愚かな賢者の異世界ライフ ~神スキル【賢者】と破滅スキル【愚者】を同時に与えられたけど、気ままにスローライフを目指したい!~


 大地が揺れ、地割れが起こり、マグマが噴き出す。

「まずい! 足場が崩れる!」

 俺は全員に浮遊魔法を発動し、エルネ・セレクシア・ハリゾー・メルィーゼと共に空中に浮かび上がった。

 その直後、俺たちが立っていた地面が崩壊し、深紅のマグマに包まれた。もはや踏める足場はほとんどなく、真下はマグマの海が広がっている。

「こ、これが『【愚者】のデトックス作戦』か……!」
「もう怖じ気ついたの?」
「ハッ、馬鹿言え。どうやって乗り越えてやろうか考えてんだよ」

 マグマの熱気が肌を焼く灼熱の空間。
 エルネがこの空間唯一の出入口に指をさした。

「ケーゴさん! 魔物たちが雪崩れ込んできます!」

 響いてくる不気味なうなり声。
 暗い闇に包まれた入り口通路の向こうから、ドバッと大量の魔物たちが押し寄せてきた。

(マグマに包まれたと思ったら今度は大量の魔物の襲撃かよ。これが『不幸の前借り』の効果か)

 魔物の中にはコウモリのような飛行タイプのものが混ざっていて空中浮遊する俺たちに群れで襲いかかる。
 しかし、

「――ホーリースラッシュ五連!!」

 セレクシアの神速の抜剣と、五つの剣閃が光る。
 次の瞬間、黒く空間を染めていたコウモリ魔物たちの群れはバラバラに切り刻まれ、マグマの海に落ちていった。

「フン、これくらいの魔物なんて敵じゃないわ!」
「ナイスだセレクシア! この場所に留まっていても仕方ないから、急いで『灼滅の淵崖』を出るぞ!」

 浮遊魔法を操作し、出入り口に突っ込む。
 先には妨害するように大量の魔物が控えていたが、『賢者』の俺と『剣聖』のセレクシアのタッグ技で難なく突破した。

 しばらく進むと足場が戻ってきたので、浮遊魔法を解除。俺たちは走ってこの地底部を抜ける。

 と、不意に巨大な影が俺たちを襲った。

「――《防御魔法》!」

 反射的にドーム状の防御魔法で仲間を守る。
 直後、真上から大きな岩石が降ってきて、ドガァン! と防御魔法に衝突して砕けた。

「な、なんでやんすか!?」
「さっきの揺れで落石したのかしら!?」
「……いや、どうやらそれだけじゃないらしい」

 上を見上げると、溶岩が冷え固まって形成された岩石の天井にぶら下がる、数十体の魔物が見えた。

 ―――――――――――――――――――
 種族:ヴォルカニックモンキー

 ランク:A (群れ状態はS)

 説明:火山地帯に生息する猿型の魔物。炎熱耐性を持つ毛深い毛に覆われ、壁や天井にしがみついて攻撃を行う。知能が高く、群れで標的にされると厄介。
 ―――――――――――――――――――

 先ほどの落石は、あの猿のせいだ。
 猿の群れは俺たちを嘲笑うように石を握り、弾丸のように投擲してきた。

「「「ウキキーーッ!!」」」

 ドガガガガガガガ!! と防御魔法に石の散弾が命中し、視界が遮られる。

「くっ、面倒くせぇ猿どもだな……! 魔法で撃退しようにも、動きがすばしっこくて捉えにくい。かといって下手に広範囲魔法を撃ったら天井の崩落を早めるだけだし……」
「ケーゴさん、ここは私に任せてください!」

 猿に杖を向ける俺の前に、エルネが歩みを進めた。

「『狂戦士(バーサーカー)』モード、解放!」

 エルネの体から覇気のような赤いオーラが噴出し、目にも止まらぬ速度で跳躍。
 天井にぶら下がる猿たちに一蹴りで肉薄し、殴り飛ばした。

「ウギィ!!」
「まだまだいきます!」

 エルネは洞窟のような周囲のエリアをジグザグ軌道で立体的に跳び回り、猿たちを一匹ずつ撃墜していく。
 最初は応戦していた猿たちだったが、次第にエルネが優勢になったことで逃げようとする個体が出てくる。が、エルネは一匹足りとも見逃さない。

