに、知ってほしいことがあります」
タツさんはやっと顔を上げてそう告げてきた。
拭いきれていない涙で濡れた頬で、精一杯に作り笑いをするタツさんと目が合う。
どうか、このままでいてほしい。
今、この瞬間を切り抜いて、宝箱に閉じ込めてしまいたい。
そんな私のわがままに抗うかのように、タツさんはどんどん透けていく。
ついには足どころか、下半身が消えてしまった。
続けるように、下腹部が薄くなり始めるタツさんを目の前に、私はまた、何もできずにいる。
あぁ、こんな自分が嫌でたまらない。
大嫌いな自分を消したくなる。もう見ていられない。
タツさんが助かるなら、私なんて――。
私は今泣かないように、と奥歯にぐっと力を入れようとしたとき、タツさんが近づいてきた。
タツさんは私の両肩を――小さい子どもに大事なことを言い聞かせるように――両手でつかんで、私の顔を見つめてふわりと笑った。
「まず、他の誰でもない自分を助けなければ……救い出さなければ、いつまでも"誰かのために"と自己犠牲で生きることになります。そんな生き方……苦しくなるだけです」
そんなこと言われたって……。
じゃあ、私は――。
「私はどうすればいいの? 何を願えばいいの?」
私は何かに急かされるように、矢継ぎ早に問いかける。
「だから、夕夏さんは、自分を幸せにすることを、一番に考えてほしいです」
自分を幸せにする、なんてそんな――無茶だ。
タツさんは焦る私を見ても態度を変えず、微笑んだまま、続けて口を開いた。
「私は、何でも知っています。だから――」
タツさんは何かを言いかけ、その言葉を飲み込む。
私は、タツさんが違う言葉に言い変えようとして、少し上を向いてすぐに私の顔を見て、笑顔のままで顔を横に二度振ったのをじっと見つめることしかできなかった。
「最後の願いは、よく考えたうえで送信してください」
いつか、どこかで見た文字とタツさんの声が、重なって聞こえた。
私はハッとして、過去の記憶に導かれるように、ブレザーのポケットからスマホを取り出す。
初めてサイトにアクセスしたあの日と同じように、送信フォームにアクセスした。
点滅するカーソルが私をさらに急かして、文字を打たせようとしてくる。でも、私はその力強さに負けじと、自分の力を振り絞って、願いを打ち込んだ。目を閉じて、打ち込んだ願いをそのまま、頭の中で何度も何度も繰り返した。
大丈夫。私は、いや、私なら――。
私は、意を決して目を開け、送信ボタンをタップした。
画面から目を離して顔を上げると、もう、目の前にいたはずのタツさんは消えてしまっていた。
私は立ち上がって、タツさんが屋上のどこかに隠れていないか探した。
走って、走って、とうとう見つからなかった。
あの夢の後、何度も記事で読んで覚えた、タツさんの名前を、本当の名前を、夢中になって、声高に叫んだ。
殺された、
死んだ、
亡くなった、
……消えてしまった。
まだ話したいことが、聞きたいことが数えきれないほどあって、時間がいくらあっても足りないのに。
まだ、二人でやり残したことがたくさんあるのに、どうして――。
泣いて、叫んだ。
どこにもぶつけようのない気持ちに、これでもかというくらい、かき乱される。
そのとき、見覚えのある、きらきら輝く砂が目の前を落ちていくのが見えて、咄嗟に両手で砂を受け止めた。
空を見上げる。すると、オレンジ色に染まっていたはずの夕焼けは、反対側からだんだんと、黒色と赤色のグラデーションを塗り始めていることに気がついた。
少し離れて位置する防災無線から、十七時を知らせる夕焼けチャイムが聞こえてきた。
最後の一音が辺りの空気に溶けていく中、目の前が急にうずまきを描くように大きく歪み始める。
私は、両手に掴んだ砂たちを一粒とて零さないように、と胸の前で大事に包み込む。
