森を進むことしばらく。
密林のような環境になっている森の奥までやって来た。
道中は俺の浮遊魔法でショートカットを何度か挟んでいるし、魔物が出ても俺の【賢者】スキルでぶっ飛ばしてきたため、体力はまだ余裕がある。
原始的な神秘性を感じる周囲の景色を興味深く眺めた。
日本じゃ体験したことがない空間が目の前に広がっている。
と、エルネが不意に前方に指をさした。
「ケーゴさん! 村が見えてきました!」
獣道の向こうに拓けた場所があり、うっすらと柵や木造家屋のようなものが見える。
エルネが村の入り口の門を開け、俺はついに獣人の村へと足を踏み入れた。
「おおっ! ここがエルネの村か!」
目の前には広場のような空間があって、その周囲に原始的な建物が密集していた。
「ぽつぽつと村人もいるが、マジでみんな獣人なんだな! 動物の耳とか尻尾とかが生えてるし!」
すげぇえええええ!
マジでファンタジー作品で見る獣人がたくさんいる!
こういう異世界ならではの体験をするとテンション上がるな!
少年のようなキラキラした目で村を見渡していると、隣に立つエルネが不思議そうに俺を見上げていた。
「ん? どうかしたのか、エルネ?」
「い、いえ……ただ、ケーゴさんは本当に獣人に嫌悪感を抱かない方なんだなって……」
獣人に嫌悪感?
それはどういうことか聞こうとしたところで、エルネが慌てて手を振って誤魔化した。
「あ、ご、ごめんなさい、急に変なこと言って! 本当は村を案内したいところなんですが、まずは私の家に来てもらっても良いですか……?」
エルネは提げたポーチにぎゅっと手を添える。
ポーチの端からはポーション瓶の口が覗いていた。
「ああ、もちろんだ。エルネのお母さんの病気を治すのが先決だもんな」
元々エルネが村に帰って来た理由は、病に倒れた母をポーションを使って治すためだ。
俺の獣人村の観光なんて後回しでいい。
感謝を告げたエルネは、てくてくと村の広場を突っ切っていく。
その後ろを俺がついて行っていると――
「――待て」
低い男の声。
俺とエルネの進路を妨害するように、一人の屈強な男が立ち塞がっていた。
「エルネ、その男は何だ」
え、なんかイカツイ獣人に絡まれたんだけど。
男は三十歳くらいの見た目で、頭にはギザギザした攻撃的なネコ耳があり、俺よりも身長が高い。
薄着であるため鍛え上げられた筋肉が露出している。
しかもおまけに片手に薪割り用の斧を握ってるんだけど。
俺が助太刀しようか迷っていると、エルネが驚きの声を出した。
「お、お父さん!」
「お父さん!?」
え、お父さんなのこのイカツイ獣人!?
お父さんは射殺すような眼光で俺を見下ろす。
「この男……人間ではないか。エルネ、得体の知れぬ怪しい人間を我ら獣人の聖域に連れ込むとはどういう了見だ!」
「ケーゴさんは怪しくなんてないもん! ここまで私を護衛してくれた優しくて強い人だよ!」
エルネの反論に、お父さんはさらに俺を睨みつけた。
「……こんな貧弱な人間がエルネの護衛だと? 貴様、何を企んでいる!」
ジャキン! と手持ちの斧を俺に突きつけてくる。
今度は俺に話しかけているので、俺は手を上げて無害アピールをした。
「お、落ち着いてくださいよ。俺は本当にエルネの護衛を兼ねてこの村に来ただけで……」
「ふざけるな! 人間の言葉など誰が信じるか! どうせ我ら獣人を捕らえて奴隷商にでも売り払う魂胆だろう!!」
はあ!?
どんな勘違いされてんの俺!?
「い、いやいや、そんなことするわけ――」
「ならば証明してみせろ! 一騎討ちの決闘でこの俺に勝てたなら認めてやる!!」
斧の切っ先が俺の首もとに添えられた。
どうやらこの男、本気で俺を排除したいらしい。
「ち、ちょっとお父さん! いい加減に――」
「いいよ、エルネ。受けて立とう」
「ケ、ケーゴさん!?」
村の中央広場でこれだけ騒ぎになれば、付近の村人たちが集まってくるのは必至。
現に村の獣人たちが続々と様子を伺うように集まってきて、俺たちの成り行きを見学している。
(ま、村人からしたら俺が余所者なのは事実。警戒されるのも当然だろう)
そんな身元も知れぬ者が村に受け入れられる試練が、エルネのお父さんを倒すことならまだ易しい部類だ。
「フン、良い度胸だな人間。この俺が村で何と呼ばれているか知っているか?」
「知らないが」
お父さんは、ダァン! と足を踏み込んで斧を構える。
「『破砕のガイウス』だ。手加減はしない。殺す気でいく。死にたくないなら今すぐこの村から立ち去ることだ」
エルネのお父さん――ガイウスは、殺意を宿した瞳で威圧してきた。
俺はガイウスの目を真っ直ぐ見つめ、答える。
「望むところだ。かかってこい」
ガイウスはグッと体の筋肉を締め、斧を大きく振りかぶった。
「ならば死ぬが良い、人間ッ!!」
ガイウスの大股の一振り。
その斧が脳天をかち割らんと俺に襲いかかってきて。
――ガァン!!
