「賢吾ー、1時間くらい経ったら起こして」
「何、急に」
突然合鍵を使って入ってきた挙句、いきなりアラームとしての役割を与えられた川崎は困惑する。
欠伸をしながらもきちんと手を洗ってベットへ直行する柚木に、川崎は読んでいた本を閉じて呆れたように肩を竦めた。
「疲れるまで仕事するなっていつも言ってるでしょ」
「今回は不可抗力だよ」
「何してきたの」
「ちょっと今は説明したくない」
柚木はそう言うと、瞬く間に眠りに落ちてしまった。黒く長い睫毛が伏せて、幼い寝顔を覗かせる。
今日が休みで良かった。柚木がここまで疲れて帰ってくるのも珍しい。
いつもならこんな時間に帰ってくる事はないのに。すやすやと眠る柚木の寝顔を眺めながら、川崎は苦笑する。
「全く、相変わらず寝付きいいんだから」
そう言いながら、また本へ向き直った。
★★★★★
「ただいま〜!」
ふわふわとプラチナブロンドのポニーテールを揺らしながら、今度はまだ小学生ほどに見える幼い少女が部屋へ入って来た。
青と緑と橙の入り混じった、特徴的な丸い瞳をくりくりとさせ、柔らかい唇はニコニコと弧を描いている。
誰もが振り返り、誰もが恋をするような、そんな美しい妖精のような少女は軽やかな足取りで川崎に飛びついた。
「おかえり、柚姫」
リビングテーブルで読書をしていた川崎が顔を上げる。スクエアメガネの奥の灰褐色の瞳が柔らかく細められた。
「お兄ちゃんは?」
「香流なら寝てるよ」
「こんな時間に?」
こてんと柚姫は首を傾げた。不思議そうに柚姫がリビングを抜けて寝室へ向かうと、すやすやと寝息を立てる兄の姿があった。
光に透ける薄い金色と、同じ色の長い睫毛が頬に影を作っている。ブカブカの警官服が手足を隠しており、掛け布団も被らずに心地よさそうに眠りについている。
柚姫は手のひらを口に当てて目を輝かせた。
「金のお兄ちゃんになってる!」
「疲れたから寝るって言ってたよ」
「そうなの?」
香流の柔らかい短髪を撫でながら、柚姫はふふっと嬉しそうに微笑んだ。
「お兄ちゃん、頑張ったね」
柚姫はそう言うと、ベッドの縁に腰掛けて子守唄を歌い始める。
綺麗な澄み切った声が、部屋中を包み込む。ちか、ちか、と白い光が柚姫の周りを舞った。
ふわりと踊るように温かい風が吹いた。柚姫の機嫌が良い証拠だ。自然が柚姫の波長に合わせて、まるでダンスを踊っているようだ。
「ご機嫌だね、柚姫」
「えへへ!」
「でもあんまり調子に乗ると⋯⋯」
突然、がばりと香流が起き上がった。
「風がこそばい!」
「ほら、起きた」
川崎は苦笑いした。柚姫の能力は香流と比べて制御し辛いのが難点だ。
「お兄ちゃん、おはよう」
「柚姫か、おかえり⋯⋯ってあぁもう、やっぱり戻ってる」
むくれた顔で香流はあぐらをかいた。柚姫と同じ美しい顔を歪ませて、はぁ、と深いため息をつく。
現世で生命体を行使した時にマナを使いすぎたようだ。どうやら身体が節電モードに入ってしまったらしい。
大人の姿になろうと思ってもうんともすんとも身体が反応しない。香流は諦めて、柚姫の隣へ腰掛けた。
ふたり並ぶとそっくり同じ顔だ。柚姫は香流の顔をまじまじと見つめて、何が嬉しいのかニコニコと顔を綻ばせている。
「なんだよ」
「金のお兄ちゃん可愛いのよ!」
「可愛い言うな」
香流はぺしっと柚姫にデコピンした。柚姫は額を押さえながらもまだニコニコを崩さない。
「夕方までに戻れるかなぁ⋯⋯。戻れなかったら、賢吾、代理を頼む」
「何の?」
「高次の存在がバックについてる子どもの父親にこの島で住む許可を得る」
「情報量が多い」
「おじいちゃん達に会ったの?」
あの存在をおじいちゃんなんて呼び方が許されるのは柚姫の特権だ。少なくとも香流は口が裂けても言えない。
「あぁ会ったよ、殺されかけたけどな」
「だから何してきたの」
「⋯⋯今日は書類が溜まってて」
香流はふっと遠い目をした。
