エルネは一人、ログハウスの中に留まっていた。
外からは爆発音や叫び声が聞こえる。
地震や衝撃は常にハウスを襲うが、ケーゴが展開した防御魔法のおかげでハウスに被害はない。
「私は……何もできない……」
エルネはネコ耳をへたらせ、ログハウスの窓から戦況を覗く。
ケーゴとセレクシアが空と地上から懸命にドラゴンを抑え込もうと奮闘していた。ハリゾーも動き回ってドラゴンの注意を逸らし、タックルをして攻撃している。
この中で一人、エルネだけが前線に立たず、命を懸けて戦うこともなく、ただ傍観するしかなかった。
「私も冒険者なのに、ずっとケーゴさんに守ってもらってばかり……。無理を言ってケーゴさんについていかせてもらったのに、私は何の役にも立てていない……!」
それが悔しくて、不甲斐なくて、エルネを苦しめる。
エルネの目尻に涙が浮かぶ。拳はぎゅっと握られていた。
獣人であるエルネは一般の人間よりかは身体能力が秀でているはずだが、戦闘面ではほとんど貢献できた試しがない。
それはケーゴが強すぎるためエルネの出る幕がないというのもあるが、第一はエルネ自身にケーゴの助けになるだけの力が備わっていないからだということは痛感していた。
「どうにか私も力になりたいけど、弱い私が行ってもケーゴさんたちの足手まといになるだけ……。それは分かってる……。でも……!」
悔しさに歯噛みするエルネの視界の端に、キラリと何かが光った。
不思議と気になり、よろよろと引き寄せられるようにその光の元へ向かう。
そこにあったものは――
「これ……ケーゴさんが天月湖から採ってきた貴重な鉱石……」
たくさんの薬草と鉱石を1ヵ所にまとめた、収穫ボックスのような台。
その台の端に、真っ赤に輝く小さな鉱石があった。大きさは人差し指でつまめるくらいに小さく、落としたら見つけるのに苦労しそうだ。
そのレア鉱石の名は『覚醒月晶』というのだが、エルネは知るよしもない。
だが、なぜか無性にその鉱石が気になったエルネは、覚醒月晶に触れた。
瞬間――――ドクンッ! と心臓が鳴動する。
「な、なに、これ……!?」
エルネは前傾姿勢になり、呼吸を乱して胸に手を当てる。
「全身が、熱い……! 体内から沸騰するようなエネルギーが、漲ってくる……!?」
エルネは顔を歪めつつ、手のひらに収まる宝玉のような赤い鉱石に目を見開いた。
エルネの本能が囁く。
――その石を喰らえ、と。
○ ○ ○
「「「ギョギュァアアアアアァァァアアアア!!」」」
軍団規模の半魚人魔の群れが大合唱を叫びながら天月湖から上陸し、攻撃を仕掛けてくる。
湖のほとりはハリゾーがローリングアタックで迎撃しているが、一向に数が減らない。
「「「グルルゥゥゥァァアアアアァアア!!」」」
草原からはウルフやゴブリンの群れも突撃してくる。
こちらの草原方面はセレクシアの剣閃が光るが、『剣聖』の技量をもってしても多勢に無勢は否めない。
俺は一人、上空からフィールド全体を俯瞰し、引きつった笑みを浮かべる。
「クッソ! あんの野郎、余計なことしやがって! 無駄に雑魚魔物どもを呼び寄せてんじゃねぇよ!」
俺は攻撃魔法を展開。
水陸両面にドカドカと魔法を撃ちこんでセレクシアとハリゾーの援護射撃を試みるが、焼け石に水感がある。
「――……貴様ヲ、喰ウ!!」
「っと!」
空中で制止していた俺に湖月幻古龍が噛みついてくる。
寸前で回避したものの、このドラゴンが常に俺をエサとして喰いついてくるせいで味方の援護射撃に集中できない。
「危っぶねぇな! この野郎!」
「喰ウ!!」
