村でお祭り騒ぎの宴を開いた、数日後の朝。
「――よし、そろそろ行くか」
俺ははつらつとした笑顔で村の出口に立った。
今日、俺はこの獣人の村を発つ。
「ご主人、おいらも準備万端でやんすよ~!」
従魔になった巨大ハリネズミことハリゾーも、フンスと元気よく言った。
まあ俺もハリゾーも手ぶらで荷物がないから準備はすぐ終わるんだが。
「ケーゴ殿、もう行かれてしまわれるのですかな……?」
見送りに来てくれた村長が寂しそうな顔を浮かべた。
「ケーゴ殿ならいつまででもこの村におられても良いのですぞ?」
「ありがとうございます。お気持ちはすっごく嬉しいんですけど……俺、もっとこの世界を見て回りたくて」
異世界は広い。
今までブラック社畜として会社に閉じ込められていた分、異世界では色々な見聞を広めたいと思っている。
まあ、どこか良い場所があればそこに居を構えてスローライフ生活を送るってのも悪くはないんだけどな。
「それじゃあ、俺はそろそろ――」
「ケーゴさん!!」
背を向けて村を発とうとした瞬間、後ろから少女の声が響いた。
「エルネ!」
急いで来たのか、はあはあと呼吸を乱すエルネは、冒険者らしい装いをしていた。服の上から、フード付きの外套をまとっている。
俺の目をしかと見つめた。
「わ、私もケーゴさんの旅に一緒に連れていってください!」
「は? エルネを?」
エルネは力強く頷いた。
「いや、でもお前のお父さん――ガイウスが許さないんじゃないのか? それにお母さんのダイアナさんにも相談しないと……」
「それなら問題ないぞ」
「ええ、昨日エルネと話し合いましたから」
横からガイウスとダイアナさんが二人で現れた。
ガイウスがぐしゃぐしゃと頭をかきながらエルネを見る。
「……本当はエルネに外の世界を旅させるのは不安な気持ちもあるんだが。ましてや男と二人なんて……」
「ふふふ、ケーゴさんなら大丈夫よ。とてもお強いからエルネを守ってくださるわ。何より、エルネがケーゴさんと共に生きることを望んでいるんだもの。それに――」
ダイアナさんが俺の隣に来て、耳元で囁いた。
「もしエルネに手を出したら、ちゃんと責任は取ってくれますものね?」
「あ、ははは、勿論デスヨ。あれ、てかこれ俺に拒否権なし? もうエルネがついてくることは決定事項なの?」
エルネがたたたっと駆け出し、俺の前でペコリと頭を下げた。
「お願いします! ケーゴさんにご迷惑はかけないよう、できる限りのことは精一杯やります! だから、だからどうか――」
俺の知らぬ間に随分と外堀が埋められていたらしい。
だが、まあ……誰かと一緒に異世界を巡るってのも悪くないか。
俺はフッと微笑み、エルネに手を差し出す。
「分かった。エルネも俺と一緒について来てくれ。これからよろしくな」
「ケーゴさん……! はい! よろしくお願いします!!」
エルネは両手で俺が差し出した手を包み、握手を交わす。
周囲で見ていた人たちは皆、俺とエルネに笑顔を向けた。
「ご主人に仲間が増えたでやんす~! おいらとも仲良くして欲しいでやんす!」
「うん! ハリゾーちゃんもよろしくね!」
ハリゾーも、わーいわーい! と喜び、背中の針をぶんぶんと左右に揺らした。
それじゃあ、改めて。
「短い間でしたが、お世話になりました! 機会があればまたお会いしましょう!!」
俺はくるりと振り返り、村の獣人たちに手を振った。
「はい! またいつでもお立ち寄り下さい――――『賢者』ケーゴ様!!」
村長が大声で叫んだ別れの挨拶。
それに呼応するように、村人たちの別れを惜しむ声と新たな門出を祝う声が背中に浴びせられた。
(『賢者』、か……。他人からそう呼ばれるのは初めてだが、悪くないな)
俺は小さく笑みを浮かべる。
村人たちの熱い声に後押しされながら、俺・エルネ・ハリゾーの三名は街に向けて森を進んでいくのだった。
○ ○ ○
森を進み始めて数分後。
後ろに村の姿が見えなくなったところで、俺は立ち止まった。
「ちょっと話があるんだがいいか?」
「ケーゴさん?」
「どうしたでやんすか?」
エルネとハリゾーも足を止め、俺を見る。
「俺も村長から色々街の情報を聞いていたんだが、この山から一番近い人間の街は『ラグリム』って名前の場所だったよな?」
「はい。私がポーションなんかの買い出しに行く街で、村からは一番近い所です。とはいえ、道中のこの『深き森』が険しいので行き来には時間がかかるんですけど……」
そう、問題はこの森だ。
エルネと村に帰った時は俺の浮遊魔法で飛んで行って大幅ショートカットを挟んだからすぐに到着できたが、足で行こうとすると丸一日以上かかるのは必至。
そこで、だ。
「俺の『転移魔法』を試してみようと思うんだ」
ハリゾーがいたダンジョンから脱出する時に使用した転移魔法。
エルネがパッと顔を明るくさせる。
「いいですね! 転移魔法でラグリムの街まですぐに行けちゃうんですか?」
「いや、調べてみたんだが転移魔法は俺が一度行ったことがある場所しか指定できない仕様みたいなんだ。だから、俺とエルネが初めて出会った辺りの森までサクッと行こうかと」
「ご主人の転移魔法をまた体感できるでやんすか!? 楽しみでやんす!」
エルネもハリゾーも異論はなさそうだ。
じゃ、俺の【賢者】スキル熟練度を上げる訓練の一環として、転移魔法を発動だ!
