――翌朝。
気持ちの良い朝日に照らされ、俺はゆっくりと意識を覚醒させた。
「……んん~~。ふわぁ……朝かぁ」
欠伸と伸びをして、俺はベッドから起き上がる。
「初めて異世界の宿に泊まったが、結構良い感じだな。ベッドもふかふかだし、ご飯も美味しかったし、最高だ!」
俺たちが泊まったのは、朝・夜二食付きのラグリムの街の宿。
昨日の夜ご飯も美味しかったし、今日の朝食も楽しみだ。
と、コンコンとノックされる。
入室を促すと、そこには冒険者服をまとったエルネがいた。
「おはようございます、ケーゴさん!」
「おはよう、エルネ。よく眠れたか?」
「はい! バッチリ快眠です!」
エルネは俺の隣の角部屋を取った。
俺と同部屋がいいとゴネていたが、強引に俺が二人別々の部屋になるように泊まったのだ。
まったくエルネの節約思考にも困ったモンだぜ。
「ご主人ー! おはようでやんすー!」
「おお、おはようハリゾー。お前も元気そうだな」
ハリゾーはエルネの肩からぴょーんとジャンプして、俺の肩に飛び乗った。
ハリゾーは万が一の護衛要員として、エルネの寝室で眠ってもらっていたのだ。
が、二人の様子からして何も危険なことは起こらなかったらしい。
「じゃ、とりあえず宿の朝食を食べたら冒険者ギルドに行って、初クエストでもチャレンジしてみるか」
「はい! 私もお供いたします!」
「おいらも魔物をたっくさん狩りまくるでやんすよー!」
俺とエルネは二人組の冒険者パーティだからな。
クエストを受ける時も一緒だ。
俺たちは楽しく談笑しながら、一階の宿の食堂へと降りていくのだった。
○ ○ ○
宿で朝食を済ませ、俺たちは冒険者ギルドに向かう。
ギルドの扉を開けると、朝だというのに冒険者たちがそれなりに集まっていた。
「へぇ、朝でも意外と賑わってるな。ちょっと酒臭い奴もいるが」
「昨日の夜から飲み明かしてるみたいですね」
そして、俺とエルネはギルドの巨大クエストボードの前に並んだ。
そこには多くのクエスト依頼書が無造作にピン留めされている。
「ふむ、どのクエストを受けるべきか。俺とエルネはパーティを組んでるから、二人ならAランククエストまで受けられるんだよな」
冒険者同士でパーティを組んだ場合、そのパーティ内で最高位の冒険者ランクがそのままパーティランクとして設定される。
つまり俺と一緒のパーティにいる限り、FランクのエルネであってもAランクの高難度のクエストを受注することができるってわけだ。
と、不意に奥から声が響いてきた。
「お願いよ! 今すぐに向かわないとお父様が……!」
なんだ? と思って声の方へ振り向くと、受付カウンターで何かを必死に叫んでいる少女がいた。
ドレスをまとった貴族みたいな身なりの少女だった。
その少女はカウンター越しにギルマスに何かを訴えていた。
当のギルマスといえば腕を組んで難しそうに顔をしかめている。
と、不意にギルマスと目が合ってしまった。
「……む!? そこにおるのはケーゴではないか!?」
「げっ」
うわぁ、何か知らんがめっちゃ厄介事の匂いがする!
は、早く逃げないと……と思った頃には俊敏な動作で迫ってくるギルマスに捕まった。
「ちょうど良かった! グッドタイミングだぞ、ケーゴ!」
ギルマスは間髪入れず、俺に強面の顔を近づけた。
「お前さんなら問題ない! ぜひ、あちらのお方の緊急クエストを受けてくれんか!!」
なに、緊急クエストだと?
