大聖堂で祈りを捧げた俺に、突如降って湧いた女性――女神ソフィーレ様。
まさかの女神様ご本人の登場に、俺は心臓が跳ねる。
「ソ、ソフィーレ様!? てか、どうしてこんな所に!?」
ソフィーレ様は天から降臨するようにふわりと着地した。背後にある古びた女神像と似た雰囲気を持っている。
ソフィーレ様は悠然と俺に歩みを進め、俺の目の前で体勢を変え――
「慧吾さん! この度は私の不手際で大変申し訳ありませんでしたぁぁああああぁぁああああああ!!」
完璧な土下座フォームで謝罪した。
あまりに突拍子のない土下座謝罪を見せられ、俺は慌てる。
「ええっ!? ち、ちょっと、顔を上げてください!」
ソフィーレ様はおずおずと顔を上げ、今度は背筋を伸ばした正座の姿勢で応えた。
「うぅ、すみませんすみません。慧吾さんの【愚者】スキルは完全に手違いで与えられたものでして……。慧吾さんがSSRガチャを引かれた際、【賢者】スキルと同時に【愚者】スキルも排出されていたんです。慧吾さんを異世界に送る前にそれに気付けていればまだ対応はできたのですが、私がそれに気付いたのは慧吾さんを異世界に送り届けた直後でして……。だからどうすることもできず、慧吾さんを苦難の道に追いやってしまっていたのです……!!」
「そう、だったんですか」
転生前の真っ白な空間で、ソフィーレ様が顕現させた巨大ガチャを引いたことは覚えている。
そこで見事【賢者】スキルを引き当て、意気揚々と異世界に降り立ったと思ったら、こっそりと【愚者】スキルなんていう厄介極まりない破滅スキルがくっついていたのだが……まさかガチャから二個同時にスキルカプセルが排出されていただなんて……。
「で、でもソフィーレ様はどうしてここに? 今まで俺と連絡は取れなかったんですか?」
「ここは元教会の大聖堂です。こういった神聖な気に満ちている空間であれば、少しの間ならこうして下界に降り立つことができるのです。とはいえ、ほとんどの人間には私の姿を見ることも声を聞くこともできません。慧吾さんは以前に天界で私と会っているため、強固な繋がりがあるのでこうして簡単にお話できているのです」
なるほど、そういうことか。
ん? てかちょっと待てよ?
ソフィーレ様が俺の前に現れているが、この大聖堂には他の人間もいるわけで――
「ち、ちょっと待ってください! 今さらですけど女神様がこんな下界に降りてきていいんですか!? しかも安易に土下座まで披露して!? 隣にマリッサさんとかパーティメンバーとかいますけど――!」
これだけ騒ぎになれば確実に注目を集めてしまう。
俺は顔を強張らせながら皆の様子をうかがうが、他の人間は誰も俺とソフィーレ様のやり取りに気付いていないようだった。皆、目を閉じて、女神像に祈りを捧げるポージングのまま固まっている。
いや、ていうかこれ、ただ固まってるだけじゃないような……。
ソフィーレ様が明朗な口調で言った。
「ご安心ください、ケーゴさん。私と話をしている間は、周囲の時間は停止しております」
「は!? 時間停止!?」
見てみると、マリッサさんやエルネ、セレクシアにメルィーゼにハリゾーまで、みんな微動だにせず固まっていた。空を見上げると、天井部の透明なガラスには空を飛ぶ鳥が羽を広げてピタリと止まっている。
時間停止能力、ソフィーレ様が言っているのは本当らしい。
ソフィーレ様は立ち上がり、俺と対峙した。正座慣れしていないからか少し足が痺れたような様子もある。
「今回、私が下界まで降りてきた理由は他でもありません。慧吾さんに宿った【愚者】スキルを除去する方法をついに見つけたからなのです!」
「え!? 本当ですか!?」
俺は思わず身を乗り出す。
「そ、それで、その方法ってのは!?」
「はい。一言で言うならば――『転生リセット』です!」
ソフィーレ様はビシッと指を立てて解説する。
「簡単に言えば慧吾さんの転生をやり直すということですね。一旦魂を天界に連れていき、そこでまた新たなSSRガチャを引き直して別の異世界に転生し直していただく――この方法であれば、完全に【愚者】スキルを除去することができると判明しました!」
「え、別の異世界に転生する、んですか……?」
ソフィーレ様は笑顔で頷いた。
だが、俺は一つの懸念を覚える。
「そ、それじゃあもうこの世界には戻ってこれないってことですか?」
「そうなりますね。同じ世界に二度転生させることはできませんので。あ、でもご安心ください! 別の転生先もほとんどこちらの異世界と同じ文化や環境のものを選びますし、世界の全体像的にはさほど変わりありませんので!」
「で、でも、もし別の異世界に行ったら、今いる仲間たちとは――」
「もう会うことはないでしょうね」
きっぱりと断言したソフィーレ様に、俺は息を呑んだ。
「ただ、慧吾さんを知る人物たちには記憶操作を行い、矛盾が起きないように調整します。そもそも慧吾さんの【愚者】スキルに気付けなかったのは私の落ち度ですので、これくらいの後始末は喜んでさせていただきますよ」
「そう、ですか……」
笑顔でやる気を出しているソフィーレ様とは対照的に、俺は複雑な心境だった。
ソフィーレ様が提案した『転生リセット』の方法を使えば、たしかに【愚者】スキルは除去できるかもしれないが――
俺はチラリと仲間の姿を見た。
エルネ・セレクシア・メルィーゼ・ハリゾー……『転生リセット』をすれば、もうこいつらとは一生会えなくなってしまう、ということ。
「さっ、どうでしょうか慧吾さん! もし『転生リセット』をされるなら、早い方がいいですよ!」
「そ、そうなんですか?」
「はい。この方法は裏ワザ的な物ですから、他の神に気取られる前にちゃちゃっと済ませちゃった方が得策です。それにこうして私が下界に降りて慧吾さんと接触していることが、あの【愚者】スキルを生み出した極悪外道の異端神である『悪神』にバレたら面倒なことに――」
口に手を当ててコソコソと話すソフィーレ様――その頭上に、漆黒のゲートが顕現する。
「――酷い言い種だなぁ、ソフィーレ」
「「っ!?」」
声変わりする前の少年のような声が大聖堂に響きわたり、俺とソフィーレ様は驚いて上を見上げる。
そこには漆黒のゲートがあり、中から黒を基調とした中性的な低身長の子供が現れる。ベレー帽のような帽子を被っていて、ニヒヒと笑う口の端からはキラリと八重歯が覗いていた。
「ちょ~っと悪戯好きなボクだって、そんなに陰で悪口を言われちゃったら傷ついちゃうよ。ねっ、お兄さん?」
俺に無邪気な笑みを向けるが、ソフィーレ様が即座に間に入って牽制した。
「な、なぜあなたがここにいるのですか!? 最凶最悪の悪神――ルシェル!!」
ダークな雰囲気をまとう中性的な顔立ちの子――悪神ルシェルは、帽子に手を添えながらふわふわと空中に寝そべり、意味深な笑みと共に俺たちを見下ろした。

