僕らのノイズ ※最後の願いは、よく考えたうえで送信してください。

 息がうまく吸えない。
 それに、頭の中がぐにゃぐにゃして、誰かにかきまわされているみたいな……。全身が何か、ずっしりと重いものに押しつぶされているみたいで、胸の苦しさの正体を知ろうと、私は目をゆっくりと開いた。
 少ししびれ気味の手で胸の上を撫でた。でも、そこには何もない。
 それでも残るこの苦しさをどうにかしたくて、さっき落としてしまったスマホに手を伸ばした。ホーム画面に表示された文字に、思わず、息が止まる。

(一月、五日、月曜日……、七時二十分……?)

 違和感を頼りに、スマホのカレンダーアプリを開いた。「今日」をタップしても、画面はそのまま、一月五日を指している。
 西暦は、二〇二六年と表示されたまま。
 ざわざわしてくる心を鎮めようと、何度も「今日」をタップした。

 おかしい、絶対おかしい。

 今度は、卓上カレンダーを見た。でも、同じように、二〇二六年の一月のまま。
 毎月一日に必ずカレンダーをめくって、新しい状態にしているはずなのに、一月のまま。

 この日付は――あの事故の日。

 カーテンから差し込んでくる光を辿って見上げると、さっき見たはずのオレンジ色ではなく、目が痛くなるような白くほのかに眩しい光と共に、太陽が昇っていた。
 何が起きているのか分からない。
 私が放心していると、スマホに電話がかかってきて、現実に引き戻される。

「桜井朋美……」

 もうかかってくることはない、そう思っていたのに。
 震える手で「出る」をタップして、スマホを耳に当てた。

「やっと出た! 今どこ!?」

 少し怒り気味の朋美の声に驚いて、頭が真っ白になった。

「どこって、……家、自分の部屋だけど」
「家!? なんでよ、早く会場に来て! 今日本番でしょ!」

 本番、って言った……? じゃあ、やっぱり、さっきの日付は――……。
 ……事故当日。

「ごめん、今行く」

 それだけを朋美に伝えて、電話を切った。
 とりあえず、大会の会場へ行けば、何が起きているのか、分かるかもしれない。

 私は急いで立ち上がって、本棚から大会で歌ったはずの合唱曲の譜面を取り出して、バッグに押し込んで家を飛び出した。

     * * *

 会場が少しずつ近づいてくる。あの日の大会の会場、黒に近い灰色と白線が引かれた道路、交差点、信号。
 頭の奥から、見たことがある景色や知っている道路、街並みが、かすかに痛みを訴えてくるようで、こめかみを片手で押さえた。
 ただ、あの日と違うのは――車が、全然来ないこと。
 あの日は、車の行き交いが激しかった。それに、四つの信号のうち、最後の信号は青色で点滅していたはず。だからあの日は走れば間に合う、大丈夫と甘く考えて、車が多く行き交う中、事故に遭った。
 
 今は、車が一台も通っていないうえ、目の前の信号は、奥から赤色、赤色、青色、青色――。
 走れば、タイミングさえ合えば、本番には確実に間に合うかもしれない。

 私は自分の直感だけを頼りに、右足で地面をたんと蹴って走り出した。