「……んなっ!?」
ガイウスは驚愕の表情で固まる。
振り落とした斧は、俺の防御魔法によって防がれていた。
「この防御魔法はロックドラゴンのブレスにだって耐えたんだ。こんな斧の攻撃を防ぐくらい、わけないさ」
防御は問題ない。
しかし、攻撃はどうするか。
ガイウスはエルネのお父さんだから、怪我を負わせるのも心が痛む。
ここはできるだけ平和的に、魔法で無力化させてもらおう。
攻撃的なイメージは避けて、あくまでも動きを封じるイメージで――
「《アースコントロール》!」
ガイウスの足の地面をボゴッと隆起させ、ガッチリと両足を固定する。
「な、なんだ!? つ、土で固められて足が動かない!!」
ガイウスはぐっぐっと体を動かそうとするが、爪先から踵まで土でホールドされて身動きが取れない。
「まだ終わりじゃないぜ?」
俺はアースコントロールをさらに加速。
ガイウスの足首から下を固定していた土がどんどん上に迫り上がっていく。
ガイウスの膝、太もも、腹、胸、両腕、そして最後に首まで。
まるで石膏に固められたように侵食する土魔法は、ついぞガイウスの体を完全に固定してしまった。
「ぐ、ぐぐぐ……なんだ、この土魔法は……!? これほど繊細な魔力制御が可能なんて、信じられん……!!」
土くれのオブジェと化してしまったガイウスは苦悶の表情を浮かべながら声を絞り出す。
攻撃はしていないからダメージはないが、それなりに圧迫感や息苦しさは感じるだろう。
周囲の村人たちも信じられないものを見たような表情で呟く。
「す、すげぇ! なんだあの魔法!?」
「う、嘘だろ!? あのガイウスが手も足も出ないなんて……!!」
「アイツ、ただの人間じゃないぞ!」
「化け物かよ……! 凄すぎんだろ!?」
ざわつく村人たち。
俺はゆっくりとガイウスの真正面まで距離を詰め、至近距離から目を合わせた。
「どうだガイウス。俺の実力は理解してもらえたか?」
「…………ああ。お前が強き者であることは認めよう」
ガイウスは大人しく降参してくれ、決闘は穏便に解決した。
すると、傍で見守っていたエルネがガイウスにぷんぷん怒る。
「もうっ! だからケーゴさんは優しくて強い人だって言ったでしょ! これ以上ケーゴさんに迷惑かけるのはやめてよ!」
「ぐっ……すまない」
まあ、俺としてはガイウスのお許しが得られればそれでいい。
ぷんすか怒るエルネに歩み寄った。
「と、こんなとこで油売ってる場合じゃなかったな。エルネ、お母さんにポーションを渡しに行こう」
「そ、そうですよね! 私の家はこっちです、ケーゴさん!」
俺とエルネはガイウスの横を素通りして歩んでいく。
ガイウスは何とも言えない表情で俺たちの姿を眺めるが、何も言ってはこない。
そして村の隅の方にある、こじんまりした山小屋みたいな木造家屋に入った。
ここがエルネの家らしい。
「ただいまお母さーん! いま帰ったよー!」
エルネは少し急ぎ気味で玄関から部屋の中へ入って行き、俺も「お邪魔しまーす……」と呟いて恐る恐るエルネの後をついていく。
そして家の一番奥の部屋に入ると、布団で仰向けに寝ている女性を発見した。
「エル、ネ……お帰り、なさい……」
獣人の特徴は見られるが、かなり衰弱しているようだ。
熱があるのか額には濡らしたタオルが乗せられていて、全体的に体が赤みを帯びている。
エルネは女性の枕元に膝をついて心配そうに瞳を揺らした。
「お母さん、病状はどう?」
「ええ……あなたの、顔を見たら……少し、良くなった、わ……」
やはり、この女性がエルネのお母さんなのか。
実際に姿を見ると、想像以上に病気は深刻なのかもしれない。
エルネは急いでポーチからポーションを取り出す。
丸底フラスコのような瓶に青い液体がちゃぷちゃぷと揺れていた。
「街で買ってきたポーションだよ! これ飲んで!」
「あり、がとう……」
お母さんの口にポーションの注ぎ口を近付け、ゆっくりゆっくりポーションを飲ませた。
その様子を黙ってみていると、背後から声がした。
「……ダイアナの様子はどうだ?」
振り返ると、ガイウスが立っていた。
さすがにもう武器は持っていない。
ダイアナ、というのはこのエルネのお母さんの名前だろう。
「お父さん……。ポーションは飲ませてるんだけど……」
