トルドーさんから"【スキル殺し】の呪装具"の情報を聞いた後、俺は急いでパーティメンバーを屋敷の前に集めた。
この屋敷は街のど真ん中ではなく、少し郊外の外れにあるので、外に出れば広い草原や並木道が広がっている。
そんな緑の景色をバックに、俺は堂々と宣言する。
「――というわけで、今から王都に行きます!」
エルネ・セレクシア・ハリゾーは、ぱちぱちと瞬きをした。
「王都ですか! 私、初めてなので楽しみです!」
「またいきなりね……。ま、私はもともと王都で活動してたから、王都に帰るのは別に構わないけど」
「おいらもお供するでやんすよー!」
よし、全員準備はできているらしいな!
「でも、どうして急に王都に行こうと思われたんですか?」
「それはだな――」
俺は"【スキル殺し】の呪装具"の情報をかいつまんで説明した。
「てな訳だ。ま、詳しくは王都で話そう。ハリゾー!」
「はいな!」
エルネの肩に乗っていたミニサイズのハリゾーが、ピョーンとジャンプしてボフンと煙に包まれる。
と、通常サイズの巨大なハリネズミに変身した。
「よし、乗れ!」
「え、えっ? こ、このハリネズミの背中に乗るの? 嘘でしょ?」
「大マジだ。最初は変な感じだが、乗り心地はまあ悪くないぞ」
俺は全員の体に防御魔法を施し、嫌がるセレクシアを無理やりハリゾーの背中に押し込んだ。
エルネも苦笑しつつ、慎重にハリゾーに乗る。
こうして俺・エルネ・セレクシアがハリゾーの背中に乗り込むのに成功。早速、王都に向けて出発しようというところで、背後から声が響いた。
「ケーゴ様!」
「ケーゴ殿!」
大きな屋敷の前に立っていたのは、リディアと領主様だった。
二人とも、見送りに来てくれたみたいだ。
「お達者で、ケーゴ様! 困った時はいつでも当家にいらしてくださいねー!」
「ケーゴ殿は命の恩人です! グランヴェイン公爵家は、その恩を忘れませんぞ!」
俺はニッと笑い、二人に向けて盛大に手を振る。
「今日まで泊めていただき、ありがとうございました! またお会いすることがあれば、どこかでー!」
エルネとセレクシアも小さく手を振って別れの挨拶を告げる。
と同時、ハリゾーが出発した。
草原をぐんぐん走っていき、リディアと領主様、そして荘厳なお屋敷が小さくなっていく。
やがてリディアと領主様の姿が見えなくなり、針山がお尻に刺さる恐怖でヒィヒィ言っているセレクシアを落ち着かせながら、王都へ向けて爆速で進んでいくのだった。
○ ○ ○
ハリゾーの背に乗る旅を続けること数時間。
ついに、目的地へ到着した。
「ついたぞー! ここが王都か!! すげぇ広いし賑やかだな!!」
王都の門をくぐった俺は万歳して喜ぶ。ハリゾーはミニサイズになり、俺の肩に乗っている。
その二歩後ろを、セレクシアとエルネが歩いていた。
「うぅ、酷い目にあったわ……」
「お、お疲れ様ですセレクシアさん……!」
お尻をさするセレクシアにエルネが寄り添うように労った。防御魔法かけてたから体はノーダメージなんだが、ハリゾーの針がブスブスお尻に刺さる恐怖が強かったようだ。
でもあんまり言うとハリゾーが悲しむからそこら辺で勘弁してやってくれ。ハリゾーがうるうるした目でこっち見てくるから。
「しっかし、王都は予想以上に発展してるっぽいな。こうなると例の鍛冶屋がどこにあんのか探すの大変そうだが……」
一応その鍛冶屋の大まかな場所はトルドーさんから聞いているのだが、如何せん土地勘がないから鍛冶屋まで行くのは時間がかかりそうだ。
すると、セレクシアが俺の横に並んだ。
「そのドワーフの鍛冶屋の場所なら知ってるわよ」
「お、マジ!? さすが王都を拠点にしてる最強冒険者! 頼りになるな!」
「王都じゃ有名だし、私の剣もその店のオーダーメイド品だもの。案内してあげるから、ついてきなさい」
セレクシアの案内に大人しくついていき、王都を練り歩く。
商業街に数多のギルド群、噴水広場やマルシェなどを通り抜け、歩くこと小一時間。
俺たちは、石造りの武骨な店の前で立ち止まった。
「ついたわよ。王国でも数少ない一級鍛冶士の称号を持つドワーフが営む予約困難な一流鍛冶屋――『銀髭工房』」
『銀髭工房』……それが店の名前か。
よし、それでは早速入ってみよう!
