湖月幻古龍を殴り飛ばしたのは、まさかのエルネだった。
ネコ耳がピンと張り、細長いネコ尻尾がくねり、ボクサーのストレートパンチのようなシルエットが満月を背景に浮かんでいる。
「エ、エルネ!? 家の中で待ってろって言ったはずなのに何でここに……つーか、なんだあの戦闘能力は!?」
驚愕する俺を無視し、殴られた湖月幻古龍はギロリとエルネを睨んだ。
「ナン、ダ……貴、様ハァァアアアアア!!」
「――シッ」
エルネは短く息を吐くと、湖月幻古龍の胴体に着地し、すぐに跳躍。
そのまま湖月幻古龍の顎に渾身のアッパーキックを食らわせた。
「ゴブハァァアアアア……!!」
湖月幻古龍は血を吐いてのけ反る。
が、エルネは攻撃の手を緩めず、巨大なドラゴンの体を足場に利用して縦横無尽にパンチとキックを連打。湖月幻古龍を一方的にボコボコにしていく。
普段の柔らかで清楚な雰囲気からは想像もつかない、荒々しく野性的な戦闘スタイル。
あの姿は、まるで――
「――……狂戦士ッ!!」
エルネの眼光が赤く煌めく。
獰猛な肉食獣のごときその風格は、湖月幻古龍にすら引けを取っていない。
エルネは今、間違いなく――覚醒している!!
「な、なにあの強さ……あれがエルネ……? て、ていうか、エルネって獣人だったの!?」
セレクシアが驚きの表情で言う。
あ、そうか。
エルネが獣人だということがバレると人間の街で暮らしにくいから、俺が隠蔽魔法でエルネのネコ耳とネコ尻尾を他人の目から見えないように隠したんだった。
が、エルネが狂戦士モードに覚醒したことで覇気のようなオーラが噴出し、俺の隠蔽魔法が壊されたらしい。
(もしかしたらセレクシアも獣人を差別的に見ているかもしれないが……今はそんなことを気にしてる場合じゃない!)
湖月幻古龍が暴れ回る。
「図ニ、乗ルナァァアアアアァァァ!!」
湖月幻古龍が口を開き、青白い光を収束させる。
必殺のレーザービームを撃ち込む気だ。
それを察知したエルネは反射的に身を翻し、軌道を変更。湖月幻古龍がレーザービームを発射する寸前で頬を殴る。
強制的に口の角度がねじ曲げられた湖月幻古龍のレーザービームは軌道が逸れ、草原エリアをキュィィイイイイン! と弧を描くように破壊。
遅れて、ドガガァァアアアアアン!! と爆発音が響く。
「ご主人! 今のレーザービームで、草原から襲ってきてた魔物の群れが大量に死んだでやんす!」
レーザーで焼かれ、爆炎に飲まれた草原には、ウルフやゴブリンや半魚人の死体が至るところに転がっていた。
おかげでセレクシアとハリゾーの二人でも制圧が容易なレベルまで魔物の数が減った。
「二人とも、今のうちに魔物の残党の処理を頼む!」
「わ、分かったわ!」
「あれくらいの数なら余裕でやんすー!」
セレクシアとハリゾーは残りの魔物の群れに駆け出した。
「よし、あとは湖月幻古龍を討伐するだけだ」
湖月幻古龍は、エルネの猛攻を止められずボコボコにされていた。
そしてエルネは大きく跳躍。
湖月幻古龍の頭上に跳び上がり、赤いオーラを輝かせる。
「――これで終わり、ですッ!!」
最後に繰り出したのは、痛烈なかかと落とし。
湖月幻古龍の頭部がベコォ! と凹み、ついに意識を失わせたのかドラゴンがぐらりと倒れ、バシャアアアン! と盛大な水しぶきが飛び散る。
「……あっ、わわ」
「エルネ!」
湖月幻古龍が倒れたことにより足場を見失ったエルネが空中でバタつく。
俺は即座に浮遊魔法で飛び上がり、空中で落っこちていくエルネをお姫様抱っこでキャッチした。
「あっ、ケ、ケーゴさん!?」
「よぉ、エルネ。すげぇ戦闘ぶりだったな。少し目を離した間にめちゃくちゃ覚醒したみたいじゃないか。一体どんなマジックを使ったんだ?」
エルネは顔を赤らめ、あわあわと説明する。
「じ、実は家の中でケーゴさんが採ってこられた貴重な鉱石が赤く輝いていたんです。それで……」
「赤い鉱石? あれ、そんなんあったかな……まあいいや。それで?」
「食べました」
「……え?」
突拍子のない返答に、俺は空中でエルネをお姫様抱っこしたまま固まる。
「えっと、食べたって何を?」
「赤く輝いていた鉱石です」
「い、いやいや、鉱石って石だよな!? え、石バリボリ噛み砕いて飲み込んだってコト!?」
「あ、いえ、噛み砕いてはないです。なんて言うんでしょう……本能のままにその鉱石を口に含んだら、すっと体に馴染むように溶けたような感じでした。そしたら体験したことがないくらい力が漲ってきて、これなら私もケーゴさんの役に立てると思って急いでやって来たんです!」
エルネは笑顔で言った。
なるほど、そういう経緯か。
エルネの顔や体、そして今もうっすらと漂う赤い霧のようなオーラをよく見てみると、少し似た気配を以前に感じた気がした。
アレはたしか、天月湖の湖底で最初にゲットした――『覚醒月晶』とかいうSSレア鉱石だったか?