「逃がしませんよ!」
「ウギギィィァァ!!」

 最後の一匹がドガァン! と殴り飛ばされ、マグマの川に沈んだ。

 シュタ、と華麗に着地したエルネに、俺は拍手を送る。

「さすがだな、エルネ。厄介な猿の魔物を一蹴するとは」
「ケーゴさん! これくらいは当然です!」

 エルネも『狂戦士(バーサーカー)モード』が、ドズルバーツさん製のグローブのおかげでさらに強化されているようだ。

 俺たちは走るのを再開し、洞窟の脱出を試みる。

 しばらく走り、もうまもなく洞窟を出ると思った、その直前。

 壁を蹴り破って現れる、水色の煌めきを持つ巨大岩石。その岩石はロボットのように動き、俺たちの前に立ちはだかった。

「あれは――!」

 ―――――――――――――――――――
 種族:ミスリルゴーレム

 ランク:SS

 説明:魔力濃度が高いエリアにごく稀に出現するミスリル鉱石で覆われたゴーレム。ミスリルの体は物理攻撃も魔法攻撃も効きにくく、討伐は至難を極める。
 ―――――――――――――――――――

 ミスリルゴーレム……!?

 ランクもSSでかなり強い。
 試しに俺が魔法を撃ってみたが、ゴーレムの固いミスリルの壁は突破できなかった。

「くっ、最後の最後に面倒くさそうな奴が立ち塞がってるが……」
「わたしに任せるの」

 メルィーゼが漆黒のゴスロリ服をふわりと揺らした。

「こんな石くれ――わたしにかかれば触れるだけでおしまいなの」
「ゴギギッ!?」

 メルィーゼは軽やかな動きでミスリルゴーレムの脇に潜り込み、その胴体に触れた。瞬間、ミスリルゴーレムの体が内側から破裂し、ゴトゴトとミスリルの塊が崩壊していく。

「ミスリルゴーレムは物理も魔法も通りにくいけど、わたしが使う力はそのどちらでもない『呪法』。特級呪物のわたしが使う『呪法』による干渉は、ミスリルゴーレムでも防ぐことはできないの」
「ギギ……ゴガガ……!」

 耐えるミスリルゴーレムだが、抵抗むなしくビシリと体に一直線の亀裂が発生。
 直後、ガラガラと瓦礫のように崩れ絶命した。

「いっちょあがりなの。魔法が効かないなら呪法で対処すればいいだけなの」
「す、すげぇなメルィーゼ! ナイスだ!」
「えっへんなの。ミスリルゴーレムの素材はミスリル鉱石と同じくらい価値が高いから、回収しておくといいの」
「お、耳寄り情報サンキュー!」

 俺は空間魔法で砕けたミスリルゴーレムの死体を回収。
 そして全員で走ると、ついに洞窟を出た。

 辺りは薄暗く、目の前は『灼滅の淵崖』のせり立つ巨大な崖が果てしなく続いている。マグマの熱気がかなり収まった。

「よし、あとはこの崖を登るだけだが――」

 頭上を見上げた瞬間、地を裂くような轟音と大地震が鳴り響いた。
 崖の向こうからかすかに見える巨大な活火山の火口から、爆雷のような火山岩とマグマが噴出する。

「お、おい、まさか……活火山が大噴火を起こしたのか!?」

 先ほどまでは火山の地底洞窟の内部で地割れが起こり、マグマが噴き出したりしていたが、今回はその比ではない。
 天変地異クラスの大噴火によって土石流や赤黒いマグマが流れ出し――やがて漏れ出したマグマが『灼滅の炎崖』の溝を埋めるように流れてきた。