「まゆに仕事代わってもらって見回りしてたら、迷い子らしき人が襲われてると通報があって⋯⋯。それがとんでもなくめんどくさい奴で、通報の方をまゆに押し付ければ良かったと後悔してる」
「後悔する場所はそこじゃないでしょ⋯⋯。後で雲雀に謝っておきなよ」
「何でおれが謝るんだよ」
向こうの担当区域のトラブルに出て行ったんだから、こちらが謝る筋合いはない。つーんと顔を背ける香流の頬を両手で挟んで、川崎は香流と目を合わせる。
「仕事の好き嫌いをするんじゃない。優しさに甘えすぎるのも良くないよ」
「家族なんだからお前とまゆには甘えてもいいの」
「仕方ないのよ。賢吾とまゆが甘やかしすぎたのよ」
「この双子⋯」
川崎は頭を抱えた。何も言い返せないあたり頭が痛い。
「そんで、まぁ色々あって現世に行かなきゃいけなくなって、現世の生命体を呼んだり神獣を行使したりマナ切れ寸前でやばかったんだよ。あと少しであのままこっちの姿になるとこだった」
「ダメなの?」
「服が合わないから普通に大惨事になる」
「確かにパンツ丸見えは困るのよ⋯⋯」
神妙な顔で柚姫が俯いた。
今だってブカブカの不格好な制服姿だ。香流は袖の合わない制服を伸ばして唇を尖らせた。
「やっと帰ってきたと思ったら、そいつの父親がおれと話したがってるってよ。⋯⋯ひとの親と話なんて何話せばいいのか分かんねぇし」
「大変だったね、香流」
「でもおれも子ども達も怪我ひとつしてねぇからな」
香流はえっへんと胸を張る。高校時分からの無傷記録は今も更新中だ。
「あぁ、迷い子って子どもだったの?」
「翔真と晃の探してた夏椎ってやつだよ」
「わぁ、翔ちゃんも晃くんも良かったのよ!」
「夏椎⋯⋯」
川崎は思案するように顎に指を添える。
香流はごろんとベッドへ寝転がった。背が縮んだ今では横向きでもベッドの幅は十分だ。
「ってか、よく考えたらアイツ高次の存在とどういう関係があるんだ?息子?孫?」
ルフの上で見た光景を思い出す。夏椎が高次の存在に大切にされている事は分かったけれど、その概要は結局のところよく分からない。
香流の顔を覗き込んで、川崎はやんわりと首を左右に振った。
「香流、あんまり首を突っ込みすぎないようにね」
「でも気になるだろ?」
「香流が死んだら地球から生き物がいなくなるよ」
「分かってるよ、気をつけてる!この数年おれが怪我してないの知ってるだろ!」
川崎の忠告を受けて、香流は拗ねたように反論した。それは周りから何度も口酸っぱく言われている事だ。もう耳にタコが出来るほど聞かされている。
「でも関わらないのも無理な話だろ。当人も島への移住を希望してるし、島の外でいざこざ起こされる方がおれは困る。⋯⋯って言うのをそいつの父親に説明しなきゃならねぇんだけど、もう賢吾が何とかしろ」
「別にいいけど、その子はいきなり知らない人が出てきてびっくりしない?」
甘い。
のは分かっていても、説明や説得は香流の苦手分野だ。下手に拗れても後々困るのは香流だろうし、それくらいの手助けは大した労力ではない。
川崎はむしろ仕事が休みの今日で良かったと思っていた。説明なら職業柄慣れている。
「どうせこのままだとこの姿で行かなきゃならねぇんだから、びっくり度合いは一緒だろ。それに、他の奴らにこの姿は見せたくない」
香流はハッキリと言い切った。
いくら見た目が子どもに見えようと、中身はしっかり大人を自負している。
元々この姿を知っている者ならともかく、やすやすと他人に弱点は晒したくはない。警官の姿に戻れるくらいの十分なマナが満ちるまではもう家から一歩も出ないと言う確固たる意思が香流にはあった。
「柚姫は変身しないのよ?」
「柚姫は女の子だからいいんだよ。俺は男で警察官なんだから可愛くちゃいけないの。本当はゴリラみたいになりたいんだけど上手くいかねぇんだよなぁ」
「ゴリラ⋯⋯」
柚姫は静かに首を振った。
双子の兄がゴリラは嫌だ。せっかくそっくりの可愛い顔をしているのに、振り返ればゴリラだなんて嫌すぎる。