名前からしていかにも何かを覚醒させてくれそうな鉱石だし、きっとエルネは『覚醒月晶』に導かれて秘めたる潜在能力を覚醒させたのだろう。
「それで、ドラゴンを一人で圧倒するほどの強大な戦闘能力――格闘スタイルの『狂戦士モード』を体得したってわけか」
「『狂戦士モード』……いいですね、その呼び方! 私のこの覚醒は、『狂戦士モード』と呼ぶことにします!」
ぐっと拳を握って笑顔を見せたエルネだが、すぐにぐったりと体から力が抜ける。
「で、ですが、この狂戦士モードは体力の消耗が凄まじいみたいです……。し、しばらく動けないかも……」
「あれだけ暴れまわったら無理もないさ。今は俺もいるし、ゆっくりと休むと――――」
ゾッ、と真下から気配。
湖が波打ち、瀕死の湖月幻古龍が最後のエネルギーを振り絞って俺を喰らわんと垂直に飛び上がった。
「グルルィィガァアアアアアァァァアアアア!!」
エルネが狼狽する。
「ド、ドラゴン!? そんな、さっきの攻撃で倒せていなかったんですか!?」
「いや、逆にちょうどいい。エルネが来たからさっきキャンセルした超規模魔法、その威力のテストとといこうじゃないか」
一瞬驚いたが、俺は冷静に片手を湖月幻古龍に向けた。
足元に大口を開け、迫り来る湖月幻古龍。
深淵のような大口に飲まれそうになる、刹那。
「超規模魔法――《フレアカタストロフ》!!」
展開する複雑で巨大な魔法陣。その魔法陣が起動し、ドラゴンの口の中に隕石のような炎の巨塊を撃ちこんだ。
その炎は一瞬で湖月幻古龍の体内を焼き尽くし、大爆発を引き起こす。夜空に赤い灼熱が光る。湖月幻古龍は絶命し、衝撃波がUの字に湖を穿ち、津波のような水量が草原に広がっていく。
「これで一丁上がりだな」
「す、すごいです!! ドラゴンを一撃で葬り去るなんて、こんな凄まじい魔法見たことがありません!!」
エルネを抱き抱えたまま、俺は湖のほとりに着地。そこでエルネを解放すると、眼前の湖からズズゥン! と巨大な湖月幻古龍の亡骸が横たわった。
舌を出して死んだ湖月幻古龍の上半身が草原に打ち上げられる。
「ケーゴ!」
「ご主人ー!」
ややあって、セレクシアとハリゾーも駆け寄って来る。
「さ、さっきの大爆発はケーゴの仕業でしょ!? て、ていうかこれ、古龍を仕留めたの!?」
「ああ。といっても、大部分はエルネが弱らせてくれたからだがな。そっちの魔物狩りはどうだ?」
「バッチリでやんすよ、ご主人! おいらとセレクシアで、残りの魔物は綺麗に片付けたでやんす!」
ハリゾーがフンスと得意気に鼻を鳴らした。
「さすがだな。これで魔物は倒したが……だいぶ天月湖は荒れちまったな」
改めて湖を見てみれば、俺たちと魔物の交戦の痕跡が至るところに見受けられる。破壊された湖、ぐしゃぐしゃに濡れた大地、レーザービームで焼かれた草原、などなど。
(なんか達成感はあるが、俺たちの目的は湖月幻古龍を討伐することじゃない。コイツは襲ってきたから撃退したまでだ。本当の目的は『幻霊玉草』という幻の霊草を採取することだったんだが……)
現状はフリダシに戻っただけ。それどころかもしかすると今回の戦闘の余波でどこかにあった幻霊玉草が潰れてしまったかもしれない。
そうなったら最悪だなぁ、なんて思っていると、ふと倒れた湖月幻古龍の首元に目がいった。首を突き出すような姿勢で死んでいる湖月幻古龍の首の一角が、緑色に光っていた。