 俺たちの背後から、ドドドドド……、と流れる大量のマグマの津波が崖下を埋め尽くしていく。

「ち、ちょっと! マグマの波が押し寄せてくるわよ!?」
「ケ、ケーゴさん……!」

 狼狽するセレクシアとエルネ。

 危機的な状況に募る焦りを抑えて、俺はハリゾーに指示を飛ばした。

「ハリゾー! 皆を連れてこの崖登れるか!」
「はいな! おいらにお任せでやんす!」

 巨大化したハリゾーが、凛々しい目付きで応える。

「皆はハリゾーに乗って『灼滅の淵崖』から逃げろ! ハリゾーはできるだけ遠くに離れて、噴火に巻き込まれないようにしてくれ!」

 指示に従いハリゾーの背中に乗り込んだセレクシアとエルネ。
 が、ハリゾーに乗ろうとしない俺にセレクシアが声をあげた。

「それで、ケーゴはどうするのよ!」

 ゆっくりと頭上――火山の災害を見上げて言う。

「俺は――あの火山の噴火を止めに行く!」

 セレクシアが何か言葉を返す前に、ハリゾーがギアを上げた。

「それじゃあ崖を登ってエルネとセレクシアを無事に遠くまで避難させるでやんすよー!」

 ハリゾーが崖に向けて爆走。そのまま衝突するという寸前で、崖を真上に走り、巧みなバランス能力で垂直の崖をぐんぐん登っていった。
 あの調子なら、すぐに『灼滅の淵崖』から逃げられそうだ。

「頼んだぞ、ハリゾー。あとは俺があの噴火を止めるだけだ!」

 浮遊魔法を発動し、急浮上。ぐんぐん速度を上げて崖を真上に推進していると、不意に肩に手が乗せられているのに気付いた。

「わたしも一緒に行くの」
「メルィーゼ!?」

 気配を消していたメルィーゼが、ひょこっと俺の肩から顔を出す。
 猛スピードで空中を進んでいき、俺は火山の噴火口の真上にやって来た。高度は3000m級だ。凄まじい火山灰と有毒ガスが蔓延しているが、ガッチリと防御魔法を展開しているので効かない。

 恐ろしい大噴火が爆発している活火山をメルィーゼと見下ろし、俺は改めてメルィーゼと目を合わせた。

「火山の真上まで来たが、どうするつもりだ? お前は何かできるのか?」
「逆に、ケーゴはどうするつもりなの?」
「俺は……まずは魔法で火山岩や溶岩の発生を止めて、周辺への被害を抑える。近くにはまだハリゾーたちがいるだろうし、この火山から少し距離があるとはいえ近隣にはドワーフの里もあるからな」

 俺は大きな魔杖を構え、火山に切っ先を向けた。

 メルィーゼは感情が読めない表情で、俺の魔杖を眺める。

「その杖……かなり性能が良さそうなの」
「あん? ああ、まあこれもドズルバーツさんが作ったものだからな。エルネやセレクシアの武器と同じくらい、業物ではあると思うが」
「それなら、大丈夫そうなの」

 メルィーゼは意味深なことを言うと、不意に俺の魔杖に触れた。
 そして――メルィーゼの体が吸い込まれるように杖に吸収され、肉体が消失する。

「――はあ!? い、いきなりメルィーゼが吸い込まれて消えた!?」

 つまり、メルィーゼが俺の『魔杖』と融合した。
『魔杖』は以前よりも禍々しいデザインに変形し、魔力と呪力が混ざりあった濃密なエネルギーを放出している。

『バッチリ、融合が成功したの』
「メルィーゼ!? 喋れるのか!?」

 俺の魔杖からメルィーゼの声が反響した。

『わたしは人間じゃなく悪神様が創った特級呪物。だからこういう物の中に潜り込んだり融合したりすることもできるの。でも耐久力が弱い物品だとわたしが入り込む前に砕けて使い物にならなくなるから、わたしの融合能力を使うにはこれくらいの稀有な力を宿した物が求められるの』

