体長は数メートルほど、背中の上に5~6人くらいなら乗れそうな大きさ。
だが、体はもふもふではない。
いや、腹部のあたりはもふもふっぽさがなくもないが、メインとなる背中部分は無数の針が立ってトゲトゲである。
そう、ダンジョンボスとして立ちはだかるこの生き物の名前を俺は知っていた。
「――いやコイツ、異世界で巨大化したただのハリネズミじゃねぇか!!」
ダンジョンボスがどんな魔物なのかと思っていたが、こんな奴が出てくるなんて予想外過ぎるだろ!?
巨大ハリネズミは後ろ足で立ち上がり、ヒグマのように両手を広げて威嚇した。
「はーはっはっはー! おいらと出会ったのが運の尽きでやんすよー! お前たちはここで全員を命を落とすのでやんすー!!」
「運の尽き、だと……!?」
『運』というワードをキッカケに、俺の脳裏に一つのスキル名が浮かぶ。
――【愚者】。
超絶不運に陥り、あらゆるトラブルを呼び込むことで持ち主の願いを妨害するこの破滅スキル。
俺はギリリッと歯を噛み締めた。
(この【愚者】スキルのせいで俺が思い描いていた理想のもふもふ魔物は現れず、なんかその変異種みたいなハリネズミ野郎が現れましたってかーー!?)
そんなサプライズいらねぇんだけど!
ここは順当にフェンリルみたいな定番のもふもふ魔物とか来いよ!!
「ケ、ケーゴさん、あの魔物とんでもないオーラを感じます……!」
「あ、ああ、見てくれからして奴はタダ者じゃねぇぞ。ランクは最低でもA……下手したらSランクに到達してる可能性すらある……!!」
エルネとガイウスは絶望したような顔で巨大ハリネズミを見上げた。
いやアイツ、ただのデカいハリネズミだよ?
なんでそんなにビビってんの??
(え、これ俺がおかしいのか? もしかしてハリネズミに似た凶悪な魔物だったりする? うーん、少し気になるが……あ、そうだ。初めて使うが、『鑑定魔法』で調べてみたりできるかな?)
万能のチートスキルである【賢者】スキルを利用し、『鑑定魔法』を発動。
巨大ハリネズミの鑑定結果がウィンドウで表示された。
―――――――――――――――――――
種族:ジャイアントヘッジホッグ
ランク:SS
説明:巨大なハリネズミ。鋭い刺は易々と人の体を貫通するほどに危険で、タフな肉体とスタミナを有する。
―――――――――――――――――――
「お、出た出た! なになに、奴の種族はジャイアントヘッジホッグ……ってやっぱりデカいハリネズミじゃねぇか!」
「む? 何を怒ってるでやんすか?」
巨大ハリネズミが小憎たらしい顔で首をかしげた。
奴の正体は予想通りのハリネズミだったが、鑑定魔法は思ったよりも簡素な情報だな。
俺自身のステータスはもう少し詳細に見れた気がするが、どうやら他のモノ相手だとこれくらいの鑑定しかできないようだ。
「ふっふっふ。ま、そろそろお喋りはおしまいでやんすよ。おいらの力、その身でとくと味わうがいいでやんすー!」
巨大ハリネズミはぐるんと身を丸め、トゲトゲの針を剥き出しにして俺たちに転がってきた。
「食らうがいいでやんす! ローリングアタック!」
俺は咄嗟に手を前に出した。
「《防御魔法》!」
展開された防御魔法に、ゴロゴロと転がって突進してきた巨大ハリネズミがぶつかる。
「ケーゴさん、ありがとうございます!」
「す、すげぇな。あんな化け物の突進をいとも容易く防いじまうとは!」
ガゴォン! と防御魔法に衝突して止められた巨大ハリネズミは空転しながら言う。
「むむっ! なかなかやるでやんすね! だったら、おいらも本気を出すでやんす!」
巨大ハリネズミは一度距離を取り、ギュルルルルル!! と回転速度を上げた。
ホイールのように猛烈に回転する巨大ハリネズミは、縦横無尽にダンジョン内を疾走する。
「全員死ぬがいいでやんす! 必殺、ローリングキラーアターック!!」
さっきよりもギアを上げた巨大ハリネズミ。
まともに食らえば人間などミンチになりそうな威力だ。
が、俺は真顔で土魔法を発動した。
「はい、《落とし穴》」
「ぬわぁあああぁぁあああぁあああ!?」
地面に一瞬で落とし穴を作り、巨大ハリネズミはローリングしながら突然現れた穴に落っこちていく。
強気なことを言っていた巨大ハリネズミは、情けない声を出して即席の落とし穴の中に消えた。
エルネとガイウスが、俺の後ろで困惑する。
「……えっと……」
「……倒した、のか……?」
「どうだろうな。ちょっと覗いてみるか」
俺は落とし穴の縁まで行き、底を見下ろした。
エルネとガイウスも穴を覗く。
そこで俺たちが目にしたのは――
「きゅうう~……め、目が回るでやんすぅ~……?」
ぐるぐると目を回してぐったりと横たわっている、可哀想な巨大ハリネズミの姿があった。
え、これでダンジョンボス倒したってことでいいの?
