「これはこれはケーゴ殿。わざわざお呼びだてしてすまんかったのぅ。どうぞ、楽にしてくだされ」
ガイウスに村長宅まで連れてこられた俺は、座敷のような場所で村長と対面した。
村長はヨボヨボの男性で、九十歳くらい言ってるんじゃないかという風貌。しかし肌はところどころ鱗のようなものが光り、頭からは控えめな角が二本生えている。
「儂は村長のモーリスと申します。蜥蜴人の老いぼれではありますが、この村を治めておる者ですじゃ」
「初めまして、ケーゴです。昨日から村でお世話になってます」
自己紹介を返す。
楽にしろ、と言われたので、お言葉に甘えて座敷にあぐらで座った。
「ケーゴ殿はダイアナの病を治癒してくださったそうな。それだけでなく、エルネを『深き森』で護衛してくださり、道中ではロックドラゴンまで倒されたとか……」
「いえいえ、どれも成り行きですから気にしないでください。困ってる人は放っておけませんしね」
「獣人や亜人の者らにも平等に慈悲をかけてくださるとは、なんと清きお心なのか……! 深く、感謝を……!」
そして、村長は部屋の片隅に立つガイウスに目を向けた。
「して、ガイウスよ。例のダンジョンについてはもうお伝えしたのか?」
「いえ、まだ話しておりません」
ガイウスの答えに、村長は「ふむ」と頷いた。
そして、村長が俺の目を見る。
「……ここまで幾度も我らに救いの手を差しのべてくださったというのに本当に情けない限りなのですが、今一度ケーゴ殿のお力をお借りできないでしょうか……?」
村長が懇願するように頭を下げた。
事態が飲み込めない俺は、ひとまず詳しい話を聞くことにする。
村長がぽつぽつと話し出した。
「実は、先日から村の近くの森に『ダンジョン』が発生したのです」
「ダンジョン!?」
異世界の定番キター!
ダンジョンっていったら、あのダンジョンだよな!?
モンスターとかが湧いてくる洞窟みたいな場所!
テンションが高まる俺とは対照的に、村長は沈痛な面持ちで続けた。
「時折そのダンジョンからあふれ出した魔物がこの村を襲うようになったのです。今までは何とか食い止めていたのですが、日に日に魔物の数と強さが上がり続けておりまして……このままでは近い内に村が魔物たちに食い荒らされてしまいます!」
村長は涙を滲ませながら、俺に土下座する勢いで頭を下げた。
「ですので、どうか! どうか! ケーゴ殿にダンジョンを挑んでいただき、主である『ダンジョンボス』を討伐してきてはくださりませんでしょうか!!」
「俺からも頼む……! ケーゴさん、アンタの力で村を救ってはくれねぇか……!!」
ガイウスも深々と頭を下げた。
(突然の依頼だが……村が困ってるならできる限りの手助けはしようかな。一応、世話になってる村だし)
俺は決意する。
「分かりました。倒せるかは分かりませんが、とりあえずダンジョンに向かってみます!」
それに異世界の『ダンジョン』がどんなモンか見てみたいしな!
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「恩に着る、ケーゴさん!」
再度、村長とガイウスが頭を下げて感謝を述べた。
そうと決まれば、早速ダンジョンに向けて出発だ!
○ ○ ○
俺は村長宅を出た足でそのまま森に向かった。
そして、深緑の草木を眺めながら、冷静に一言。
「――で、何でお前らが一緒に来てるんだ?」
俺は目の前にいる二人――ガイウスとエルネにジト目で尋ねた。
ガイウスは胸を張って槍を装備し、エルネはビクッと肩を跳ねさせる。
「何でって、俺がいなきゃダンジョンの場所が分からねぇだろう? ダンジョン攻略においても、足手まといにゃならねぇよ」
「わ、私は解体が得意なので、ケーゴさんが倒した魔物をその場でサクッと解体できちゃいますよ! そ、それに薬草や鉱石なんかにも詳しいので、ダンジョンに生えてるレアな素材とか見つけられるかもしれません!」
まあガイウスの同行理由は頷けるんだが、エルネは……。
そんな俺の思考を察したのか、ガイウスがやれやれと首を振る。
「……ぶっちゃけ、俺もエルネが来るのは反対なんだが、いくら言っても聞く耳をもたなくてよ。こうなりゃエルネは頑固なんだ。そもそも、どこからダンジョンに行くことを聞き付けたんだか……」
いや、そこはもうちょっと頑張って説得しろよ!
