愚かな賢者の異世界ライフ ~神スキル【賢者】と破滅スキル【愚者】を同時に与えられたけど、気ままにスローライフを目指したい!~


 ラグリム行きの馬車。
 ガタガタと揺れる車内で、商人のトルドーさんが笑顔で言った。

「それにしても、ケーゴさんは本当にお強いですね。冒険者ランクで言えば下手すればSランクに達する大魔法使いなのでは?」
「あはは、恐縮です」

 トルドーさんの賛辞にむず痒くなっていると、ふと馬車に積まれている多数の木箱が気になった。

「これは何を積んでいるんだ?」
「ああ、これは薬草やポーション類ですね。ラグリムの街から突然大量の仕入れがありまして。何でも、領主様が買い集めているとか」
「ふーん……ん? これは、本か?」
 
 俺の隣の木箱の蓋が開いていて、中に古びた本が敷き詰められていた。

「ああ、それは魔法書ですよ」
「魔法書!」
 
 なんとも異世界っぽいアイテム! 気になる!
 俺はキラーンと目を輝かせる。

「ちょっと読んでみても?」
「ええ、構いませんが、それはかなり古い文献のものでしてな。古代語で書かれているためまずは現代訳に解読しないと読めない難儀な代物なのですよ。取引先の古物商の仲介として運んでいるだけで、内容は私も知りません」
「ふーん、なるほど」

 俺はパラパラと魔法書のページをめくった。
 小難しい文章と見たことがない記号、それから魔法陣の解説などが載っている。

「ん~、これは……」
「ははは、やはりケーゴさんでも読めませんでしたか」
「いや、読むこと自体はできるんだけど」
「え……? あ、あの、それはどういう――」

 本のタイトルを見てみると、かすれているが『便利魔法解説読本』と読める。
 目次には、『整理整頓の章』、『シミ・シワ隠しの章』、『ズボラ家事の章』……などなど各種魔法の解説が章立てされていた。

(うーむ。なんかよく分からん魔法がたくさんあるが、俺の【賢者】があれば再現できるか?)

 俺は目次から適当に『整理整頓(タイディアップ)』の魔法を選び、試しに発動してみた。

「綺麗に整頓しろ――《整理整頓(タイディアップ)》」

 瞬間、馬車内にやや雑然と積み込まれていた木箱や商品たち一つ一つが、まるで意思を持つように動きだした。
 そして、それぞれが最適な配置へと自発的に収まり、馬車内はめちゃくちゃ整理整頓された気持ちの良い空間となる。

 が、トルドーさんはあんぐりと口を開けて驚愕していた。

「なっ、こ、これは……!?」
「『整理整頓(タイディアップ)』って魔法だよ。ま、そのまんま整理整頓するお掃除魔法だな。他にも何個か魔法の解説が載ってたけど、だいたい生活か美容? に関する内容っぽいぞ」
「は、はいぃぃぃ!? ケーゴさんは古代語を解読しただけでなく、今その場で読んだだけの古代魔法を再現したというのですか!?」
「まあ、そうだな。でも古代魔法ってほど大それたモンじゃないぞ。これただの生活魔法だし、言うなれば古代の女性向け魔法雑誌みたいな感じか?」

 トルドーさんと温度差がある俺に、護衛の冒険者であるレルゲンも呆れ混じりの苦笑を浮かべる。

「ははっ、ケーゴさんはとことん規格外だな」
 
 ま、多分これも【賢者】スキルのおかげだろう。
 感覚や直感で何となくイメージした魔法を使えるってのは随分と便利なようだ。

 そうして馬車で揺られていると、森から抜けた。
 広い草原の向こうに、石壁で囲まれた街並みが見えてくる。

「おお、あれがラグリムの街か!」

 馬車が門の前で停止し、俺たちも降りる。

 率先して冒険者のレルゲンが前に出て門兵に説明してくれた。

「……ってな訳で、コイツらが道中で襲ってきた盗賊たちだ。牢にぶちこんでおいてくれ」
「よっこいしょー、でやんすー!」

 ハリゾーは縛って団子にした盗賊たちを門兵の前に放り出した。

「ふー! ようやく邪魔な荷物を捨てられたでやんすー」
「ご苦労だったな、ハリゾー」
「ありがとう、ハリゾーちゃん」

 俺とエルネの二人でハリゾーの顔を撫で、若干のもふもふを楽しむ。

 そして俺は門兵に街へ入る手続きをしていったんだが……ここで問題が一つ。
 門兵がハリゾーに指をさした。

「……で、そのデカい従魔はどうする気だ? そんな大きさの魔物は街に入れないが」
「え"っ」

 そ、そうだったー!
 ハリゾーが巨大ハリネズミであることを完全に忘れてた!

