愚かな賢者の異世界ライフ ~神スキル【賢者】と破滅スキル【愚者】を同時に与えられたけど、気ままにスローライフを目指したい!~


 突如現れた銀髪色白のゴスロリ少女。容姿からして10歳くらいだろうか。手は黒いゴスロリ服の袖に隠れていて、萌え袖の状態になっている。

 俺は鑑定魔法を発動した。

 ―――――――――――――――――――
 名前:メルィーゼ

 ランク:SSS

 説明:悪神が残した特級呪物。別名"【スキル殺し】の呪装具"と呼ばれる。『呪い』に強い耐性と適性を持つ。
 ―――――――――――――――――――

 その説明文に、俺は目を見開く。

「特級呪物……!? メルィーゼ、お前が"【スキル殺し】の呪装具"なのか!?」
「そんな名前で呼ばれてるような話を聞いた気がするの。でもメルィーゼはメルィーゼ。それ以外の何者でもないの」

 メルィーゼは口の端をかすかに歪め、赤い瞳を俺に向けた。

 その不気味な態度に、パーティメンバーたちも警戒を強める。

「ケ、ケーゴさんが探していた呪物は、女の子だったんですか……!?」
「いや、でもあれは人間じゃないわよ。かなり異質で、凄まじい存在感があるわ……!!」
「ご、ご主人、あの子と戦うんでやんすか……?」

 さて、どうするかな。
 できれば争い事は避けたいんだが。

「いきなり押し掛けて悪いな。俺はケーゴだ。それでこっちが俺の仲間の――」
「いいの。他の雑魚には興味がないの。ケーゴ、わたしの興味は甘い匂いのあなただけなの」

 メルィーゼが祭壇からジャンプし、地面に降りた。

 ぐっ、と警戒レベルを一段引き上げる。

「……そういや、さっきから俺のことを、甘い匂いがするとか言ってるが、どういうことだ? 俺は甘味なんて持ち歩いていないんだが」
「違うの。これは食べ物じゃない。だけどわたしの大好物の味なの」

 コツ、コツ、とメルィーゼがゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。俺はいつでも魔法を撃てるよう構えつつ、平静を装う。

 メルィーゼは微笑んで言った。

「"他人の不幸は蜜の味"っていうでしょ? わたしは人の不幸が大好きなの。甘くて美味しい味がするの。ず~っとこの地に封印されていたから、久しぶりの『美味』に感動しているの。これぞ悪神様のお導きなの」
「悪神、だと?」
「わたしを創った悪い神様なの」

 その名前、どこかで見たような気が……ハッ!

 俺は自分のステータス画面を開き、スキル欄にある【愚者】のスキル説明を表示させた。

 ――――――――――――――――――――
 スキル:【愚者】
 あらゆる行動が裏目に出て、不運とトラブルを招く非常に稀有なスキル。
 イメージした理想通りの暮らしを送ることは至難。
『運』のステータス値にマイナス100000ポイントが付与される。
 悪神から与えられる災厄の破滅スキル。
 ――――――――――――――――――――

 あった、これだ……!
 スキル説明の最後の一文――"悪神から与えられる災厄の破滅スキル"!

「つまり、俺とお前は同じ悪神と繋がりがある者ってことか……!?」
「……え? ケーゴも悪神様を知っているの?」

 メルィーゼがピタリと足を止めた。
 互いに向かい合った状態で、俺はここに来た目的を説明する。

「俺には【愚者】という破滅スキルが宿ってる。このスキルは悪神から与えられたもの……ってことになってる」

 厳密には俺はなんでこのスキルがくっついてきたのか知らないんだがな。【賢者】スキルは女神ソフィーレ様のご厚意でSSRガチャを回して排出された激レアスキルではあるんだが、まさか何かの不具合で【愚者】スキルもセットでついてきたのかね。
 
「だが、この【愚者】は破滅スキルだ。今まで何度も迷惑を被ってきた。だから俺はこの【愚者】スキルを破壊するためにメルィーゼ……お前の力を借りに来たんだよ」
「……なるほど、そういうことなの。ケーゴから甘い匂いがするのは、その【愚者】とやらのスキル効果で不幸オーラを漂わせているからなのね」
「認めたくないが、そういうことかもな」
「そして、ケーゴはわたしの【スキル殺し】の能力を利用して、【愚者】とやらのスキルを殺そうと画策している……そういう理解でいいの?」

 俺は首肯した。
 メルィーゼが続ける。

「分かったの。でも、【スキル殺し】の能力を行使するには、わたしと契約をしなければならないの。また、契約をしたとしても【愚者】スキルを破壊できるかは不明なの。それでもあなたはやる覚悟があるの?」
「……ああ、望むところだ!」
 
 メルィーゼが俺のすぐ目の前に立った。
 俺はまだ防御魔法を展開している。
 だから意を決して防御魔法を解除しようとしたその時――メルィーゼの素早い手刀が俺の左胸に貫通した。