 でもおかげで、とメルィーゼは区切って。

『これで、ケーゴの杖はより進化したの』
「進化、だと?」
『そうなの。わたしが融合したこの魔杖は――「破滅の魔杖」と呼ぶといいの!』

『破滅の魔杖』。メルィーゼが融合した、俺の新たな進化武器だ。

「だが、メルィーゼが融合したことで具体的にどう進化したんだ?」
『この火山噴火を止められるの』

 きっぱりと断言するメルィーゼに、俺は目を丸くする。

「噴火を止められるのか!?」
『もちろんなの。この火山噴火は自然災害というよりは、ごく稀に発生する、魔力の急激な乱れによって引き起こされた事故なの。いわば、火山のしゃっくりみたいなものなの」

 噴火を火山のしゃっくりで例えるとは、メルィーゼもなかなか独自の感性を持っているな。

「原因は俺たちが実行した「【愚者】のデトックス作戦」によって導かれた特大の不幸、か」
『間違いないの。でも、自然災害じゃないなら止めようがあるの。要は、火山の内部で乱れた魔力を安定させてあげれば良いだけなの」

 だから、とメルィーゼが続ける。

『魔力の塊を込めた巨大なエネルギー弾を打ち込んで外側から火山に魔力を補給するの。その道中でぶつかるであろう火山岩やマグマはわたしの『呪法』で消し飛ばすの。こうすれば、全てを魔法だけで行うよりも効率良く事を済ませられるの」
「つまり、魔法だけでやろうとすると火山内部に着弾する前に噴火物に衝突して魔力が削られるから、その手前の妨害部分はメルィーゼの呪力を使って破壊する、ってことか。そうすれば火山への魔力補給だけに専念することができる、と」
『そういうことなの』

 突拍子のないアイディアだが、一応筋は通っている。俺の探知魔法で見ても、たしかに火山内部の魔力反応は不規則に揺れる波紋のようにぐらぐらと揺らいでいた。この揺らぎの余波が増幅されることで、今回のような大噴火に繋がってしまったのだろう。

「……分かったぜ。ぶっつけ本番だが、俺とお前の合体技、やってみるか!」
『望むところなの!』

 俺は『破滅の魔杖』に魔力を込める。大量の魔力を滞留させ、高濃度な魔力エネルギー弾を固めていく。その周囲にメルィーゼの漆黒の呪力がガス星雲のように渦巻きながら覆っていく。
 杖の切っ先に埋め込まれる赤い宝玉がギラリと煌めいた。

 カッと目を見開く。

「これで沈まれ火山野郎! ――――《混沌魔呪砲(カオスマナカースド)》!!」

 漆黒のエネルギー砲が火山の噴火口に直撃。噴火中の火山岩やマグマはメルィーゼの呪力で瞬時に崩壊させる。そしてエネルギー砲の内部に固めた俺の超高濃度魔力が火山の中枢に突き刺さる。

 これぞ、この二つの別ベクトルのエネルギーを合わせた、新技の超規模魔法!

「いけぇぇええええええええええ!!」
『なのー!』

 俺とメルィーゼが叫び、火山の内部で大爆発が発生した。
 ガスと水蒸気がダイナマイトのように爆散し、火山上空にいた俺たちの視界を灰色に染め上げる。

 俺は風魔法で煙を吹き飛ばした。

 すると、俺の眼下には、もくもくと黒煙を噴き出す火山の頂上が見えた。が、もう噴火は収まっていた。
 ドロリ、と火山頂上の周辺にプリンのカラメルソースのようにマグマの残骸がゆっくりと流れているだけだ。

「……やった。火山の沈静化に成功したぞぉおおおお!!」
『やったー、なのー!』

 上空で、俺は魔杖(メルィーゼ)を抱き締めて喜びをあらわにする。
 直後、上空を覆っていた積乱雲のような曇天に巨大な風穴が開き、太陽の光が俺たちを照らす。今の『混沌魔呪砲(カオスマナカースド)』の超規模魔法の衝撃波が火山の真上に広がっていた分厚い雲を貫通し、陽の光を通したのだ。
 一度風穴が開いた分厚い雲はみるみる内に霧散していき、やがて青空が広がる。

 清々しいほどの晴天は、濃縮された不幸の連鎖の終わりを告げる、最高の終幕劇(フィナーレ)を演出したのだった。