アンタ父親だろ!
「ケ、ケーゴさん。私、少しでも役に立ちたいんです。これまでずっとケーゴさんにおんぶに抱っこ状態だったから、せめて私に何かできないかなって……」
エルネはネコ耳をへにゃりとへたらせながら俺を上目遣いで見上げた。
うっ、そんな捨て猫のような瞳で見つめられたらNOと言いにくいだろ……!
「はあ……分かったよ。でも、俺も無理をする気はない。エルネがいるなら尚更だ。だから危険だと判断したらすぐに引き返す。約束できるか?」
「はい! ケーゴさんの指示に従います!」
「俺も賛成だ。そもそも、いくら最近誕生したダンジョンとはいえ、一日で突破するなんざ不可能だろうからな。今日は様子見程度で構わない」
そんな訳で、俺たちはガイウスの先導の元、山を進んだ。
どんどん森の奥深くへと潜るように進みながら、俺はガイウスの背中に問いかける。
「確認だが、ダンジョンには『ダンジョンボス』とかいう魔物がいるらしいけど、そいつを倒せばダンジョンは消えるのか?」
「ああ。ダンジョンボスがダンジョンを維持する魔力源だからな。ダンジョンボスがダンジョンからいなくなれば、ダンジョンもダンジョン産の魔物もほどなくして自然消滅する」
なるほど。
つまりダンジョン攻略というのはダンジョンボス討伐とイコールで考えて良さそうだな。
「ちなみに、ダンジョンボスに関して何か情報はあったりするのか? 見た目とか種族とか」
「うぅむ……たしかダンジョンボスらしき魔物がダンジョンの入り口付近をうろついてる姿を見た村人がいたな。そいつの話では……もふもふだったか、ぼふぼふだったか……とにかく、奇妙なシルエットをしていたらしいぞ」
「なに! もふもふだと!?」
異世界のもふもふ魔物!?
それってもしやフェンリルとかそういう定番の魔物か!?
(俺の目的は異世界で自由気ままにスローライフを送ること……そのお供として、もふもふ魔物は最適かもしれない!)
村長には討伐を依頼されているが、もし和解できそうなら俺の従魔にしても良いかもしれんな。
まあ、ダンジョンボス相手にそんなことができるのかは不明だけど。
「……ケーゴさん、何か悪い顔をしています」
「ソンナコトナイヨ?」
目敏いエルネから顔を背け、俺は口笛を吹いて誤魔化す。
まあ、全てはダンジョンボスと対峙しなきゃ始まらない。
もし従魔にするのが難しかったり、噂と違うキモ魔物だったりした時は、容赦なく【賢者】スキルで葬るとしよう。
○ ○ ○
森を進むこと小一時間。
俺たちは、大きな岩壁にぽっかりと空いた闇の空間の前に立った。
「ここがダンジョンか……!」
人生初ダンジョンに、高揚感と緊張感が高まる。
「幸いにも道中は魔物と遭遇しなかったが、ダンジョン内ではそうはいかない。奇襲も考慮し、いつでも戦えるよう準備をしておいてくれ」
ガイウスの言葉に気を引き締める。
エルネも装備していた護身用兼解体用のナイフを握った。
(ダンジョンの魔物は奇襲もしてくるのか。それはより一層注意しないとな……ん? いや待てよ? 要は、俺が先に魔物の位置を補足できれば問題ないんじゃないのか?)
