突如漆黒のゲートから現れた中性的な顔立ちの子供。年齢は15歳くらいに見えるが、なんと悪神ルシェルという方らしい。
ん……? ていうか、悪神ってまさか……!?
俺が何かに気付きかけたと同時、ソフィーレ様が声を張り上げる。
「こ、ここは神聖な大聖堂ですよ! あなたのような悪ガキが来ていい場所ではありません!」
「え~、ボクだって神様なのにぃ。ボクってそんなにお邪魔虫ぃ~? 傷ついちゃうなぁ~」
悪神ルシェルは空中に寝そべりながら、小馬鹿にするようにケタケタと笑った。
そして、俺に視線を向ける。
「別に、ボクだってソフィーレには用はないよ。ただ、そっちのお兄さんは別でしょ? なんたって、このボク直々の『悪神の加護』――【愚者】のスキルを授かったんだからさぁ!」
「っ! やっぱり、俺の【愚者】スキルを生み出したのは、お前が……!?」
「そうそう、そうだよ~。どうだった、ボクお手製の加護は? 刺激的で面白い日常を送れたでしょ~!」
ルシェルがふよふよ~と空中をゴロ寝しながら俺の目の前にぐっと顔を近付ける。
思わずのけ反りつつ、苦笑混じりに応えた。
「生憎だが、俺は【愚者】スキルのせいで常にハラハラな人生を送らせられてるぜ……! メルィーゼのおかげで今は【愚者】スキルを無効化できてるがなぁ」
「およ? メルィーゼ? あー! 昔ボクが作った呪物だったっけ! どおりでキミから負のオーラがあんまり感じないわけだ。さしずめ、メルィーゼが【愚者】の負のエネルギーを抜いたんだね?」
「そうだ。そのおかげで一時的だが【愚者】の効果を消して生活できている」
「ぶー、つまんなくなーい? 人生はもっと爆発しなきゃ面白くないよー!」
ルシェルはぶーぶーと口を尖らせて文句を垂れる。
と、除け者にされていたソフィーレ様が割って入った。
「ちょっと、もういいでしょうルシェル! 慧吾さんが困っています!」
「そう? お兄さんはボクとお話できて楽しいよね?」
俺はルシェルに向き直り、真面目なトーンで言う。
「……悪神であるアンタの方から出てきてくれたのは好都合だ。どうにか、この【愚者】スキルを剥がしてくれないか?」
「えー! せっかくボクが丹精込めて創ったスキルなのにー? それに、【愚者】スキルがあればボクと繋がりがあるからこうしてボクとお喋りすることだってできるよ?」
「アンタとお喋りするくらいなら構わないが、【愚者】は邪魔すぎるな。製造者責任として、コレを回収してくれよ」
ソフィーレだけでなく俺からも否定的な返答を受けたルシェルは、いじけたように答える。
「ぶー、分かったよ。そんなにお気に召さないなら、『悪神の神殿』においでよ。そこでなら、【愚者】スキルをイジれるかもしれないからさ」
『悪神の神殿』だと……!?
いかにも不穏な空気が満載の建物だが、悪神たるルシェル本人が言っているのだから一聴に値する。
「……場所はどこにあるんだ?」
「さあ?」
ルシェルは肩を竦めておどけた。
人をおちょくったような態度にイラッとしながらも、努めて冷静さを保つ。
ルシェルは呑気な声で続けた。
「詳しい場所は忘れちゃったな~。多分かれこれ一万年前とかにできたものだった気がするし。ま、適当にこの世界を巡ってたらいずれ辿り着くんじゃない? その時が、きっとキミが【愚者】と向き合う運命の瞬間なんじゃないかなー!」
「こ、この野郎……!」
この世界のどこかにある『悪神の神殿』とやらを見つけるまで【愚者】スキルはこのままだって言いたいわけか……!
そんな宝探しみたいなことをいつまでもやってられないし、何なら一生を懸けても世界の隅々まで回り切れるとは限らない。
(さらに元も子もないことを言えば、ルシェルが嘘を吐いている可能性もある……。『悪神の神殿』なんてものは最初からなくて、それを探して右往左往している俺を天界から観察して嘲笑うのが目的、なんてことも……)
考えすぎだろうか?
しかしルシェルの飄々とした態度と常に人を小馬鹿にしたような振る舞いを鑑みれば、嫌でもそういった不安要素が想像できてしまう。
そも、ルシェルは『悪神』だからな。ソフィーレ様と違って、真っ当な神ではない可能性が高い。
不意に、大聖堂の空間が軋むような音が鳴り、空間が徐々に歪み始める。
「おっと、ボクとソフィーレの神が同時に下界の一ヶ所に降臨したからか、時空が歪み始めてるっぽいね。このままだと世界が崩壊しかねないから、そろそろこの辺りで切り上げかなぁ~」
「あなたのせいですよルシェル! 本当ならもっと私から慧吾さんに色々と伝えなければならないことがあったのに!」
「あはは~、ごめんごめん」
ソフィーレ様の怒りをルシェルはへらへらと笑いながら受け流す。
最後にソフィーレ様が俺に迫った。
「慧吾さん! 私たちは天界に帰りますが、先ほどお話しした『転生リセット』はもう私の方で準備を進めておきます! 完了次第またどうにかして下界に降り立つので、そこでやっちゃいましょう!」
「え、あ……は、はい」
「んじゃね~、面白いお兄さん。またどこかで会えたらその時はよろしく~!」
それだけ言い残し、ソフィーレ様は純白の光の中へ、ルシェルは漆黒の闇の中へそれぞれ消えていった。
瞬間、バリィイイイン!! と大聖堂の空間が変わった。
ソフィーレ様が発動していた時間停止が解除され、時が正常に刻み出す。
孤児院の院長先生であるマリッサさんが、祈りを捧げる姿勢のままゆっくりと目を開ける。
「……あれ、なんだかいつもと違う感覚が。まるですぐ傍に神様がいらっしゃったような、包まれるような安心感があります……」
エルネ・セレクシア・メルィーゼ・ハリゾーも、ゆっくりと目を開けて周囲をキョロキョロと見回した。
「な、なんでしょう。私も何だかすごくリラックスした気分になります」
「私も、妙に神聖な気配を感じるわね。これが大聖堂のパワーなのかしら?」
「……大聖堂に入って来た時はなかったのに、今は濃厚な甘い残り香がするの。とっても懐かしい……まさか悪神様……?」
「おいらも圧倒的な上位存在の残滓を肌で感じるでやんす……!」
四者四様の反応だが、全員何かしらの高位存在の片鱗を掴んでいるようだ。
時間停止されていたことにはさすがに気付いていないようだが、ルシェルとソフィーレ様の存在感は消しきれなかったらしい。
神への祈りを終えた俺たちは大聖堂へと出て、孤児院の食堂へと戻っていく。
中ではまだ子供たちが和気あいあいとしながら、俺が配ったパンと魔物の肉を食べてはしゃいでいた。
そんな笑顔があふれる空間でひとり、俺はルシェルとソフィーレ様から別々に提示された【愚者】スキルの除去方法について、真剣に考えを深めていくのだった。