エルネは悲しそうに言う。
濁した言葉の先は、エルネのお母さんを見れば明白だった。
「うぅ……げほっ、ごほっ、……はあ……はあ……はあ……」
俺は神妙な面持ちで観察する。
(ポーションを飲んだのに、あんまり良くなっている感じがしないな……)
頑張ってポーションを飲みきったお母さん――ダイアナさんだが、容態は変わっていなさそうだ。
高熱にうなされるように、ぐったりと横たわっている。
「ま、街では下級ポーションしか買えなかったから、効果が薄いのかな……」
「くっ! 俺がもっと魔物を狩って素材を売って金を稼げていれば……!」
エルネは今にも泣きそうな顔で、ガイウスは悔し涙を浮かべて拳を握っている。
(ポーションは万能薬なのかと思っていたが、どうやら効能にランクがあるらしい。エルネはあまり質の良いポーションを入手できなかったのか……)
だが、ダイアナさんの容態は次第に悪くなっているように見えた。
このまま症状が収まらなければ……最悪の未来が脳裏をよぎる。
どうにか助けてやりたいが、医学知識なんて皆無の俺にはどうにも――……いや、待てよ?
俺はハッと顔を上げる。
もしや、俺の【賢者】スキルなら――!
「……エルネ。俺に変わってみてくれないか?」
俺はダイアナさんが寝ている布団をぐるりと回り、エルネとは反対側の枕元に立った。
「ケーゴ、さん……?」
「お、おい何を――!」
俺はその場でしゃがみ、ダイアナさんの体の上に両手をかざした。
「初めて使う魔法だが、【賢者】ならできるだろ! 病を完治させるイメージで――《回復》!」
パアアァァ! と俺の手のひらが緑色に光り、ダイアナさんの体を淡く照らした。
そのまま数秒ほどふんだんに魔力を流して回復魔法を発動。
すると、荒くなっていたダイアナさんの呼吸が落ち着き始め、熱で火照った体からも赤みが消えた。
エルネがすかさずダイアナさんのおでこや首筋に手を当て、驚いて叫ぶ。
「ね、熱が……お母さんの熱が下がってる!」
「な、なんだと!?」
ガイウスも身を乗り出してダイアナさんの布団の横に膝をついた。
(ふむ、こんなところかな)
俺はゆっくりと魔力の流れを止め、回復魔法を停止。
緑色の優しい光が徐々に消えていく。
と、ダイアナさんが「うぅん……」と声を漏らし、はっきりと目を覚ました。
「エ、エルネ……? それにガイウスも……。あれ、私は、どうして……」
「お母さん!」
「ダイアナ!」
二人がダイアナさんに身を寄せた。
家族が三人で抱き合っている。
「ぐすっ、本当に治って良かったお母さん……! お母さんの病気はケーゴさんが治してくれたんだよ!」
エルネが涙を拭いながら言い、ダイアナさんの獣人の耳がピクリと反応した。
「ケーゴ、さん?」
起き上がったダイアナさんは、俺と目を合わせた。
「紆余曲折あってエルネを護衛して村まで向かうことになりまして、僭越ながら回復魔法であなたの病を治しました」
「そう、だったのですか……それは何とお礼を申し上げて良いのか……! あなたは私の命の恩人です。エルネも私も、救っていただきありがとうございます……!!」
ダイアナさんは深々と頭を下げて感謝をしてくれた。
「いえ、俺にできることをしただけですから。頭を上げてください」
「なんと謙虚なお方……そうだわ。あまり贅沢な物はないのですけれど、ぜひおもてなしをさせてください。私が腕によりをかけて振る舞わせていただきます」
「え、でもお母さんはまだ寝ていた方がいいんじゃ……」
「そうだぞ、ダイアナ。無理をするな。食事なら俺でも作れる」
エルネとガイウスが心配そうな目で言うが、ダイアナさんは微笑みながら立ち上がった。
「いいの。ここしばらくずっと寝たきりだったけど、ケーゴさんの回復魔法のおかげで体がすごく軽いし。それに、動けることが嬉しいのよ」
「お母さん……」
「ダイアナ……」
「もちろん、無理はしないわ。キツくなったらすぐに寝室に戻るから、ね?」
ダイアナさんが微笑むと、エルネも決意めいた顔で頷いた。
「分かった! じゃあ私もケーゴさんへのお料理作るのお手伝いする!」
「ああ、俺もできる限りのサポートはするぞ!」
ガイウスも料理の付き添いに向かうらしい。
え、三人でキッチンに立つのか……?