俺たちの足元の地面に複雑な魔法陣が出現し、
――バキン!
視界が一転した。
相変わらず周囲は森だが、ちょっと雰囲気が穏やかというか、山奥特有の濃密な自然の息苦しさから解放された感覚だ。
近くには水辺もあり、川のせせらぎが聞こえる。
「よし、転移魔法もだいぶ慣れてきたな」
「わわっ、転移魔法は二回目ですけど、本当に便利ですね!」
「不思議な感覚で楽しいでやんす~!」
「ま、転移魔法でショートカットできるのはここまでなんだけどな」
と、ハリゾーが俺に大きな鼻先を近づけた。
「おいらも負けてられないでやんす! ここから先は、ご主人とエルネ、二人をおいらの背中に乗せて街まで運んであげるでやんす!」
え、つまり馬みたいに俺たちの足になってくれるってことか?
まあハリゾーはでっかいし走りも速そうな気はするんだが――俺は真顔でハリゾーの鋭い背中を見る。
「いやお前の背中に乗れるわけねぇだろ。針が刺さりまくって移動どころじゃねぇわ。拷問椅子か」
「そんなぁ~、何とかならいでやんすかご主人~! おいらもご主人の役に立ちたいでやんす~!」
「いだっ、痛ででででで! おぉい無理にすり寄ってくるな! 針がブスブス体に刺さる!」
ハリゾーのほっぺをぐいっと押し返して距離を取る。
俺は改めて冷静に考えた。
(まあ、せっかく従魔にしたハリゾーの力を使わないのはもったいないってのも一理ある。でもハリゾーの背中にまたがるのはケツと下半身を蜂の巣にする愚行。どうするか……)
――あっ。
「……一応、この方法ならハリゾーを乗りこなすことができる、か……?」
俺は微妙な笑みを浮かべ、エルネとハリゾーに視線を向けた。
○ ○ ○
「うっひょぉおおお~~! 森を走るの初めてでやんす~! どんどんギア上げていくでやんすよぉ~!!」
ハリゾーが猛スピードで森を突破していく。
巨体に似合わぬ速度で、魔物たちも寄せ付けぬ迫力で爆走。
そんなハリゾーの背中に、俺とエルネは跨がって乗っていた。
「エルネ、振り落とされるなよ!」
「はいぃぃぃ!」
エルネはガシッと後ろから俺に抱きついて、振り落とされまいと力を込めた。
バランスボールに乗るように大きく足を開いてバランスを取り、ハリゾーの背中のトゲトゲを掴んで耐える。
え、どうやってハリゾーの針まみれの背中の上に乗ってるのかって?
それは――
「いやぁ~、にしても考えたでやんすなぁ! ご主人とエルネ――搭乗者が自ら防御魔法をまとわせることでおいらの針を無効化するだなんて!」
そう、俺とエルネは体中の表面に薄い膜のような防御魔法を展開した状態でハリゾーの背中に乗っている。
これでハリゾーの針山を無効化するという寸法。
これほど繊細な防御魔法の展開はもちろん【賢者】スキルのおかげだ。
「……んん~?」
ハリゾーが走りながら首を傾げる。
「どうかしたのか、ハリゾー?」
「いやぁ、なにやらうっすらと叫び声が聞こえてきて……あ、ちょっと血の匂いもするでやんす」
「なんだと?」
ハリゾーはくんくんと鼻を鳴らし、耳の辺りをピクピクっとさせた。
「このまま真っ直ぐ行くと、もうちょっと走ったら鉢合うでやんす!」
叫び声に血の匂い……誰かが戦ってるのか!?
