愚かな賢者の異世界ライフ ~神スキル【賢者】と破滅スキル【愚者】を同時に与えられたけど、気ままにスローライフを目指したい!~


『【愚者】のデトックス作戦』によって発生した特大の不幸――火山噴火を止めた俺は、その後仲間たちと合流した。
 全員の無事を確認して安心してしばらく、俺たちは結果を説明するべくドワーフの里へと引き返す。
 そしてドワーフ族の族長であるドズルバーツさん宅に向かい、事のあらましを説明していくと――

「――はぁああああああ!? あの特級呪物がこのチビッ子で、さっきの火山は旦那のスキルが暴走して起こした災害だとぉおおおおおおお!?」

 ドズルバーツさんは目玉が飛び出そうになるくらい驚愕し、俺と俺の隣にぴったり密着するメルィーゼに身を乗り出す。メルィーゼは俺の杖から分離し、今は銀髪のゴスロリ少女として隣に座っていた。

「そうなの。わたしが特級呪物"【スキル殺し】の呪装具"で、さっきの火山噴火もわたし考案の作戦の賜物なの。わたしはデキる子なの」

 メルィーゼが平たい胸を張り、えっへんと得意気に言う。

 ドズルバーツさんは驚き、同じく隣であんぐりと口を開けていたボルザックさんとコソコソ話をする。
 そして、ドズルバーツさんは吹っ切れたように笑った。

「ホント、旦那の規格外っぷりには驚かされてばかりだぜ。だが、これで『灼滅の淵崖』に挑戦する無謀な冒険者たちが減ると思えば、俺もいくらか気が楽になったな」

 ドズルバーツさんは超一流の鍛冶職人だが、その腕の良さゆえに彼の製作した武器を持った若い冒険者たちは誤った優越感に陥り、無謀な環境に身を投じて命を落としてきた過去を持つ。
 中でも最も命を奪った地は、俺たちが攻略した『灼滅に淵崖』だろう。ドワーフの里から行きやすい火山地帯であり、最奥には特級呪物が眠っていて飼い慣らした者は卓越した力を授かるという噂があった。

 俺はドズルバーツさんの心中を思いながら、気になっていたことを尋ねる。

「で、一つ聞きたいことがあって」
「なんだ?」
「実はさっきの火山噴火を止めるためにメルィーゼがドズルバーツさんの作った俺の『魔杖』と融合したんだ。一応いまはメルィーゼは人型に戻ってきてはいるんだが、魔杖はこのまま使い続けても問題ないか見て欲しいんだ」
「ほぉ、"【スキル殺し】の呪装具"と契約できりゃそんな隠し技も使えるようになるのか。どれ、見せてみろ」

 ドズルバーツさんは俺から長い魔杖を受け取り、念入りに調べていく。しばらく待っていると、ドズルバーツさんが俺に魔杖を返してきた。

「確認したが、問題はないな。強度や素材が劣化している箇所はないし、魔力循環も正常……というか、前よりも進化してやがる。ただ、魔力以外にも何か異質なエネルギーが巡っている感じだったのは気になるが……」
「あー、それってもしかして『呪力』か?」

 メルィーゼを見ると、彼女はこくりと頷いた。

「そうなの。わたしは魔杖から出たけど、わたしと融合した残滓は杖の内部に残っているの。それにわたしは元々『装具』だったから、契約者のケーゴが身につけている装備品を依り代にした方が存在を維持しやすいの。だからその杖をわたしの依り代として使うことにしたの」
「……てことは、この魔杖は魔力と呪力を併せ持つ性能にグレードアップしたってことか」
「そういうことなの!」
「おいおい、俺も長らく鍛冶に人生を捧げてきたが、そんな杖見たことねぇぞ。間違いなく大業物だぜ……!?」

 よく分からないが、メルィーゼのおかげで俺の武器が超進化を遂げてしまったようだ。

 黙って話を聞いていたボルザックさんが、口を開いた。

「それで、ケーゴたちはこれからどうするんだ? しばらくこの里に滞在するのか?」

 その問いには、俺は少し考えた後に答えた。

「……いや、俺たちは明日この里を発つよ。こっからやらなきゃならないことが山積みだからな」

 神妙な面持ちで言うのとは裏腹に、俺は内心テンション爆上がりだった。

(なんたって、一時的とはいえ俺はようやく【愚者】スキルから解放されたんだ! このチャンスを逃す前に、たっぷりと精神療養できそうなスローライフ生活を満喫せねば!!)