「なんだ?」
湖月幻古龍の首元に向かう。間近で見ると凄まじい巨体だ。その首の一部――緑色に光る箇所は、龍の体内から発光しているようだった。
「どうしたのよ、ケーゴ」
「いや、なんかこの光ってんのが気になって」
俺は風魔法を慎重に発動させ、湖月幻古龍の首の一部を解体し、体内から発光体を取り出す。
それはボーリング玉くらいの大きさの球体で、ずっしりと重みがある。その球体の中心部から緑色の光が漏れ出していた。
「そ、それって龍の逆鱗じゃない! しかもそれだけ巨大な球体……まさか龍玉!?」
龍玉?
なんかレアそうだな、と思うと同時、ビシッと龍玉にヒビが入った。
すると龍玉が割れ、中から緑色に光る植物が現れた。その植物はシャボン玉のような神秘的な球体の膜をいくつか果実のように実らせている。
鑑定魔法を発動する。
―――――――――――――――――――
名前:幻霊玉草
希少価値:SSS
説明:膨大な魔力を栄養源にし、育った霊草。『幻の霊草』と呼ばれるほど個体数が少ないが、万病を治すと言われるエリクサーの主要素材として使える。生態的には魔力保有量が多い生物に寄生し、その生物の意思を奪う。寄生された生物は魔力を喰らう本能を植え付けられ、思考を書き換えられる。
―――――――――――――――――――
えーと、なになに?
へー、この植物は幻霊玉草っていうのかぁ――
「――……って、幻霊玉草ォッ!?」
え、これが!?
俺たちが探してた幻の霊草だよな!?
鑑定文を見ても、間違いない。これが幻霊玉草だ。
俺は皆にこのシャボン玉のような植物が探し求めていた幻霊玉草だということを告げる。皆も驚いていた。
古龍の体内に生えてるなんて想像できるわけねぇだろ、と思いながらよくよく鑑定文を読んでいくと、この幻霊玉草は寄生性の植物であるということが書かれていた。
「……え、てことは、湖月幻古龍があれだけ魔力を喰らおうとしてたのは、この幻霊玉草に寄生されてたからなのか!?」
たしかに湖月幻古龍の魔力に対する執着は常軌を逸するものがあったもんな。
この情報も皆に共有すると、セレクシアがジト目で一言。
「ケーゴも寄生されないように気をつけなさいよ」
「ええっ! ケーゴさん、寄生されちゃうんですか!?」
「ご主人が植物に操られるのはいやでやんすー!」
「お、おいおい。縁起でもないこと言わないでくれよ。湖月幻古龍は倒したんだし、さすがにこの霊草だってもう……」
幻霊玉草は、ジッと俺をガン見しているように見えた。シャボン玉のような果実が全て俺の方に向き、茎も葉っぱも俺を両手で歓迎するようにフリフリと動いている。
まるで、隙あらば俺の体内に取り入って魔力を吸い出してやろうというような――
「ヒィィ! 空間魔法! すぐ収納!」
空間魔法を発動し、不気味に揺れる幻霊玉草をポイッと投げ入れた。
「これで助かったぜ。でも、期せずして幻霊玉草をゲットできたのは僥倖だったな」
ふー、と額の汗を拭う俺に、淡い朝焼けが射し込む。
いつの間にか、深夜から日の出の時間になっていたようだ。
「朝、か。激動の1日だったが、俺たちの目的は達成した。つーわけで――」
俺は皆に晴れやかな笑顔で告げる。
「帰ろうか、ラグリムの街へ!」
「はい!」
「ええ!」
「帰るでやんすー!」
気持ちの良い朝日を浴びながら、俺たちは笑顔でログハウスへと帰って行くのだった。

