愚かな賢者の異世界ライフ ~神スキル【賢者】と破滅スキル【愚者】を同時に与えられたけど、気ままにスローライフを目指したい!~


 俺が手をかざすと爆発四散した水晶。

 俺が驚くよりも先に、受付嬢がダァン! とテーブルを叩いて立ち上がった。

「は、はぁぁあああああああああ!? す、水晶が爆発した!?」

 ハッ、と俺も意識を取り戻し、エルネや受付嬢に言った。

「お、おい、みんな大丈夫か!?」
「は、はい。ケーゴさんのおかげで私もハリゾーちゃんも無事です!」
「神速の防御魔法の展開、さすがご主人でやんすー!」

 水晶の破片が飛び散ったが、怪我人はゼロみたいだ。
 遅れて、反射的に周囲に防御魔法を展開していたのだと気付いた。

 だが、騒ぎ自体は隠すことはできない。 
 ギルドの冒険者たちはざわざわしながら俺に好奇の目を向けてくる。

「いや、つーかコレどうなってんだよ。この水晶に触ったら魔力が測定できるんだよな? でも俺、水晶に触る前に爆散したんだが……故障してたのか?」
「あ、ありえません! この測定器は先月新調したばかりの最新機器です! それに仮に壊れてたとしても、爆発するなんて見たことがありません!!」
「――騒々しいな」

 オロオロとする受付嬢の後ろ――ギルドの奥から、一人の屈強な男が現れた。
 スキンヘッドで、顔には傷がある、筋骨隆々の男だ。 

 受付嬢は声を上擦らせて言った。

「ギ、ギルドマスター!?」

 なに!?
 この男が、ギルマス!?

 ギルマスはフッと笑うと、俺の元へ歩んできた。

「俺はこの冒険者ギルドのギルドマスターをしている、グラゥドだ。よろしくな」
「ケーゴだ。よろしく、ギルマス」

 砕けて床に散乱する水晶の残骸を見下ろす。

「ほう……魔力測定器の水晶を破壊したのか」
「ああ。これって故障してたんだよな? なら、新しい水晶を持ってきてもらうことは――」
「いや、それは意味がない」

 ギルマスはきっぱりと拒否した。

「一度、王都の魔導闘技大会で見たことがある。王国最高の魔法使いが、旧型の水晶測定器を魔力だけで破壊するというパフォーマンスをな」
「……えっと、じゃあ測定する人間によって機械が壊れることもあるってことか?」

 ギルマスは砕けた水晶の破片を一つつまんだ。

「しかし、あの魔法使いが破壊した測定器はあくまでも昔使われていた旧型のもの。さらに破壊もヒビを入れて小さく壊す程度だった。が、この冒険者ギルドで使用されているのは最新型の測定器……しかも爆発させるほどの大破壊と来ている。さすがにこれは前代未聞だな」
「で、ですよね!? やっぱりあり得ないですよね、ギルドマスター!?」

 受付嬢が驚愕した顔で身を乗り出した。

 ギルマスはジロリと俺を見た。

「だが、冒険者登録をしたいなら登録時の魔力内容は記入する決まりだ。というわけで……」

 ギルマスはニヤリと笑みを浮かべる。

「ここは一つ、俺と一騎討ちの特別試験をやろうじゃねぇか!」
「……え? 特別試験!?」



 ○  ○  ○



 ギルド奥に設置された、コロッセオのようなちっちゃい円形闘技場。
 面積は体育館と同じくらいの広さだが――俺はその真ん中でギルマスと対峙していた。

「……なあ、これ本当にやらなきゃダメなのか?」
「無論だ! さあ、お前の強さを俺に見せてみろ!」

 ギルマスは剣を構えて俺に吠える。

「はあ……気は進まないがやるしかないっぽいな。アンタを降参させたらクリアなのか?」
「ああ、そうだ。もっとも……俺は今まで一度も降参したことはないがなッ! 試験開始だ!」

 ギルマスが剣を構え、俺に迫る。

「ちょ、いきなりかよ。ったく」

 俺は身体強化の魔法を施し、最小限の動作でギルマスの剣を躱した。

「なっ……! まだまだぁ!!」

 ギルマスは諦めず俺に剣を振るう。
 一糸乱れぬ連撃。

 しかし、俺はその全てを身体強化の魔法のみで紙一重で回避する。

「チッ、魔法使いのくせにちょこまかとすばしっこい奴め!」

 ギルマスが毒吐く。
 そして最後、トドメと言わんばかりの大振りの一撃が振り下ろされたところで――

「防御魔法!」
「ぐあぁっ!?」

 ガキィイイン! とギルマスの剣が弾かれた。

 ギルマスはジーンと腕から肘が痺れたように苦悶の表情を浮かべた、キッと俺を睨みつける。

「お、俺の渾身の一撃を受けてヒビ一つ入らねぇとは……やるじゃねぇか!」
「どーも。で、これで試験はクリアか?」
「ほざけ! まだ俺の本気はこんなもんじゃねぇ!!」