 そうだよ、こんなバカデカい巨体の魔物が人通りが多い街を歩けるわけないじゃないか!

 どうするどうする、と頭を悩ませていると、ハリゾーが呑気な声で答えた。

「おいらの体の大きさが問題なんでやんすかー? だったらおいらミニサイズに縮むでやんすよー!」

 そう言うと、ハリゾーの体が淡く光り、みるみる内に体が小さくなっていく。
 そして、最終的には手のひらに乗るくらいのサイズになり、本物のハリネズミと全く同じくらいの大きさになった。

「うおぉぉぉっ! すげぇぇえええ! お前、縮むこともできたのかよ!?」
「ふふーん! おいらクラスの魔物ともなれば、これくらいお茶の子さいさいでやんす!」

 ハリゾーはぴょーんとジャンプして、俺の肩に乗った。
 俺は門兵に尋ねる。

「これなら問題ないか?」
「あ、ああ」

 無事に街に入れた俺たちは、トルドーさんやレルゲンたちと別れを告げる。
 その際にトルドーさんの商会の名刺を貰い、困り事があればいつでも来てくださいと歓迎する言葉を最後に、俺たちは別れた。

 俺はニッコリ笑顔で、バッと両手を広げた。

「にしても、ここがラグリムか! いいね! 想像した通りの異世界感!」

 レンガ造りの街並み、中世ヨーロッパ風の雰囲気。まさに異世界ファンタジー!

 ワクワク顔で満面の笑顔の俺に、エルネが尋ねた。

「まずどこに行かれますか?」

 目深に被ったフードの下からエルネの瞳と目が合い、俺は考える。

「そうだな。とりあえず路銀が欲しいところだし、ロックドラゴンの素材を売りに冒険者ギルドに行くか。それと今後の収入のためにも一応『冒険者登録』したいしな」
「分かりました、じゃあ冒険者ギルドに行きましょうか! 私、ラグリムには何回か来たことがあるので案内しますよ! それに、ケーゴさんが冒険者になるなら私も一緒に登録しようかな」
「お、サンキュー! これを機に俺たち二人で冒険者パーティでも組むか!」
「はいっ! お願いします!」
「おいらも! おいらも戦えるでやんすよー!」
「はいはい、お前にも期待してるよ」

 エルネは目深に被ったフードの下で笑顔を浮かべる。
 ……が、俺はその姿を見て複雑な心境になっていた。

 歩きながら、エルネに言う。

「なあ、エルネ。全身を外套で覆って身を隠してるのって……」
「……はい。私は獣人なので、嫌な顔をする人間もいます。何より、こんな獣人(わたし)を連れて歩いているケーゴさんにご迷惑がかかっちゃいますので……」

 獣人は差別の対象になっている、という話は前に聞いた。
 これまでは獣人の村にいたから気負うこともなかったが、やはり人間の街に来るとエルネは顔を晒して自由に歩けないらしい。

(うーん、せっかく可愛らしいネコ獣人要素を持ってるのに、それが拝めないのはすっげぇ損してる感じがする。っていうか、ずっとフードを被って生活するのはエルネにとっても負担だろうし、どうにかできないかな……ん、待てよ? そういやさっき読んだ魔法書で何か使えそうな魔法が乗ってた気が……)

