瀕死のルシェルの肉体から高濃度の漆黒のエネルギーが漏れだす。
が、俺たちに攻撃は加えてこない。
俺は警戒レベルを最大に引き上げつつ、ルシェルに問う。
「お前、何をした……?」
「終わらせた、だけさ。この『試練』を、ね……」
ルシェルは悪辣な笑みを貼りつけた。
「あと、数分もしない内に、神殿に災厄が……降り注ぐ……キミたちを、皆殺しにする、ね……!」
瞬間、神殿の壁が崩壊した。連鎖的に、柱や天井も壊れ始め、外側から海水がドバドバと侵入してくる。
「そういやこの神殿は海底にあるんだったな! クソッ、お前が言ってた災厄ってこれのことか!」
「くくく……」
ルシェルは意味深に笑う。
が、水が入ってきた以上、俺たちもうかうかしていられない。
「おいお前ら! 急いで陸に上がるぞ! 掴まれ!」
俺はエルネ・セレクシア・ハリゾーに手を伸ばす。メルィーゼは俺の魔杖と融合している状態なので問題ない。
三人はすぐに俺の元に集まってくれた。
「生憎だが、こんな海底でお前と心中する気はないんでな! 俺たちは一足先に上がらせてもらうぜ!」
仲間を連れて、浮遊魔法で飛翔。同時にエアドームを展開し、海中での息を確保。
あとは神殿を破壊して、海底に出て、海面へ顔を出すだけだ!
俺はその方法で神殿から脱出した後、真っ暗な深海を真上にぐんぐんと急浮上した。
ほどなくして――ザバァアアン! と海面から顔を出す。
「はあ、はあ、はあ、何とか神殿から脱出できたな……!」
「ケ、ケーゴさんのおかげです! ありがとうございます!」
「た、助かったわケーゴ。ありがとう」
「ご主人のおかげで生き延びれたでやんす~!」
全員生きて帰れたことに安堵する。
が、これで試練はクリアなのだろうか?
ルシェルがどうなったのかは見届けられなかったが……。
瞬間、突如として脳内に回線が繋がる感覚に襲われる。
『――ケーゴさん、聞こえますか!?』
「え、その声……ソフィーレ様!?」
『もしかして今、ルシェルの神殿にいませんか!?』
「は、はい、います。というか、さっきまでいました。今は神殿からは脱出しましたけど……」
ソフィーレ様は安堵の息を吐いた。
『そうでしたか……。それは災難でしたね。ですが、不幸中の幸いです。ルシェルの神殿を通して慧吾さんに通信を繋ぐことができました。実は良いニュースと悪いニュースがありまして……』
「え……良いニュースと悪いニュース?」
『まずは悪いニュースからですが、端的に言うと――あと3分後にそちらに隕石が墜落します』
「……はあっ!?」
突拍子のないニュースに俺は声が裏返った。
反射的に空を見上げると、別にいつもと変わらない空が――否。雲の隙間を押し退けるように赤黒い岩が見えた。
およそ空の風景に似つかわしくないそれに、俺は動揺を隠せない。
「あ、あれが隕石!? ソフィーレ様、ルシェルの野郎、何をしやがったんだ!?」
『ルシェルが発動した「愚かなる終劇」は、隕石を墜落させる神術です。それが墜落すれば、辺り一帯は消し飛び、周辺の国にも甚大な被害が及ぶでしょう』
ルシェルが言っていた奥の手とかっていうのはコレのことか!
神殿が浸水して破壊されるなんてことは全く関係なかったんだ!
『ですが、喜んでください! 良いニュースもあります!』
「隕石以上に良いニュースってありますぅ!?」
ソフィーレ様はパンッと手を叩いて言った。、
『先日お話していた例の手法――「転生リセット」の準備が整いました!』
転生リセット。
いわゆる、俺の魂を別の異世界に転生しなおすという手法だ。
これを行えば、俺の魂に根付いた【愚者】スキルを安全に取り外すことができ、また異世界で似たようなチートスキルを授かりつつ今度こそ俺が望む理想のスローライフ生活を送ることができる。
「いや、でも隕石は!?」
『……ルシェルの神殿を通じて私の神術をぶつけ、できる限りの被害は押さえます。ですが、今いるケーゴのお仲間の方々まで救えるかは……保証ができません』
「そんな……!」
じゃあ、エルネやセレクシア、ハリゾーにメルィーゼは隕石に巻き込まれて死ぬかもしれないってことか……!?
