地球の果ての島の物語


(柚木)

愛敬(あいけい)!」
「合点!」

 滑り込むように白髪のばあちゃんの身体を抱き上げ、一旦空中で回転したあと石壁へ着地する。
 ばあちゃんが座り込んでいた地点で、ドン、と重い音が響く。俺が地面へ着地したと同時に、愛敬は銀色に煌めく身の丈近い剣身をそれの胴体へ突き立てていた。
 
 それは、異形の形をしていた。
 
 四つ足のピューマのような外観に、ぎょろりとした一つ目と裂けたような口を開いている。
 青黒い身体は毛の一本すら生えていない。異形は艶やかな四つ足を細かく動かし、胴体に乗り上げた愛敬へと腕を振りかぶった。
 愛敬は剣身を抜くと同時に跳躍する。くるりと鮮やかに身体を捩ると、異形の後ろ手に回り込んだ。

「ありゃ、消えないですね」

 のんびりとした口調で愛敬が首を傾げる。
 異形は唸りながら愛敬の方へ体を向けた。なんか怒ってそうな感じがする。痛覚あんのか分からないけど、刺されたのは嫌だったらしい。
 
「胴体に心臓ないんじゃねぇの?」
「そりゃあ、面白い相手ですねぇ!」

 異形が地面を踏んで跳んだのと、愛敬が剣身を振りかぶったのはほとんど同じだった。
 愛敬が異形の相手をしている間に、周囲へ気を配る。
 ここは住宅街のど真ん中だ。確かまだ夜の7時を回ったところで、人通りがないわけではない。
 コンクリートの地面が愛敬と異形の応戦で切り刻まれていく。人の家壊さないでくれよと願いながら、降ろすことが出来ないばあちゃんを抱えて俺は声を上げる。

「この辺に人が来ないよう見張っておいて!」

 空へ向かって放った声は、バサ、と無数の羽の音が応えてくれた。

「《ブライト・アロー》」

 愛敬は聞き慣れない言語を呪文のように唱えながら、聖剣と呼ばれる剣を眼前へ構える。
 聖剣の柄、中央に飾られた赤い宝石が鮮烈に光り、無数の光の矢が愛敬の背に浮き上がった。
 光の矢は一気に異形へ飛び交った。残滓すら残さず、黒い塵が空へ溶けていく。

「さすが元勇者」
「この程度おちゃのこさいさいですよ!それで、寄ってきた人喰いはアレ一体ですかね」
「追撃がないからそうだろうな。ばあちゃん、大丈夫だったか?」

 ばあちゃんをコンクリートの上へ下ろすと、少しふらつきながらもしっかりと両足で立ってくれた。
 怪我もなさそうだ。良かった。ちらりと石壁を見ると、傷跡はあるけど瓦礫にはなっていない。これも良かった。
 ばあちゃんはぽかんとしたまま固まっている。視線を俺で固定したまま動かないので、愛敬がばあちゃんの前で手をひらひらさせて注意を引こうとしている。

「香流くん、何かしました?」
「えっ、俺なんもしてないけど」
「どうでしょうねぇ。『老人堕としのC地区長』の名を欲しいままにしてる香流くんのことですからね。きっとなんかやらかしたんでしょ」
「だから、なんもしてねぇって」

 なんだその不名誉な通り名は。老人を落としたことなんかない。怪我させちゃうだろ。
 愛敬と言い合いしていると、ようやく視界の焦点が合ったようにばあちゃんは深いため息をついた。そのまま、ぺたんと地面に座り込んでしまう。

『ここはどこ⋯⋯?』

 珍しい。英語だ。
 か細い声で呟くばあちゃんの言葉は、ここに来る人間が良く発するものだ。
 俺はばあちゃんの前にしゃがみこんだ。その隣で、愛敬も同じようにしゃがみこむ。

「おばあちゃん、運が良かったですね。もう少しで香流くんが寝ちゃうところでしたよ」
「さすがにまだ起きてたよ」
「襲われたのは不運でしたけど、私達が来たからにはもう安心!ですよ!」

 どんと胸を叩いて愛敬がふふんと鼻を鳴らす。
 ばあちゃんは俺と愛敬を見比べて、ぽろりと涙を零した。
 俺はぎょっとする。どうすればいいのか分からず愛敬に助けを求めるけど、愛敬はすっと立ち上がって俺達に背を向けて歩き始めた。

「私日本語以外話せないので。ちゃんと慰めてあげてくださいね」
「お前、俺がそういうの苦手なの知ってるだろ!」
「知りませんよ。頑張ってください、お巡りさん」

 愛敬はひらひらと手を振って振り返りもせず歩いて行く。
 俺は何も言えず、黙って泣き続けるばあちゃんの手を引いて愛敬の後ろをついて行った。