 ハッ、と俺は閃いた。

「エルネ、ちょっといいか」
「? なんですか?」

 エルネはこてんと首を傾げる。

 俺が思い出したのは、先ほど馬車で読んだ古代魔法書だ。

 記憶を手繰るのは、目次にあった『シミ・シワ隠しの章』。
 この章をパラ読みした時に解説してあった魔法は――

 俺はエルネに手をかざす。

「エルネのネコ耳とネコ尻尾が他人から見えなくなるように隠れろ――隠蔽魔法!」

 ブォワン……! と鈍い音が鳴り、エルネの体を暗い靄《もや》のようなモノが覆う。
 と、すぐにその(もや)は晴れ、『隠蔽魔法』が完了する。

「よし、できた! エルネ、ちょっとフードを取ってみてくれないか?」
「え! い、いやダメです! フードを取ったら私のネコ耳がバレて――」
「大丈夫、誰もお前が獣人だとは思わない。俺を信じてくれ」
「……わ、分かりました。じゃあ……」

 エルネは震えつつ、意を決してバサッとフードを取った。
 ぴょこん、と可愛らしい桃色のネコ耳が反応する。

 ――が、通りがかる一般人は誰もエルネのネコ耳に気付かず、素通りしていく。 

「ど、どうして、誰も私が獣人だって気付かないんですか……!? 今までは気を抜くとすぐに誰かに見つかって酷いことを言われたり店から追い出されたりしていたのに……!」
「さっき読んだ魔法書に書いてた隠蔽魔法の効果だ。自分の体の隠したい部位をピンポイントで他人から認識されなくする魔法で、エルネのネコ耳とネコ尻尾を隠したんだよ」

 ま、あの本ではシワやシミを隠すための美容系の魔法として記載されてたけどな。
 獣人の特徴を隠す、って風にも応用が効くってことだ。

「す、すごいです……! 私、街でこんなに自由に伸び伸びと息が吸えたの初めてです……!! ケーゴさん、ありがとうございます!!」
「気にするな。俺もエルネの顔がずっと見えてた方がいいからな」
「ひゃう!?」

 俺はポンポンとエルネの頭を撫でた。
 うん、さらさらした髪とネコ耳の感触が気持ちいい。

 と、そんな話をしていたら物々しい看板が見えてくる。

「お、ここが冒険者ギルドか!」

 ドンッ! と建てられた大きな建物。

 早速、扉を開けて中に入ってみると、中は数多くの冒険者で賑わっていた。

「すげぇ! 冒険者がいっぱいだ!」

 大剣を担いだ戦士風の冒険者、ローブを羽織った魔法使い風の冒険者など、見た目もバリエーションに富んでいる。
 ギルド内は酒場が併設されていて、巨大なクエストボードにはクエスト用紙が無造作に貼りつけられまくっていた。

「よし、じゃあまずは冒険者登録から済ませるか」

 受付カウンターに赴くと、美人な受付嬢が対応してくれた。
 冒険者登録をしたいと伝えると、受付嬢はニコリと笑って。

「かしこまりました。それではこちらの書類の記入と、登録料として銀貨五枚を頂戴します」
「……え、ギンカゴマイ?」

 ヤ、ヤバイ!
 俺、金持ってない!

 焦る俺に、横からさっとエルネが硬貨を差し出した。

「あ、私お金持ってきてますよ!」
「エルネ! うぅ、すまない……!」
「いえ、むしろこれくらい払わせてください! 私も登録したいので、二人分でお願いします」

 俺はエルネに感謝しながら、登録に必要なプロフィールとなる書類を書いて提出。エルネも同じく提出した。

 すると、受付嬢は奥から丸い水晶が設置された機械をカウンターテーブルに置いた。

「では次に魔力測定を行います。これは冒険者としての戦闘スタイルに関わらず計測させていただく決まりとなっておりますので、順番に水晶に触れてください」
「わ、分かりました。それじゃあ私から……」

 エルネは恐る恐る、ぺたり、と水晶に手のひらをつけた。
 と、水晶の奥が微かに光り、やがて収まる。

「……はい、確認できました。エルネさんは平均的な魔力量と魔力濃度ですね。力も秀でているからどの職でも目指せるオールラウンダータイプですよ!」
「あ、ありがとうございます!」

 受付嬢は俺に笑みを向ける。

「それではお次はケーゴさん、どうぞ」
「あ、ああ」

 俺は少し緊張しつつ、手を水晶にかざした。

 ――その瞬間。

 バリィィイイイイイイイイイイイン!!

「……え?」

 小さく漏れた俺の声を切り裂くように、水晶がダイナマイトのように爆散した。