「『剣聖』セレクシア……!?」
突如現れた金髪美少女に俺は驚愕する。
そこで、ふと公爵令嬢のリディアが言っていたことを思い出す。
(そういや、王都で『剣聖』っていうSランク冒険者にも霊草探しの依頼を出したって言ってたな。もしかしたら天月湖で鉢合うかもだとか……)
剣聖の少女――セレクシアは優雅に金髪を靡かせる。
「それで? アンタは一体何者なのかしら?」
「ああ、名乗るのが遅れてすまない。俺はケーゴだ。冒険者をやっている。この天月湖へ採取クエストを行いに来たんだ」
「……採取クエストですって?」
恐らく俺とセレクシアの目的は同じだろうと察しながら、頷く。
「そうだ。とある公爵令嬢からエリクサー作製のための素材として『幻霊玉草』という幻の霊草を採取してくるよう頼まれた」
「……へえ、アンタも」
「ということは、やっぱりセレクシアも同じクエストを受けたんだな」
「ええ、そうよ。まさかアンタみたいな弱そうな男まで派遣されてるとは思わなかったけどね」
セレクシアはフンッと鼻を鳴らして高飛車な雰囲気で答える。
こ、こいつ、言葉の端々でチクチクと刺してきやがって……!
だが、俺は大人なので留飲を下げる。
「このまま話に花を咲かせたいところだが……生憎もう日が暮れそうだな」
湖の向こうの山からオレンジ色の光が空を染めていた。
「じゃあ一旦、倒した魔物たちは回収していくぞ」
湖に浮かぶ半魚人やワームの死体を空間魔法に納めていく。
その光景にセレクシアは少し目を見開くが、何も言わずに冷めた目を続ける。
そして、セレクシアが立つワーム以外の魔物は全て回収完了する。
が、セレクシアは一向にそのワームから退こうとしない。
「あの、そのワームも回収したいんだが」
「ふ、ふーん? だから?」
「いや、できれば退いて欲しいんだが……」
「…………」
数秒の沈黙。
俺は真顔でセレクシアに告げた。
「……お前、意気揚々と魔物を倒しに来たはいいものの、湖の真ん中に取り残されてワームの上から動けねぇんじゃねぇの?」
「な、なななにを言ってるのよ! 剣聖である私が、そ、そんなヘマするわけないでしょ!」
広い湖のど真ん中で、セレクシアは慌てる。
明らかに図星やないか。
まさかプライドの高さから俺に助けを求めることができないのか?
なんつー面倒くさい剣聖様だ。
「倒した魔物は一旦俺が回収するから、退いてくれ。お前は浮遊させて陸まで運んでやるから」
「わ、わわっ」
セレクシアに浮遊魔法を発動させ、体を浮かせる。
最初はジタバタと不安そうに手足を動かしていたセレクシアだったが、やがて落ち着いて体の力を抜いた。
「ち、宙に浮いていたから魔法使いなんだろうとは思っていたけど、魔力の安定感が凄いわね。ここまで魔法を極めるのにどれだけの鍛練を積んだのか伺えるわ」
いや、これ女神様のチートスキルのおかげなんで鍛練とかは何も積んでないです。
と、ストレートに真実は言えないので、俺は黙って最後のレイクワームを回収した後、セレクシアを連れて近場の湖のほとりまで向かう。
ようやく大地を踏めたセレクシアはほっと胸を撫で下ろしている様子。
俺も地面に降り、セレクシアに言った。
「俺は仲間の元に帰るが、お前も来ないか?」
「えっ」
「……何だよ。嫌なら無理強いはしないが」
「い、嫌とは言ってないでしょ! そこまで言うならアンタの仲間を紹介させてあげるわ!」
なんでいちいち上から目線なんですかね?
