地球の果ての島の物語

「だから、何でお前はいつも事後報告なんだ!」

 うるさい声に顔を背けると、視界の先で白い小鳥が俺をじっと見つめているのが目に入った。
 肩に止まったペットのルフは、ぴょこぴょこと跳ねながら回っている。その動きが可愛くてつい肩の力が抜けると、俺の前に立つまゆがゆっくりと崩れ落ちていった。

「全然話聞いてない⋯⋯」
「聞いてたよ。だから、何でお前はいつも事後報告なんだって言ってた」
「それに対する返答は?」

 まゆに聞かれて腕を組む。
 制服の生地が固くて指がごわごわする。そう言えば愛敬のやつどこ行った?あの場にいたのは俺だけじゃなかったぞ。
 昨日の夜、『迷い子』がカナダからやって来たから保護して住宅棟へ案内した。
 晩ご飯を一緒に食べて、必要最低限の物品をスーパーへ一緒に買いに行って、帰ってきたらもう9時を回っていたから寝支度を済ませて俺は寝た。
 それなのに何故か怒られている。ばあちゃんは喜んでたのに、何が悪かったのか俺にはさっぱり分からない。

「悪いことはしてないと思う」
「悪いことはしてないよ。すごくいいことしたね。でも、それも仕事のうちなんだから報告書を書かなきゃならないの。分かる?」
「報告書⋯⋯」

 げんなりしてしまう。パソコンは目がチカチカするから嫌いだ。だからと言って手書きももっと嫌いだ。

 警察庁の仕事は、確かに人助けだけじゃない。まゆがいつも言ってることだけど、俺は机に向かって仕事するのはあんまり好きじゃない。

 まゆの部屋だって本当は好きじゃない。部屋に入ってすぐ目に飛び込む16個のモニター画面と、そこに繋がる5台のパソコン。
 まゆはいつも椅子に座って仕事をしている。正直、不健康だと思う。外に出て陽の光を浴びないと健康にはなれない。
 
 そう、あの人だって言ってた。

 同じ高さにある、まゆの黒い瞳をじっと見つめる。
 短くてウニみたいな髪は子どもの時から変わらない。まゆは俺に見られて少したじろいだけど、勢いをつけて手に持っていたプリント用紙を投げつけて来た。
 紙は俺に当たる前にひらひらとタイルの上へ落ちていく。俺が拾わずに見下ろしていると、まゆは紙を拾い直して今度は胸に押し付けてきた。

「詳細を書きなさい」
「昨日の夜7時に『変な生き物がウロウロしてる』と通報があったから、愛敬と行って襲われてる『迷い子』を保護した。そんで島がいいって言ったから『迷い子のシルシ』を付けて今は4階の402号室にいる」
「詳細を話せとは言ってないのよ」

 まゆはため息をついた。俺が紙を受け取らずにいると、諦めて紙を引っ込める。

「もういい、俺が書く。で、必要なものはいつも通りでいいのね?」
「うん。あ、お金ないってしょんぼりしてたからお金あげた」
「こら!!」

 また怒られた。


 
 ようやくまゆから解放された俺は、ルフと一緒に警察庁の1階へ下りる。
 受付はもう開いていた。カウンター前のソファーには、色んなひとがざわざわとひしめき合っている。

「おはようございます、柚木さん」
「おはよう」

 カウンターから声をかけられた。俺と同じ制服を着たシュモクザメの魚人は、頭がハンマーで見た目が格好いい。でも、俺より少し背は小さい。
 受付にはデスクがたくさん並んでいて、足を止めた俺を見てシュモクザメの後ろから同じ制服のホホジロザメが跳ねてやって来る。

「おはよう、今日もお前は美人さんだな!」
「男に使う形容詞じゃないだろ」

 良く女に間違われるけど、俺は男だ。愛敬みたいに小さくもないのに、何で間違われるのか意味が分からない。

「いいじゃねぇか、美人は美人だろ。ここには色んな奴がいるんだから」

 ヒレでぺちぺちと肩を叩かれる。ホホジロザメの里中は高校の同級生で、海上保安庁の長官を担っている男だ。
 右目の傷が格好いい。正に男の中の男って感じでちょっと憧れる。

「今日も受付混んでるんだな」
「まぁ、ここは半分以上役所だからな。柚木は今から見回りか?」
「うん。まゆが仕事代わってくれたから、代わりに行ってくる」
「気を付けて行けよ」

 なんだか子どもみたいなことを言われた。ちょっとむっとしてしまう。俺はもう立派な大人なのに。

 警察庁の自動ドアを抜けると、今日もとてもいい天気だった。
 空が高くて、雲が白い。ぼんやり眺めていると、ルフが目の前に飛んできた。鼻の上に止まってくるので、くすぐったくて笑ってしまう。

「なんだよ。今日もいい天気だなと思ってただけだよ」

 ルフはまた羽ばたいて、俺の頭の上に止まった。

「ルフ。俺はB地区の見回りに行くから、C地区の方を頼んでいいか?」

 ルフにお願いすると、ルフはたぶん頭の上でくるくる回った。
 そして、ぱさ、と羽を広げて空へ飛んで行く。空を飛べるのは羨ましいな。俺は飛べないから、地面を歩いて見回りするしかない。

 ルフの白い姿が雲と溶け込んでいく。ルフの姿が見えなくなってから、俺も足を踏み出した。