「……なっ!?」
「特級呪物のわたしが使う能力は魔法じゃない。『呪法』なの。だから防御魔法を張っていても、簡単にすり抜けられるの」

 メルィーゼの手首が深々と俺の胸に突き刺さっている。パーティメンバーが息を呑んだ。

「ケーゴさん!!」
「ケーゴ!!」
「ご主人!!」

 死んだかと思ったが、俺はまだ生きている。というか、胸にメルィーゼの手が刺さっているというのに、痛みを感じない。

「それではこれより契約を始めるの。ケーゴはわたしの呪力を受け止め、わたしはケーゴの魔力を受け入れるの」

 直後、俺とメルィーゼの体から黒い火の粉のようなものが散った。俺の魔力とメルィーゼの呪力が可視化されたものだ。
 体の中に異質なエネルギーが流れ込んでくる感覚と、俺の魔力が吸い出される感覚が同時に襲ってきた。

 瞬間、ドクン! と心臓が跳ねる。

「ぐっ……がはっ」
「――お疲れ様なの。契約は無事、完了したの」

 メルィーゼがズルリと手を引き抜いた。
 俺は貫通していた左胸を抑え、膝をつく。

「ケーゴさん、大丈夫ですか!?」
「ケーゴ、しっかりしなさいよ!!」
「ご主人、死んじゃいやでやんすー!!」

 駆け寄ってくるパーティメンバーに、俺は手を上げて無事をアピールした。

「大、丈夫だ。息は上がってるが……体は問題ない」

 体の中にはまだ定着していないメルィーゼの呪力の違和感を覚える。が、体は平気。
 俺はしばらく息を整え、再び立ち上がった。

「これで、契約完了なんだよな」
「そうなの。ケーゴがわたしの契約に耐えられて良かったの。今まで訪れてきた人間たちは皆、契約時にわたしの存在負荷に耐えられずに死んでしまったの。向こうから契約を望んだからしてあげたのに、結果勝手に死んでしまって、わたしはずっと寂しい気持ちになっていたの」

 ドズルバーツさんも強い冒険者たちが特級呪物(メルィーゼ)を求めて旅立ったが帰って来なかった、と言っていたが、そういうことか。
 特級呪物に殺されたのかと思っていたが、ただ契約の負荷に耐えられる器じゃなかったってことなんだな。

 俺は本題を切り出す。

「それで、どうだ? 俺の【愚者】スキルは破壊できそうか?」
「試してみるの」

 メルィーゼは再び俺の胸に手を当てた。今度は貫通することはなく、胸にメルィーゼの手のひらの感触を感じる。

「わたしは契約者の魂に干渉して、スキルや魔法と『対話』することができるの。『対話』によって本来以上に力を増幅させることもできれば、わたしより格下のスキルや魔法なら呪力に喰わせて消滅することもできるの」
「それが、"【スキル殺し】の呪装具"のカラクリか」

 メルィーゼは目を閉じ、集中する。
 待つこと十秒ほど。
 無表情で目を閉じていたメルィーゼは、ぐっと苦悶の声を上げる。

「……ダメなの。ケーゴの【愚者】スキルは見つけたけど、わたしよりも存在の格が上だから消滅させることができない……対話も拒否されてしまったの。さすが悪神様から直々に授かっただけはあるの。とっても強力で、ケーゴの魂にビッチリくっついてる状態なの。無理やり剥がそうとすればケーゴの魂も引き千切られるの」
「な、なにぃ!?」

 そんなことになってるのか!?
 これじゃあ【愚者】スキルの破壊は困難。

 せっかくスキルと対話できるとかいうチートじみたメルィーゼの力を借りたのに、無駄骨に終わるとは……。
 ん? でもスキルと話せるなら、もしかしてメルィーゼは俺のもう一つのスキルとも対話できるんじゃないか?
 藁にも縋る思いだ。
【愚者】スキルがダメなら、【賢者】スキルの方で何かヒントが見つかったりしないか……!

「なあメルィーゼ。ちなみになんだが、【賢者】スキルと対話することはできるか?」
「やってみるの」

 しばし十秒ほど瞑目するメルィーゼ。
 ややあって、ゆっくりと目を開いた。

「――【賢者】と対話できたの。なんか女神様みたいな人が、『本当にごめんなさい! 【愚者】スキルは完全に事故なんですぅ! こ、こっちでもどうにかできないか模索中ですからケーゴさんも何とか生き延びて下さいー!!』……って、土下座して叫んでたの」

 おいマジですかいソフィーレ様。
 俺を異世界に転生させた方で、さらに【賢者】と【愚者】のスキルを授けた女神様といえばソフィーレ様しかいない。
 転生直前の神界みたいな所で会ったきりで異世界に来てからは連絡取れてなかったが、まさか【賢者】スキルを通してコミュニケーションが取れるとは。