そんなの……、
「そんなの絶体、認められるか!」
俺は杖を持ち隕石を見上げた。
「ソフィーレ様、転生リセットは後回しです! 俺がこの場で、あの隕石を食い止めます!!」
『え、ちょ、ケーゴさん――』
俺は回りにいる仲間を浮遊魔法で無人島まで送る準備をする。
「皆、あの隕石が見えるだろ! 危ないから、無人島で避難していてくれ! 俺はあの隕石を止めてくる!!」
「ちょっと、ケーゴ!!」
「ケーゴさん!!」
「ご主人!?」
俺はメルィーゼと融合した『破滅の魔杖』を握り、上空へ急上昇していく。
「ったく、ルシェルの野郎! 最後の最後でとんでもない災厄撒き散らしやがって! こんなん、俺の【愚者】スキルでもさすがにないレベルの不運じゃねぇか!」
どれもこれも、元はと言えば全て【愚者】スキルが引き起こしたものだ。
もう絶体【愚者】とは関わりたくない!
そう、思った瞬間、何故かさっきのルシェルの言葉が反芻された。
――キミが、本当に……大事に、しているものと巡り会えたのは、ボクの、【愚者】のおかげ、なんじゃ……ないかい……?
ハッ、と思い出す。
これまで、仲間の皆と出会った経緯を。
エルネとは、ロックドラゴンに襲われるという不運の直前に偶然出会った。
ハリゾーとは、もふもふの可愛いダンジョンボスがいると聞いていた謎のダンジョンで、不運にも違うベクトルのもふもふ魔物として出会い、従魔になった。
セレクシアとは、幻の霊草探しで偶然居合わせ、その後湖月幻古龍に襲われるという不運に見舞われた。
メルィーゼなんて、特級呪物が眠ると言われる『灼滅の淵崖』に赴いたところ彼女に好かれ、『【愚者】のデトックス作戦』という型破りな手法で最悪の不運を大量摂取するハメになった。
どれもこれも、俺が望んだものじゃなく、全ては【愚者】の不運が舞い込み、呼び寄せたものだ。
――でも。
「俺が仲間たちと出会えたのも……いや、それ以外の人たちと交流を持てたのだって、元を辿れば【愚者】の不運イベントがあったおかげだ――」
上空、高度1000m付近。
恐ろしい相貌の隕石が、轟音を上げながら間近に迫る。
そんな凄まじい恐怖と緊張を感じるはずのこの場面で、俺の精神はなぜか驚くほどに凪いでいた。
(そうか、俺が与えられた【賢者】というスキルは、あらゆる敵や障害を打ち砕く力を持っている。そしてもう一つ、俺が与えられた【愚者】というスキルは――俺にとって大事なものと巡り合わせてくれていたスキルだったんだ)
今一度、【愚者】と向き合う。
これまでは【愚者】なんて無くなれと思っていたが、少しだけその認識が変わったよ。
「ケーゴ、どうして笑ってるの?」
魔杖と融合したメルィーゼが問いかけてきた。
俺は無意識に笑っていたらしい。
ニッ、と口角を上げ、俺は杖を隕石へ向ける。
「ようやく、俺が与えられたスキルを受け入れることができたからさ。準備はいいかメルィーゼ!」
俺は初めて、全ての魔力を魔杖に集約させる。
「『賢者』たる俺の全能力を解放して、隕石墜落を食い止める! サポートは頼んだぞ、メルィーゼ!!」
「わたしにお任せなの!」
【愚者】が呼び込む不運は【賢者】によって解消し、それによって新たな人との交流や笑顔が生まれる。
俺の異世界ライフってのは、そういう幸と不幸のスパイラルの中でこそ、輝きを放つものなんだ!!
「だからこんなクソ隕石くらいで値を上げていられっか! 俺が住むこの世界は壊させねぇぇえええええぇぇえええええ!!」
『破滅の魔杖』が、漆黒と純白の輝きを放った。
俺はカッと目を見開く。
「砕け散れ隕石!! ――アルティメットバァァアアアアァァストォォオオオォォォオオオオオ!!!」
過去最大規模の爆炎のエネルギー弾が隕石に衝突。
凄まじい熱を帯びた爆風と衝撃を直撃し、魔力もゼロになった俺の意識はぶつ切りにされてしまう。
(頼む……これで隕石を破壊して……どうにか、仲間たちを救ってくれ……!!)
俺は最後にその思いを胸に、意識を完全に失ってしまった。