○ ○ ○
冒険者ギルドの奥――ギルマス室へと通された俺とエルネは、ソファに腰かける。
目の前には貴族のような青髪美少女が完璧な所作で座っている。
が、その表情は暗く、目元にはうっすらと隈が見えた。
ひとまず、俺たちは少女に向けて自己紹介をしてみる。
「えーと、初めまして。俺はケーゴだ。魔法使いとして冒険者をしている。よろしく頼む」
「私はエルネです。ケーゴさんと一緒にパーティを組ませていただいている冒険者です」
「おいらはハリゾーでやんす! よろしくでやんす!」
少女は青い瞳を俺たちに向けた。
そして、か細い声を漏らす。
「……私はリディア。リディア=グランヴェインと申しますわ」
少女の自己紹介に、エルネがぎょっと目を見開く。
「グ、グランヴェイン!? そ、それってもしかして、ラグリムの街を治める領主様……グランヴェイン公爵家様の家名ではないですか!?」
「その通りだ」
答えたのはギルマス。
続けて、深刻さを帯びた顔で言う。
「これは口外無用だが……実は、一か月ほど前からグランヴェイン公爵の当主様が病に伏されておるようでな」
「……ふむ」
公爵令嬢――リディアが引き継ぐ。
「お父様はかねてより持病がありました。恐らく今回倒れられた原因はその持病が悪化したことだと思います。この病は治療が難しく、完全に治癒するには一つしか方法がございません」
「……その方法ってのは?」
リディアは絶望を堪えるように、唇をぎゅっと噛んだ。
「『天月湖』という湖に生えるとされる超希少な幻の霊草――『幻霊玉草』を採取し、『エリクサー』を製造することですわ」
「! エリクサー……!?」
聞いたことがある異世界アイテムだ。
たしか、どんな傷や病でもたちまち回復させてしまう魔法の万能薬だったか?
ギルマスが低い声で補足する。
「天月湖は独自の生態系が構築された危険度の高いエリアだ。ましてそこから幻の霊草を採取してくるとなると……総合してクエスト難度はSランクになるだろう」
なるほど、難易度MAXってわけね……!
エルネが眉を曲げて俺を見る。
「どうしますか、ケーゴさん?」
俺はしばし考えた後、決意した。
「『天月湖』に生える『幻霊玉草』とやらを採ってきたらいいんだな? 成功できるかは分からないが、やるだけやってみるよ」
「本当か! さすがはケーゴ! そう言ってくれると信じていたぞ!」
ギルマスは安心したように俺の肩をバシバシと叩いた。
が、今度はリディアが不安げな表情を浮かべた。
「わ、私から頼んでおいて無礼は承知なのですが、ケーゴ様は本当に大丈夫なのでしょうか? Sランクに匹敵するお力をお持ちで……?」
「ま、一応Sランクくらいの力はあるらしいぜ。そこのギルマス曰くだがな」
「うむ! ケーゴの実力はこの俺が保証しましょう! なんせ森の支配者と謳われるロックドラゴンを討伐したほどの男ですからな!」
「ロ、ロックドラゴンを……!? そ、それはすごいです……!!」
リディアは立ち上がり、ペコリと頭を下げた。
「失礼しましたケーゴ様。どうかそのお力、私にお貸しください……!」
「あ、頭を上げてください。リディア……様?」
「私のことは、どうぞお気軽にリディアとお呼びください」
「そ、そうか。俺もそっちの方が呼びやすいから助かるよ、リディア」
リディアはニコリと微笑んだ。
初めて彼女の笑顔を見たが、やはりかなり可愛らしい。
ギルマスが地図を渡してきた。
「これが天月湖までの地図だ。通常なら馬車で3日ほどかかるが……」
「……うん。これくらいの距離なら俺の飛行魔法をトばせば多分すぐつくな。今日の午後には到着すると思うぞ」
「ふっ、さすがだなケーゴ。その地図の下に『幻霊玉草』のイラストも描いてある。幻の霊草ゆえ完全に再現できているかは怪しいが……まあ最悪それっぽい植物を手当たり次第に採取しまくる形でも構わん」
「了解。助かる」
俺とエルネは早速、出発の準備をする。
「じゃ、今から天月湖を見てくるよ」
俺たちが部屋から出ていこうとすると、リディアが「あっ」と声をあげる。
「天月湖には、『湖の主』と呼ばれる魔物が生息しているそうです。戦闘になった際は、お気をつけて」
湖の主、だと?
