愚かな賢者の異世界ライフ ~神スキル【賢者】と破滅スキル【愚者】を同時に与えられたけど、気ままにスローライフを目指したい!~


 地中から姿を現した、森の支配者ロックドラゴン。

 Sランクに指定されているらしい化け物のブレス攻撃が直撃した俺とエルネは木っ端微塵になって死ぬ――――ことはなかった。

 目を見開き、はあ、はあ、はあ、と呼吸を荒くしながら、俺は手を突き出したポーズのまま固まっていた。

「か、かかか、間一髪……! 防御魔法が間に合ったぞ……!!」

 反射的に発動した防御魔法。
 俺を中心にドーム状に展開された光のバリアが、ロックドラゴンのブレスから守ってくれた。

「あ、あれ……わ、私……生き、てる……?」

 俺の足元でネコ耳を両手で隠すように蹲っていたエルネが、恐る恐る顔を上げた。

「ケーゴさんが助けてくれたんですか……!?」
「ああ。何とか、ギリギリな」

 魔法の"ま"の字も知らない俺がロックドラゴンのブレスに耐えられる防御魔法を咄嗟に発動できたのは、紛れもなく【賢者】という神スキルのおかげだ。
 このスキルをくれた女神様には感謝しかない。

 ――だが。

「突然ロックドラゴンに襲われるなんていう超絶大ピンチな状況を招いたのは、絶対もう一個の破滅スキル……【愚者】のせいだよなっ!」

 頬に嫌な汗を垂らしながら、俺は周囲を見た。

 俺の防御魔法がある場所以外は、ロックドラゴンのブレスによって草木も大地もぐちゃぐちゃに破壊されていた。
 まさに破壊光線のようなブレスだ。

「……ガルルァァァァ……!!」

 ロックドラゴンが苛立った目で俺たちを眺めた。
 ブレスが直撃したのにまだ生き残ってるのが不服なのだろう。

「不味いな……ブレスでここら一帯の森を吹き飛ばしてくれたおかげで、めちゃくちゃ見晴らしが良くなってる。こりゃ草木に紛れてロックドラゴンを撒くことができねぇぞ……」

 願わくば、このままロックドラゴンが踵を返して俺たちの前から消えてくれることを――

「ガルルァァアアアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 ロックドラゴンは分厚い両翼を大きく広げ、全力で走りだす。
 俺たちに突進してきた。

「だぁああああ、クソッ! やっぱブレス一発で退いてはくれねぇか!」

 俺はエルネに手を差し出す。

「エルネ、逃げるぞ!!」
「は、はい!」

 エルネは俺の手を取って立ち上がり、すぐにロックドラゴンからダッシュで逃げる。

 俺もエルネも全速力で走ったのだが。

「ケ、ケーゴさん! ロックドラゴンが追い付いてきてます!」

 ロックドラゴンの一歩は俺たちの何倍もあり、競争じゃ勝てっこない。

 俺たちが本気で走っても、どんどんロックドラゴンは距離を詰めてきていた。

「こうなったら、魔法で迎え撃つしかないか――!」

 俺の最大の武器は魔法!
【賢者】のスキルをフル稼働し、ロックドラゴンを倒すしかない!

 俺は走りながら後ろを振り向き、手をロックドラゴンに向けた。

「これでも食らえ! 《メガファイアボール》!!」

 放出した巨大なファイアボール。
 ドラゴンの巨体にも引けを取らない大きさのファイアボールがロックドラゴンの顔面にヒットする。

 しかし、
 
「――ガルルグァァアアアアアアア!!」

 ロックドラゴンは炎の塊を突っ切ってきた。

「マジかよ! アイツ、炎効かねぇのか!?」
「ロックドラゴンは分厚く硬質な鱗で全身を覆われていて、物理攻撃も魔法攻撃も通りにくいんです!」
「なんだそのとんでもスペック! アイツこそチートじゃねぇか!」

 と、背後からエネルギーを充填するような不気味な音が響く。
 振り返ると、ロックドラゴンの口にブレスの光が凝縮していた。

 俺とエルネの表情が凍りついた。

(アイツ、至近距離でブレスを撃つつもりか!?)

 俺はエルネに近づく。

「さすがに至近距離からブレスを食らうのはヤバい! 緊急避難するぞ! エルネ、ちょっと我慢してくれよ!」
「え? って、ひゃあ!?」

 俺はエルネをお姫様抱っこした。

 すっとんきょうな声を上げるエルネを無視し、俺は全身に魔力をまとわせる。

 そして、俺は思いっきりジャンプし、空中浮遊した。

「ガルルァァアアアアアアアアアアア!!」

 直後、俺の足元の下にブレスの破壊光線が通過する。
 凄まじい風圧と破壊音に耐えると、ほどなくして盛大に破壊された森が俯瞰して見えた。

「ふぅ、何とかブレス攻撃は凌いだぜ……!」

 ほっと一息吐くと同時、この先の行動を思案する。

(このまま空を飛んでエルネの村まで向かって行っても良いんだが、もしロックドラゴンまで引き連れてきちまったら村が壊滅するよな……)