まあいいけどよ。
俺はセレクシアを連れて湖の縁を歩いていると、湖のほとりでエルネとハリゾーがいるのが見えた。
「おーい、エルネ! ハリゾー!」
「あ、ケーゴさん!」
「ご主人でやんす!」
二人は起き上がって俺を迎えてくれた。
笑顔で近づいた俺は、二人の前にある山積みの草花に度肝を抜かれる。
「どうだ霊草探しは順調か……って、なんかめっちゃ採取してるじゃないか!?」
エルネとハリゾーの前には布が敷かれていて、そこにはこんもりと色々な種類の草花が積まれていた。
「はい! ハリゾーちゃんが匂いを辿って、魔力が高そうな植物を探してくれたんです! 私も村での知識を活かして霊草っぽいものを摘んでいたら、いつの間にかこんな量になっちゃいました」
「おいら、頑張ったでやんすよー!」
俺は労いの気持ちを込めて、二人の頭を撫でた。
「そうか、二人とも偉いぞ! さすがだな!」
「えへへ」
「ご主人に褒められたでやんすー!」
エルネとハリゾーは嬉しそうに笑った。
すると、エルネが俺の後ろにいる金髪美少女の存在に気付く。
「あれ、ケーゴさんそちらの方は?」
あ、そうだ。
セレクシアのことを二人にも紹介しておかないとな。
「ああ、コイツは――」
「セレクシアよ。またの名を『剣聖』とも言うわ!」
「け、剣聖様!?」
エルネがネコ耳とネコ尻尾をビクンと立てて驚く。
「さっき湖で偶然会ってな。もう夜になりそうだし、良かったらって連れてきたんだ」
「そ、そうだったんですか。私はエルネです。よろしくお願いします」
「おいらはハリゾーでやんす~、よろしくでやんす~」
セレクシアはエルネとハリゾーと対峙し、「よろしく」と短く返答した後、言った。
「ケーゴのパーティはこの……一人と一匹だけなの?」
「ああ、そうだぞ。ま、ハリゾーは厳密には俺の従魔だけどな」
セレクシアが不思議そうに首を傾げる。
「どうかしたのか?」
「ケーゴくらいの実力がある魔法使いなら、もっといかつくて強そうな戦士職や盾職の冒険者とパーティを組んでると思っていたけど、随分あっさりしてるなと思って。このパーティ構成じゃ前線で溜めを作ったりできないから、後衛職の魔法使いとしてはやりにくいんじゃないの?」
ああ、そういうことか。
つい先日冒険者になったばかりだからパーティ構成のセオリーとか知らなかったが、たしかに普通はそういう風にパーティメンバー同士の連携や戦術を考慮してパーティを組むよな。
ま、俺は【賢者】のチートスキルがあるから前線に溜めとかなくても何とかなるから問題ない。
「俺は大丈夫だよ。前線に溜めとか作る前に魔法撃ち込んで蹴散らしゃいいだけだしな」
「……アンタ、魔法使いのくせにかなり脳筋な戦い方するのね」
セレクシアが呆れたような目を向ける。
その傍らで、エルネが俯いてぎゅっと服を握っていた。
「…………、」
ふと、本格的に空が暗くなっているのに気付いた。
俺は雑談を切り上げ、夜に備えるべく動く。
「もう夜だから、今日は湖の近くで泊まろうと思う。皆もそれでいいか?」
エルネとハリゾーが賛成してくれたので、二人には布に広げていた草花をまとめて回収してもらった。
セレクシアはポーチ型のマジックバッグを漁り、寝袋のチェックをしている。
「よーし、じゃあこの辺りでいいか」
俺は湖の近くの切り開かれたように広がる草原地帯の地面をポンポンと叩いた。