俺は重い扉を押し開け、中へ入る。
「――すみませーん、お邪魔しまーす」
店の中は無人だった。
代わりに壁中の至るところに様々な種類の武器が立て掛けられている。剣やナイフを始め、槍や斧や弓などレパートリーは豊富だ。
「だ、誰もいらっしゃらないんですかね……?」
エルネが恐る恐る辺りを見回す。
しかし、俺は店の奥からかすかに、ガン、ガン……! という鉄を打ち付けるような音が響いているのに気付いた。
が、その音がパタリと止む。
ややあって、低い酒焼けした声が響いた。
「……何だテメェら」
店の奥から出てきたのは、身長130cmくらいのおじさんだった。耳は少しとんがり、顎にはたっぷりと蓄えた銀色の髭が煌めく。全身は黒く煤汚れ、額や首筋には大粒の汗が目立つ。
本物の異世界ドワーフに俺はテンションが上がる。
「あ、こんにちは。実は少しお話があって……」
「帰れ」
一言で切り捨てられた。
ドワーフは面倒そうに息を吐く。
「ウチは一見お断りだ。軟弱モンに俺が打った武器は使わせねぇ」
「そう言わず、話だけでも聞いてもらえないかしら?」
セレクシアが助太刀に入ってくれた。
彼女の顔を見たドワーフは片眉を曲げる。
「セレクシア……何だ、嬢ちゃんの連れだったのか?」
「まあ、そんなところね。それに今回は武器の依頼をしに来たんじゃなくて――」
「ッ!!」
瞬間、ドワーフが目を見開いてダッシュしてきた。
そのままセレクシアに接近し――彼女が装備する剣を至近距離で凝視する。
「ちょ、ちょっと何よ!?」
「……お前さん、最近この剣で何を斬った?」
「はあ? 何を斬ったって……」
「まさかとは思うが、SSランク以上のドラゴンと一戦交えたりしてねぇだろうな」
俺とセレクシアはハッと目を見開く。
このドワーフ、剣を少し見ただけでそこまで分かるのか!?
セレクシアが答えた。
「数日前に、湖月幻古龍と戦ったわ」
「湖月幻古龍……あの天月湖の主とかいうヤツか! そいつは古龍の類いだろ!? まさか古龍と戦うバカがいたとは驚きだが、しかし古龍を倒したにしては消耗が浅い。倒しきれず撤退したのか?」
「いや、湖月幻古龍はきっちり倒したわ。そこにいる、ケーゴがね」
ドワーフは信じられないものを見るような目で俺を見た。
「何だと……? この貧弱なヒョロ男が……?」
貧弱なヒョロ男扱いは心外だが、ドワーフの興味が少し俺に向いてくれたみたいだ。さっきまでの門前払いな対応が和らぐ。
ここで俺は領主様に書いて貰った封書を渡した。
ドワーフは封書の封蝋がグランヴェイン公爵家のものであることに驚き、丁重に封を開けて手紙を読んだ。
しばらくして読み終えると、俺をジロリと見上げた。
「……なるほど、そういうことか」
「どうかな。話を聞いてくれる気になったか?」
ドワーフは勝手にセレクシアの装備を外し、剣を取り上げて言った。
「わざわざウチまで来たんだ。セレクシアの嬢ちゃんの剣はメンテナンスさせて貰う。その片手間で良けりゃ、話くらいなら聞いてやるよ」
ドワーフは店の奥へと足を進め、弟子らしき人に「店番をしとけ。コイツらとの話が終わるまで、従業員含め誰も工房に入れるな」と指示を出した。弟子は頭を下げ、工房から去った。
鍛冶の片手間とは言っていたが、真剣に俺の話を聞いてくれるみたいだな。
ドワーフは顔だけ振り返り、俺たちに告げた。
「言い忘れてたが、俺はボルザックだ」
「俺はケーゴ。そんでこっちがエルネとハリゾーだ。よろしく頼むよ、ボルザックさん」
俺たちは互いに簡単な自己紹介をし、熱気に包まれる工房を進んでいく。
ボルザックさんは石造りのかまどにセレクシアの剣を突っ込み、剣身が赤くなるまで熱していく。鎚でガンガンと叩いて微調整を加える後ろ姿はまさに一級鍛冶士に相応しい風格がある。