「賢吾。親への電話ついでに、この島の居住権を発行する事としばらく翔真か晃の家に滞在するよう伝えて欲しい。あと、おれの連絡先も伝えといてくれ」
「居住権利書は?」
「まゆに頼んどく」
「まだ準備してないんだね」
「眠かったんだから仕方ないだろ。まだ全快してねぇからもう今日はおれは働かない!」
「はいはい。ゆっくり休んでいなさい」
川崎は本を寝室の本棚にしまうと、外出の準備を始めた。
スマートウォッチを手首に付け、ジャケットを羽織る。香流は川崎を見上げながら小首を傾げた。
「もう行くのか?夜でいいんだぞ?」
「先に顔合わせしておかないと、いきなり電話の話を持ち出して警戒されても困るでしょ。場所は?」
「まだ『兎の目』にいるか、どっちかの家に移動してるかだな」
「了解」
川崎はふっと微笑んだ。そんな不安そうな顔をしなくても。すぐ顔に出るんだから。
「今夜はハンバーグかな」
「⋯分かったよ」
「やったぁ!お兄ちゃんのハンバーグなのよ!」
ふわふわと風が凪いだ。くすぐったい。香流には自然と同調する能力はないけれど、柚姫の近くにいると大気の動きがよく分かる。
「柚姫、おれの部屋から適当に着替え取ってきてくれ」
「あいあいさーよ!」
ピシッと敬礼の後、柚姫は川崎の家を飛び出して行った。
香流の部屋は川崎の隣。柚姫の部屋は香流の隣。
警察庁住居区域22階には、まだ余っている部屋がいくつもある。だけど、ここは3人だけの居住空間だ。
「賢吾、何かあったらすぐ呼べよ。すぐに行くから」
本心は、高次の存在が絡んでいる案件を川崎に頼みたくはなかったのだろう。心配と不安が入り交じった香流の様子から見て取れる。
でも、その姿を他人に見せたくないのは川崎だって同じだ。
「香流じゃないんだから口で失敗なんてしないよ」
川崎はぽんぽんと香流の頭を撫でた。
そのまま振り返らずに玄関へと歩いて行く。香流は子ども扱いされた事に複雑な面持ちでそれを眺めていた。
「ハンバーグ、楽しみにしてる」
「何、急に」
突然合鍵を使って入ってきた挙句、いきなりアラームとしての役割を与えられた川崎は困惑する。
欠伸をしながらもきちんと手を洗ってベットへ直行する柚木に、川崎は読んでいた本を閉じて呆れたように肩を竦めた。
「疲れるまで仕事するなっていつも言ってるでしょ」
「今回は不可抗力だよ」
「何してきたの」
「ちょっと今は説明したくない」
柚木はそう言うと、瞬く間に眠りに落ちてしまった。黒く長い睫毛が伏せて、幼い寝顔を覗かせる。
今日が休みで良かった。柚木がここまで疲れて帰ってくるのも珍しい。
いつもならこんな時間に帰ってくる事はないのに。すやすやと眠る柚木の寝顔を眺めながら、川崎は苦笑する。
「全く、相変わらず寝付きいいんだから」
そう言いながら、また本へ向き直った。
★★★★★
「ただいま〜!」
ふわふわとプラチナブロンドのポニーテールを揺らしながら、今度はまだ小学生ほどに見える幼い少女が部屋へ入って来た。
青と緑と橙の入り混じった、特徴的な丸い瞳をくりくりとさせ、柔らかい唇はニコニコと弧を描いている。
誰もが振り返り、誰もが恋をするような、そんな美しい妖精のような少女は軽やかな足取りで川崎に飛びついた。
「おかえり、柚姫」
リビングテーブルで読書をしていた川崎が顔を上げる。スクエアメガネの奥の灰褐色の瞳が柔らかく細められた。
「お兄ちゃんは?」
「香流なら寝てるよ」
「こんな時間に?」
こてんと柚姫は首を傾げた。不思議そうに柚姫がリビングを抜けて寝室へ向かうと、すやすやと寝息を立てる兄の姿があった。
光に透ける薄い金色と、同じ色の長い睫毛が頬に影を作っている。ブカブカの警官服が手足を隠しており、掛け布団も被らずに心地よさそうに眠りについている。
柚姫は手のひらを口に当てて目を輝かせた。
「金のお兄ちゃんになってる!」
「疲れたから寝るって言ってたよ」
「そうなの?」
香流の柔らかい短髪を撫でながら、柚姫はふふっと嬉しそうに微笑んだ。
