孤児院で食料といくばくかのお金を寄付した俺たちは、大胆に王都を飛び出すことにした。
ある日は、隣町でグルメやレジャーを楽しんだ。
ある日は、仲間を連れて転移魔法でエルネの村に帰郷し、彼女が強くなったことを家族に伝え、俺たちもエルネの仲間として村人たちに挨拶をしに行った。
ある日は、久しぶりにクエストでも受けようかとなり、山に巣を作ったというワイバーンの群れを討伐しに乗り出した。
ある日は、辺境の村で農作業の手伝いをしたり渓流で釣りをしたりして、田舎ののどかな暮らしを満喫した。
まさに異世界スローライフ!
俺が待ち望んでいた、癒しあり、ほのぼのあり、たまにバトルありの、ちょうどいい塩梅のスローライフ生活を約1ヶ月間ほど楽しみ尽くした!
そして今、俺たちは――――大陸南端部に位置する、とある南国の無人島に訪れている。
「――ひゃっほぉぉうううう~~! 異世界のビーチ最高だぜぇぇええええ~~!!」
俺はパーカーと短パンを靡かせ、広大な青い海に手を広げて歓喜する。
その隣を、巨大化したハリゾーが爆速で駆け抜けていった。
「広い海でやんすー! おいら、海初めてでやんすー!!」
「待つのハリゾー。海に飛び込むのはわたしが先なの!」
ハリゾーの背中に乗って冷静に声を上げるのはメルィーゼ。今は黒いラッシュガードを着用していて、細い体のラインがくっきりと浮き出ていた。
そして、ハリゾーとメルィーゼはバシャーン! と大きな水飛沫を上げながら海にダイブ。きゃっきゃっと楽しそうにはしゃいでいる。
そんな姿を眺めていると、ざふっと足音が二つ聞こえた。
「全く、海ごときであんなにはしゃぐなんて、まだまだお子様ね」
「ケ、ケーゴさん、私たちの水着、どうですか……?」
やって来たのはエルネとセレクシア。
エルネは可愛らしい色合いのオフショルダービキニを着ていて、獣人特有のネコ耳とネコ尻尾も相まってとっても可愛らしい。
逆にセレクシアはシックな色味のクロスホルタービキニで、鎖骨辺りで交差するビキニの紐が上品なエロスを醸し出している。
肌の露出面積が多い水着姿の二人に少しドキッとしてしまうが、平静を装って返答した。
「う、うん。まあ、二人とも悪くないんじゃないか? 似合ってると思うぞ」
「ほ、本当ですか!? 良かったです……頑張って街で水着を選んだ甲斐がありましたっ!」
「は、はぁ!? 別にアンタに見せるために着てるわけじゃないから! 勘違いしないでよね!」
ツンデレな態度を見せるセレクシア。
そんな彼女に、背面でぷかぷか海に漂うハリゾーのお腹に乗ったメルィーゼが指をさして叫んだ。
「あー、嫉妬2号が照れてるのー!」
「照れてないわよ!! てか、その呼び方止めなさい!!」
セレクシアは顔を赤くして怒り、荒々しく咳払いをする。
「で、アンタ忘れてるわけじゃないでしょうね。私たちが無人島に遊びに来たわけじゃないってこと」
「ああ、もちろん。分かってるよ」
俺は空間魔法から依頼書を取り出す。
その羊皮紙には、『「海の災厄」の討伐』、と書かれている。
「この『海の災厄』とかいう魔物を討伐することが今回の任務だ。とはいえ、コイツは普段は海底に潜っていて中々姿を見せないらしい。だからある程度の期間、無人島で待ち伏せすることになるだろうな。そのついでに、俺たちはバカンスを楽しむってわけだ!」
「はあ……まっ、目的を忘れてないならいいんだけど」
「魔物退治も大事ですけど、バカンスも楽しまなきゃですよね!」
海を見てみるも、メルィーゼとハリゾーは泳ぎ回って海水浴を最大限楽しみまくってる。
俺も楽しい海水浴に混ざりたいところだが、その前に一仕事片づけておく必要がある。