「……分かった。急いでそこまで向かってくれ!」
「合点承知でやんす!」
ハリゾーはさらに速度を上げ、草木をかき分けて進んだ。
そして、徐々に馬車のような物が見えてくる。
その馬車の周囲にはガラの悪そうな男たちが群がっていた。
そのリーダー格らしき男の下卑た声がかすかに聞こえる。
「とっとと出てきやがれクソ商人が! 積み荷と有り金を全部置いていくなら殺すのは見逃してやってもいいぞ!」
俺は目を細めた。
(なんだアイツら……盗賊か?)
馬車の周りには盗賊らに立ち向かう人間が三人ほどいた。
冒険者っぽい服装だ。
状況からして馬車の護衛だろうか?
「ま、こうも分かりやすい状況だとこっちも動きやすくて助かるが」
ハリゾーは速度を落とさず盗賊たちに突っ込んでいき、馬車に向かってぴょーんとジャンプした。
ふわりとした浮遊感。
盗賊たちが突如現れた巨大ハリネズミに驚愕する。
「な、なんだ!?」
「あんな魔物見たことないぞ!?」
「お、おい! 早く剣で斬り殺せ――!」
空中で静止する一瞬。
ハリゾーの背から顔を出した俺は、盗賊たちに向けて魔力を集約させた手を振り下ろす。
「一掃してやるぜ盗賊ども! 《ファイアボールショット》!!」
ドガガガガガァァアアアアアアアン!! と、無数の小さい炎の球体が盗賊たちに襲いかかる。
それはさながら空中からファイアボールの散弾銃を撃ち放つような光景。
盗賊たちはロクに回避も防御もできず、ファイアボールに撃たれていった。
「「「ぐぁああああぁぁあああああぁぁぁあああ!!」」」
盗賊は叫び声を上げ、バタバタと倒れていく。
安心しろ、峰打ちだ。
ややあって、ハリゾーが馬車の傍に着地した。
「大丈夫だったか、エルネ?」
「は、はい! 大丈夫です! そ、それよりも、あれって……盗賊ですか?」
「多分な。でも全員倒したから安心していいぞ」
「さっすがご主人でやんすー! 目にも止まらぬファイアボールの連射であっという間に全員ぶちのめしちゃったでやんすー!」
エルネとハリゾーが俺を褒め称える。
まあ、【賢者】スキルがあればそう難しいことじゃないさ。
俺はハリゾーから降りて、馬車に歩んでいく。
と、一人の屈強な男がやって来て、頭を下げた。
「あ、危ないところを助けていただき、感謝する」
「たまたま通りがかっただけだ」
「俺はレルゲンだ。こっちの二人とパーティを組んで冒険者をやっている」
レルゲンの後ろにいた冒険者二人が俺に感謝を述べつつペコリと頭を下げた。
「俺はケーゴだ。特に語れる職種はないんだが……まあラグリムの街へ行きたいと思っている」
と、俺の後ろでエルネの呟きが聞こえた。
「あ、人間……!」
エルネはささっと素早く外套のフードを目深に被り、顔を下げた。
(……そうか。エルネたち獣人を迫害したり差別したりする人間もいるから、頭についてるネコ耳とネコ尻尾を隠したんだな)
俺はエルネから視線を外し、努めて自然な感じで仲間を紹介した。
「あそこにいる女の子がエルネで、こっちのデカいハリネズミがハリゾーだ。二人とも俺の仲間だよ」
「そ、そうか。見たことがない魔物だが、凄まじい威圧感を感じる……! さ、さすがケーゴさんの従魔なだけはあるな……!」
と、俺はレルゲンたち冒険者メンバーが怪我をしているのに気付いた。
盗賊たちに斬りつけられたのか、体からところどころ血が流れている。
「怪我しているじゃないか。俺が治してやるぞ」
俺は冒険者たちに回復魔法を施した。
一瞬で傷が癒え、レルゲンたちは驚愕に目を見開く。
「なっ、体の傷が一瞬で治った!? こ、これほどの回復魔法を使えるだなんて、ケーゴさんは聖職者なのか!?」
「いやいや、全く。異世界じゃただの無職男だよ」
俺が苦笑で返していると、幌で隠された馬車の荷台がもぞもぞと動き――中から細身のおじさんが出てきた。
「み、皆さん……なんだか静かになりましたけど、盗賊たちはどうなりましたかな……?」
「あ、トルドーさん! 実は――」
レルゲンが細身のおじさん――トルドーさんに駆け寄り、事情を説明してくれた。