エルネはとびっきりの笑顔を俺に向けてくれた。
「というわけで、ケーゴさんは少し待っていてください! 私たちでご馳走をご用意しますので、夕食の後はこのまま家に泊まっていってください!」
「え、いや、泊まるのはさすがに迷惑じゃ……」
「でも、もうすぐ夜ですよ?」
エルネは夕陽が射し込む窓を指差した。
もうあと一時間もすれば日が暮れるだろうし、夜の森を歩くのは危険すぎる。
「……分かった。今晩はよろしく頼む」
「はい! ケーゴさんはくつろいで待っていてください! 美味しいお夕飯作りますからね!」
三人はバタバタとキッチンの方へ行ってしまった。
家族の楽しそうな話し声が聞こえてきて、先ほどまでの陰鬱とした空気は微塵も感じない。
(――にしても、さすがチートスキルなだけはあるな。【賢者】にかかれば、そこらのポーションよりもよっぽど回復効果があるらしい)
俺は自分の手のひらを眺め、改めて【賢者】のチート性能を実感した。
「あとは【愚者】とかいう最悪のおまけをどうにかできれば万々歳なんだが……まあ、追々考えるか」
今日は転生初日にも関わらず色々とトラブルが重なったため、体を休めることにしよう。
その夜、俺はエルネの家で豊富な山の幸をふんだんに使った絶品の夕食に舌鼓を打った。
家族の手厚いもてなしを受け、用意してもらった布団に入ると、すぐに深い眠りへと落ちていった。
○ ○ ○
――翌朝。
意識が覚醒した俺は、布団の中から起き上がって伸びをした。
「……ふわぁ~。朝かぁ……」
小鳥のさえずりを聞きながら、布団から出ようとした瞬間。
もぞ……、と俺の布団の一部が動いた。
視線を落とすと、俺の布団の端にこんもりと軽い小山が膨らんでいる。
「ん? なんだこれ」
ガバッ、と掛け布団をめくる。
そこにいたのは――
「……すぅー……すぅー……」
ネコのように丸まって眠っている、エルネだった。
いわゆる、添い寝である。
(えーと…………どういう状況?)
昨日は俺一人でこの寝室で寝たよな!?
なのにどうして朝になったら隣でエルネが心地よさそうに寝息を立てているんだ!?
と、コンコンとノックされた。
「おい、少し伝えたいことがあるんだが、起きてるか?」
「うぇ!?」
ガイウスの声だ。
俺はぶわっと冷や汗が流れた。
(ヤバい! ガイウスにこんなエルネと二人で寝てる所を見られたら殺され――!!)
俺は適当に何か言ってガイウスを遠ざけようとしたが、時すでに遅し。
「起きてるのか? 開けるぞ」
「え! い、いや、ちょっとタンマ――!」
俺の制止も空しく引戸が開けられ、ガイウスと目があった。
「…………」
「あ、あぁ~、えと、これは~……」
ま、間に合わなかったー!
エルネが俺の布団でぐっすり眠っている現場をバッチリ押さえられてしまった!
無言のガイウスに、俺の緊張は最高潮に達した。
(ヤバいヤバいヤバい。殺される殺される殺される。い、今から土下座したら誤解だって分かってくれるかな……!?)
と、ガイウスが頭を掻きながら言った。
「……はぁ~。エルネの奴、部屋にいないと思ったらこんな所で寝ていたのか」
俺はぱちくりと瞬きをする。
(あ、あれ。意外と普通な感じ……?)
てっきり斧でぶった斬られるかと思ったけど、ガイウスは呆れるようにやれやれと首を振っているだけだった。
ガイウスは俺の布団までやって来て、エルネの頭に軽くチョップを入れた。
「コラ、お前はどこで寝てるんだ。ここはケーゴさんの布団だろう」
「あふゅあ!?」
エルネが寝ぼけ眼でビクンと起き上がった。
ガイウスはだらしない姿の娘にため息を吐きつつ、凛々しい顔で俺に目を向ける。
「突然で悪いんだが、村長がお呼びだ。アンタと話がしたいんだとよ」
え、村長?

