僕らのノイズ ※最後の願いは、よく考えたうえで送信してください。

 そうだ、と私はもう一つの疑問を思い出して、タツさんに投げかけた。

「その前に、さっき言っていた、その、仮想空間っていうのは」
「願いが叶ったこの世界を仮想空間と、呼んでいます。サイトの利用者の願いを叶えるべく、ここに連れてくる、それが僕の役目。神様から僕が死んでしまったと知らされたときに、約束したんです。一つは、生きている皆さんの願いを叶えて幸せにすること、もう一つは、生きている間にやり残した、置いてきてしまった忘れ物を取り戻すこと。でもまだ――見つかっていないんです」
「なんかいろいろ大変そう……」
「慣れました。それで、時間が戻る前の、まぁ、現実空間としましょうか、そこでの時間軸で、ニ○ニ六年、九月二十日までに僕がやり残したこと、忘れ物が見つからないと、生まれ変われないとまで言われまして」
「生まれ変わりの条件、わりと厳しいんですね……」

 あまりに非現実的な話だからか、脳が歪まされるような、我慢はできる程度の微妙なめまいを感じる。
 仮想空間――つまり私は、この世界は、本物じゃないってこと……になるのか。

「ちなみに、元の世界……現実空間の私は、どうなっているんですか? 今ここにいる私は何なんですか?」
「夕夏さんです」

 ……だろうな、という感想しか浮かんでこない。
 私も、私だ、としか言いようがない。むしろ、私じゃないとすれば誰なのかとさえ思ってしまう。

「現実空間の夕夏さんは、今、普通に過ごしているようです。たまに見に行っては記録をつけています。読み上げましょうか?」

 タツさんはにっこりと営業スマイルような顔でそう告げた。そして、タツさんがポケットから少し分厚い手帳を取り出し、パラパラとめくって、再び私を笑顔で見つめた。

「普通にって何ですか。気にはなるから教えてほしいけれど……」

 嬉しそうな顔になったタツさんを前に、私はもやもやとして居心地が悪くなったような気持ちだった。

「佐々木夕夏、芝原学院高校三年、元合唱部エース組。十八歳。高校二年生の冬の大会当日朝、交差点に信号無視で突っ込んできた車から衝突され、頭を強打して意識不明の重体になったが、治療やリハビリと経て回復。部活は事故を機に、幼馴染の桜木朋美やその他の部員と言い合いになり、やむなく退部。進級後もそれまで同じクラスだった桜木朋美や他のエース組と、再び同じクラスになる。これで三年間同じクラス。そして、いじめも受ける。いじめの理由は不明。考えられるきっかけは複数あるが、桜木朋美の長年にわたる佐々木夕夏への度重なる嫉妬の蓄積が、事故を機に爆発したものと考えられる。高校三年、二学期の始業式後、管理サイト「あなたの願いを、叶えます。」に佐々木夕夏よりメールが送られてきた。接触開始……と、まあこんな感じですね」
 
タツさんはパタリと手帳を閉じて、「何か間違っている点があれば教えてください。こちらが持っている情報と異なっていると何かと不都合でしょうし」と笑顔のまま私に告げた。

 間違っているも何も、全部そのまま、その通りだった。怖さよりも、ただただ驚きのあまり、声を失った。
 私は、SNSアカウントはあっても、発信は一切していない。個人情報だって一つも書いたことがない。それなのに、どうして――?