俺たちしかいない静かな工房で、ボルザックさんはぶっきらぼうに告げた。
「で、話って何だ」
「"【スキル殺し】の呪装具"について聞きたくて」
「…………、」
鎚を振るうボルザックさんの腕が一瞬止まる。が、すぐに鍛冶が再開された。
「……やめとけ。どこであんな特級呪物のことを聞き付けたのか知らんが、関わるだけ損だ。どうせあの呪物に選ばれれば莫大な力を得られるとかいう噂を真に受けたんだろうが、それ目当てで呪いに触れた奴らは全員あの世に行ってる。もう何人犠牲になったのか分からねぇ」
たしかに、その呪装具に選ばれれば天地開闢の力を授けられるとかいう話しはトルドーさんも言っていた。
が、俺の目当てはそんな力じゃない。
「勘違いしてるぜ、ボルザックさん。俺の目的は呪物から与えられる力じゃなく、むしろ呪いの方――"【スキル殺し】"の効果が欲しいんだ」
「あん?」
さすがのボルザックさんも鍛冶の腕を止め、俺に視線を配った。
「求めてるのは呪いの効果の方だと? 意味が分からねぇな。お前さん、あの特級呪物に何する気だ」
ギロリ、と警戒心を多分に含んだ眼光を俺に向ける。ボルザックさんに下手な嘘や誤魔化しは通用しない。
こんな状況になることも覚悟はしていた。
パーティメンバーは全員信頼できる人間だけだ。
だから俺は、自分の秘密を打ち明けようと思う。
深呼吸し、真剣な顔で皆を見る。
「――今から話すことは、他言無用でお願いしたいんだが」
俺は自分の情報をありのまま伝えた。
異世界から来た転生者であること、転生時に【賢者】と【愚者】のスキルを与えられたこと、この【愚者】スキルのせいで不幸な目にあっていること。
そして、この【愚者】スキルを破壊するために"【スキル殺し】の呪装具"の『呪い』を利用できるんじゃないかと考えていること。
話し終える頃には全員が絶句していた。
まあ、さすがに異世界転生云々は聞いたことがないよな。
「に、にわかには信じ難てぇ話だが……嘘を吐いてる感じじゃねぇな」
「ま、まさかアンタが異世界の人間だったなんて……!!」
「……あっ。だからケーゴさんは、私たち獣人に対しても分け隔てなく接してくださってたんですね……!!」
「でも、あれだけ凄まじい力を宿してるご主人なら、むしろ納得したでやんす!」
パーティメンバーは驚いている様子だったが、特に嫌な雰囲気は感じない。むしろ納得感や好意的に受け止められている印象だ。やっぱりこの仲間に打ち明けるのは正解だった。
俺は一歩前に出て、ボルザックさんと視線を合わせる。
「どうだ、俺は全てを話したぜ。だからボルザックさんも、知ってることを話してくれないか?」
「…………」
ボルザックさんは、セレクシアの剣を磨き上げ、ふぅと息を吹き掛けて剣を眺めた。その剣は前よりも輝きを増していて、歴戦の逸品と化していた。
ボルザックさんは剣をセレクシアに手渡し、ため息混じりに言う。
「例の特級呪物があるのは大陸西部の火山地帯だ。常に熱気が漂い、マグマが流れたり火山噴火も珍しくない。人間にとっちゃかなり過酷な環境だが、それでも行くのか?」
「ああ、もちろんだ」
「そうか……なら、俺も連れていけ」
「……え?」
思わぬ要求に、俺は目を丸くする。
「火山地帯の横にはドワーフ里がある。俺の故郷なんだが、火山地帯には馬車じゃ行けねぇから交通の便は最悪だ。だからもう何十年も帰郷できてなかったんだが、お前さんらが行くならちょうどいい。ドワーフの里にいる族長なら"【スキル殺し】の呪装具"のこともよく知ってるだろうから、俺が取り次いでやるよ」
「そ、それは助かるが……店を空けて大丈夫なのか?」