俺は天月湖の水面付近を飛翔するが、湖月幻古龍は執拗に追いかけ回してくる。
一番厄介なラスボスであるドラゴンを俺に引き付けられているのは良いのだが、セレクシアやハリゾーと離れすぎるとあいつらが心配になる。
瞬間、湖がひときわ不規則に波打った。
「!」
「ギュシシィィイイイイ!!」
ザブァアアン! と打ち上がったのは、巨大なレイクワームだった。
コイツも以前、天月湖の湖底で遭遇してぶっ倒した魔物だ。
「邪魔すんな!」
「ギュシィイイ!?」
俺はファイアボールを撃ちこんでレイクワームの胴体に風穴を空け、真横を素通りする。
背後から猛追してきていた湖月幻古龍は、迎撃したワームをおつまみ感覚で頬張った。
ぐちゃぐちゃと肉が潰れるおぞましい咀嚼音が鳴り、ワームの気色悪い血がボタボタと垂れる。
「美味イ……! 久方ブリノ、魔力ノ、味……ッ!!」
あー、そういやレイクワームも保有魔力は多かったような。俺の《探知》の魔法でも魔力反応が引っ掛かるレベルだったな。
湖月幻古龍はようやくある程度の魔力を喰うことができて、ご満悦なようだ。
「コレデ、サラニ……力ヲ増セル……!!」
「なにっ!」
湖月幻古龍の動きのキレが上がる。
アイツ、レイクワームの魔力を喰ってパワーアップしたのか!?
右に左に天月湖での逃避行を続けていると、不意に湖月幻古龍の尻尾が水中から伸びて叩きつけられた。
「ぐわっ!」
俺は湖面を弾丸のように吹っ飛ぶが、姿勢を立て直して減速。そのまま湖のほとりの地面に着地した。
「ケーゴ!」
「ご主人!」
と、偶然にもセレクシアとハリゾーが魔物たちと戦っていた場所だったらしく、二人が駆け寄ってきた。
後ろには半魚人やウルフ、ゴブリンなどの魔物がジリジリと迫ってきていた。
「さ、さすがにこの数は不味いわよ、ケーゴ! 何か策はないの!?」
「倒しても倒しても、半魚人の数が減らないでやんすー! このままじゃ押し潰されちゃうでやんすー!」
うん、やっぱそうだよな。
眼前には、天月湖を這い寄るように飛ぶ湖月幻古龍が真っ直ぐ突っ込んできている。
「……こうなりゃ仕方ない。俺の【賢者】スキルを総動員し、この湖ごと消し飛ばす覚悟で超規模魔法を湖月幻古龍に撃ち込むしかないか……!」
俺の周囲に大量の魔法陣が出現。
そのどれもが大規模攻撃を可能とする魔法だ。
(本当はまだ目当ての『幻霊玉草』を採取できてないから天月湖が破壊されるのは避けたいんだが、多少の被害は覚悟するしかない!)
湖月幻古龍は、もう数十メートルの距離まで迫っていた。
あの速度ならあと数秒もなく、俺たちの元に辿り着く!
「セレクシア、ハリゾー! お前ら衝撃に備えろ!」
湖月幻古龍を殲滅するべく、魔法陣がギュンギュンと煌めいて起動しかける。
「グギィィルルァァアアアアアァァァアアア!!」
ザバァン! と湖を弾きながら、湖月幻古龍が背を伸ばし、大口を開けて俺を喰らおうとする。
それと同時、俺の超規模魔法が発動しようとした――刹那。
視界の端から超高速で『何か』が飛来。赤い軌跡が夜のキャンバスに引かれる。
直後、湖月幻古龍の顔面が勾玉のように歪む。頬に『何か』が衝突したのだ。
だが、一体なにが?
ドゴォォオオオン!! と爆発的な衝撃音が響き、湖月幻古龍は血を吐いてバランスを崩した。
そして、空中に残る『何か』の正体をようやく認識した。
それは、弾丸でも魔物でもなく、
「あれは――……エルネ!?」
赤いオーラを全身にまとうエルネ。
その拳は正確に敵の顔面にヒットし、腕力のみで湖月幻古龍を殴り飛ばしたのだった。