だんだんと、私は渦に飲み込まれるように、歪みの奥深くに溶けていった。
私が夢で見たことをすべて話し終えた頃。
タツさんはつたない単語を繋ぎ合わせながら話す私をじっと見つめながら、ときどき頷いて、まるでウサギの目のように自身の目を赤くしていた。
「……ごめ、ん、なさ……い……」
震える涙声でしゃくりあげながらやっとの思いで言い終わると、タツさんは私を抱きしめてきた。
その感触はないけれど、タツさんが私に身を乗り出して、細長い両腕で私の肩から背中を覆ったから、きっと抱きしめられたんだと思う。
その温もりに、体が緩んでいく。私は、自分の体が知らない間に強ばっていたんだ、と気づかされた。
タツさんが私の頭をそっと撫でたあと、私から離れる。そして、座り直して微笑む。
「夕夏さんが初めてです。夢であったとしても、そうやって助けようと、必死になってくれた人は」
タツさんは儚げに微笑んだまま、そうぽつりとこぼした。
「夢の話を聞いている最中、ふと夕夏さんの最後の願いはこれじゃないか、と思ってしまいました。」
私は何か言い当てられた感覚で、ごくりと一瞬、息を飲みこむ。
「夕夏さんは今、最後の願いを「タツを助ける」にしようと考えているのでは?」
それまで微かに聞こえていた、風で木々がさわさわと揺れる音が、とたんに聞こえなくなる。
私は図星を突かれたせいで、言葉を失っていた。
それ以上は何も言えなくなり、スカートの裾をぎゅっと強く握る。
「私はもう死んでいます。でも、私は、夕夏さんが私が置いてきてしまった忘れ物を届けてくれた、と思いました。それと同時に、教えてもらったこともあります」
「え……?」
タツさんの言葉が、頭の中を当てもなく泳ぎ回る。
「私は何もできなかった、助けられなかったのに? だいたい、教えた、って何を……」
私は困って、理解できないあまりに半ばパニックになる頭を抱えて、必死に思い当たる節を探す。でも、どれも、違う。
タツさんが何を言っているのか、わからない。
「私は、夕夏さんに助けてもらったことで、誰かに大切にされること、そして、守られること……それが愛されている証なんだと知りました」
曇り空の片隅に、太陽が優しく差し込みはじめている。
「今までは、助けを求められたら全力で助ける、願いを叶えて幸せにする。それだけが私の存在理由で、愛の証明になるんだと思い込んでいました」
「それで十分じゃ「でも充たされなかった!」
タツさんが初めて私の言葉に被せてきて、声を大きく荒げた。
その目には、滲むどころか、もうすぐ溢れ出してしまいそうな涙がたまっている。それなのに、鋭い矢で目の前の的を射抜くように、タツさんの眼差しは私の背中を突き刺し、貫通してしまいそう。
「どれだけ助けても、叶えても……」
タツさんは声を震わせながら俯いた。タツさんの目から何粒も涙が落ちて、地面を濡らす。
そこには、小さな水たまりができていた。
「だけど……」
タツさんは顔をゆっくり上げて、右手の親指で左目から流れる涙を一度拭う。
「そんな日々の中で、夕夏さんと出会いました。夢の中だろうがなんだろうが、必死になって、私を助けようとしてくれた。その話を今ここで聞いて、分かりました。今まで満たされなかった気持ちの正体を」
そのとき、オレンジ色の夕焼けがタツさんを照らし始めた。
タツさんの足元をよく見ると、うっすら透け始めている。
私は、失うのが嫌でたまらなくて、タツさんをこの場に引き留めようと手を伸ばしかけた。でも、そうしてはいけない気がして、すぐに自分の腕を引いた。
もう、これ以上はどうにもできないことを、私は、頭の片隅で気がつき始めているのに。
「夕夏さんに、知ってほしいことがあります」
タツさんはやっと顔を上げてそう告げてきた。