魔物の位置を調べるイメージで、【賢者】スキルを行使すれば――!
「ものは試しだ。思い付きだがやってみよう。魔物を索敵する――《探知魔法》!」
ビィィィン……! と、脳内にダンジョンのマップが構築されていき、ポンポンポンと赤いアイコンが大量に現れた。
(できたぞ! この赤いアイコンが魔物だ!)
「あのぉ、ケーゴさん?」
「急にうんうん唸ってどうしたんだ?」
不思議そうに俺を見る二人に説明する。
「俺の探知魔法で魔物の位置を調べた。ここから五十メートルほど進んだ先の岩影に二十体ほど魔物が集まってる」
「なんだと!?」
「そ、そんなことまでできちゃうんですか!? 探知魔法なんて、それ専門の魔法使いの方を雇わないと使えない貴重な魔法なのに……凄すぎます!!」
「そうなのか?」
異世界の魔法の基準値はいまいち分からんが、探知魔法はレア魔法みたいだな。
さすがは【賢者】のチートスキルだ。
(いや、待てよ? 今回のこのダンジョン攻略、俺の【賢者】スキルがどれくらい使える幅があるのかテストする良い機会になるんじゃないか?)
魔物も大量に出てきそうだし、色んな属性の魔法を試すには丁度いいな。
「よし、ダンジョン内は俺が先頭になって進むことにしよう。それの方が安全性が高いからな。あ、それと二人には防御魔法もかけておくか」
二人それぞれに防御魔法を施した。
二人の体が一瞬ぽわんと光る。
「こ、これは何だ……?」
「防御魔法をお前らの体の表面をなぞるように展開した。それがあれば大抵の攻撃は防げるはずだ。身体の動作に支障はないから好きに動き回ってくれて問題ない」
「そ、それって聖女様が使うようなレベルの高ランク防御魔法じゃないですか!?」
「……ケーゴさんはつくづく規格外だな」
そんなに驚くことなのか。
【賢者】スキル様々だな。
いよいよ俺は薄暗いダンジョンに足を踏み入れる。
「ふむ、中は思ったより暗くて視界が悪いな。明るくするか。光魔法――《ライト》!」
俺の頭上に光の球体が浮かび上がり、俺たちの周囲を眩しくない程度に明るく照らした。
そして、ダンジョン入り口から五十メートル地点。
俺の探知魔法に引っ掛かった魔物たちが唸り声を上げながら進路を塞いできた。
「「「グルルゥゥゥ……!」」」
見たところ、ウルフの群れのようだ。
「あ、あれはワイルドウルフです!」
「しかも群れならBランク相当だ、油断できんぞ!」
後ろでエルネが叫び、ガイウスが槍を構えた。
身を屈めて乱杭歯を覗かせるウルフたちに、俺はニヤリと笑う。
「ウルフか。俺の【賢者】スキルを試すのに絶好の的だな」
とはいえ、あまりド派手な魔法を使うとダンジョンが崩落してしまうかもしれない。
ここはできるだけ周囲に被害を与えず、ウルフだけを効率的に狩り尽くす攻撃魔法にチャレンジしたいところだ。
「となると、アレを試してみるか」
「「「グルルァァアアアアア!!」」」
ウルフの群れが一斉に俺に飛びかかってきた。
が、俺は努めて冷静に魔法を発動した。
「ウルフを殲滅しろ。氷魔法――《アイススピア》!」
ガキキキキキィィイイイン! と大量の氷が生み出され、空中を飛んでいたウルフの群れに突き刺さった。
視界が氷結に染まる。
「「「グルルァァアア……!!」」」
宙を飛んでいたウルフは氷の刺で串刺しになり死亡し、地に留まっていたウルフは瞬く間に氷漬けになって固まった。
「お、成功だ。ダンジョンに被害もないし、結構いい感じだな」
俺が一人で満足していると、ガイウスとエルネが呆気に取られたように驚愕した。
「す、すげぇ……! なんだその魔法は!?」
「こ、氷ですか? こんな魔法、初めて見ました……!!」
どうやら氷魔法は珍しいみたいだな。
「【賢者】スキルの賜物だな。倒したウルフは空間魔法で回収しておくか」
「あ、ちょっと待ってください!」
エルネがナイフを手に飛び出し、近くのウルフの死体に駆け寄る。
どうしたんだろう? と思っていると、エルネが素早くウルフの体の一部を解体して何かを取り出した。
エルネの手には、赤い石ころのような物が乗っていた。
「なんなんだそれは?」
「これは『魔石』です!」
魔石!
