――パチリ、と目を覚ますと、そこは知らない天井だった。
「う、うぅん……あれ、俺は……」
むくりと起き上がる。
純白のベッドと、白く清潔なシーツと布団が視界に飛び込む。
と、ガタン! と物が落ちる音がした。
そちらに目を向けると、リンゴが床に落ちていた。
落とし主は――ネコ耳をピクつかせる、エルネだ。
「ケ、ケーゴ、さん……?」
「あ、ああ、エルネ」
「ケーゴさん!!」
呆然と固まっていたエルネが俺に抱きついてくる。
涙を流して喜んでいる様子だ。
「お、おいおいどうしたんだよエルネ」
「覚えていらっしゃらないんですか? ぐすっ、ケーゴさんは、隕石の墜落を止めるために魔法を撃って、今日まで1週間も目を覚まさなかったんですよ!」
「ええっ!? 俺ってそんなに眠ってたの!?」
まさかのエルネの言葉に驚きを隠せない。
でも、だんだんと思い出してきた。
たしかに俺はルシェルが放った災厄神術たる隕石の墜落を止めるために、メルィーゼと協力して全身全霊の魔法を放った記憶がある。
そうかー……俺ってあれから一週間も眠ってたのかー……。
つーか、よく意識がなかった俺を回収してくれたよな。下手したら普通にそのまま死んでただろうから、感謝してもしきれないわ。
「ちょっと、さっきから騒がしいけどどうしたのよエルネ――って、ケーゴ!? アンタ目を覚ましたの!?」
「わあああん! ご主人が目覚めだでやんずぅぅうううう!!」
「ケーゴ、久しぶりなの」
部屋に入ってきたのは、セレクシア・ハリゾー・メルィーゼの三人だ。
皆、俺の回復を心から喜んでくれた。
遅れて、ナースさんのような方が入ってきて、ここが病室であることを告げられた。ナースさんはすぐに俺が目覚めたことを院内の職員に伝えに行くべく足早に去ってしまった。
エルネから改めて話を聞けば、無人島近くの街の病院らしい。何でもあのグランヴェイン公爵家が運営している団体の施設だそうで、ケーゴが倒れたという情報を掴んだ瞬間、領主様とリディア令嬢が大至急緊急治療を行ってくれたそうだ。
グランヴェイン公爵家とは天月湖で幻の霊草を採取し、領主様の命を救ったことから懇意にさせてもらっているが、まさかこういった形で命を救われ返されるとはな。
感謝感謝だ。
「――やあ、ようやくお目覚めだね!」
不意に病室の端から聞こえる、挑発的な声。
その声の主に俺は心臓が跳ねた。
「お、お前は、ルシェル!?」
「私もいますよ、ケーゴさん」
「え、ソフィーレ様まで!?」
病室に現れたのは、悪神ルシェルと女神ソフィーレ様だった。
以前の大聖堂ぶりの共演である。
「ど、どうして二人がここに……ってか、普通に下界に降りてこられるんですか!?」
「あー、それはね、ボクの『試練』をクリアしたご褒美だよ」
「ご褒美?」
「そうそう。あの試練をクリアするとね、一種の『神格』を得ることができるんだよね。神格があれば、擬似的に神のエネルギーを持つことになるから、ケーゴ神のエネルギーを拝借してボクたち天界の神々も下界に降臨しやすくなったってわけ」
不意に、セレクシアが剣を抜いて激昂する。
「ち、ちょっと待ちなさいよ! さっきから神だとか神格だとか何を言っているの!? て、ていうか、そいつは神殿で私たちを襲ってきたムカつく奴じゃない!」
「あれぇ~、ボクすっごく嫌われてるなぁ。あの神殿にいたのはボク本人じゃなくて、ボクそっくりに創った複製体なんだけど」
「そ、そうだったのか?」
「もちろんだよ。じゃなきゃこのボクがキミたちに殺されるわけないでしょ~?」
ルシェルは呑気に笑いながら、メルィーゼに歩みを進めていく。
「それとゴメンね、メルィーゼ。あの『悪神の神殿』に控えていたボクの複製体は1万年以上前に創ったものだから、その頃のボクの記憶しか持っていないんだ。だから最近創ったメルィーゼのことは記憶になかったんだよ」
