僕らのノイズ ※最後の願いは、よく考えたうえで送信してください。

 翌日。
 私は憂鬱な部活からやっと解放された後、タツさんに言われた通り、屋上に出てきた。
 辺りを見渡してタツさんを探す。けれど、人の気配すらない。
 スマホの画面には、十五時三十分と表示されている。タツさんは、私がお昼ご飯を食べているうちに、待ちぼうけて、またどこかに消えてしまったんだろうか。

 それか、タツさんはもう……。

 あの日夢で見た光景が、体験した感情が背中を覆いつくしてきそうになって、かき消そうと腕を組んで、両手で互いの肘をさすった。
そんなわけないんだ、そんなわけ、あるはずない。
 タツさんは、ここで待っているはずなのに、どこにいるんだろう。

「タツさん、夕夏です。どこですか!」

 私は、きょろきょろと周囲を見渡しながら、お腹の底から声を張り上げて呼びかけた。空気中に消えていく自分の声が、寂しく思える。

「夕夏さん」

 背後から声がして振り向いた。

「……!」

 私は「タツさん」と言いかけたその口をあんぐりと開けたまま、目を見開いた。
 目の前に立っているのは、タツさんの面影だけを受け継いだような、私と背丈がほぼ同じくらい――身長は百六十センチほど――の全身黒づくめの男性だった。全身黒づくめ、後ろの方に僅かに見えるしわくちゃなフードが、その男性はタツさんであることを私に気づかせる。

 前会った時は、私の腰ぐらいの身長だったはずのタツさんが、少し低くなった声で私の名前を呼び、以前のように微笑むことなく、まっすぐ私の瞳の奥を刺すように見つめてくる。鋭くて痛いのに、その目の力は私を掴んで離さない。

「最後の願いってなんでしょうか」

 タツさんは無駄な動きをすることなく、ポケットからあの手帳を取り出し、ペンをカチッと一度だけ鳴らした。
 最後の願い、なんて本当はまだ決まっていない。考えることも、まだ。

「その前に、私が見た夢の話をさせてください」

 口が勝手にそう呟いていた。

「夢……?」

 タツさんはペンを手帳の見開きページに当てたまま、動きを止めた。

「あの夢を見た後、気になっていろいろ調べたんです。それで、タツさんが亡くなった理由を知って、メールしました。どうしてもタツさんに会って、話したくて、それで」

 どんどん速くなっていく鼓動は、あの夜を再演し始めているようだった。夢から覚めて飛び起きたら、全身が汗で濡れていたこと、とめどなく溢れてくる涙、叫びたくなる苦しさ、全部、誰かに話して楽になりたいと思った。

「私が死んだ理由、ですか」

 タツさんは、はぁ、と深いため息をもらし、胡坐をかいてその場に座る。ペンの芯を戻すと同時に、両方の手のひらで手帳を包み込むように閉じた。

「その理由なんですが……」

 タツさんはあいまいに誤魔化すような顔をしたまま、初めて私から目を逸らした。

「実は、他の方から教えていただいたばかりで」

 ――何を言っているんだろう。
 他の方、つまり、私と同じようにタツさんに、あのサイトに願った人が、先にタツさんの死の真相を知って、タツさんに全て教えた……? そんな、嘘だ。あの残酷な事実を、タツさんは、他の人からもう教えられてしまった……?

「ショックでした。死んだ、というより、私は殺されているわけじゃないですか。その後の裁判の記録もおおまかに記事にされていたようで、一緒に読ませていただきましたが、まぁ酷い」

 ああ、今この場で私まで責められても、何も言えない。

「あ、両親に対してというより、世間の声や眼差しが現れた心ないコメントのことですよ? そもそも、表面化しないと見向きもしない、安全な場所から見下ろしてあーだこーだ好き勝手言って、満足したらまた忘れて繰り返すだけじゃないか、と。今までそうやって、どれだけの子どもがあんな風に殺されてきたんだ? って。殺されて、死なされてもなお、風化されたころにまた、繰り返される……!」

 タツさんはより黒く深く、厚みのある声で静かに話し続ける。

「誰も、私を助ける気なんてない」

 タツさんはそう言い放つと顔を上げた。

「――でも、今は……夕夏さんは、違う……違いますよね?」

 淡く小さな期待が含まれた声に、私は戸惑い、目を逸らした。
 言えない。夢でのことは、言っちゃいけない。
 助ける気持ち、助けたいと思った気持ちはあった。けれど、できなかったなんて。口が裂けても……。

「夢で何があったか、教えてください。覚悟はできていますから」

 残りわずかな希望を、むやみに押し付けられたような気がした。でも、その希望を見捨てたくなくて、応えたくて、私もタツさんと同じようにその場に座り込んで、意を決して、重い口を開いた。