地球の果ての島の物語

(翔真)

 おれ達を囲むように、たくさんの人が集まってきた。雑音のように賑やかな人の声が聴こえる。
 エスカレーターの前を塞いでごめんって思うけど、今はここから動くわけにはいかない。こうなった以上、おれには思惑があった。

「いい匂いのニンゲン、ひとり占めするなよ」
「そうだそうだ、『迷い子のシルシ』もなかったぞ。喰っていいんだろ?」

 4つも目がある赤い男が、1つしか目がない青い男の隣に並ぶ。
 頭皮のない剥き出しの頭の上に黒い粒子が舞っている。体は服で隠しているけど、隠しきれてない本性が滲み出てるぞー。
 魔族。それも、人を食料としか見ていない性質の悪いやつらだ。

「人喰いは犯罪だぞー!」

 おれは晃の隣に立って、周りに聞こえるようにわざと大きな声を上げて2体を指さした。
 ざわと人混みが揺れて、慌てて離れていく人達が見える。残った人達は人間以外かな。巻き込まれなければいいけど。

「おい。先に警察に行くべきだったんじゃないか、翔真」
「だって『兎の目』から地味に遠いもん。夏椎に靴擦れできちゃう」
「それは良くない」
「それに、このまま騒げば警察に行く手間省けそうじゃない?」

 おれはニヤリと笑みを浮かべる。晃は呆れ顔でおれを見下ろすと、

「それも一理あるな」

 一致団結。晃は足元の影に手を触れた。
 ザァ、と晃が触れた部分の影が伸びる。伸びた影が2体を巻き込む前に、2体は高く飛び上がった。

「動きが単調すぎるぜ!」
「お前を喰えばあのニンゲンが出てくるか?」

 赤い男が腕を伸ばして、青い男が足を伸ばす。
 でも、晃は動かない。
 影が、ざわ、と動いて、剣山のように姿を変えた。
 剣山は瞬く間に拡がっていく。それは、まるで何か巨大な生き物の口のように。

「人喰いは強制送還の刑だぞ」

 ばく、と悲鳴も聞かぬまま剣山が2体を飲み込んだ。

「お見事ー」
「夏椎を狙っていた不届き者があの中にもいただろう。いい牽制になった」
 
 晃は人混みを睨みつけて、影を元の形に戻す。
 人型におさまった影に 両手を突っ込んでずるりと夏椎を引き上げた。呆然とする夏椎をまじまじと見て、晃は見たことのない柔らかな笑顔を浮かべる。

「怪我はなさそうだな」
「夏椎、ごめんね怖い思いさせて」

 おれも夏椎の顔を覗き込んだ。夏椎はおれ達の顔を見比べたあとはっとして、ぶんぶんと首を横に振った。

「大丈夫。2人とも、ありがとう」

『―――ありがとう』

 夏椎の向こう側に、小さな夏椎が見えた。
 
 一緒にいると幸せだった。笑ってくれると、もっと幸せになった。
 大事な思い出を美化し続けているのかと自問する時もあった。もう会えないのかと悲しくて苦しくて仕方がない夜もあった。
 
 おれに世界を創った人。

「あの、俺⋯⋯思い出せるように努力するから。アメリカに帰りたいのも、とりあえず父さんに連絡を取りたいだけであって⋯⋯」
「夏椎」
「なに?」
「夏椎は夏椎だよ!」

 おれが言うと、晃も隣で頷いている。
 記憶があったってなかったって、おれ達にとっては何も変わらない、おんなじ夏椎だ。優しい笑顔と温かい手は変わらない。

「思い出せなくてもおれは夏椎のこと大好きだよ!」
「俺も」
「⋯⋯そう」

 夏椎を励ましていると、ザワ、と一際大きな声が人混みから聞こえて来た。
 
 目を向けると、こちらへ歩いてくる人がひとり。

 水色の警官服を着た、女の子。じゃなかった。おれと晃の保護者で、すごく可愛い顔をしてるせいで後ろの人達にざわざわ騒がれている。
 本人は全然気付いていない。おれ達しか見てないからだ。柚ぽんはおれ達の顔を見ると、呆れた顔で親指を背中側へ立てて言った。

「お前ら、ついて来い」

 おれは真っ直ぐに手を挙げて反論した。

「夏椎の靴を買ってから!」