「んじゃ、住みやすそうな家を建造するイメージで――《アース・クリエイト》!」
土魔法を発動した瞬間、草原の一角にボゴン! と土の建物が出現。みるみる内に外観や基礎構造が構築されていき、あっという間に二階建ての一軒家に様変わりした。
「おーし、できたできた。皆、今日はこの家に泊まろうぜ――」
笑顔で振り返った瞬間、セレクシアが絶叫と共に詰め寄ってきた。
「はぁぁあああぁぁあああああ!!? な、なによこれ!? アンタなにをしたのよ!?」
「なにって、見ての通りだろ。ただ家を造っただけだ」
「い、家を、造った、ですって……!?」
セレクシアはハッとエルネとハリゾーに顔を向けた。
「な、なんでアンタたちも平然としてんのよ!?」
エルネはぽりぽりと頬をかきながら、ハリゾーは楽しそうに両手を上げて答える。
「い、いやぁ。私もこんなお家を作るところは初めて見ましたけど、ケーゴさんならコレくらいできてもおかしくないな、と……」
「ご主人は最強の賢者でやんすから、これくらいどうってことないでやんすー!」
セレクシアは愕然として呟いた。
「あ、ありえない……何なの、この男……」
俺はエルネたちと共に荷物をまとめて家に乗り込む。ハリゾーもミニサイズに縮んでエルネの肩に乗って行った。
俺は玄関先で魔物避けの防御魔法を展開しながら、一人呆然と家を見上げているセレクシアに声を上げる。
「おーい、いつまでぶーぶーそこで突っ立ってんだー? お前は家に入らないのか? 別に外で寝袋で寝たきゃ止めはしないがー」
「は、入らないなんて言ってないでしょ! 私もアンタの造った家で寝てあげるわよ!」
だから何でキレてんですかねこのお嬢さんは。
ちなみに、土で造った家の中は結構綺麗でとても住みやすかった。
俺たちはその後、余っていたロックドラゴンの絶品ドラゴン肉を夕食で振る舞ってセレクシアが卒倒したり、お互いに情報交換をしたり、エルネとハリゾーが採ってくれた草花の鑑定をしたりして、時間が流れていった。
最後には各々の部屋に向かい、静かに眠りにつく。
今夜は、少しだけ欠けた丸々としたお月様が暗闇に浮かんでいた。
○ ○ ○
それから、数日に渡り俺たちは天月湖の霊草探しを続けた。
初日にエルネとハリゾーが採ってくれた草花は残念ながらただの薬草ばかりで『幻霊玉草』はなかった。
2日目以降は俺が湖に潜って湖底を捜索する水中担当となり、エルネ・ハリゾー・セレクシアが湖の周囲の陸地担当となった。
ていうか、今さらながら成り行きでセレクシアとも完全に協力した状態でクエスト攻略に当たっている。『剣聖』様は、ウチが提供する衣食住の環境をたいそうお気に召したようだ。
そうして俺たちは全員頑張って探してはいるものの、如何せん天月湖の面積が広大過ぎてなかなか霊草は見つからず、その手がかりすらロクに掴めない時間が続いた。
俺の探知魔法でも魔力反応源が大量に引っかかり、一つずつしらみ潰しに探しているものの、大体は霊草以外のレア素材か、大型の水棲魔物かのどちらかだった。
そして、俺がもう何時間も湖底を彷徨っていた、その時。
「……ん? この魔力反応……」
俺は一つ、妙な違和感を覚えた。
後で回る予定としてストックしていた魔力反応源の一つが、日に日に魔力反応が強まっているような気がしたのだ。
まだ少し先の位置にあるから後回しにしていたんだが、なにか手がかりがあるのだろうか?