「そ、そうだったの……忘れられていたわけじゃなかったってことなのね」
「もちろんさ! ボクの手で生み出した可愛いメルィーゼを忘れるはずないだろう? キミはボク自慢の特級呪物だよ!」
「うん……! わたしは悪神様お手製の特級呪物なの!」
なんかとんでもない内容の話が聞こえる。
メルィーゼの不安を消してくれたのは嬉しいが、内容が怖すぎるよな。
キャッキャウフフしてるけど、そんな明るく話す内容じゃないからね、キミたち。
「ま、まあルシェルはともかく、ソフィーレ様まで下界に降臨してきて良かったんですか? 今はその……時間停止もしていないからバッチリ俺の仲間に姿を見られちゃってますけど」
「ふふふ、別に構いませんよ。大聖堂の時はケーゴさんと接触できる時間が限られていたので、他の方が混ざってこないよう時を止めただけですので」
ソフィーレ様がごほんと咳払いをした。
「それよりも、ケーゴさん。私がここに来た理由は、最終確認をするためです」
真面目な顔で、俺を見る。
「ケーゴさんは本当に、『転生リセット』を行い、【愚者】スキルを除去しなくてよろしいのですか?」
「…………、」
その件か。
少し考えてみる……が、もう俺の中で答えは決まっていた。
あの隕石を破壊した時に決心したことを、改めてもう一度ソフィーレ様に伝える。
「ソフィーレ様が色々と考えてくれて、俺のために『転生リセット』の準備を進めてくれたことは感謝しています。たしかに俺がこの世界を離れて別の世界に転生し直せば、面倒なスキルとはおさらばできるそうですからね」
「「「「えっ!?」」」」
俺の言葉に、仲間の四人が反応する。
皆は『転生リセット』案なんてものは初耳だろうから、無理はない。
俺は仲間にソフィーレ様が提案してくれた『転生リセット』という手法の中身を共有した。
すると、エルネ・セレクシア・ハリゾー・メルィーゼの表情がどんどん曇っていく。
「あ、あの、それじゃあケーゴさんはこの世界からいなくなっちゃうんですか……?」
「ケーゴ、アンタは別の異世界に転生しちゃうの……?」
「せっかくご主人が目覚めたのに、永遠に離ればなれなんておいら嫌でやんすぅぅううう~~!!」
「……でも、それがケーゴのためになるなら、わたしたちにはどうすることもできないの……」
不安げに揺れる仲間の頭を、俺はポンポンと撫でていった。
そして、優しい声で告げる。
「安心してくれ。俺は――『転生リセット』はしないから」
仲間が目を見開き、息を飲んだ。瞳に明るさが煌めく。
俺は改めて、ソフィーレ様に向き直る。
「そういうわけなんです、ソフィーレ様。『転生リセット』っていう方法はたしかに俺一人の生活を穏やかにするためなら魅力的な提案に見える。この世界に転生した瞬間に提案されていたら、飲んでいたかもしれない。でも……」
俺は仲間の存在をアピールするように両手を広げた。
「今の俺には、かけがえのない大事な仲間がいます! この仲間を見捨てることはできないし、何より――この仲間と出会わせてくれた【愚者】スキルを今さら裏切れません!!」
「ケーゴさん……!」
ソフィーレ様が俺の覚悟に押されるように神妙な面持ちになった。
「【愚者】スキルは厄介極まりない極悪の破滅スキルですけど、その代わりに俺には最強の魔法使いになれる【賢者】スキルがありますからね。ま、不運な持病にかかったくらいに割りきって、どうにかこうにか生きてやりますよ」
「その選択が、ケーゴさんの望まない波乱万丈な異世界生活になってもですか?」
俺は清々しい笑顔で答える。
「はい。それでも俺は、気ままにスローライフを目指すまでです!」
ソフィーレ様は一瞬呆気に取られ、ややあってぷっと吹き出した。
