愚かな賢者の異世界ライフ ~神スキル【賢者】と破滅スキル【愚者】を同時に与えられたけど、気ままにスローライフを目指したい!~


 怪しげな神殿を発見した俺とメルィーゼは、一旦陸へ上がった。

 浜辺で待っているエルネ・セレクシア・ハリゾーに、クラーケン討伐と謎の海底神殿を発見したことを共有。
 どうしようかと話し合いになったが、海底神殿とはかなり珍しいもので考古学的な価値が高いらしく、今回のクラーケン討伐の依頼者に情報を伝えるためにも軽く調査しておいた方が親切なのではないかという結論に落ち着いた。

 そして今――俺の大きなエアドームの中にパーティメンバーが全員収まり、海底神殿の前に訪れていた。

「改めて見るとかなりデカいな……とりあえず中に入ってみるか」

 珊瑚や貝などがチラホラと見える神殿の入り口を歩き、内部へと侵入。中は想像以上に広く天井がかなり高い。
 そして何より驚いたのは――

「――これは!? 海水がなくなった!?」

 神殿の内部に足を踏み入れた瞬間、周囲から水が消え、代わりに空気に満たされる。
 どういう理屈かは分からないが、海水は神殿の入り口で完全にシャットアウトされているようだった。
 恐る恐るエアドームを解除してみるが、やはり問題なく過ごせる。
 空気は海の香りを多分に含んでいて、ちょっと湿っぽい。

 この神殿のギミックには、仲間たちも目を丸くしていた。

「す、すごいです。海の中なのに、まるで陸地にいるみたい……!」
「こんな不思議な機能が備わってるってことは、何かしらの魔法が展開されているのかしら? いずれにしろ、油断はできないわね……」
「中にクラーケンみたいな強い魔物が潜んでる可能性があるでやんすからな……!」
「……っ。ケーゴ、何だか凄く強いオーラを感じるの……!」

 探知魔法を発動。付近に怪しい魔力反応はない。

 神殿を進んでいくと、最奥の空間に辿りついた。
 学校のグラウンドのようにかなり広々としているが、今のところ危険はない。
 この空間の奥の壁に、巨大な石碑が設置されている。

「石碑か、えーとなになに……」

 文字は古代言語で書かれているが、俺は以前に古代魔法書を一発で解読できた実績がある。女神様が与えてくれたチート性能の一つだろうが、やはり今回もすらすらと読むことができた。

「――"ここに崇高なりし悪の神が眠る。彼の神が課す『試練』を越えれば、汝の望み叶えられん。対価は汝の傍に在りしものなり。この碑文を読み終えし者、『試練』から逃れること能わず"――? これは……」

 背後に空間が歪むほどの強大なエネルギーの重圧を感じた。

「――《防御魔法》!!」

 本能で防御魔法を全力展開。
 刹那、漆黒の波動が俺たちを襲い、ミシミシ……と防御魔法を砕かんとする。

 数秒ほど耐えていると、漆黒の渦は収まった。

 バチバチ……、と黒い火花が残る空間――神殿の中央に、少年とも少女とも判別し難い十代半ばくらいの中性的な子が立っていた。

「――やあ、数千年ぶりの来客(チャレンジャー)だね?」

 その姿を見て俺は目を見開き、声を上擦らせて奴の名を呼ぶ。

「お前は――ルシェル!?」

 そこに立っていたのは、1ヶ月ほど前に大聖堂で邂逅したこの世界の『悪神』――ルシェルだった。

 全てのピースが繋がった感覚に陥る。

 以前の大聖堂で邂逅した際にルシェルが言っていた言葉。

 ――ぶー、分かったよ。そんなにお気に召さないなら、『悪神の神殿』においでよ。
 ――詳しい場所は忘れちゃったな~。ま、適当にこの世界を巡ってたらいずれ辿り着くんじゃない?

 俺は驚愕と共に戦慄を覚えた。

「ま、まさかここが、ルシェルが言っていた――」

 目の前のルシェルはニヤリと笑い手を広げる。

「ようこそ、『悪神の神殿』へ。ボクの加護の導きによって、この場所に辿りつけた幸運な人たち……歓迎するよ」

 悪神ルシェルの登場に敏感に反応したのは、俺だけじゃなかったらしい。
 隣に立つメルィーゼが珍しく声を張り上げた。

「あ、悪神様なの!? わ、わたしメルィーゼなの! 悪神様に創っていただいた存在なの!」
「うぅん?」

 ルシェルはほっぺに人差し指を当てて首を傾げる。

「あはは、キミは何を言っているのかなぁ? ボク、キミみたいな子創ってないと思うけど」
「え……」
「ま、そんなこと今はどうでもいいでしょ」 
「ど、どうでもいいって……そんな……」

 メルィーゼがしょぼんと落ち込んでしまう。
 さすがにこれは見過ごせない。

「……おい、ルシェル。さすがにそれは酷いんじゃないのか。メルィーゼはお前のことを――」
「だーかーらー、知らないってば。てか、そんなくだらない話してていいの? 『試練』の説明が聞けなくなっちゃうけど」
「……、試練だと?」

 どうやらメルィーゼのことを取り合う気はないらしい。
 その態度には憤りを禁じ得ないが、このままメルィーゼの話題拘っていても埒が明かなさそうなので、『試練』とやらの話題を聞く。

「選ばれた者だけが辿り着くことを許されたこの特別な神殿でのみ受けることができる選別の儀――『悪神の試練』さ」

 ルシェルは怪しげな笑みで続ける。

「試練内容は簡単明快。この神殿が崩壊する前にボクを倒すこと。試練を受けるための対価(チップ)は……ケーゴ以外の仲間の命だ」
「「「「「っ!!」」」」」

 俺以外の仲間の命……!?
 その言葉に全員に緊張感が走る。

「降りたければいつでも降りてくれて構わないよ。もちろんその場合は、ケーゴ以外の人間の命はもらうけど」
「……おいおい、散々な内容だな。まだ俺は試練を受けることにYESと言ってないんだが」
「もう承諾は取ってあるよ。あの碑文を読んだでしょ?」

 ルシェルは嫌味ったらしく笑った。

 あの石碑に書かれていた最後の一文は、たしか。

 ――"この碑文を読み終えし者、『試練』から逃れること能わず"

「……チッ、どんな詐欺トラップだよ。悪神らしく最悪な承諾方法だな」
「あはは、お褒めにあずかり嬉しいなぁ。でも、そう悪いことばっかりじゃないよ。試練をクリアしたら、ボクからと~っても素敵なプレゼントがあるんだから! 何がいい? 何かリクエストある?」
「……じゃあ、俺の【愚者】スキルを除去することもできるのか?」
「もちろん。キミが心の底から望むならね」

 パチン、とルシェルが指を鳴らした。
 ルシェルの雰囲気が変わる。

「じゃあ始めよう。『悪神の試練』開始だ」