「お兄ちゃん、頑張ったね」
柚姫はそう言うと、ベッドの縁に腰掛けて子守唄を歌い始める。
綺麗な澄み切った声が、部屋中を包み込む。ちか、ちか、と白い光が柚姫の周りを舞った。
ふわりと踊るように温かい風が吹いた。柚姫の機嫌が良い証拠だ。自然が柚姫の波長に合わせて、まるでダンスを踊っているようだ。
「ご機嫌だね、柚姫」
「えへへ!」
「でもあんまり調子に乗ると⋯⋯」
突然、がばりと香流が起き上がった。
「風がこそばい!」
「ほら、起きた」
川崎は苦笑いした。柚姫の能力は香流と比べて制御し辛いのが難点だ。
「お兄ちゃん、おはよう」
「柚姫か、おかえり⋯⋯ってあぁもう、やっぱり戻ってる」
むくれた顔で香流はあぐらをかいた。柚姫と同じ美しい顔を歪ませて、はぁ、と深いため息をつく。
現世で生命体を行使した時にマナを使いすぎたようだ。どうやら身体が節電モードに入ってしまったらしい。
大人の姿になろうと思ってもうんともすんとも身体が反応しない。香流は諦めて、柚姫の隣へ腰掛けた。
ふたり並ぶとそっくり同じ顔だ。柚姫は香流の顔をまじまじと見つめて、何が嬉しいのかニコニコと顔を綻ばせている。
「なんだよ」
「金のお兄ちゃん可愛いのよ!」
「可愛い言うな」
香流はぺしっと柚姫にデコピンした。柚姫は額を押さえながらもまだニコニコを崩さない。
「夕方までに戻れるかなぁ⋯⋯。戻れなかったら、賢吾、代理を頼む」
「何の?」
「高次の存在がバックについてる子どもの父親にこの島で住む許可を得る」
「情報量が多い」
「おじいちゃん達に会ったの?」
あの存在をおじいちゃんなんて呼び方が許されるのは柚姫の特権だ。少なくとも香流は口が裂けても言えない。
「あぁ会ったよ、殺されかけたけどな」
「だから何してきたの」
「⋯⋯今日は書類が溜まってて」
香流はふっと遠い目をした。
「まゆに仕事代わってもらって見回りしてたら、迷い子らしき人が襲われてると通報があって⋯⋯。それがとんでもなくめんどくさい奴で、通報の方をまゆに押し付ければ良かったと後悔してる」
「後悔する場所はそこじゃないでしょ⋯⋯。後で雲雀に謝っておきなよ」
「何でおれが謝るんだよ」
向こうの担当区域のトラブルに出て行ったんだから、こちらが謝る筋合いはない。つーんと顔を背ける香流の頬を両手で挟んで、川崎は香流と目を合わせる。
「仕事の好き嫌いをするんじゃない。優しさに甘えすぎるのも良くないよ」
「家族なんだからお前とまゆには甘えてもいいの」
「仕方ないのよ。賢吾とまゆが甘やかしすぎたのよ」
「この双子⋯」
川崎は頭を抱えた。何も言い返せないあたり頭が痛い。
「そんで、まぁ色々あって現世に行かなきゃいけなくなって、現世の生命体を呼んだり神獣を行使したりマナ切れ寸前でやばかったんだよ。あと少しであのままこっちの姿になるとこだった」
「ダメなの?」
「服が合わないから普通に大惨事になる」
「確かにパンツ丸見えは困るのよ⋯⋯」
神妙な顔で柚姫が俯いた。
今だってブカブカの不格好な制服姿だ。香流は袖の合わない制服を伸ばして唇を尖らせた。
「やっと帰ってきたと思ったら、そいつの父親がおれと話したがってるってよ。⋯⋯ひとの親と話なんて何話せばいいのか分かんねぇし」
「大変だったね、香流」
「でもおれも子ども達も怪我ひとつしてねぇからな」
香流はえっへんと胸を張る。高校時分からの無傷記録は今も更新中だ。
「あぁ、迷い子って子どもだったの?」
「翔真と晃の探してた夏椎ってやつだよ」
「わぁ、翔ちゃんも晃くんも良かったのよ!」
「夏椎⋯⋯」
川崎は思案するように顎に指を添える。
香流はごろんとベッドへ寝転がった。背が縮んだ今では横向きでもベッドの幅は十分だ。
「ってか、よく考えたらアイツ高次の存在とどういう関係があるんだ?息子?孫?」
ルフの上で見た光景を思い出す。夏椎が高次の存在に大切にされている事は分かったけれど、その概要は結局のところよく分からない。