強そうな肩書きだな。
「忠告ありがとう。そいつには気を付けるよ」
「それと、もし王都に遣わせた者が交渉に成功していれば、『剣聖』と呼ばれる王国最強の冒険者が一足先に乗り込んでいるかもしれません。可能であれば、その方と協力する形で霊草探しをしていただければ、少しでも採取確率が上がると思いますので……」
先客がいるかもしれないってことか。
しかも王国最強の冒険者なんて触れ込みがあるくらい強い冒険者が。
「分かった。まあ、仲良くやれそうだったら協力を持ちかけてみるよ」
「ありがとうございます。――どうかご武運を」
「頼んだぞ、お前たち!」
リディアとギルマスに見送られながら、俺たちはパーティとして初めてのクエストに望むことになった。
○ ○ ○
ラグリムの街で食料や魔道具などを買い揃えた。霊草採取のクエストが長引いた時も現地で滞在できるようにするためだ。
そうして万全の準備を整えた上で街を出発した俺たちは、浮遊魔法でビューン! と空を飛んでいた。
エルネとハリゾーも浮遊魔法での移動に慣れてきたみたいで、今はもう俺に抱きつかなくても自分でバランスを取って進んでいる。
まあ、俺が魔力で完全に調整してるから落っこちたりする心配はないからな。ただ単純に高所恐怖症を克服できるかっていう気概の問題だ。
俺は地図を開き、目的地までの方角を確認する。
「この調子だと……このまま真っ直ぐ行けば天月湖まで辿り着けるな。よし、ちょっと飛ばすぞ!」
俺は浮遊魔法の速度を上げた。
ビュオオオオ! と風が吹き、髪や服がバタバタとはためく。
馬車で行くと結構遠い場所だが、空から直進すればかなりのショートカットになる。
そして、しばらく猛スピードで空を直進していると、徐々に大きな湖が見えてきた。
「お、ついたな」
「わあ! ここが天月湖ですか!?」
「でっかい湖でやんすー!」
俺たちは空中に浮かんだまま、天月湖を見下ろした。
辺り一面は自然豊かな草原地帯。ところどころ木が生え、巨大な水たまりのように青々とした美しい湖が広がっていた。
その湖は対岸が見えないほど大きく、まるでオーシャンビューを眺めているみたいだ。遠くには新緑の山々の稜線が覗いている。
俺は浮遊魔法を解除し、ゆっくりと地面に降下していき、ついに天月湖へ降り立った。
「うーん! すごいみずみずしい空気を感じるなぁ! なんかマイナスイオンを浴びてるみたいだ!」
すっごいリラックスできていい感じ!
こういう湖のほとりにログハウスでも建てて、のんびりスローライフを送るってのもいいなぁ!
なーんてリラックス気分でいられるのもつかの間。
「ガルルゥゥ……!!」
背後から響くうなり声。
エルネがネコ耳をピクンと動かす。
「ケーゴさん! 魔物です!」
どこから俺たちの存在を嗅ぎ付けたのか、数十体のウルフの群れが現れた。
「チッ、人がせっかくスローライフ気分を味わってたってのに、空気読めよなぁ」
夢の異世界スローライフの空想に水を差された俺は、ガシガシと頭をかいて肩に乗るミニサイズのハリゾーに声をかける。
「やるぞ、ハリゾー。戦闘モードになれ!」
「はいな!」
ハリゾーはぴょーんとジャンプしたかと思うと、ボフンと煙に包まれる。
その煙が晴れた後には、数人背中に乗せられるくらいの巨大サイズに変貌を遂げていた。
エルネが何か口を開くのと、俺の防御魔法が展開するのは同時だった。
「わ、私も一緒に戦――!」
「危ないから、エルネは防御魔法の中で少し待っててくれ! 行くぞ、ハリゾー!」
「合点承知でやんすー!」
俺はエルネにドーム状の防御魔法を施し、巨大化したハリゾーと共にウルフの群れに駆け出した。
魔法を撃ち込み、ハリゾーがウルフたちを蹴散らす。
「あっ……」
魔物相手に無双する俺の後ろ。
エルネが一瞬手を伸ばし、力なく顔を伏せていたことに、俺は気が付かなかった。