○ ○ ○
「いやぁ、天晴でやんす。このおいら、潔よく負けを認めるでやんすよ」
俺たちの前に、申し訳なさそうな顔をした巨大ハリネズミがペコリと頭を下げた。
しょももも、とした雰囲気の巨大ハリネズミを俺たち三人で眺める。
(――って、いやなんで俺はコイツを助けてるんだ!? なんか流れでトドメを刺すタイミングを失ってたけど!)
俺たちの目的はダンジョンボスを討伐すること。
コイツを生かしておくとダンジョンが消滅せずに獣人の村が危機的な状況に陥ってしまう。
少し可哀想だがやるしかないか……? と覚悟を決めかかったところで、巨大ハリネズミがバッと顔を上げた。
「そこでお願いがあるでやんす! どうかおいらをご主人の従魔にしてほしいでやんす!」
「……はあ!?」
従魔!?
なんで突然そんな話になるんだ!?
「おいら、ご主人の圧倒的な強さに感銘を受けたでやんす! このおいらの必殺技も容易くいなすその魔法、きっとただ者ではないはず! どうか、おいらを弟子にして欲しいでやんす!」
「いや、弟子とか取らない主義なんだけど……」
「ダメでやんすか……?」
ぐっ、そんなつぶらな瞳をうるうるさせて懇願してくるな!
なんかちょっと可愛く見えてきちゃうだろ!
「ケーゴさん、どうするんですか?」
「強さは本物だが、相手はダンジョンボスだぞ……?」
エルネとガイウスの二人が俺に視線を向けてくる。
俺はううむと少し考えた後、結論を出した。
「……分かったよ。俺が求めてたもふもふ魔物とは微妙に異なるが、初めてコミュニケーションが取れた魔物だからな。それにハリネズミも可愛いっちゃ可愛いし、俺のスローライフを彩る一つの癒しになってくれる! ……はず」
「本当でやんすか!? やったでやんすー!」
巨大ハリネズミは万歳してぴょんぴょん飛び跳ねる。
ドシンドシンとダンジョンが揺れた。
「では、従魔契約完了の証として、おいらに名前をつけて欲しいでやんす!」
「名前? またいきなりだな」
キラキラと期待する目で見つめてくる。
まあ、ずっと『巨大ハリネズミ』呼びじゃ味気ないか。
「じゃあ――――"ハリゾー"とかどうだ?」
5秒で考えたようなインスピレーション全振りのネーミングだ。
「ハリゾー! 最高の名前でやんす! おいらは今日からハリゾーと名乗るでやんすー!」
巨大ハリネズミ――ハリゾーは大喜びしていた。
と、俺とハリゾーの体が淡く光り、繋がりのようなものを感じる。
従魔契約が完了したのかな?
ブォン! と俺の前にウィンドウが自動的に表示された。
――――――――――――――――――――
名前:向井慧吾
種族:人間
魔力:999999
攻撃力:500
防御力:500
敏捷性:500
賢さ:100500
運:-100000
スキル:【賢者】、【愚者】
従魔:ハリゾー〈ジャイアントヘッジホッグ〉
――――――――――――――――――――
ステータス欄の最下部に、新たに『従魔』という項目が追加されていた。
そこにハリゾーの名前がある。
「無事にハリゾーと従魔契約は結べたっぽいな」
「良かったですねケーゴさん!」
「ダンジョンボスを従魔にしちまうなんて、規格外過ぎるぞ!」
エルネとガイウスが言った。
ともかく、これで一件落着でいいのか?
「ま、今日は一旦村に帰ろうか――」
その瞬間。
ゴゴゴゴ……! とダンジョン全体が揺れだした。
「な、なんだ!?」
突如発生した地鳴りと地揺れ。
と、ハリゾーが叫んだ。
「ど、どうやらおいらがご主人の従魔になったことで『ダンジョンボス』としての役割が消えてしまったようでやんす! そのせいでダンジョン内の魔力システムが乱れて、ダンジョンが崩壊しかけているでやんす!」
「なにぃ!?」
ってことは、ダンジョンからは"ダンジョンボスを討伐した"ってことで処理されてんのかよ!?
「おい、どうにかなんねぇのか!?」
「む、無理でやんす~! そもそも、ダンジョンボスを従魔にするなんて多分この世界でご主人が初めてでやんすも~ん!」
「テメェから言い出したんだろが!? クソ、前例ねぇのかよ!!」
ドゴォン! ドゴォン! と天井から崩落した岩がランダムに落ちている。
床も壁も天井も、ビキビキビキと亀裂が発生して完全崩壊まで秒読みの様相。
(どうする! 考えろ俺! たぶん今から急いでダンジョンの入り口まで走っても間に合わねぇ!)