俺の活躍を聞いたトルドーさんは、信じられないものを見るような目をした後、急いで馬車から出て俺の前に出た。
「助けていただきありがとうございます……! 何とお礼を申し上げて良いのか……!!」
続けて、トルドーさんは丁寧に自己紹介をした。
「申し遅れました、私はトルドーと申します。王国で商会を営んでおります、商人でございます」
「よろしく。トルドーさんはもしかしてラグリムの街に行く道中だったり?」
「ええ、ラグリムの街に入る予定でしたが、もしかしてケーゴさんもラグリムへ?」
俺は頷きで返した。
(ラグリム行きならちょうどいいかもしれないな! 何か有益な情報でもないか聞いてみたい)
俺は笑顔で提案した。
「良かったら、一緒にラグリムまで行かないか? 色々と話を聞きたくて」
「も、もちろんですぞ! あっ、ただ……」
トルドーさんは悲しげに馬車を見た。
「実は、先ほどの盗賊のせいで馬車の車輪が壊れてしまいましてな……。幸い馬の方は無事だったのですが、このままでは動かせず立ち往生してしまいます」
「ふむ……」
近付いて見てみると、たしかに馬車の後輪が半分ほど崩壊していた。
(でも、これくらいの軽い修復なら何とかなるんじゃないかな)
やったことはないが、俺は車輪が元通りの形に復元するイメージで魔法を使った。
と、壊れていた車輪がみるみる内に修復されていき、あっという間に新品の車輪へと元通りになった。
「ほいっ、と。車輪は修復できたぞ。これで馬車も動かせるだろう」
「え、ええぇぇぇっ!?」
トルドーさんは驚きの声を上げて車輪に顔を近付けた。
「ほ、本当に直っている……!? あ、ありがとうございます! 馬車は商人の命綱ですから、ケーゴさんにまた命を救われた気持ちです……!!」
トルドーさんは涙を流して喜んでいた。
そんな所に、低い声がかけられる。
「だがよ、ケーゴさん。コイツらはどうする?」
レルゲンはくいくいっと親指で周囲に倒れている十数人の盗賊たちを指した。
「あー、この盗賊どもか……」
「一応、王国法では街の外で盗賊に襲われた場合は殺害しても罪に問われないことになってる。生きたまま衛兵に突き出した場合は報償金が貰えるし、冒険者なら実績もつくが……」
冒険者か。
俺は冒険者ではないが、もしなれるなら冒険者をやるのも悪くないと思っている。
魔物の素材を売る時も冒険者ギルドに行かなきゃならないみたいだしな。
それに何より、ここで"盗賊を殺す"という選択をした場合、破滅スキルである【愚者】がどんな最悪のトラブルを呼び込んでくるか分からない。
(【愚者】スキルがある以上、軽率な行動は命取りになりかねない。それも犯罪行為や反社会的行為に手を染めた暁には、嬉々として破滅的な未来に俺を突き落としてくれそうな気がする……! 【愚者】スキルのトラブルを避けられないのは同じだが、せめて善良な真人間として行動しないと本当に地獄の底まで落とされかねん……!!)
レルゲンは腕を組んで、難しそうな顔で言う。
「しかし、このまま放置していると魔物を呼び寄せるエサになっちまうし、殺して土に埋めるしかないかねぇ」
「待った!」
俺はビシッとレルゲンを手で制した。
「殺すのはナシだ。盗賊たちは全員捕縛してラグリムの街の衛兵に突き出す」
「え……まあ、そりゃあ構わねぇがどうやってこの人数を運ぶんだ? 馬車の荷台は荷物が積んであるし、さすがに十数人もの野郎どもを詰め込むスペースはないぞ」
俺はチラリ、とハリゾー見た。
「分かった。なら盗賊たちは皆まとめてハリゾーの背中に乗せていこう」
「ええー!? お、おいらでやんすかー!?」
すまん、ハリゾー。
こうするのが一番理に適っているのだ、許せ……!
ってな訳で俺は魔法で盗賊たちをまとめて縛り上げ、防御魔法でコーティングしてからハリゾーの背中に詰め込んだ。
俺とエルネは馬車の荷台に乗せてもらい、ほどなくして再出発。ハリゾーは不服そうだが、文句は言わずついてくる。
エルネはぴったり俺の隣にくっつきながら、俺たち二人はガタガタと馬車に揺られてラグリムの街まで向かっていくのだった。