 ニヤニヤと笑みを浮かべる俺の前に、ドズルバーツさんが立ち上がった。

「そうか、もう行っちまうのか」

 ドズルバーツさんは清々しい顔で続ける。

「感謝するぜ、旦那。アンタは鍛冶士として死んでた俺をもう一度救ってくれた恩人だ。武器や装備で困ったらいつでも里に来な! どんな依頼が来てたって、最優先で対応することを誓うぜ!」
「ははは、そいつは頼もしいな。今後もぜひ仲良くしてくれると嬉しいよ」

 俺とドズルバーツさんは握手を交わす。

 こうして俺たちは、ドワーフの里もとい過酷な火山地帯と別れを告げることになったのだった。



 ○  ○  ○



 翌日。

 俺たちパーティメンバーはドワーフの里を出る準備をし、ボルザックさんを王都まで送り届けた。ちなみに行きで来た道を引き返して王都に向かったわけではなく、俺の転移魔法で一瞬で王都近くの草原に飛んだのだ。ボルザックさんは大層驚いていたが、俺が使う魔法ならばそんなこともできるかと納得してくれ、転移魔法のことも口外しないと約束してくれた。

 そして、俺たちは王都を観光しようとぶらついた。
 王国の中心部はとても面白いものや興味深いものが多く、俺と仲間は皆で観光を楽しんだ。セレクシアが王都を拠点に活動していた冒険者であったこともあり、彼女が色々と観光スポットを案内してくれたので旅行がより一層捗った。

 それから数日が経過し、俺たちは王都の人混みの中で当てもなくぶらついていた。

「――さて、王都もだいたい有名スポットは回ったか?」
「とっても広かったの」

 銀髪を靡かせるメルィーゼは、俺に肩車をさせ、誰よりも高い視点で街並みを見下ろす。当の俺はといえば、メルィーゼが着るふわふわのゴスロリ服が顔の両端に触れてくすぐったい。

 メルィーゼは俺と契約してからというもの、このようにやたらとくっついてくる。

 隣を歩くエルネがおずおずと俺とメルィーゼを見た。

「あ、あのぅ……メルィーゼさん? 前から思っていたんですけど、あまりケーゴさんにくっつき過ぎるのは、ど、どうなんでしょうか? ケーゴさんもご迷惑なんじゃ……」

 控えめなエルネの指摘。
 やっぱ他人の目から見てもそう思うよな。俺もスキンシップが過剰なんじゃないかと思うもん。でも拒否するとメルィーゼが拗ねてしまうので、いつも結局受け入れてしまう。

 しかし俺に肩車されているメルィーゼは顔色を変えず、ビシッとエルネに指をさして、一言。

「ネコ耳が嫉妬してるの」
「ふぇえええっ!? い、いやいやいや! しししし嫉妬とかじゃなくて、わ、私はただ――」
「本当はエルネもケーゴに肩車されたいと思ってるの。でも素直にお願いできないからヤキモキしているの。わたしにはお見通しなの」
「そ、そんなことは……ない、とは言わないですけど……で、でもぉ……ごにょごにょ」

 エルネは顔を赤くしてあわあわと否定している。けど上手く言葉になっていない。
 そんなエルネをどこか勝ち誇ったような目で見ていたメルィーゼ。
 そんな彼女に、今度はセレクシアがため息を吐いた。

「エルネの言うことにも一理あるわよ。アンタ、悪神の置き土産でケーゴと繋がりがあるかどうか知らないけど、もうちょっと節度ってものを弁えられないの? 四六時中ケーゴにべったりくっついてる様を見せられるこっちの身にも――」
「嫉妬2号なの」
「だぁれが嫉妬2号よ! ていうか、私は名前ですらないじゃない! セレクシアって呼びなさいよ!」
「ふふふ、女の嫉妬は見苦しいの」

 セレクシアがムキー! と目をつりあげているが、メルィーゼはどこ吹く風だ。
 そんな仲間のじゃれあいを眺めながら、俺は改めてこの数日間を振り返って高揚感に酔いしれた。

「にしても、マジでこの王都観光の数日間は不幸な目にあわなかった! 俺の行動が裏目に出ることもなく、突然厄介なトラブルに巻き込まれることもなく、とても平穏に暮らすことができている! これぞ思い描いていた異世界ライフだよ!」

 メルィーゼ考案の『【愚者】のデトックス作戦』の効果が如実に現れている!
 今までは数日間も平穏な日々が維持されるなんてことはなかったからなぁ。普通ならとっくに厄介事の一つや二つ舞い込んでいるはずだ。

「それでケーゴ。これからどうするのよ。どこか行くあてはあるの?」

 セレクシアがため息混じりに聞いてきた。

 俺は顎に手を当てて考える。

 行きたいところ、やりたいことは、まだまだたくさんある。
【愚者】のデバフからも解放されたことだし、こうなりゃとことん異世界を満喫してやるぜ――!