「さて、と」
「どこに行くのよ」
「しばらく無人島で暮らす予定だろ? だからまずは家でも建てようかと思ってな」
俺は浜辺を少し歩き、ポンポンと砂地の地面を叩いた。
「地盤がちょっと弱いか? ま、ここは俺の魔法で調整すればいいかな――《アースコントロール》」
土魔法で地面を操り、柔らかい砂地を固く凝縮して一部分だけカチカチの大地へと変える。
よし、これで地盤は良い感じ。
(あとは土魔法の応用で家の骨組みや壁を作れば完成だが……ちょっとここは工夫を凝らしたいな)
ふと顔を上げてみると、無人島というだけあって近くに高い木がたくさん生えていた。
これはちょうどいい。
家を建築するための木材として利用させてもらおう。
「《ウィンドカッター》!」
俺は手を木の前に向け、手のひらから数本の風の刃を放出。
スパスパと切断された樹木がズズズ……、と倒れていき、すかさず次の魔法を発動
「《念動力》」
伐採してゆっくりと倒れていく木の動きがピタリと停止した。空中に浮かんで停止する無数の木の群れは、やがてふよふよと宙を漂いながら俺の元に集まってきた。
あとは魔法で適当に樹木を削ったり磨いたりして家の骨組みを作り、骨格となる丈夫な木材をはめ込み、その隙間を埋めるように丸太の木材で壁を作っていく。
かれこれ家の製作に取り掛かること数分。
俺の前には大きくて立派な三角屋根の別荘地が完成していた!
「おおーー!! ダメ元で作ってみたが、意外と様になってるな! すげぇ『海の家』っぽい!!」
俺の傍らで家の製作を見物していたエルネとセレクシアも驚いている様子だ。
まあ、前回『天月湖』で作った即席の土製の家とは一味違う雰囲気だからな。
今回はオープンテラスなども作り、開放感のある仕上がりとなっている。
庭には寝そべることができる木製のチェアを設置し、街で事前に購入しておいた日除けのパラソルを刺していて、とてもビーチ感あふれる光景だ。
俺はエルネとセレクシアに向き直る。
「二人ともどうする? せっかくだし、中で少し休んでいくか?」
エルネがもじもじとしながら俺の元に歩み寄ってきた。手には清涼感のあるボトルを握っている。
「あ、あの、ケーゴさん! 不躾なお願いなんですけど、もし良かったら……日焼け止めを塗るの手伝ってくれませんか!」
「え!? 日焼け止めを!?」
「は、はい。自分で塗れるところは塗ったんですけど、背中の方がどうしても手が届かなくて……」
「えーと……それは俺が塗ってもいいのか? セレクシアとかに頼んだ方が安心なんじゃ……」
「ケ、ケーゴさんに塗って欲しいんです!」
エルネは顔を赤らめてチラチラとこちらを伺ってくる。ネコ耳も不安げにピクピクと動いていた。
まさかこんな展開になるとは思っていなかったが、せっかくエルネが勇気を出して頼んできてくれたんだ。それを無下にするのも忍びないし、俺が力になれるならなろうじゃないか。下心とかじゃないよ、うん。
エルネをパラソルの下のチェアにうつ伏せで寝そべらせた。俺はエルネが持っていた日焼け止めボトルから透明のクリームを手に塗り広げる。
「それじゃあ、背中に塗っていくぞ」
「は、はい……お願いします……!」
白くて細いくびれがあるエルネの腰元に、俺は手を触れた。
「ひゃう!」
その瞬間、エルネの体が跳ね、ネコ尻尾がピンッと立った。
色っぽい声に少し変な気分になってくるが、無心でエルネの背中に日焼け止めクリームを塗っていく。すべすべのエルネの肌にクリームが薄く広げられていく様子を見て、何分が経過しただろうか。
気付けばエルネの背中全体に日焼け止めクリームを塗ることができたので、俺はゆっくりとエルネの肌から手を離した。