香流の顔を覗き込んで、川崎はやんわりと首を左右に振った。
「香流、あんまり首を突っ込みすぎないようにね」
「でも気になるだろ?」
「香流が死んだら地球から生き物がいなくなるよ」
「分かってるよ、気をつけてる!この数年おれが怪我してないの知ってるだろ!」
川崎の忠告を受けて、香流は拗ねたように反論した。それは周りから何度も口酸っぱく言われている事だ。もう耳にタコが出来るほど聞かされている。
「でも関わらないのも無理な話だろ。当人も島への移住を希望してるし、島の外でいざこざ起こされる方がおれは困る。⋯⋯って言うのをそいつの父親に説明しなきゃならねぇんだけど、もう賢吾が何とかしろ」
「別にいいけど、その子はいきなり知らない人が出てきてびっくりしない?」
甘い。
のは分かっていても、説明や説得は香流の苦手分野だ。下手に拗れても後々困るのは香流だろうし、それくらいの手助けは大した労力ではない。
川崎はむしろ仕事が休みの今日で良かったと思っていた。説明なら職業柄慣れている。
「どうせこのままだとこの姿で行かなきゃならねぇんだから、びっくり度合いは一緒だろ。それに、他の奴らにこの姿は見せたくない」
香流はハッキリと言い切った。
いくら見た目が子どもに見えようと、中身はしっかり大人を自負している。
元々この姿を知っている者ならともかく、やすやすと他人に弱点は晒したくはない。警官の姿に戻れるくらいの十分なマナが満ちるまではもう家から一歩も出ないと言う確固たる意思が香流にはあった。
「柚姫は変身しないのよ?」
「柚姫は女の子だからいいんだよ。俺は男で警察官なんだから可愛くちゃいけないの。本当はゴリラみたいになりたいんだけど上手くいかねぇんだよなぁ」
「ゴリラ⋯⋯」
柚姫は静かに首を振った。
双子の兄がゴリラは嫌だ。せっかくそっくりの可愛い顔をしているのに、振り返ればゴリラだなんて嫌すぎる。
「賢吾。親への電話ついでに、この島の居住権を発行する事としばらく翔真か晃の家に滞在するよう伝えて欲しい。あと、おれの連絡先も伝えといてくれ」
「居住権利書は?」
「まゆに頼んどく」
「まだ準備してないんだね」
「眠かったんだから仕方ないだろ。まだ全快してねぇからもう今日はおれは働かない!」
「はいはい。ゆっくり休んでいなさい」
川崎は本を寝室の本棚にしまうと、外出の準備を始めた。
スマートウォッチを手首に付け、ジャケットを羽織る。香流は川崎を見上げながら小首を傾げた。
「もう行くのか?夜でいいんだぞ?」
「先に顔合わせしておかないと、いきなり電話の話を持ち出して警戒されても困るでしょ。場所は?」
「まだ『兎の目』にいるか、どっちかの家に移動してるかだな」
「了解」
川崎はふっと微笑んだ。そんな不安そうな顔をしなくても。すぐ顔に出るんだから。
「今夜はハンバーグかな」
「⋯分かったよ」
「やったぁ!お兄ちゃんのハンバーグなのよ!」
ふわふわと風が凪いだ。くすぐったい。香流には自然と同調する能力はないけれど、柚姫の近くにいると大気の動きがよく分かる。
「柚姫、おれの部屋から適当に着替え取ってきてくれ」
「あいあいさーよ!」
ピシッと敬礼の後、柚姫は川崎の家を飛び出して行った。
香流の部屋は川崎の隣。柚姫の部屋は香流の隣。
警察庁住居区域22階には、まだ余っている部屋がいくつもある。だけど、ここは3人だけの居住空間だ。
「賢吾、何かあったらすぐ呼べよ。すぐに行くから」
本心は、高次の存在が絡んでいる案件を川崎に頼みたくはなかったのだろう。心配と不安が入り交じった香流の様子から見て取れる。
でも、その姿を他人に見せたくないのは川崎だって同じだ。
「香流じゃないんだから口で失敗なんてしないよ」
川崎はぽんぽんと香流の頭を撫でた。
そのまま振り返らずに玄関へと歩いて行く。香流は子ども扱いされた事に複雑な面持ちでそれを眺めていた。
「ハンバーグ、楽しみにしてる」