「この魔力反応源、ちょうど天月湖の中央近くか? ふむ……」
俺は湖底から急浮上し、ザパァアアアン! と空中に浮かぶ。
瞬間、俺は薄暗い空に、うげっ、と声を漏らした。
「もうこんな時間かよ。ずっと湖底に潜ってると時間感覚が狂っていけねぇな」
空に浮かび、天月湖の中央部の方角を眺めた。
今日は美しい満月で、水面にゆらゆらと月の影が揺れていた。
「気になる魔力反応源はまた明日調べてみるか。この時間だともうエルネたちも家に戻ってるだろうし、俺も今日は休もう」
空中浮遊した状態で、ぐ~っと伸びをして俺はそのままマイホームへと向かった。
ガチャリと扉を開けると、案の定エルネたちが食卓についていた。
エルネは料理中だったようで、エプロン姿で出迎えてくれる。
「ケーゴさん! お帰りなさい!」
「お帰りでやんすー!」
とてとてとミニサイズになったハリゾーも可愛くやってきた。
「ふん、ようやく帰ってきたのね、ケーゴ。おかえり……と言ってあげるわ」
「へいへい、ただいま」
セレクシアは腕を組んでそっぽを向いた。
相変わらず素直じゃないが、まあこういうツンデレキャラとして今は馴染んでいる。
「成果はどうだった?」
俺の問いに、セレクシアは肩を竦めて首を振る。
「ダメね。一応目についた薬草はそこに積んでるけど、幻霊玉草はないわ」
リビングに置かれた台の上に、こんもりと山積みの草花があった。
アレが今日の収穫か。
たしかに薬草ばかりだな。
「アンタの方はどうだったのよ」
「こっちもハズレだ。まあ、一つ怪しいポイントは見つけたからまた明日行ってみるが」
「ふーん……ていうか、アンタずっと湖に潜ってるわよね? 湖で何か採ってきたりしてないの?」
「ん? ああ、そういや皆には見せてなかったっけ」
俺は天月湖で回収してきた鉱石をお披露目した。
じゃらじゃらと大小様々、カラフルな十数個の石をテーブルに置く。
「わあ! 綺麗な鉱石たちですね!」
「宝石みたいでやんすー!」
「へぇ、こっちの薬草よりも高級そうな素材ね?」
「レアリティが高いのもあるんだが、湖底で見つかるのは鉱石系ばかりだな。もしかしたら、霊草は湖の中じゃなくて陸地に生えてるのかも」
でも、霊草がどこに生えるのかは不明。
湖に潜って捜索できるのは俺だけだから、一応かすかな望みをかけて頑張って湖底を練り歩いているわけだ。
「なるほどね。じゃあ今のところ全員空振りってわけか。ったく、幻霊玉草とかいう霊草、本当に天月湖に生えてんでしょうね」
「ははっ、どうだかな。ま、この湖をくまなく探したら答えは出るだろ。この鉱石たちも俺の収穫として薬草の隣に並べとくか」
じゃらじゃらと綺麗な鉱石たちを掬い、素材をまとめて積んでいる台の上に乗せた。
「じゃ、飯にしようぜ! 今日はなんだ?」
「今日はドラゴン肉の野菜煮込みを作りました! サラダとパンとコンソメスープもありますよ!」
エプロン姿のエルネがキッチンに立ち、コトコト鍋でじっくりドラゴン肉を煮込んでいた。
めちゃくちゃ良い匂いが部屋に充満している。
ラグリムの街を出る前に食料や魔道具を買い揃えておいたのが功を奏していた。
まさか野営先でこんな豪華な料理にありつけるなんてな!
エルネの料理スキルには脱帽だ!
運ばれた料理に、いの一番に食いついたのはセレクシアだった。
「んん~~~っ!! ほろほろに煮込まれたドラゴン肉、美っ味しいぃぃぃいいい~~!!」
セレクシアはとろけた笑みでドラゴン肉の煮込みを味わっている。
俺も食べてみるが、めちゃくちゃ美味い!
口に入れた瞬間舌の上ですぐに溶けて、芳醇な風味が鼻から吹き抜けていく。噛めば噛むほど旨味もあふれだした。
「本当に美味いよ。ありがとな、エルネ」
「い、いえ……私はこれくらいしかお役に立てることがありませんから」
エルネは苦笑して応えた。
その少しぎこちない笑みに疑問を抱いたと同時、セレクシアが空のお皿を突き出した。
「エルネ! おかわり!!」
セレクシアはキラキラとした目でエルネを見つめる。
子供か、この剣聖は。
そうして楽しい夕食は過ぎていき、俺たちは自室で眠った。
――そして、数時間後の深夜。
俺たちの家に『湖の主』たる巨大モンスターが襲いかかってくるなんて、この時の俺たちは予想だにしなかった。