「よ、よし終わったぞ。大丈夫だったか、エルネ?」
「は、はい。とっても気持ちよかったです……ありがとう、ございました……!!」
エルネは少しうっとりした表情で俺を見た。
そして、そんな俺たちの光景をわなわなと硬直して傍観していたセレクシアに、エルネがにこりと笑う。
「いい機会ですし、セレクシアさんも塗っていただいたらどうですか?」
「な、なななに言ってるのよ! わ、私の背中にケーゴが触れるなんて――!」
「じゃあわたしが塗りたくってあげるの」
どこからともなく現れ、日焼け止めクリームを手にしたメルィーゼが、背後からセレクシアの背中をパシンと叩いた。
「冷たっ!? な、なにすんのよチビッ子!」
「ケーゴに塗られるのが嫌なら、わたしが塗ってあげるの。わたしは人間じゃないから日焼けはしないけど、セレクシアは対策しないと真っ黒くろすけになっちゃうの」
「い、いや、別に私は自分で塗れるから――!」
「皆で何してるでやんすかー!? おいらも混ぜて欲しいでやんすー!」
ハリゾーが、ザバザバと海水をしたたらせてズシンズシンと砂浜を歩いてくる。
そんなカオスな仲間たちのやり取りを、俺とエルネはパラソルの下で笑いながら眺めるのだった。
○ ○ ○
それから十日ほどが経過した。
相変わらずずっと無人島に籠っている俺たちだが、さすがに十日もビーチにいれば少し飽きてくる。
初日はあれだけはしゃいでいたメルィーゼはパラソルの下でぐで~とだらしなく寝そべって溶けており、ハリゾーも虚無オーラで海にぷかぷか浮かんでいた。
「ケーゴさん、特製のトロピカルジュースをお作りしました。どうぞお飲みください!」
「おお、サンキュー、エルネ」
「エルネ、私も貰ってもいいかしら?」
「ずるいの。わたしにも飲ませるの」
「はい! お二人の分も作ってありますよ!」
エルネが作ってくれたジュースのストローをズゴゴと飲む。
んん~! マンゴー風味の異世界果実がとっても甘くてジューシー!
青いビーチを眺めながらトロピカルジュースを飲む、これぞ南国の醍醐味だなぁ!
「しっかし、例の『海の災厄』とかいう強大な魔物は現れねぇなぁ。定期的に探知魔法で探ってはいるんだが、それらしきデカい魔力反応は観測できねぇし」
「無人島の中も探索してみましたけど、これといって特別な物はなかったですよね」
「美味しい果物があったくらいなの」
セレクシアが肩を竦めて告げる。
「ま、地道に待つしかないでしょうね。そもそも、『海の災厄』とかいうのがどういう魔物なのかもハッキリと分かってないみたいだし」
「だな。噂じゃ、海を渡る船の底から浮かんできて攻撃を仕掛けてくるらしいが……」
――刹那。
発動していた探知魔法の端に大きな魔力反応を感知した。
「っ! これは――!?」
俺はガバッと起き上がる。
その魔力反応は急速に俺たちの方へ接近し、海で気持ち良さそうに一人で揺られている巨大ハリネズミ――ハリゾーの真下でピタリと止まった。
(海に浮かぶハリゾーの真下で急停止……!? おいおいこれって、船舶の真下の海域から襲ってくるとかいう『海の災厄』の特徴と一致してんじゃ――!)
俺はハリゾーに叫ぶ。
「おい、ハリゾー! 今すぐ海から上がれ!!」
「え~? なんででやんすか、ご主人~? おいらもう少しだけ海に揺れて日光浴を楽しみ――」
突如、ハリゾーの周囲の海が暗くなった。巨大生物の影が投影されたのだ。
次の瞬間。
ザブァアアアアアアアン!! と水飛沫を上げ、数本の巨大な触腕が海から突き出した。
「わわぁっーー!! な、なんでやんすかーー!?」
その触腕はすぐにハリゾーをぐるぐると絡めとり、荒れ狂うように海が波打った。