 ギルマスは魔力を全解放し、全身からオーラのような深紅の輝きが放たれる。

 瞬間、ギルマスの剣に炎がまとった。
 ごおごおと燃え盛る炎はどんどん勢いを強め、ただの剣が『炎剣』へと姿を変える。

「これが俺の本気だ! 覚悟しろ!」

 ギルマスが踏み込む。
 段違いの気迫と、本能的に感じる殺意。

「死ねぇぇええええぇぇええええ! 奥義――紅蓮斬(ぐれんざん)ッッ!!」

 凄まじい熱波と灼熱の一刀。

 業火の剣が俺に直撃すると同時、ドガガァァアアアアアアアアアアン!! と爆炎と爆風が発生する。

「はあ、はあ……これなら、さすがに……」
「別にノーダメージだぞ?」

 俺は風魔法で土煙を吹き飛ばす。
 そこには、防御魔法に守られた無傷の俺が立っている。
 が、周囲の地面は黒く焦げつき、抉るように破壊されていた。

「ば、馬鹿な……! 俺が長年磨いてきた奥義を持ってしても傷一つつけられねぇなんて……!?」
「どうやら、これで正式に終わりらしいな」

 俺はギルマスが握る剣を見る。
 と、剣にビキビキと亀裂が入り、粉々に砕け散ってしまった。
 恐らく、今のギルマスの『紅蓮斬』の衝撃に耐えきれなかったのだろう。

 砕けた剣を見下ろしたギルマスはしばし呆気に取られた跡、豪快に笑い飛ばした。

「ガッハッハ! 剣が壊れちまったか! これじゃもう戦うことはできねぇな!」
「じゃ、試験の結果は?」

 ギルマスはニッと笑い、俺の手を取って握手を交わした。

「無論、合格だ! 本来は俺が冒険者の力量を測ってAランクに相応しい実力があるか見定める試験なんだが、見事だったぞ! この俺の完敗だ!!」
「そうか……って、おい待て。Aランクの実力がどうとか言ったか? え、これって魔力測定器が壊れたから俺の魔力を測るだけの試験じゃなかったのか?」
「案ずるな! お前は十分にAランク冒険者の実力があるし、それどころかSランクにも到達しておるだろう! Sランク試験は俺の独断で与えられないのが口惜しいが、なぁにお前ならすぐにSランクに行けるさ!」
「いやんなこと聞いてねぇんだけど!?」

 俺はギルマスに文句をぶつける。
 が、どれだけギルマスを問い詰めても豪快に笑い飛ばされるだけだった。



 ○  ○  ○



「では、こちらがケーゴさんとエルネさんのギルドカードになります」

 ギルドの受付カウンターで、受付嬢から俺とエルネにそれぞれギルドカードが交付された。

「わあ、やりました! これで私たちも冒険者ですね!」
「ああ……そうだな」

 俺のギルドカードには、Aランク表記になっている。エルネはFランクスタートのようだ。

「あ、おいらも乗ってるでやんす! 正式にご主人の従魔になってるでやんすー!」

 俺の肩に乗るちっちゃいハリゾーが明るい声を上げた。
 俺のギルドカードには『従魔枠』が設けられており、そこにハリゾーの名がある。

 ザッ、と俺たちの前に大男の影が伸びた。

「初っ端からAランクスタートの者など、王国広しといえども片手で数えるほどしか前例がない。これからの冒険者としての偉業を期待しているぞ、ケーゴよ!」
「よく言うぜ戦闘狂オヤジが……!」

 つーか、さっきの試験中おもっくそ「死ねぇぇぇ!」って叫びながら奥義技を放ってきたよな?
【賢者】である俺だから防げたものの、あれ本気で殺しにきてただろ。

 ギルマスに対してもやもやが再燃してきたところで、俺はふとギルドにやって来たもう一つの目的を思い出した。

「そうだ。魔物の素材買取をしてもらいたいんだが、ギルドで対応してもらえるのか?」
「ああ、できるぞ。すでに解体済みか?」
「いや、解体はできていない。そのまま魔物の死体ごと回収してきた。結構デカめだ」
「そうか。ならこのカウンターでは手狭だな。ギルドの解体部屋に案内しよう。ついてきてくれ」