 意外な情報は得られたものの、直接【愚者】をどうこうできるものではなかった。

「……しっかし、メルィーゼでも【愚者】の破壊は無理だったか……。ダメ元だってのは分かってたけど、やっぱショックだなぁ。ソフィーレ様がどうにか打開策を実行してくれるまで、胃痛と戦いながら異世界ライフを送らねばならんとは……」

 トホホ……、とガックリ肩を落としていると、メルィーゼが無表情で告げた。

「たしかに【愚者】の破壊はできなかったけど、実は一時的に【愚者】を無力化できるかもしれない方法なら見つけたの」
「え!? ど、どういうことだ!?」

 一筋の光明に、俺は顔を上げる。

 メルィーゼは解説するように人差し指を立てた。

「端的に言うなら――『不幸の前借り』をすることなの」
「不幸の、前借り……?」

 メルィーゼが説明する。

「【愚者】には破壊も対話もできなかったけど、スキル構造は少し分かったの。【愚者】は対象者に降りかかる『幸運』を食い潰して『不幸』を吐き出す生き物のようなもの。いわば『正の運命エネルギー』を『負の運命エネルギー』に変換しているの。でも、【愚者】というスキルが存在を維持するには、それなりの『負の運命エネルギー』が必要で、【愚者】はその分のエネルギーは吐き出さずに常にストックしている状態の」
「なるほど。つまり不幸を呼び込む『負の運命エネルギー』とやらが完全に枯渇したら【愚者】というスキルが餓死するようなイメージか?」
「そうなの。人間で言うなら基礎代謝のようなもので、【愚者】も存在を維持するだけでエネルギーが必要。……逆に言えば、【愚者】が存在維持のために溜め込んでる『負の運命エネルギー』を無理やり全て絞り出せば、再び『負の運命エネルギー』が一定量充填されるまで【愚者】は仮死状態になって、無力化できるという算段……」

 メルィーゼは一拍置いて、キメ台詞のようにビシッと俺に指をさした。

「名付けて、『【愚者】のデトックス』作戦なの!」

 俺は戦慄する。

「マ、マジかよ……! なんつー、ぶっ飛んだ作戦……!!」

 メルィーゼが試すような目で見つめる。

「でも、当然危険はあるの。ていうか、危険しかないの。本来【愚者】が吐き出す予定じゃなかった『負の運命エネルギー』を今ここで絞り出して『不幸の前借り』をするということは、裏返せば今この場で尋常じゃない濃縮された不幸イベントが襲ってくるということなの。例え【賢者】の能力があったとしても、普通にケーゴが死ぬ可能性もあり得るの」

 メルィーゼは、見定めるように告げる。

「それでも、やる覚悟はできてるの?」

 俺は背後にいる仲間に目を向けた。
 すると、俺が言葉を口にする前にパーティメンバーがフッと笑う。

「お任せくださいケーゴさん! 今までずっとケーゴさんに救われてきたんです……私はケーゴさんとならどんな苦難でも乗り越えられると信じています!」
「そうよ。アンタの不運とやらがどれほどのものか知らないけど、今さら遠慮する必要はないわ。むしろ、新調したこの剣でもっと試し切りしたいくらいだわ!」
「おいらはご主人の忠実な従魔でやんす! ご主人のためならばこのハリゾー、粉骨砕身の気概で暴れ回るでやんすよー!」

 俺は皆の返答に感動し、目を見開いた。

「お、お前ら……ありがとう。その覚悟、感謝するよ」

 俺の感謝に、パーティメンバーは笑顔で応えた。

 そして俺は、メルィーゼに向き直る。

「――やってやるぜ、メルィーゼ。どんな不幸が訪れるかしらねぇが、俺たちは乗り越えてみせる!」
「……さすがはケーゴなの。こんなことで臆するような人間にわたしの契約者は務まらない。合格なの」

 メルィーゼも満足そうに微笑み、三度(みたび)俺の胸に手を当てる。

「じゃあ、やるの。【愚者】に干渉し、溜め込んでる『負の運命エネルギー』を無理やり絞り出してやるの!!」

 メルィーゼが語気を強め、呪力を解放。
 漆黒の風が吹き荒れたかと思うと、俺の中から毒々しいエネルギーが漏れ出した。

(こ、これが【愚者】のエネルギー源……『負の運命エネルギー』か!?)

 いかにも体に悪そうなオーラをドバドバと吐き出すことしばらく。
 メルィーゼが手を離すと、俺の体は前よりも軽くなっている感じがした。

「終わったのか?」
「うん。でも、本番はここからなの――来るの!」

 瞬間、地鳴りと地震が発生。周囲の大地が割れてマグマが噴き出す。
 それと同時、耳をつんざくような爆発音。

 巨大な活火山全体が鳴動し、周囲からは不気味な魔物の唸り声が響きわたった。