拭いきれていない涙で濡れた頬で、精一杯に作り笑いをするタツさんと目が合う。
どうか、このままでいてほしい。
今、この瞬間を切り抜いて、宝箱に閉じ込めてしまいたい。
そんな私のわがままに抗うかのように、タツさんはどんどん透けていく。
ついには足どころか、下半身が消えてしまった。
続けるように、下腹部が薄くなり始めるタツさんを目の前に、私はまた、何もできずにいる。
あぁ、こんな自分が嫌でたまらない。
大嫌いな自分を消したくなる。もう見ていられない。
タツさんが助かるなら、私なんて――。
私は今泣かないように、と奥歯にぐっと力を入れようとしたとき、タツさんが近づいてきた。
タツさんは私の両肩を――小さい子どもに大事なことを言い聞かせるように――両手でつかんで、私の顔を見つめてふわりと笑った。
「まず、他の誰でもない自分を助けなければ……救い出さなければ、いつまでも"誰かのために"と自己犠牲で生きることになります。そんな生き方……苦しくなるだけです」
そんなこと言われたって……。
じゃあ、私は――。
「私はどうすればいいの? 何を願えばいいの?」
私は何かに急かされるように、矢継ぎ早に問いかける。
「だから、夕夏さんは、自分を幸せにすることを、一番に考えてほしいです」
自分を幸せにする、なんてそんな――無茶だ。
タツさんは焦る私を見ても態度を変えず、微笑んだまま、続けて口を開いた。
「私は、何でも知っています。だから――」
タツさんは何かを言いかけ、その言葉を飲み込む。
私は、タツさんが違う言葉に言い変えようとして、少し上を向いてすぐに私の顔を見て、笑顔のままで顔を横に二度振ったのをじっと見つめることしかできなかった。
「最後の願いは、よく考えたうえで送信してください」
いつか、どこかで見た文字とタツさんの声が、重なって聞こえた。
私はハッとして、過去の記憶に導かれるように、ブレザーのポケットからスマホを取り出す。
初めてサイトにアクセスしたあの日と同じように、送信フォームにアクセスした。
点滅するカーソルが私をさらに急かして、文字を打たせようとしてくる。でも、私はその力強さに負けじと、自分の力を振り絞って、願いを打ち込んだ。目を閉じて、打ち込んだ願いをそのまま、頭の中で何度も何度も繰り返した。
大丈夫。私は、いや、私なら――。
私は、意を決して目を開け、送信ボタンをタップした。
画面から目を離して顔を上げると、もう、目の前にいたはずのタツさんは消えてしまっていた。
私は立ち上がって、タツさんが屋上のどこかに隠れていないか探した。
走って、走って、とうとう見つからなかった。
あの夢の後、何度も記事で読んで覚えた、タツさんの名前を、本当の名前を、夢中になって、声高に叫んだ。
殺された、
死んだ、
亡くなった、
……消えてしまった。
まだ話したいことが、聞きたいことが数えきれないほどあって、時間がいくらあっても足りないのに。
まだ、二人でやり残したことがたくさんあるのに、どうして――。
泣いて、叫んだ。
どこにもぶつけようのない気持ちに、これでもかというくらい、かき乱される。
そのとき、見覚えのある、きらきら輝く砂が目の前を落ちていくのが見えて、咄嗟に両手で砂を受け止めた。
空を見上げる。すると、オレンジ色に染まっていたはずの夕焼けは、反対側からだんだんと、黒色と赤色のグラデーションを塗り始めていることに気がついた。
少し離れて位置する防災無線から、十七時を知らせる夕焼けチャイムが聞こえてきた。
最後の一音が辺りの空気に溶けていく中、目の前が急にうずまきを描くように大きく歪み始める。
私は、両手に掴んだ砂たちを一粒とて零さないように、と胸の前で大事に包み込む。
だんだんと、私は渦に飲み込まれるように、歪みの奥深くに溶けていった。