 俺たちはギルマスの後をついていく。

 そして、ギルドの隣にある倉庫のような建物に入ると、そこには大きな台がいくつか設置されていた。

「ここがギルドの解体部屋だ。この台に回収した魔物を乗せてくれ」
「分かった」

 俺は空間魔法を発動し、回収していたロックドラゴンの死体を出した。

 ズズゥゥン……!! と鈍く地揺れが起き、ギルマスが目をかっぴらいて絶叫する。

「こ、ここここれはまさか……ロックドラゴンかぁあああああああ!!?」

 ギルマスが俺の襟首をつかんでガクガクと揺らす。

「お、お前、コイツがどれだけ大物なのか分かってるのか!? あの『深き森』を支配する絶対王者なんだぞ!?」

 俺は呑気に答えた。

「あー、なんか前にエルネがそんなこと言ってたな」
「はい。ロックドラゴンは森の支配者で、絶対に誰も勝てない天災のような存在です。皆このドラゴンに怯えて暮らしていましたから……!」
「お、おいらもコイツはちょっと怖いでやんす……! せいぜい相討ちってところでやんすかね……!」

 ギルマスはペチペチとロックドラゴンの硬質な鱗を叩いて顔を引きつらせる。

「ケーゴは強い奴だとは思っていたが、まさかここまで規格外だとはな……! すごすぎる! こいつは驚かされたぜ!」
「で、どうだ? コイツを売りたいんだが、買い取ってもらえるか?」
「い、いや待て。このロックドラゴン全部の買い取りは無理だ! ギルドの有り金をかき集めても到底足りねぇ!」
「え、そんな大金になるんだ」

 俺の何気ない一言に、ギロリとギルマスが顔を向けてくる。

「おい、ドラゴンの価値を分かってないのか? ドラゴンは超高級品なんだぞ? なにせ体の部位で捨てるところがないほど素材効率が高いし、ドラゴン肉はこの世のものとは思えない絶品らしい。だからロックドラゴン丸々一体なんてこんな街のギルドの金庫から出せる額じゃねぇんだよ!」
「そ、そうなのか、すまん……」

 ギルマスは、はあっとため息を吐く。

「それにロックドラゴンの解体となれば普通の解体じゃ無理だろうしな。ウチのギルドで買い取れるのは、せいぜいドラゴンの尻尾部分だけだろうな」
「え、そんだけ!?」
「そんだけドラゴンは希少で価値が高いんだよ。つーわけだ、ケーゴ。ちょっと尻尾だけ魔法で切り落として残りは回収し直してくれ。どっか他のギルドか、物好きな貴族にでも売り付けてくるといい」

 むぅ、そういうもんなのか。 
 ドラゴンは思った以上に高価な代物らしい。

「分かったよ。それで、買取金はいつ貰えるんだ?」
「尻尾部分だけといえどもドラゴンだからな。まあ数日くらいを目処に考えといてくれ」
「いや、待ってくれ。俺たち今はほとんど手持ちがないんだ。ちょっとだけでも前払いしてもらえないか?」
「あん? 仕方ねぇな」

 ギルマスはポケットから金貨を数枚取り出し、俺に渡してくれた。

「そんだけありゃ数日分の生活費は賄えるだろ」
「悪いな、助かる」

 金貨を受け取った俺は、風魔法でロックドラゴンの尻尾から先を切断し、巨体を空間魔法に収納した。
 台の上には、ロックドラゴンの尻尾だけが残された形だ。

「ロックドラゴンの硬い鱗を容易く切断するとはすげぇな……さすがケーゴだ!」
「じっとしてくれてるなら、魔力を込めて力技で斬れんこともないからな」

 ロックドラゴンと相対した時よりも俺は【賢者】スキルを多少は使いこなせるようになった。
 魔力の込め具合で同じ魔法でも威力や規模が桁違いに変わることは実感している。

「正式な買い取り金は数日後に渡すことになるだろう。準備ができたらギルドから連絡を入れるから、時間がある時にまた来てくれ」
「分かった。ひとまず今日はここらで失礼するとするよ」
「おう! ケーゴも嬢ちゃんも良き冒険者ライフを祈ってるぜ!」

 ギルマスに見送られ、俺たちは冒険者ギルドを出た。

 エルネが俺を見上げる。

「これからどうしますか?」
「そうだな。とりあえず金も貰ったことだし、どこか宿でも探そうか」
「そうですね! わ、私、ケーゴさんなら同じ部屋でも良いですよ……?」
「いや、さすがに男女が同部屋はまずいだろ。金はあるから、別に節約する必要ないんだぞ?」
「むぅ、節約とかそういうんじゃなくて……」

 そう言って、俺はおもむろに歩き出す。

「ん? なにか言ったか?」
「~~~。なんでもないですぅ!」
「おいらも宿探し手伝うでやんすー!」

 そんなとりとめのない話をしながら、俺たちは賑やかに異世界の街を散策していくのだった。