「フッ、問題ねぇさ。そもそもここは俺の個人工房だ。俺の予定は俺が決める」
ボルザックさんはずかずかと工房を出て店番をしている弟子の人に「しばらく留守にするから新規の依頼は全部断っとけ!」と荒々しく指示を出した。弟子の人は困惑した様子だったけど、ボルザックさんは無視して工房を片付け始める。
「明日の昼、またこの店に来い。その時までに準備は進めておく」
「本当か!? 助かるよ!」
まさかボルザックさんが直々に現地までついてきてくれるとは思わなかったけど、嬉しい誤算だ。
そして翌日。
お昼過ぎに『銀髭工房』を訪れると、パンパンに膨らんだリュックと手荷物を背負ったボルザックさんが現れた。
「おう、よく来たな」
「ああ……にしても、すごい荷物だな」
「数十年ぶりの里帰りだからよ、色々と物が多くなっちまった」
「良かったら俺の空間魔法に収納しようか?」
「なに? 空間魔法?」
俺はボルザックさんの大きな荷物を空間魔法で回収し、身軽にしてあげた。
「お、俺の荷物が綺麗に消えちまった!? こ、こいつはすげぇな……!」
「ま、これくらいなら問題ない。それよりも、コレはなんだ?」
俺はボルザックさんの隣に立つ、精悍な顔立ちをした一匹の小型竜に目を向けた。その竜は二足歩行で立ち、人がひとり乗る用の装具を覆われている。躾が効いているのか、ぐるぐる唸りながら大人しく俺たちを見ていた。
「コイツは竜車に使われる走竜だ。馬じゃ通れないような足場の悪い場所でも走れるから、昨日の内に一匹予約しといたんだよ。ドワーフの里までは距離があるからな」
「ああ、自分の足として用意しておいたのか」
お互い準備も整っているようなので王都の門を出て、全員で草原に出た。
そこで今さらながらボルザックさんが尋ねる。
「そういや、お前さんらはどうやって移動するつもりだ? 昨日も言ったが、西部の火山地帯は馬じゃいけねぇぞ?」
「ああ、大丈夫だ。俺たちはコイツに乗るからな」
ミニサイズだったハリゾーが通常サイズに変身。巨大化したハリネズミの姿を見て、ボルザックさんはのけ反って驚いた。
「な、なんだこりゃあ!? み、見たことがねぇ魔物だが、これもお前さんの従魔か!?」
「そうだ。襲ったりはしないから安心してくれ」
「おいらは優しいハリネズミでやんすっ!」
こうして、俺・エルネ・セレクシアはハリゾーに乗り、ボルザックさんは走竜に乗って出発した。
大陸西部の火山地帯までは結構距離があるらしく、走竜で飛ばしても3日は必要らしい。
というわけで、俺たちは3日間の旅路を楽しんだ。
ほとんどは森や草原を走っているだけだが、たまに湖や岩窟地帯などもあり、面白みがあった。
宿に関しては道中で見つけた街や村の宿泊施設を利用。俺の土魔法で即席のハウスを造っても良かったが、まあ現地のちゃんとした宿泊施設に泊まれるならそっちの方がいいだろう。俺のハウスはあくまでも緊急時用だ。
また、道中は何度も魔物に襲われた。俺とセレクシアがいるおかげで魔物の脅威はなかったが、高ランク冒険者が護衛についていなければ一瞬で食われていただろう。
気軽に里帰りできなかったボルザックさんの気持ちが少し分かった。
そんなこんなで移動を続けていると、もう辺りはすっかり熱気に覆われ、マグマが固まったような赤黒い土砂が広がる。遠くには巨大な活火山が見える。上空は火山灰が分厚く横たわり、重たい曇天が広がっていた。
「火山地帯に入ったか……やっぱ熱いな」
俺がハリゾーの背の上で独りごちると、隣を走るボルザックさんが指をさした。
「見えてきたぞ! あれが俺の故郷――ドワーフの里だ!!」
目を凝らしてみると、火山地帯の奥に集落のような場所があることに気づいた。
俺たちはついに、ドワーフの里へと到着した。