 そんな風に意気込んでいると、ふと裏道のようなところに数人の子供が集まっているのが見えた。パッと見はまだ十歳にも満たないくらいの少年少女たち。線が細い体に質素な服をまとい、手には大きなカゴを持っている。

「ん? あの子たちは――」
「ああ、あれは王都の孤児院にいる子たちね。屋台の余り物なんかを譲ってもらえないかってお願いにいってる姿を何度か見かけたことがあるわ」
「孤児、か……」

 何となく気になったので見てみると、子供たちは浮かない顔だった。カゴの中身は空っぽで、まだ誰からも余り物を譲って貰えていないのだろう。
 その子供たちの中の一人の女の子が勇気を出して近くでパン屋の出店をやっていたおじさんに話しかけるが、手で追い払われすげなく断られてしまう。

「……仕方ないな。あの子供たちに美味い串焼きでもご馳走してやるか」

 俺は肩車していたメルィーゼを降ろし、孤児の少女が追い払われた屋台に向かった。そしていま置いてある分のパンを全て購入。大半は空間魔法で収納したが、一つだけ大きな紙袋にたくさんのパンを入れてもらい、すぐ横の裏道へ向かう。
 薄暗くじめじめした路地の片隅に孤児院の子供たちが集まって悲しそうな顔をしていたので、努めて明るい口調で話しかけた。

「やあ、皆。こんにちは」
「……だれ?」

 少女が少し警戒した目で俺を見た。

 俺は、怪しい者じゃないよ、と答え、安心させるようにパンの袋を渡した。

「俺は通りすがりの冒険者だ。キミたち、お腹すいてるんだろ? 良かったらこれ、食べていいよ」
「え……!?」

 パンの紙袋を受け取ると、ふわりとした小麦の香りと甘い匂いが付近に漂う。
 暗い顔をしていた子供たちは一転、パアァァ! と表情を明るくさせた。

「ほ、本当にもらってもいい、んですか……?」
「もちろん。後でお金を請求したりもしないから、気にせず食べてくれ」
「「「あ、ありがとうございます!」」」

 子供たちはお礼を言った後、一斉にパンを手に取り、頬張った。
 
「「「んん~~!! 美味しいぃぃ~~!!」」」

 子供たちは満面の笑みでパンにかじりつく。
 途中でむせてしまった子は、俺の水魔法でお水を出して飲ませてあげた。

 喜んでいる子供たちを見るのは嬉しい気持ちになるが、一方で複雑な心境にも陥った。

(かなりガツガツ食べてるな。もしかしてあまりご飯を食べれてないのか?)

 ここは異世界だ。福祉事情がどうなっているのかは分からないが、もしかすると孤児院はあまり経営が上手くいっていないのかもしれない。

 すると、不意にトンッと肘で二の腕を突っつかれた。
 振り返るとセレクシアがニヤリと微笑んでいる。

「ケーゴ、あんた優しいところあるじゃない」
「さすがはケーゴさんです!」
「ケーゴなら当然なの」
「ご主人はとっても優しくて器が広いでやんすからな!」

 仲間たちは俺に優しい笑顔を向けていた。やっぱり皆も孤児の子供たちのことが気になってたんだな。

 しかし、この子たちとここで出会ったのも何かの縁だ。
【愚者】スキルから解放された俺に恐れるものはない。ゆえに、ちょっとした人助けだと思って他の孤児院の子供たちにも幸せのお裾分けをしてあげよう!

 あっという間にパンを完食した少女に、俺はにこりと笑って尋ねる。

「良かったら、キミたちの住んでる孤児院まで案内してくれないか? もし孤児院に他の子たちがいるなら、今みたいにご馳走するよ。パンはたくさん買い込んでるからまだ在庫が余ってるんだ」
「ほ、ほんと!?」

 パンをあげたからか、子供たちの食い付きが良い。少女は他の子供たちを先導し、俺たちを孤児院まで案内してくれた。
 その後、俺たちは王都の中心部から外れたエリアにやって来た。繁華街のような喧騒はなく、人通りもそれなりといった閑散とした場所だった。