その時、一つのアイディアを閃いた。
実現可能かどうか分からないが、もうこれに賭けるしかない!
「皆、俺の元に集まってくれ!」
「は、はい!」
エルネが真っ先に俺に抱きついてきた。
「な、なにをする気だ?」
「妙案を思いついたでやんすか!?」
ややあって、ガイウスとハリゾーも俺の元に集まった。
俺は【賢者】スキルの力をありったけ発動させる。
「一か八か、コレしかない! 俺たち全員をダンジョンの外に放り出すイメージで――発動、《転移魔法》!!」
キィン! と俺たちの地面に複雑な魔法陣が出現した。
その魔法陣がぐるぐると回転し、光の粒子が浮かび上がる。
と同時、ドガガァァアアアン! とダンジョンの天井が完全に崩落した。
「わぁあああああ! 岩に押し潰されちゃうでやんすぅうううううう~!!」
ハリゾーの情けない叫び声が響いた、その瞬間。
――バキンッ!
ふわっ、と浮遊感を覚えた。
直後、トスッと着地。
足裏に軽い衝撃を感じ、無事に立っていることを実感。
目を開けると、辺りは深い森に覆われていた。
「わぁあああああん! もうおしまいでやんすぅううう~…………って、アレ?」
「こ、ここは、森ですか?」
「えっ、でもさっきまでダンジョン最深部にいたはずだが……」
困惑する皆に、俺は生還した喜びに笑みを浮かべて力強く告げた。
「せ、成功だ! 転移魔法でダンジョンの外に脱出したぞ!」
「て、転移魔法!? それって、王族や貴族しか使用を許されていないっていう、あの超高度魔法ですか!?」
「さ、さすがはケーゴさんだな……!」
「ご主人のおかげで助かったでやんすー!」
そんな凄い魔法だったのか?
無我夢中で発動したが、おかげで便利な魔法を一つ知れたな。
「あ、ダンジョンは……」
すぐ近くにはダンジョンの入り口が見えた。
が、次第に地面の震動が広がっていき、ガラガラと岩が落下してダンジョンはぺちゃんこに押し潰された。
ダンジョンの入り口だった穴は、今や巨大な岩と土砂が詰まっている。
「……ダンジョン自体も潰れたようだし、もう魔物も外に出てくることはなさそうだな。これで本当に一件落着だ」
俺は達成感を覚えなから、はあっと大きく息を吐いた。
「じゃ、村に帰ろうか。村長に色々と報告しなきゃならねぇことがあるし。ダンジョンのことや……ハリゾーのこととかな」
そうして、俺たちは帰路についた。
色々とイレギュラーは発生したが、全員無事に帰れたから御の字だな。
○ ○ ○
「――ってわけでして、ダンジョンボスのコイツを俺の従魔にしました。そのせいでダンジョンは自然消滅したので、もうダンジョンから魔物が出てきて村に悪さをすることはありませんよ」
「よろしくでやんす~」
村の広場までハリゾーを連れてきた俺は、事のあらましを村長に説明した。
村長は驚愕の表情で俺とハリゾーを交互に見る。
「な、ななななんと!? そ、それは誠ですかケーゴ殿!?」
「はい」
「ホントでやんすよ!」
苦い顔でガイウスが一歩前に出る。
「村長、俺もずっと一緒についてました。ケーゴさんが言っていることは全て真実です」
「私もこの目で一部始終を目撃しました! ケーゴさんはとてつもなく凄い方です!!」
エルネも証人として加勢してくれた。
村長はいまだに信じられなさそうに驚愕していたが、無理やり飲み込んだように俺の手を握った。
「まさか半日もかからずダンジョン攻略を成し遂げてしまわれるとは、ありがとうございます……! ケーゴ殿のお力添えに、村を代表して多大なる感謝を……!!」
心の底から感謝を告げるような村長に、俺も「気にしないでください」と返した。
すると、村長はバッと顔を上げる。
「そうと決まれば今夜は宴ですな!」
「え、宴?」
「ええ! 村の者総出でケーゴ殿をおもてなしさせていただきますぞ! のう、皆の者よ!!」
「「「うぉおおおおおお! ケーゴさんのために宴の準備だぁあああああ!!」」」
いつの間にか周囲に集まっていた村人たちが一斉に叫んだ。
(ダンジョンのせいで村人たちは困ってたとは聞いてたが、えらい喜びようだな。ダンジョンの存在は思ってる以上に深刻だったのか)
だが、ダンジョンは消えた。
俺が消した。
これでもう、ダンジョンに怯える暮らしとはおさらばだ。
俺は喜ぶ皆の後ろ姿を眺めながら、小さく微笑む。
――その夜。
獣人の村はどんちゃん騒ぎの宴の声が響き、俺は村人たちと親睦を深めて豪華な晩餐を楽しむのだった。