 やはり、ロックドラゴンはここで倒すしかない、か。

 だが、ロックドラゴンには攻撃が通りにくいらしい。
 俺の【賢者】スキルで思いっきり魔法を撃ち込みまくれば倒せるかもしれないが、エルネに危険が及ぶかもしれない。
 俺の腕の中に収まるエルネはあわあわと顔を赤くしていた。ロックドラゴンの襲撃にテンパってるみたいだ。

「『外』から攻撃が通らないなら――『内』から攻めるしかないな!」

 一つ、思い付いた妙案。
 できるだけ派手な戦闘は避けつつ、確実にロックドラゴンを討伐する方法だ。

 二度もブレス攻撃を無駄撃ちさせられたロックドラゴンは、ギロリと上空に浮遊する俺たちを睨み付けた。
 そんなロックドラゴンに、俺は冷静に手をかざす。

「――《メガウォータードーム》!」

 巨大な水の塊を出現させ、ロックドラゴンを包みこんだ。

「ガルルァ!?」

 突如湧き出した大量の水にロックドラゴンは驚愕しているようだが、瞬く間に全身が水の球体に包まれた。

 俺はダメ押しの一手を加える。

「からの、大量の防御魔法!」

 水の巨塊の周囲にベタベタと防御魔法を貼りつける。
 これでもう内側でどれだけ暴れてもロックドラゴンは水の牢獄から抜け出すことはできない!

「ガボボ……ゴポポ……ァァァ!!」

 水の球体に閉じ込められたロックドラゴンは一心不乱に暴れまわっているが、水中では思うように威力が出せないようだ。
 さらに水の外側は防御魔法で守られているため、ロックドラゴンの力では突破ができない。

「これぞ名付けて、『水死作戦』だ! 魔法でドンパチやっても微妙なら、静かに沈めてやるまでよ!」

 めちゃくちゃ地味で華麗さの欠片もない姑息な戦法だが、そんなもん知ったことか!
 命あっての物種。
 異世界転生初日でドラゴンに殺されてたまるかってんだ!

「……ァ、……ァァ…………!」

 ロックドラゴンは水の中でもがくもどんどん溺れていき、やがて動かなくなった。

 ぷかぁ~、と水の球体の中でぷかぷかと浮いている。

「よし! 討伐成功だ!」

 防御魔法と水魔法を解除。

 バシャー! と大量の水が地面を濡らしていき、森に染み渡る。

 俺はゆっくりと地面に降り立ち、お姫様抱っこ中だったエルネを下ろしてあげた。

「もう大丈夫だぞ、エルネ。なんとかロックドラゴンは倒したからな!」
「あ、あああ、ありがとうございましゅ」

 エルネは赤面しながらペコペコと頭を下げてお礼を言った。

 俺は「気にしないでくれ」とだけ返し、改めて倒れたロックドラゴンに近づく。

「にしても、マジでデッケェなコイツ……俺はこんな化け物に襲われてたのかよ」

 ロックドラゴンのゴツゴツした鼻先をペチペチと手で叩いた。

 すると、ようやく冷静さを取り戻したのか、エルネがたたたっと駆け寄ってきた。

「て、ていうか、本当にあのロックドラゴンをケーゴさんお一人で倒してしまうなんて凄すぎです! こんなの、余裕でSランク冒険者になれちゃいますよ!!」

 俺は苦笑で返した。

(何とか【賢者】のスキルで乗り切れたものの、もうこんなトラブルは勘弁してほしいが……)

 ――【愚者】
 脳裏にかすめたそのワードは、ぶんぶんと首を振って吹き飛ばした。

「ケーゴさん、このロックドラゴンはどうするんですか?」
「え、どうするって……」
「ロックドラゴンの素材はどれも貴重品で、ギルドで売れば高値で買い取ってくれますよ! ロックドラゴン丸々の素材があれば、当分の間お金に困ることはないです! それにお肉も絶品らしいですよ!」

 そうなのか!
 無一文な今の俺には非常に助かる情報だ!

 それにドラゴン肉も気になる。

「あ、でも素材を売るには解体して小分けにしないとですよね……。私も解体はそれなりに自信があるんですけど、さすがにドラゴンを解体したことはないですし……でもこのまま森に放置していたら誰か他の人に横取りされるかもしれませんし……」
「ふむ、だったら」

 俺はロックドラゴンの死体に手をかざした。

「ロックドラゴンを収納するイメージで――《空間魔法》!」

 ギュオン、と俺の手のひらの空間が歪み、ロックドラゴンの巨体がみるみる吸い込まれていった。

 ほどなくして、キュポンと音を立ててロックドラゴンの死体は跡形もなく消失した。

 俺の空間魔法の中に収まったようだ。

「ええっ!? ロックドラゴンが消えちゃいました! ケ、ケーゴさん、何をしたんですか!?」
「空間魔法で一旦回収したんだよ。ロックドラゴンの解体については……また追々考えよう」
「く、空間魔法まで使えるんですか!? 私、初めて生で見ました!」

 ともかく、これで一件落着だ。
 ようやく当初の目的地に向かうことができる。

「色々と騒動はあったが、改めて――エルネの村に案内してくれ!」
「はい! お任せください!」

 ロックドラゴンのブレスによって拓かれた土砂の大地を並んで歩きながら、俺とエルネは森の奥へと進んでいくのだった。