異世界ファンタジーで聞いたことがあるアイテムだ!
「ウルフを空間魔法で回収するなら、魔石と分けておくと便利ですよ。魔石は時間が経つとすぐに劣化し始めますから、魔物を倒した直後に剥ぎ取るのがベストなんです!」
「へぇ、魔石にも鮮度があるんだな」
(ただ、多分俺の空間魔法には状態保持効果もセットでついてるような気がするから大丈夫な気もするが、せっかくエルネが来てくれたんだしお言葉に甘えるか)
エルネがシュバババとウルフたちの魔石を素早く剥ぎ取り、俺に渡してくれた。
じゃらじゃらと赤い小石がたくさん俺の手に乗っている。
「もうウルフの群れの魔石を全て剥ぎ取ったのか? 凄まじい早業だな」
「えへへ、昔から解体には自信があるんです!」
エルネは照れ臭そうに笑う。
俺は改めて魔石とウルフの死体を回収した。
「じゃあ、気を取り直して先に進むとするか」
「はい!」
「おう!」
その後も、探知魔法で探りながらダンジョンを進んでいく。
出現する魔物はウルフを筆頭に、ゴブリン、コボルト、オーク、スライム、スケルトンなどなど、バリエーション豊かに襲ってきた。
それに対して、俺も氷魔法や風魔法、雷魔法などを駆使して穏便に倒していく。
倒した魔物はエルネに素早く魔石を剥ぎ取ってもらい、エルネの護衛はガイウスに任せて進めそうなところまで進み続けていると――――
「……ついちまったな、ダンジョンのボス部屋」
俺は扉のような形状のドデカイ岩壁を見上げながら呟く。
念入りに探知魔法で調べてみても、ここでダンジョンは行き止まりだった。
つまり、ダンジョンボスはこの扉の先にいる。
「ま、まさか初日でダンジョンのボス部屋まで到達しちまうとは、信じられないな……!」
「さすがケーゴさんです!!」
口元を引きつらせて言うガイウスと、逆に目を輝かせて俺に羨望の眼差しを送るエルネ。
「まあ来ちまったモンは仕方ないし、とりあえずダンジョンボスの顔でも拝みに行くか」
俺たちは互いに頷き、扉を開けた。
ゴゴゴゴ……、と重厚な岩の扉が開き、俺たちはボス部屋に足を踏み入れる。
と、部屋の奥に大きなシルエットが揺れた。
「……よく来たでやんすなぁ」
恐ろしげな低い声が響いた。
(なんだ今の声は……!?)
俺が身構えて警戒すると、ズシン、ズシン、と足音が響く。
そして、ついにダンジョンボスが姿を現した。
「下等なる人間どもよ! このおいらの偉大なる姿を見て恐れおののくがいいでやんすー!!」
堂々と宣言したダンジョンボスの姿を見て、俺たちはポカーンと口を開けて固まった。
「……はあ!? コイツがダンジョンボス!?」
ダンジョンボスはもふもふの魔物だと聞いていたのだが……。
改めて顔を上げる。
俺たちの前に現れたのは、それはそれは巨大な――――異世界のハリネズミだった。