「そうですか。ケーゴさんの気持ちがそれほどまで固まっているならば、もう私から申し上げることはありません。ぜひとも、この異世界の地を『愚かな賢者』として、楽しみ尽くしてください」
「あははは! いいねぇ、それ! 『愚かな賢者』って面白い表現! ボクが思い付いたってことにしていい?」
「ダメです。これは私発案のケーゴさんの二つ名なんですから」
ルシェルとソフィーレ様の喧嘩を笑いながら眺める。
「ま、これで一件落着だな。いや~、南国バカンスを楽しんでたはずが、とんでもない事態に巻き込まれちまったぜ」
「そうだねぇ~。でも、むしろ本番はこっからなんじゃな~い?」
ルシェルがニヤニヤと笑う。
俺は眉をひそめた。
「どういうことだよ」
「だって~、そもそもメルィーゼが【愚者】スキルから『負の運命エネルギー』を抜いたのって一ヶ月以上前の話でしょ? そこからさらに今まで一週間も眠りこけてたなら~、もう溜まってるんじゃないかなぁ……【愚者】のエネルギー」
「…………ハッ! ま、まさか――!!」
――その直後。
ドタドタドタドタ! と荒々しい足音が響いてきたかと思うと、バァン! と病室の扉が開けられた。
「ここか! ケーゴ様の病室は!?」
数人の人間が病室に雪崩れ込んできた。
見たところ、冒険者、農民、兵士など、年齢も職業もバラバラだ。
「すみません、ケーゴ様! お目覚めになられた直後だというのは重々承知しておるのですが、我らをお助けください!」
「あ、あの、助けるってのはどういう……?」
困惑する俺に対し、乱入してきた人たちはつらつらと窮地を語った。
「北の森にワイバーンの群れが巣を作り、近隣住民に被害が出ておるのです! どうか討伐に向けてお力をお貸しいただけないでしょうか!?」
「こっちは大陸東部の湿地帯の一角にヒュドラが住み着き、毒沼に変貌してしまいました! その毒が広範囲に流れ、農産物も水産物も畜産物も全部ダメになってしまい……至急、ヒュドラ討伐の依頼をお受けいただけないかと……!!」
「こちらは国王陛下からの指名依頼です! 王都に巣食う暗殺ギルドの根城を特定したため、王女を護衛しつつ制圧任務に加わっていただきたいとのこと!」
そして彼らは俺にすがりつく。
「「「どうか! 『賢者』たるケーゴ様のお力をお貸しくださいませ!!」」」
病み上がりだってのにクッソ本調子じゃねぇか【愚者】の野郎がぁああああ!!
ここぞとばかりに大量の不運イベントを呼び寄せてきやがって!
「だぁあああ! 分かったよ! 今すぐ準備して行くから、順番に待ってろ!」
「「「ありがとうございます!!」」」
俺は冒険者の服装にパパッと着替えた。
着替えを済ました頃には、パーティメンバーはすでに準備万端。
エルネ・セレクシア・ハリゾー・メルィーゼが、俺に笑いかける。
「どのクエストから片付けますか、ケーゴさん!」
「ふんっ、アンタは目覚めたばかりだから多少使えなくても、この『剣聖』である私が手助けしてあげるわよ。だから好きなクエストを選びなさい!」
「おいらもご主人復活でやる気満タンでやんすよー! どんな魔物だって蹴散らしてやるでやんすー!」
「わたしとケーゴは契約関係で一心同体。ケーゴの行きたいところに、わたしはついていくだけなの」
皆の心は一つだ。
俺は挑戦的な笑みを浮かべ、拳を天に突き出した。
「よっしゃ、行くぞ! 俺たちの異世界ライフ、こっから再出発じゃあああああああい!!」
「「「「おおーーーっ!!」」」」
パーティメンバー全員で号令を上げる。
過酷なトラブルや様々なイベントに巻き込まれようとも、どんとこいだ。
俺はこれからも、どんな苦境に追い込まれても絶対にへこたれず、大事な仲間と共にまだ見ぬ異世界の地へ気ままに旅を続けていく。
これが俺の異世界ライフ――『愚かな賢者』の、始まりの狼煙だ!!