 その一角に古びた教会のような孤児院が建っていて、寂れた門と広い庭が広がっている。
 少女たちは急いで教会に入って他の孤児の子供たちを集め、先生たち大人陣も現れた。俺は孤児院へ食べ物の寄付をしたいと申し出、食堂に集まった子供たちのべ50人ほどに食料を配った。パンだけじゃ足りなかったので、手持ちの魔物肉などを焼いて不足分を補充。そこまですれば子供たち全員に十分な量の食べ物を与えることができ、バクバクとパンや肉にかじりつく子供たちを眺めていた。

 と、孤児院の女性の先生が深々と頭を下げてきた。

「この度は子供たちにご飯を分け与えてくださり、本当にありがとうございました。なんとお礼を申し上げれば良いか……!」
「いえいえ、偶然街で子供たちを見掛けたから余っていたご飯をお裾分けしただけなので。気にしないでください」
「なんと寛大なお方……! ああ、これも神様のお導きなのですね……!」

 女性はまだ20代半ばくらいで若く、シスター服のような格好をしているが、身なりはどこかみすぼらしさを感じる。
 幸薄そうな美人という感じだ。

「申し遅れました。私はマリッサと申します。この孤児院で子供たちの面倒を見ております」
「ケーゴです。こっちは俺の冒険者仲間です」  

 俺を皮切りに、パーティメンバーも自己紹介を返した。
 マリッサさんは口に手を当てて驚きをあらわにする。

「まあ、皆様は冒険者の方々だったのですね。冒険者の方はもっと屈強な人なのかと思っていたのですが、可愛らしい女性陣ばかりですね。ふふふ、ケーゴ様もすみに置けませんね」

 マリッサさんは悪戯っぽい笑顔で言うと、食堂で魔物の肉とパンを頬張っている子供たちに向けて声を張り上げた。

「はーい、皆さん注目! いま皆さんが食べている美味しいご飯は、こちらのケーゴ様のご厚意によってもたらされたものです! 私たちに食べ物をお恵みくださった寛大なケーゴ様に、お礼を言いましょう!」
「「「ケーゴお兄ちゃん、ありがと~~!!」」」

 子供たちが笑顔で口々に俺への感謝を告げた。
 無邪気で可愛らしく、なんだかとってもほっこりした気持ちになる。

(ああ……これだよこれ。こういう人との温かい繋がりとか、子供が喜んでいる様を見届けるような、何気ない幸せな日常を味わいたかったんだよ俺は……!)

 じんわりとささやかな幸福を味わっていると、マリッサさんがパンッと手を叩いた。

「そうだ! もしよろしければ、教会にいらっしゃいませんか? ケーゴ様と出会わせていただけことを、神様へ感謝をしたいのです」
「教会ですか?」
「はい。この孤児院は元は教会で、それを改修して建てられたものなんです。なので隣にはまだ大聖堂があって、神様への像なども残っているんですよ」

 たしかに、孤児院の外観を見た時から古びた教会のようだとは思っていた。
 せっかくのマリッサさんのご厚意なので、俺たちは彼女の申し出を承諾。マリッサさんに連れられて食堂を離れ、隣の教会へと移った。

「おお、ここが大聖堂ですか」

 解放感のある空間が広がっていた。空間の両端には横に長い木製の椅子が等間隔に並べられていて、周囲にはステンドグラスが敷き詰められていた。
 最奥には、天へ祈りを捧げる女神のような石像が祀られている。

 マリッサさんはその女神像の前まで向かい、祈りのポーズをした。

 俺たちは聖職者ではないので祈りのマナーなどは何も知らないが、とりあえずマリッサさんの真似をしてみた。
 女神像の前で目を閉じて手を合わせる。

(神様、俺は毎日に感謝しています。どうか、こんな平穏な日常がずっと続きますように)

 なんか神社での祈願っぽくなってしまったが、まあいいだろう。
 これできっと神様の耳にも届いたはずだ。

 そう思い目を開けようとした瞬間、どこからともなくかすかな声が聞こえた気がした。

 ん? なんだ?
 気のせいか?

 と、思ったその時、大聖堂にはっきりとした声が響きわたった。

「――――ケーゴさーーーん!! お久しぶりですぅーーー!!」

 女神像が白く輝き、白金のゲートが出現。
 そのゲートから、神秘的なオーラを放つ美しい女性が現れた。

 俺はその女性の顔を見て、ぎょっと目を見開く。

 なぜなら、この人は――

「あ、あなたは――女神ソフィーレ様!?」

 見間違うはずもない。

 俺の目の前に現れた女性は、俺をこの異世界へと転生させてくれた張本人である、女神ソフィーレ様その人だった。